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ある日僕は、僕に出会ったんだ

作者: 雪の里

暇があれば、これくらいの長さの短編を書いていきたいと思ってます。

まずはその第一弾を、どうぞ^ ^

「………ん?」


 大量にあった仕事をなんとか片付け、会社を出ようとしたところで、ロビーに1人の若い男が座っているのを見つけた。


 すでに終業時間からかなり経っているため明かりは付いておらず、自販機の明かりが俯き気味の彼を照らしている。


 僕は近くの自販機でコーヒーを2本買い、彼の元へ向かった。


 コーヒーが落ちてきたときの音でこちらの存在に気づいたようで、彼は僅かに顔を上げて僕の方を見ていた。


「………部長、お疲れ様です」


 取り敢えずコーヒーを1本渡すと、彼は小さくありがとうございます、とつぶやいた。


 確かに僕も残業で疲れてはいたが、そう言う彼の方がはるかに疲れた顔をしていた。


 僕はどうかしたのか? と端的に問う。


 彼は俯いたまま黙っていたが、僕が何も言わずに待っているとポツリ、ポツリと話し始めた。


「………たいしたことではないんです。ただ、毎日機械的に生きてる自分に嫌が差して…………」


 そういうことか。僕は声に出さず、心の中で呟いた。


 きっと彼は、子供の頃思い浮かべていた自分の未来と、今の自分のギャップに悩まされているのだろう。


 まるで、数年前の自分を見ているようだった。


 分かるよ、僕もそう思ってたことがある。そう言うと、彼ははっと顔を上げた。


 その顔に大きく、信じられない、そう書かれているのがありありとわかった。


「部長は、入社5年目でそんな地位を得ることができるくらい才能があるじゃないですか。それに比べて俺は………」


 全力で真後ろを向いているようなその言葉にも、僕は強く共感できた。


  僕も、君と同じように入社してから1年ほどが経った頃は、そう思ってたんだ。大した違いなんてないんだよ。


 彼はまた俯いてしまった。


 しばらく静寂が辺りを包んだが、また、こぼれるように彼は言った。


「……部長も同じだったなら、どうして今はそんな風に居られるんですか?」


 同僚の、上司の、家族の、運のおかげ。沢山の要因のおかげなのは確かだけど、一番は不思議な体験をしたからだよ。


「……不思議な体験?」


 ゆっくり顔を上げた彼は、縋るような目で僕を見ていた。藁にもすがるような気持ちなのだろう、僕はその余裕の無さがはっきりと想像できた。体験してきた。


 僕はね


 そう前置きする。ちょっとくらい溜めたほうが良いだろう、彼には悪いが、そんな悪戯心があったのは否定できない。


 僕に出会ったんだよ。


「………え?」


 豆鉄砲を食らった鳩みたいな間抜けな顔をした彼を見て、僕は笑いをこらえながらあの日のことを話し始めた。



 ***



 かすかに揺れる7時15分発のバスの中、僕は見飽きた景色をぼんやりと眺めていた

 代わり映えのない毎日にうんざりし始めたのはいつ頃からだろうか?


 毎日同じ時間に起き、似たような朝ごはんをお腹に入れて、同じバスに乗りたいして変わらない顔ぶれの乗客達と揺られる。


 あの前に座っている髪の薄いメガネのおじさんは4つ先のバス停で、その斜め前の席に座っている近くの高校の制服を着ている娘達は3つ先、隣の席の2人組の若いサラリーマンは確か次で降りるはずだ。


 別に意識して覚えているわけじゃない。

 たいして意識して見ていなくても、毎日同じことを繰り返せば嫌でも覚えてしまう。


 人間であるはずなのに、まるで機械みたいに同じことを繰り返す僕たちは、本当に今を生きているのだろうか。


 変わらない日々、刺激にかける毎日、物語のような刺激的なことが起こらないかと妄想したりして自分を慰めては、そんな自分にさらにうんざりしてさらに憂鬱になることの繰り返し。


