2日目
今日は私たちの結婚式。式場は小さな白いチャペル。
外は青空が広がり、穏やかな日差しが降り注ぐ。
小さなチャペルの中は左右に親戚や友人・仕事の上司などの招待客が座る長椅子があり、中央通路は細長く真っ赤な絨毯が祭壇に向かって敷かれている。
その先の祭壇には神父さんと私の夫となる桜木 康太が居る。
そこで私達はお互いに永遠の愛を誓い、生涯の伴侶となる。
今日から私は雨宮 理紗子から桜木 理紗子になるのだ。
祭壇の前で私達は向かい合い、年配の神父さんの言葉でお互いに生涯愛することを誓い、指輪の交換をした。
「ではベールをあげてください。誓いの接吻を」
康太の手がベールに伸びる。
捲ったベールを震える指でゆっくりと後ろに流し、私達はしばし見詰め合う。
緊張の為なのか、康太は真っ赤な顔で口を真一文字に結んでいた。
私は私で、緊張と気恥ずかしさで顔が熱い。きっと康太と同じような顔になっているのだろう。
ゆっくりと康太の顔が近付いてくる。
私はとても照れくさくなって、思わずぎゅっと目を閉じた―
「…?」
いつまで待っても来ない感触に目を開ければ、先程のチャペルではなくいつもの夫婦の寝室。
外からは小鳥の囀りが聞こえ、薄いグリーンのカーテンの隙間からやわらかい日差しが差し込んでいる。
私はあんまり回っていない頭で状況を整理する。
「んー…もしかしていまのは、夢?」
口を着いて出た言葉に一気にテンション駄々下がりになる。
(どうせなら最後まで見たかったな)
溜息をついて、良い所で起きてしまったことを悔やむ。
目覚まし時計を見れば午前8時。
いつもは夫の弁当や朝食を作る為5時に起きるのだが、今日は予定もなく自分1人だけだった為、
アラームを鳴らない設定にしていた。
それでも、起きる時間にしては遅すぎる位だ。
私は軽く伸びをすると、顔を洗いに部屋を出た。
「今日はどうしよう」
キッチンで朝食のバタートーストを齧りながら、一人呟く。
時計を見ると8時半になるところだった。
行きたい所は昨日行きつくした感じだし、これといって見たい映画もないし、友人達に連絡を取ってみたものの、週末はそれぞれデートや家族でお出かけなどの用事があると断られてしまった。
携帯電話もチェックしてみたものの、誰からの連絡もなかった。
(まぁ週末だし、しょうがないよね)
ゆっくりとカフェオレを飲みながら、友人達の事がちょっとだけ羨ましくなった。
思わずフッと息が漏れる。
思えば、いままで一人暮らしの経験は皆無だった。
康太と付き合い始めて、結婚前に同棲をするまで家を出たことがなかった。
だからだろうか、1人で1日留守番というのがなんだか落ち着かない。
思いつくことも1日DVD見たりとか本を読んだりとかちょっとドライブとか…思いつくのは「1人でも楽しいけれど2人(以上)だったらもっと楽しくなりそう」な事ばかり。
没頭しちゃえばそんなことも思わないのかもしれないけれど。
明日になったら夫が帰ってくる。
その事がただ嬉しい。
その後、いつもより念入りに家中の掃除をして家中ピカピカにし、使わないもの片付けてすっきりさせた。
いつもはこの後買い物に行くのだけれど、今日は出かけるって気分でもない。
まだ時間はたっぷりとある。今日は何をするかじっくり決めることにした。
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「でーきた♪」
ナプキンが敷かれた皿の中に一口大の四角いプレーンパイとチョコレートパイ、イチゴパイ、ブルーベリーパイが、もう1つの皿には餃子の皮で作ったアップルパイ(もどき)が入っている。
あの後、キッチンで何かないか探して出てきたのが小麦粉、卵、砂糖、塩、牛乳、バター、リンゴ、それからジャム、チョコレートと餃子の皮。
この材料なら…と思い、始めてみたらいつの間にか山盛りのパイが出来上がっていた。
時間も丁度3時を指している。
私はお湯を沸かすと紅茶を淹れ、それぞれのパイを1つずつ摘んで口へと運ぶ。
「…おいしい」
1つ食べては紅茶を1口。
美味しいお菓子と美味しい紅茶をじっくりゆっくり味わう幸せ。
思わず頬が緩む。
「なんか…幸せだなぁ」
こういう一人だけの時間も、悪くはないかも…ちょっとだけそんな事を思った。