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とある夫婦の日常  作者: 茉莉 清香
とある旦那様の日常
4/7

1日目

始まりは、昼休みに届いた一通のメールだった。


「康ちゃんへ 夜に大事な話がある」


妻の理紗子からのメール。

シンプルすぎる内容のせいか、これを目にした時の第一声は


「俺、何かしたっけ…」


だった。



俺こと桜木康太はしがないサラリーマン。妻の理紗子は専業主婦。

結婚して3年目、出会ってからの交際期間を含めると付き合いは8年程になる。


機械音痴な妻が、メールの仕方を覚えたのはここ2年くらい。

「康ちゃんのメールに返事したいから覚えたい」

というのが切欠(きっかけ)だった。


妻が送るメールは絵文字も顔文字も無いいたってシンプルなもの。

そのせいか、俺は時々「何かあったのか、何かしてしまったのか」と悩む時がある。

実際は、そんな事は無いのだが。

何があったのかメールを返そうと思ったが、家に帰ればわかることだ。


俺は不安な気持ちを切り替え、仕事に専念する事にした。



就業時間終了後、同僚の誘いも断って足早に帰路に着いた。


家に着き、チャイムを鳴らすとぱたぱたという軽い足音が聞こえた。

ドアが開き、何時もの様に理紗子が笑顔で迎える。


「おかえり、康ちゃん。今日もお疲れ様」


「ただいま、理紗子」


いつもと変わらない、けれど幸せな日常。



理紗子と食事をしながら、メールの真相を聞いた。

昼間に母から電話があり、父の実家…いわゆる本家から祖父の13回忌の日が決まったと連絡が来た。

父の実家は雪国で、冬になると数メートルも雪が積もる豪雪地帯だ。

幸い、今は暖かい季節なので雪の心配はない。ただ移動にかなりの時間を取られるのが億劫だ。

金曜日の朝に飛んで、土曜日に法事、その後~日曜日にかけて宴会をして夜に帰るというハードスケジュール。

そこまではまだよかった。宴会からは理由をつけて抜け出せばいいのだから。


向こうについてから1日は自由時間だが…あの伯父の事だ、何もなければ良いのだが。

大昔は何かのお偉いさんだったという本家を継いでいる伯父は、長男で本家当主である事を鼻にかけていた。

誰に何を言われようと意見を曲げず、亭主関白を気取ってはいるが、あれはただの我侭だ。


そんな事を思っていると、理紗子から耳を疑う言葉を聞いた。

伯父の言葉を要約すると、


「血縁者だけで法事を行いたいので、その配偶者は遠慮して欲しい」


と言うことだった。

何をふざけた事を言うのかと、怒りを通り越してただただ呆れた。


「なんでもかんでも自分勝手に決めてさ…何時も急すぎるんだよ、あの伯父さん」


思わずしかめ面で呟くと、理紗子はちょっと困ったような笑みを浮かべた。





―金曜日、朝―


ずっと納得がいかないまま、金曜日を迎えた。

何時もの時間に何時ものスーツを着て玄関前に立つ。

何時もと違うのは妻が用意してくれた大きなスーツケースを持っている事と、行き先が会社ではなく父の実家(本家)という事だ。

靴を履いた所で、とある考えが浮かび妻の方に振り返った。


「…なぁ、理紗子」


「なに?康ちゃん」


俺はきょとんとした顔をした妻に微笑みかける。


「よかったら、一緒に行かないか?…途中までだけど」


「うん…そうだね。ありがとう」


こうして俺は妻を助手席に乗せ、実家で両親と弟の(ケイ)を乗せてそのまま空港へ向かった。

車で空港に行く間、父と母は妻に謝り倒しだった。俺だって同じ気持ちだ。

できるなら理紗子を一緒に連れて行きたかった。


「法事なのに理紗子を連れて行けないなんて…」


俺は無意識にそう呟いていた。



空港に着き、理紗子を連れて中に入る。

カウンターで搭乗券をもらい、係員に荷物を預ける。

まだフライトまで時間はあるものの、少し早目に入っていた方が良いという妻の一言で俺達はゲートへと向かう事にした。


「すまんな、理紗子さん」

「ごめんねリサちゃん。康太が居ない間寂しいだろうけど、よろしくね。行ってきます」

「お義姉(ねえ)さん、兄貴と一緒におみやげ沢山買ってくるから楽しみにしててよ」

父、母、弟と順に妻と言葉を交わし、妻はそんな3人に「大丈夫」と笑顔を見せる。


「それじゃ、行って来る。理紗子も帰り、気をつけろよ」