 ああ、どこかに 不思議が転がってないかなぁ


 流れていく景色を眺める視界の中に、昔よく遊んだ公園が飛び込んできた。


 バスが停車し、若いサラリーマン達が降りていった。

 全く、いつも通りだ。


 ふと、目の前の公園で遊んでいた頃のこと話思い出した。

 ちょっとした林があり、そこで秘密基地を作ったりして遊んでいたものだ。


 あの頃の僕みたいに、夢を見たら楽しいのかな


 そんな何の慰めにもならないようなことを考えてはさらに虚しくなる、これもいつものことだ。そんな日々を過ごすことで、僕というものが希薄になっていくように感じていた。


「次は--医院前〜、--医院前〜、地域の皆さんの健康をお守りするーー医院。安心と信頼の--医院前です」


 ポーン


 軽快な電子音がなる。次は僕が降りるとこだがいつも停車ボタンを押すのは前の髪が薄いおじさんだ。


 次のバス停と、その近くにある僕が勤めている会社が見えてきた。

 不況の波に揺られて揺らいでいるどこにでもあるような中小企業だ。


 特に取り柄もない、とりわけホワイトでも、ブラックでもない平凡を絵に描いたような僕にぴったりの会社。


 前のおじさんが席を立ったので、僕もそれについていく。

 電子マネーがチャージされているカードをかざして降りる。会社の小さなビルを見ると、平凡な1日の始まりを感じた。



 ***



 僕は20時35分発のバスに揺られながら、半日前と同じように外の景色をぼんやりと眺めていた。


 街灯や店の灯に照らされた夜の景色は僕になんの刺激も与えてくれない。


 また、あの公園が視界に滑り込んできた。

 バスが止まり、朝見たサラリーマン達が乗車してくる。


 ふと、ここで降りてみよう。そんな考えが湧き上がってきた。


 後から冷静になって考えてみると非常に奇妙なことではあったのだが、この時の僕は突然心の底から湧き上がってきたこの考えに何の疑問も抱かず従った。


 あの、すいません!


 発車するため、音を立てて扉が閉まったため、僕は運転手に声をかけた。


 ここで降ります


 そう言うと運転手は、迷惑そうに少し顔をしかめた後、扉を開けてくれた。

 僕は乗客たちの奇異の視線を浴びながらカードをかざして支払いを済ませ、バスから降りた。


 冷たい空気に一度ぶるりと体を震わせた後、僕は公園の中へと歩いていった。


 目的地など、1カ所しかあり得なかった。



 ***



 …………まだ、残ってたのか


 思わず出たつぶやきだった。

 そこには、僕が友達とつくった秘密基地がまだ残っていた。

 普通に考えて、10年以上前に子供だけ、そこらへんから集めてきた廃材を適当に組み上げて林の中に作った秘密基地がまだ残っているなどあり得るはずがないのだが、この時の僕はやはりこのことを不思議に思うことはなかった。


 さらに奇妙なことに、その秘密基地から光が漏れており、時折声が聞こえてくる。中に誰かいるようだった。


 僕は好奇心を抑えきれず、入り口にかけてある布をめくって中に顔をのぞかせた。


「あ、やっときたか。遅かったね」


 こちらに気づいた僕と同じくらいの年に見える若い男が、まるで昔ながらの友人に話しかけるように気安く声をかけてきた。


 男は、ゆらゆらと揺れるランタンを挟んでこちらを向いて座っていた。


 ボロい掘建小屋にも劣るような秘密基地の中に男がいて、さらに気安く話しかけられるだけでも笑い飛ばしたくなるくらい奇妙な話だが、僕はそんなことよりもはるかに奇妙な思いを抱いていた。


 目の前にいる男は、平凡を絵に描いたような容姿だ。

 そう、まるで


「初めまして、僕」


 まるで僕だ。

 屈託がない笑顔を見せる若い男を見て、僕はまるで鏡に話しかけられたようにしか思えなかった。


 あなたは、誰ですか……?


「ずいぶんと他人行儀じゃないか、僕。細かいことを気にする前に、まぁ、座ってよ」


 混乱の極みにいた僕は、言われるがまま彼、いや、彼の言うことが正しいのならばだが、僕の向かい側に座った。


 くたびれたダークブラウンのコートを着こなし、口元には無精髭が生えていた。


 とても、サラリーマンには見えない。まるで、そう、物語に出てくる旅人のようだとぼんやりと思った。


「僕は君で、君は僕で、僕らは僕だ」


 まるで哲学者の言葉か禅問答を聞いているようだった。

 でも、無精髭僕の言葉はストンの僕の中に入ってきて、まるでそれが当たり前のような感覚に陥る。


「何も君をからかおうって話じゃない。君だってなんとなく分かるだろ? 僕らはどちらも僕、それでいいじゃないか」


 馬鹿げた言葉だ。そのはずなのに、それに同意している僕が確かにいた。


「正確に言えば、違う選択をして違う道を歩いてる僕、だけどね」


 違う道を歩いた、僕?


「そうだ。まあ、呼びにくいから僕のことは旅人って呼んでくれ」


 あまりにも見た目通りの呼び名に、僕は今の状況も忘れて笑ってしまった。


 馬鹿馬鹿しい、真面目に混乱してる僕が馬鹿みたいじゃないか。そう思った僕は、全部受け入れてしまった。


 君は僕、僕は君。そうなんだろ?


