異世界×イケメン×コイ
「では」
「ええ」
「「あとはお若いふたりで」」
そう声を揃えて、双方の付添人が部屋から出ていきました。
残されたのは、2人。男と女。ビシッとスーツを着こなす男性。
着物に着せられているという表現がかろうじての女性。
つまりはお見合いなワケで、なにやらエリートであらせられる方と、女の消費…いや賞味期限ギリギリの私だ。
…費と味、どっちがどっちでも、あまりかわらん…いや、お変わりありませんよのことの私だ。いや、私です。
…ごめんなさい、混乱中です。目の前のイケメンにおののいています。
しかしそんな私の心情などお構いなく、爽やかそうな声で気遣ってくれます。
「はは、こういうものとわかっていても、緊張しますね」
キラリと、おそらく口元と思われる箇所が輝きます。
これは、いわゆる、笑顔で白い歯が輝くという現象でしょうか。
「ちょっと庭でも歩かれませんか。さ、美しいお嬢様、お手をどうぞ」
おどけたような口調で、手を差し出されます。
私はなかば反射的に手を取り、腰を上げます。
ゆっくりと歩きながらも、現実逃避です。
美しいお嬢様、お嬢様、おじょうさま…。
ああ、ごめんなさい。そのセリフを素直に受け取れません。
これは、たぶん、異世界補正なんです。
そう、いわゆる異世界トリップとかいうもので、なぜかトリップ対象に備わっている美形補正。
実際に体験してみると、これほどおぞましいものはありません。
なにせ、生まれてからうんじゅう…じゅう…ううう、ねん、うぅぅ。
とにかく長年見慣れた外見です。さんざん女友達と、互いに自虐ネタとしても使ってきました。
年々傷つく深さがえぐくなってきましたが、それでも嫌だとか整形したいとか思ったことはありません。
それくらい大切な、自分の身体です。それに伴ってきた評価です。
それが、ほとんど変わりのない世界にトリップしたからといって、素直に受け入れられるとは限りません。
むしろ騙しているようで、とてもいたたまれないのです。
さらに年齢は変わっていないのに、おば…げふんげふんから、皆々様からお嬢様とか連呼されたら、もう涙が出てきます。
しかも異世界補正だかなんだか、ナンパから始まる高級男の入れ食い状態。
と、その追っ掛けたちによる精神攻撃。
せめて妬んでくれればよいものの、元の世界でどう画像補整…いえ入れ替えても勝てないような、真の美少女たちからの、勝てないわ、諦めたわ、お似合いですわ賛辞。
その場ではありがとうございますと繕ったものの、即座に自室のベッドへダイブあんど悶え転がり。
いろいろとごめんなさいを連呼して、なんとか心の平穏を保とうとしてきました。
しかし、異世界とはいえ、親もきょうだいもいるもの。
持ち込まれる中継されたラブレターとか花束とか贈り物とか、がりがりと私の心を削ってくれました。
トドメは当然お見合い写真です。
断り切れませんでした。
だって、お見合い中は、紳士協定で不戦同盟が組まれるというんですよ。
正直これ以上のアタックに耐え切れそうもなかったので、二つ返事でお受けいたしました。
なお、お見合い順の争奪戦は、かろうじて聞くのを避けました。
聞いてしまったら、順番を気にしてしまうとかなんとかという言い訳を必死に練り上げて。
何故かそれが、さらなる激闘を生むという訳のわからない話は聞こえませーん。
というか、おまえら不戦協定とかなんとか、どこいった。
そうして、冒頭のお決まりのセリフに繋がるのであります。
さて、本日のお見合い相手でありますが、たぶん相当に浮かれておられるようです。
外見からはわかりませんが、こうなんというか、彼の周りだけ空気が浮かれているようなのです。
あと、先程出ていった付添人たちも。
ちょっと離れたところの植木の陰から除いておられます。
ご丁寧に両手に緑あふれる枝を持って。
うん、あれはたぶん、異世界流儀。マナー。これがお見合いの正式な覗き見です。
そう思わなければ、やっていけません。
彼の目にも入っていないはずはないはずですし、何も言わない以上、そういうことでしょう。
…私に浮かれているということはないはずだ、きっと。
「いやあ、なんとも僕は幸せ者です。一番に、その美しい着物姿を観られたのですから」
残念、そうとう浮かれておられます。
しかもいきなりフィニッシュに入ってこられました。
私の正面に回り込み、背筋を伸ばして、顔を向けます。
多分彼は、真剣な表情をしておられるのでしょう。
こういうシーンで、太陽の光がまぶしくて、目を細めることになったのは幸いです。
さすがにこのシーンでイケメンをまじまじと見てしまうのは、精神衛生上悪いです。
ちょうど私の真後ろに太陽があるので、彼の顔で反射して目が焼けますが、がまんがまんです。
「こういうのは性急とは思うのですが、結婚してください。幸せにします」
「「きゃーーーーー!!」」
即座に脇から歓声が上がります。
もう隠れてねぇよ、こいつら。
ビデオも回してやがる。
「絶対に後悔させません。見てください、僕の顔を。この顔は、まさに貴女のためにあるのです」
うん、これが異世界流儀ですね。わかります。
だてに歳く…く、空気読めますから。
「顔面陥没深度は12センチ。日本最高水準です。しかし貴女さえ居てくれれば、世界記録だって成し遂げてみせます」
うん、わかります。これが異世界のイケメン基準ですね。
もう慣れました、たぶん。
「さらに飛び石は100年ものの苔むしで、曾祖父の代から手入れをして受け継いできました」
なるほど、道理でいい色合いですね。
異世界に限らず、苔の健康具合とか貴重さとかは全くわかりませんが、多分相当に凄いものなんでしょう。
