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21.爪先立ちで、ふらふら

「うわー、カッコいいー!」



 敦司到着後の部屋に響いた第一声は美月ちゃんのものだった。


 扉の前に立つ敦司はぺこりと一礼して、どうしていいのか分からない顔をしている。



「アツシくん、だったよね、いやいやごめんね、急にかり出しちゃってねえ」



 ささ、どうぞどうぞ、と手招きして部屋に促したのはヨウコさんだ。


 美月ちゃんとヨウコさんのふたりに機関銃のように話しかけられている敦司は、終始頭をぽりぽりとかいていた。


 が、そこは敦司だ。「いえいえ、そんなことないです」「急なことで大変ですね」「できるだけのことはお手伝いします」なかなかのお手前でふたりの会話の相手をする。


 わたしは敦司が到着してから一言も会話をしていない。「あ、来た」と言ったきりだ。


「いつも由佳がお世話になっています」の保護者みたいなセリフが敦司から出たところで、こっ恥ずかしくなって顔が熱くなった。


 思わずカズくんを見てしまう。にやにやしているカズくんの切れ長の目と視線が合って、うつむいて、萎えた。


 隠していたものを発見されてしまったときのような気分だ。



「由佳ちゃんいいなー。こんなカッコいい人と一緒に住んでるんだー」



 美月ちゃんはすごい。どんどん敦司との距離が近くなる。終いには容赦なくあちこちを触りまくっていた。


 小学生相手に少々顔を赤らめてる敦司は、困惑気味に苦笑いを続けている。


 ただでさえ狭いところに五人が揃ってしまったことで、部屋は異様な熱気を帯び始めていた。


 変に動揺していたわたしが、暑いと感じていただけかもしれないけれど。



「ちょっと飲み物買ってくる」



 わたしは財布片手に立ち上がった。怒ったみたいな声になっていた。



「あ、んじゃ俺も行く」



 そう言って腰を上げたのはカズくんだ。「え」と立ったままぼけっとしているわたしの横を通り抜けるときに肩を叩かれた。



「行くぞ」


「あ、はい」



 条件反射みたいに返事をして、靴をはく。


 振り返ると敦司と目が合った。何か言いたそうに口が開いているけれど、「でね、アツシくん」美月ちゃんにシャツの裾をつかまれて、動けずにいる。


 うん、うん。美月ちゃんに顔を向けた敦司は、微妙な笑顔を貼り付けたままでもう一度わたしを見た。



「ほら行くぞ」



 カズくんがわたしの頭を軽く叩く。



「あ、じゃ行ってくる。みんなのも何か買ってくるね」



 敦司の視線を背中に感じながら部屋を出た。



 


「何でカズくんまで出てきたの」


「悪いの」


「悪くないけど、別にあたしひとりで大丈夫だし」


「別に心配して一緒に出てきたわけじゃないし」


「そう、ですか」


「あの場にいると疲れるだろ、美月ちゃんとヨウコさん、相変わらずすごいな」



 くく、と笑ったカズくんは、歩きながら両腕を左右に振って、ストレッチみたいな動きをしている。Tシャツの背中にプリントされたサルの顔が歪んで、笑ったり怒ったり泣いたりを繰り返す。