 そう言うと旅人は満足そうに笑った。


「それで、僕は何て呼べばいい? 呼び名が無いと不便だろ?」


 僕は少し考えて、社員、そういった。


 平凡な僕を表すのに、それ以上の言葉ないほどピッタリだと、僕は心の中で自画自賛した。


「社員か。良いね、実にらしい呼び名だね。…………ん? これって君は僕だから自画自賛になるのかな?」


 そう言って旅人は笑う。気がつけば僕も最近の僕を蝕んでいた無力感を忘れたかのように軽快に笑っていた。


「うん、ずいぶんの良い顔になったじゃないか、社員くん」


 そうかな?


「ああ。ここに入ってきたときの君は、迷子センターに来た子供みたいに不安な顔をしていたよ。僕にも覚えがある顔だったよ」


 君も、そういう時期があったの?


 僕には旅人がそんな風だったと全く見えなかった。

 くたびれたコートを着て、無精髭を生やしている彼だけれども、その目は活力に満ちていた。


「うん。僕もそんな顔をしていた頃、ここに初めて来たんだよ。そして、僕にあったよ」


 そう言って彼は、その時のことを語ってくれた。


 世界中を旅する中、目の当たりにした光景に打ちのめされたこと、自分が存在が意味のないように感じていたこと、そしてここで他の僕と話したこと。


 とても、作り話とは思えなかった。


「ここであった僕は起業して社長をしてたみたいでね、彼も他の僕に助けてもらったって言ってたよ。だから僕を助けてくれた、だから僕も社員くんの力になりたいんだ」


 そう語る彼は、真摯な瞳で僕を見つめていた。


「君はきっと、自分に無力感や、存在の希薄さを感じてると思う」


 旅人は全身でそんなことはない、無力であるはずが、希薄であるはずがない、そう語っていた。


 そう……かな


「もっと周りを見てみろよ。幸せなんてそこらじゅうに転がってるし、君の存在はいろんなものに影響を与えてるよ」


 ………………


「陳腐な、使い古された言葉だと思うだろ? でもきっと、そんな言葉だからこそ社員くんに、もう一人の僕に送りたいんだ」


 僕は、黙って聞くことしかできなかった。旅人の言葉は、僕にどんどん染み込んでくる。


「使い古され出るってことは、それだけたくさんこの言葉が使われてきたってことだよ。本当に重みがあるのは斬新な言葉なんかじゃなくて、昔からたくさん使われてきた言葉だと、僕は思うよ」


「もっと行動しようよ。普通であることが嫌なら、もっとあがけばいいんだ。あがいて、もがいて、這ってでも変わればいいんだ」


 彼が発することばが、僕の中に侵入してきて凍った僕を溶かしていく。


 溶かして溶かして、さらに熱して心を燃え上がらせていく。


「僕にはできた。だから社員くん、絶対にできる。だってさ……」


 彼から僕へ伝わった熱が、僕の中で溢れて、勝手に喉を通って口から飛び出た。


「「僕は君で、君は僕だ」」


 綺麗に重なった言葉を聞いて、旅人は安心したように笑った。


「もう、大丈夫そうだね」


 その言葉が発端であるかのように、僕らの間に置かれていたランタンが光量を増していく。


 この時間が終わろうとしているのを、漠然と感じた。


 視界を光が埋めていく中、僕は旅人になんとお礼を言うか迷った。


 視界が完全に塗りつぶされる寸前、僕は彼に笑いかけた。


 きっと、彼みたいに屈託のない笑顔を浮かべていたことは、鏡なんか見なくてもわかった。


 この感謝を伝えるのに、言葉はいらない。だって、僕らは僕だから。


 そして光が収まった時、僕は夜の林の中に1人っていた。


 秘密基地は影も形もなく、まるで狐に化かされたようだった。


 それでも、あれは夢じゃない、僕の中に力強く溢れる熱が、そう語っていた。


 僕はもう、大丈夫だ。



 ***



 少しは参考になったかな?


「……はい。ありがとうございました」


 彼は半信半疑、どころか二信八疑くらいの様子だったけど、返事には少し力がこもっていた。


 どうやら、少しは話した甲斐があったらしい。

 ふと時計を見ると、時刻は8時25分を示していた。


 ああ、僕はもう行かないと。今から用事があるんだ。


「用事? 何があるんですか?」


 そう聞く彼に僕は得意げに笑った。きっと、渾身のドヤ顔だったに違いない。


「決まってるだろ、僕に会いに行くのさ」


 今日は、どんな僕に出会えるのだろうか。すでに心は期待に踊っていた。


  -終ー

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