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ドラコと賢者の日常

ドラコと賢者とまさかの反抗期

作者: まめ

「セティどっかいく」


 ドラコはふよふよと危なっかしい軌道で食器棚の上から飛び、椅子に腰かけ魔術書を読んでいるセティの膝に着地した。ドラコは自由な生き物なので、今までよだれを垂らしながらその上で昼寝をしていたのだが、ふと何かを思いついたのか急にセティの袖を引っ張りお願い事をした。


「え、別にどこも行かねーけど」


 ドラコが急に突拍子もないことを言い出すのは、一緒に暮らしているセティは慣れているけれど。何処かに連れて行けと言われるのは初めてでセティは少し驚き、それからそんな可愛いお願い事をされては何処かに連れて行ってやらなきゃなあと考えた。さて何処へ連れて行こうか。水の精霊の所へ行って水遊びをするか、それとも風の精霊王に頼んで上昇気流を起こしてもらい、それに乗って雲の上まで浮かぼうか。それともと幾つかの行き先を彼は頭の中で思い浮かべた。


「セティ、ちょっとでてけ」


 コテンと可愛らしく首を傾げ、ドラコは可愛くない口調で、これまた可愛くないお願いをした。


「え、ドラコそんな酷えこと俺に言うようになったの? 俺ちょっと悲しすぎっから、泣いちゃってもいいかな」


 なんだよ、体は全然成長しない癖にもう反抗期になっちゃったのかよ。

 セティは両手で顔を覆い、ちょっと本気の涙を浮かべた。そんな彼などドラコはお構いなしで宙に浮くとセティの手を引っ張り、立ち上がらせそのまま扉まで連れて行った。そうして夕方まで帰って来るなと彼につたない言葉で伝え、問答無用とばかりに大きな音を立てて扉を閉めたのだった。

 セティは涙目で無情にも閉まった扉を見た後、もう何百歳も生きている偉大な賢者だというのに余りの悲しさから、はらはらと涙の粒を落としてしまった。

 それから彼は、ああ悲しいなあ。息子が反抗期になるとこんなに辛いものなのか。世の母親はよくこれに耐えているものだ。まさに愛の成せる業だな。なんて現実逃避でもするようにつらつらと心の中でそう呟いた。

 ああ、辛い。ああ、辛い。こんな時はあいつに八つ当たりするに限る。

 セティは暫く扉の前で立ちすくんでいたが、大きな溜息を吐くと亡者の道へと歩き始めた。向かう先は偉大なる悪魔侯爵ペレルヴォ閣下の居城だ。普段は色々とドラコに要らない事を吹き込んでくれているのだから、こんな時に役に立ってもらわなければ彼の気が済まない。どうせ今回も奴の入れ知恵に違いないのだから。


「はあ? それでお前は家を追い出されたのか。あの人界に悪名を轟かす悪魔のお前が? あの奇妙な生き物のチビに追い出された!」


 これほど滑稽な事はないとペレルヴォは目に涙を浮かべ、腹を抱えて笑い声を上げた。

 悪い子は悪に染まった賢者に浚われ食べられてしまうと、大層に人の子から恐れられているこの男が。依頼であればどんな毒薬でも作り、間接的に殺した命なんて数え切れないこの男が。変てこな竜人の子供に黙って従い、家を追い出されてしまうだなんて。そんな間抜けな話があるだろうか。可笑しいったらありゃしない。

 ペレルヴォが笑えば笑うほど、それに反比例するようにセティの機嫌は下へ下へと落ちていった。


「お前だろ。うちの息子に要らねえもん入れ知恵したのは」


 お前に決まっている。お前しかいない。お前じゃなければ誰がやるというんだ。

 セティはペレルヴォを睨んだ。その視線は相手を射殺してしまいそうなほど鋭いものだったが、偉大なる悪魔侯爵はそれをものともせず、はてと首を傾げて思考を巡らせたのだった。


「さて、何のことだか。確かにこの間の名前の件は私だがな。今回の事はさっぱりと覚えがないが」


 悪魔のところのチビには、名前を持つ者にはそれぞれ由来があると教えて以来会ってはいない。そもそも悪魔侯爵の彼は子育てなんてしたことがないのだから、子供に反抗期があるだなんて知りもしないのだ。もし知っていればそんな面白そうなこと、もっと早くに利用して遊んだに違いない。


「お前以外の誰がんなもん教えんだよ。お前しかいねえだろうが」


「いやはや。本当に覚えがないのだがな。まあ折角来たのだから、ゆっくりしていくがいい」


 ペレルヴォは本当に何も知らないのだが、折角と暇つぶしのオモチャが来たのだからゆっくりしていって貰わねばと考えた。なにせこのオモチャでは滅多に遊ぶ事が出来ないのだから、この機会を逃せば次はいつになるか分からない。


「おおし。こうなりゃやけ酒だ。この城の一番高い酒持ってこい! おいそこの奴。この性悪悪魔のとっておきの酒が地下の酒蔵にあっただろ。あれ持ってこい!」


 セティはペレルヴォの思惑を知ってか知らずか、この世で滅多にお目に掛かることの出来ない貴重な酒を悪魔の小間使いに持ってこいと叫んだ。世界樹の葉の雫を集め、それにアムブロシアを加えて発酵させた神秘の酒だ。セティは悲しさを紛らわせようと、それをまるで水のように喉に流し込んだのだった。

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