「特に水質チェックは毎朝毎晩欠かさずに行っています。人肌に優しい中性水です。透明度、反射度も抜群ですよ」
それがどう良いのかはわかりませんが、実に目に染みます。
さっきから太陽の光がまぶしくて、そろそろ涙が出て来ちゃいます。
あ、網膜はもう焼き付いちゃっています。
ついでに付添人の片割れ…ビデオを回していない方が、先程から解説をしてくれています。
いろんな数字を上げたり、紹介された雑誌名を上げたり、なにやら権威ある方々の賞賛の言葉を紹介したり。
おそらくは異世界流儀なのでしょう。空気読めますので、なにも突っ込みませんが。
自慢…いえアピールしているうちに興奮してきたのでしょう。彼のテンションはマックスです。
なにやら大技を決めてきそうな気がします。
「いえ、こんな事が言いたかったのではありません。見せるなら、知って貰うなら、これしかないでしょう。見てください、感じてください、これが私のコイです!!」
そう宣言されますと、突然スーツを翻しながら脱がれました。
さすが異世界のイケメンです。実に見事な動きです。ええきっと、脱ぎ慣れているのではなく、イケメン補正というやつでしょう。きっと、ええ。
そして彼は上半身が白のワイシャツ姿となり、…余計に太陽光を反射してまぶしくなりました。
イケメンはまぶしいという法則は、見事すぎるほどです。
「はーーーーーっ!!!!」
気合いを入れながら、身体を地面と水平になるように倒します。
足の裏は付いたままですので、膝を直角に曲げています。凄まじい身体能力です。身体、全然ぶれてませんよ。
リンボーダンス選手権でも世界を狙えるでしょう。さすが異世界イケメン。
「ああ、ついにコイを見せるのだね」
「素晴らしいわ、立ち会えるなんて」
付き添いがこういう以上、これが異世界の素敵で正式なプロポーズなんでしょう。
異世界、嫌すぎます。
「見てください、これが、ぼくの、コイ、でーーーすっ!!」
そして、それは見事なコイが、イケメンから跳ねました。
ぴちぴちぴち。
空中で3回身体をくねらせた後、見事に回転しました。
頭から跳ね出て、頭から潜水する。
なるほど、確かに見事です。
これは、にっぽんの、びです。
すばらしい、げいです。
そう、池面の鯉は、見事でした。
「見てください、このピチピチを。貴女への恋にあふれています!!」
ピチピチピチ。ピチピチピチ。
何度も何度もコイが跳ね上がります。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
錦鯉ですね。高そうです。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
素人ですからさっぱりですが、素晴らしい模様ですね。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
あ、ウロコもきれい。手入れが愛情籠められていますね。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
「まあ、すばらしいわ」
「ああ、彼の心意気を見せて貰ったよ」
どうやら異世界最高のプロポーズのようですね。ピチピチピチ。
正直言ってピチピチピチ舐めていましたピチピチピチ。
ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
帰りたいです、元の世界へ。
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ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。ピチピチピチ。
美少女とかお嬢様とか若返りとか、そんなのどうでもいいです。
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こんなイケメンと結婚出来るかとか、毎日眺めたくないとか、そういう理由もありますが、
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わかりますよね、元の世界に、心底戻りたいって気持ちが。
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しくしく…。
異世界、ばつイケメン、ぺけコイ。おしまい。
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「くっ、一番最初にあれを見せられては不利」
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「いや、我らのイケメンは、それぐらいでは負けぬ」
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「ふっ、日本庭園の時代はもう終わりだ」
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「くっくっくっ。それは気が早すぎないかね」
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「君たち、選ぶのは彼女だよ」
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「確かにそうだな」
「ええ、負けませんよ」
「では、今後も協定違反を犯さぬように…」
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