「あの子と住んでんだ」



 にんまりと顔を覗き込まれて、わたしは赤面した。しながら頬が膨らんだ。



「幼なじみで、敦司が先に東京に出てきてたから。今は仮住まいさせてもらってるだけで、その、別になんにもないし。それに」


「なんでムキになってんの?」


「む、ムキになんてなってないし」


「出てくるとき、心配そうだったな」



 また、くくくっと笑う。



「そうかな」


「あんたのことが好きなんだろ」


「え?」


「からかい甲斐のありそうなタイプ」


「ちょっと」



 カズくんの本性がだんだん見えてきた。やっぱり、相当なイジワルだ。



「だ、駄目だからね、敦司はすごくいい奴なんだから。いじめたら」


「ぶ。いじめるとかねーし」


「ホントに、いい奴なんだから」



 いい奴なんだから…何だろう。いい奴なんだから、いじめたら許さない、とでも言いたいのだろうか、わたしは。


 カズくんには自分から男の人と一緒に住んでるなんて勢いでバラシテおきながら、実際敦司がやってきてそれをからかわれると、その事実を隠したくて仕方ない。


 見せたくないものを見られちゃったみたいな感覚がどうにももやもやする。


 なのに今度は敦司をからかわれると、それにもむかむかして敦司をかばってみたり。しかも自分のことまで正当化しようと必死だ。


 なんなのだろう、わたしは。どっちに付きたいのだ。


 っていうか、何がしたいんだ、わたしは。



「あーーーー、もう!」


「なんだよ」


「めんどくさい」


「じゃ、戻れよ」


「そうじゃなくて!」


「また背負えってこと?」


「違うから!」



 コンビニでオレンジジュースとコーラと缶コーヒーなんかを買った。


 美月ちゃん用に、カラフルなちっちゃいお菓子もいくつかカゴに入れた。


 今夜は涼しい風が吹いている。


 火照った顔を撫でる風は、イライラしながらでも気持ちがいい。両腕をあげてぐるぐる回りながら歩いた。


 回るたびに、カズくんと東京タワーの姿が交互に視界に入ってくる。


 カズくんは呆れ顔だ。タワーは、いつもどおりだ。


 ムキになってスピードを上げた。髪の毛の一本一本まで風にさらしたかった。


 ふらふらになってもまだ回った。


 ミキサーにかけられた林檎みたいに、柔らかく、しっとりと、ぐちゃぐちゃになってみたい。


 それでもちゃんと、自分でいられるだろうか。林檎みたいに、自分の味を保てるだろうか。



 そのうち気持ち悪くなってきて、しゃがんだ。しゃがんだついでに寝転がった。


 アスファルトはひんやりしていて、気持ちがいい。


 目を閉じると暗闇がぐるぐると回っていて、地面にゆっくり吸収されていくようだ。


 溶けて、液体になって、染み込んでいく感じだ。


 

「おい」


「気持ちわる」


「あんだけ回れば当たり前だろ」


「このまま寝る」


「はあ?」



 急に敦司の顔が見たくなる。助けに来てくれないかな、と思う。


 なのに上から見下ろしてるカズくんに、抱き起こしてもらえないかな、とも思ってしまう。


 なんだ、この女の子みたいな気持ちは。


 ふと、壁に描かれたお姫さまの絵を思い出した。三段レースの、ふりふりのドレスを着たお姫さま。わたしが描いた、乙女チックな、傾いた、バランスの悪いお姫さま。


 

「あはは」


「狂ったか」


「お姫さま、爪先立ちで、ふらふらしてんの」


「はあ?」


「あたしに似てるんだ」


「お姫さま? なんだよそれ。まさか今度はお姫さまだっことか言うんじゃねーだろーな」


「無理。死ぬ」



 言えば、どうなるか、さっきのことで何となくわかっていた。「やめて」と言えば、「やる」人だ。


 寝転がりながら、しばらく待ってみた。


 

「じゃ、そのまま寝てろ」



 そういうものでもないらしい。


 わたしはしぶしぶ立ち上がり、背中と尻の砂をはらった。


 カズくんの背中のサルに追いつく。真面目な顔でわたしを見ている。


 可笑しくなって、その顔を叩いてやった。「いで!」サルの変わりにカズくんが声を上げる。



「なんだよ、起きたのか。寝てればいいのに」


「イジワルだね、カズくんは」


「甘やかさないと言え」


「ふーん」



 夜空を見上げる。東京タワーの赤い頭が見えた。


 わたしとカズくんが出てきてからの東京の景色も、じっと見ていたのだろう。


 わたしは、どんなふうに映っているんだろうか。それともやっぱり、暗くて、光に紛れて、小さすぎて見えないだろうか。


 「おーい」と赤い頭に向かって手を振りたい気分だ。わたしはここだ、と。


 背後にいろいろ抱え始めたけれど、動いてるわたしはそれなりに頑張ってるぞ、と。






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