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ひとみ荘での一夜

掲載日:2016/05/21

気づくとオレは、ひとみ荘にいた。一二三、と書いて、ひとみ、と読む。


辺りは仄暗い、仄明るい。


隣には、妙に無口な男、オレの親父だ。かつては、しゃべり始めると止まらなかったものだった。


玄関を入り、廊下の一番手前の部屋がオレのかつての部屋で、今は住んではいない。


居間の机は四角いが折り畳み式で、そこにオレはいるのだった。


しゃべりたいような、そうでもないような妙な気分に囚われて、オレはろくに話もしなかった。


しばらくすると、人が一人、増えていた。テレビでよくみる芸人だった。ヤツは気軽に話かけてくる。オレとヤツとは、知り合いだったのか?妙に親し気じゃないか。


たわいもないことをしゃべっていると、また人が増えている。幼稚園時代に友人だったやつだ。随分時間は経ったけど、見た目は随分いかつくなったけど、一目でそれとわかるものなんだね。


もうひとり、こいつはしょっちゅう飲みに行くやつだ。これだけ頻繁にのみに行くのに、話題が尽きないってのは不思議なものだ。


しかし、ガタイがでかいやつばかりだね。オレの知り合いは、こんなやつばっかりだったろうか。


オレはかなり居心地がよい空間にいることは自覚していて、特に不満もないけれど、気になることがないではない。正直にいうと、気になるようなならないような、避けたいような気があるような。しかし、周りのヤツは、特に違和感もなく親父と接している。そんな事実がオレのほんのちょっぴりの疑問をかき消した。オレだけが親父が見えるんじゃないか、そんな疑問だった。




楽しい集まりは、いつかは終わりがくるものだ。


一人、また、一人と帰っていく。帰りながら、そしてオレは気づきはじめた。ここにいる奴らは、もうすでに死んでいるか、これから死ぬやつらなんだと。


芸人にその話をすると、ヤツは「まあね。」といった。帰ったのはヤツが最後で、親父がいつ帰ったか、オレは気づかなかった。オレは一人になり、手持無沙汰になった。


玄関を出ると、隣の家との間に出来た路地の入り口の敷居の向こう側に立っているヤツがいた。一度も見たことがないヤツだった。ヤツは不安で一杯の顔をして、オレに助けを求めているようだった。隣の家に住んでいたヤツは小学校の時分にケンカして、それ以来会っていないし、そもそも伝え聞いた話では、今は大層遠い場所に住んでいるとのことだ。その昔の友達とは似ても似つかないヤツが、今オレに助けを求めているのだった。


とりあえず、オレは話を聞いてやった。人に話せば、多少は落ち着くかもしれない。


しかし、聞けば聞くほど、ヤツは興奮して、その場で地団駄を踏んだり、右往左往し始めた。話ではよくきくが、本当に地団駄を踏むやつなど、オレは初めてみた。でも考えてみると、ヤツはどうせ死んでいるのだから、そんなに心配になることもない。「落ち着けよ。」


オレは収拾がつかないから、隣のおばさんを探しはじめたが、ヤツはオレの昔の友人ではないんだから、おばさんはヤツの母親でもない、おばさんを探しても意味がないのだった。というか、隣のおばさんも確かガンでしんだんではなかっただろうか。隣の玄関に行くと、若い女が出てきた。「あのう。」オレはいった。女はオレを押しのけて、外に出て行ってしまった。ちょっと待ってくれ、この際、別にあんたがヤツの母親でなくてもいいんだ。なんとかしてくれないか。ヤツはあんなに不安がっているじゃないか。オレは女を追いかけた。


女はひとみ荘の逆の隣の家に入っていった。道路に面する窓は思いの外大きく、そこに立って動き回る女は、ディスプレイされた機械人形を思わせた。


「結局の話」機械のような女は立ち止まって言った。「私はカレの孫で、どうすることも出来ないのよ」そう言われてみれば、少しだけ、面影がにているような。「彼はすでに死んでしまっているし、私もそうだからね」なるほど、それでは仕方ない、全く致し方ない話だ。「もう気づいてると思うけど、もうすでに、そんな感じなのよ。あなたが見ているこの家もないし、あなたが住んでいたひとみ荘だって、取り壊されてとっくだわ。時間でいえば、私はあなたの遥か未来の存在だしね。」


なるほど、と、オレは得心がいった。妙に辺りが仄明るいのは、すでにオレが目覚めつつあり、陽の光がオレの瞼を透かしているからだった。オレの心は妙に覚めていた。


瞼を開けると、その先は想像の通りだった。




--------




本を読んでいると、昔の古き良き時代のアメリカの話がでていた。この手の話題は、そういえば、親父が得意だったことを思い出して、家に帰ったら聞いてみようと思い付いたとき、ようやくオレは理解した。それはもう出来ないことなんだ、と。

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