「じゃあ、私はここで戻るね…康ちゃん、(ケイ)君、行ってらっしゃい。お義父(とう)さん、お義母(かあ)さんも気をつけて下さいね」


笑顔で小さく手を降る妻に、俺も手を振り返す。

弟もなぜか、少し寂しそうに理紗子へと手を振った。



飛行機の中から徐々に小さくなって行く景色を眺めながら、明日からの事を考える。

…どうにも気分が良くない。相手があの(・・)苦手な伯父だというのがその理由だろう。


まぁいい。法事は滞りなく進むだろうが、問題はその後の酒の席だ。

どうにか早目に宴会から離脱出来る様に色々なパターンを考える。

…何かと理由をつけて外に出てしまうのが、一番良いのかもしれない。出来れば宴会に乗り気で無いだろう従兄弟や(おとうと)を連れて。

それにしても、行く前から疲れたな…俺は溜息をついて軽く目を閉じた。


気が付けば、隣の席に座っている弟に起こされていた。どうやら、あの後眠ってしまったらしい。


「兄貴、もうすぐ空港着くから。さっき顔色悪かったけど大丈夫か?」


「ああ、少し寝たせいかマシになった。ありがとうな、(ケイ)


少し心配そうな弟に、大丈夫だと告げると弟はほっとした表情になった。




空港到着後、両親・弟と共に待ち合わせ場所へ。

しかし、迎えに来ているはずの従兄の姿は無かった。


(かける)くんはまだ来て居ないのか?いつも早目に来ているのに、今回は珍しいな」

「もしかして時間間違えたとか…電話掛けてみた方が良いかしら」

翔兄(かけるにぃ)なら大丈夫だろー、どうせトイレとかじゃないの?」

「そうか、それなら仕方ないな」

「だってさー、こないだの時だって…」


「あんたたち、いい加減黙りなさい」


話がおかしな方向に行きそうになっている父と弟を、母が嗜める。

とても良い笑顔とは裏腹に、その声は怒りを含む低音だった。


「「すみません…」」


母の様子に2人とも少ししゅんとしながらおとなしくなった。


(母さん相変わらずだよな…)


「…康太、何か言った?」

「いや、何も…」

「そう」


なぜかこういう時の母は、心でも読んでるんじゃないかと思う位に勘が鋭い。

そのまま知らぬふりをして目を逸らすと、男性が1人、こっちへ向かってくるのが見えた。


「叔父さん、叔母さんお久しぶりですね、遅くなってすみません…

って、康太じゃないか!ケイも久しぶりだな、元気だったか? 」


従兄は、5年前の七回忌の時とはすっかり様変わりしていた。

その時は全体的にひょろりとした感じがしていたが、今はその身体は筋骨隆々と言って良い位になっていた。

この5年の間、一体何があったのだろう…以前は隣町で会社員をしていたはずだが…


「あら翔君、お久しぶりね。元気だった?」

「おかげさまで、なんとかやってます」


母も従兄の姿に一瞬驚いたようだが、すぐにいつもの様ににこやかに笑う。

従兄もはにかむ様に答える。


「久しぶりだなぁ、翔君!いやぁ、すっかり変わっていて誰か分からなかったよ」


父はそう言いながら翔の背中をバシバシと叩く。


「あはは、ありがとうございます。まぁ積もる話は車で…さ、行きましょう。荷物持ちますよ」


翔は照れ笑いをしながら父と母の荷物を持ちながら先導する。

車は大型のワゴンカーだった。


「荷物が多いと思って、親父の車を借りてきたんです。荷物入れますんで、好きなところに乗ってて下さい」


翔はそう言いながら、全員分の荷物をトランクに詰めていく。

助手席に誰が座るかで父と弟がしばらく言い合いしていたものの、結局父が助手席、2列目に母と俺が座り、3列目にふてくされて(ケイ)が横に寝そべっていた。

みっともないから止めなさいと(たしな)める母の言葉にも動じず、結局そのまま本家へ向かうことになった。


車の中で聞いた従兄の変貌の理由。

それは(いとこ)がまだ会社勤めだった頃、好意を持っていた同僚の女性に告白した際、

「貴方の事はとても良い人だと思うけれど、どうしてもそのひょろひょろした身体が好きになれない」と振られたからだそうだ。

その時のショックが大きくて、それから毎日仕事帰りにジムに通い初め、今のような逞しい体形になったそうだ。

そんな折、(くだん)の女性から告白されたが、断ったと。

その頃はもう既に、同僚女性への気持ちは無くなっていた…らしい。


「人生って、色々あるわね…」


ポツリと母が呟いた。


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