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とある夫婦の日常  作者: 茉莉 清香
とある奥様の日常
1/7

1日目

「じゃあ、行ってくるよ」

「うん、行ってらっしゃい。気をつけてね」


 スーツ姿で家を出る夫と、それを笑顔で見送る私。

 何時もの時間に、何時ものスーツで会社に出かけていく夫。


 付き合って4年、結婚3年目のまだ新婚ともそうではないとも言える微妙な所の私たち。

 夫の桜木 康太は会社のサラリーマン、私こと桜木 理紗子は専業主婦。


 同じ県内に住む義父(ちち)義母(はは)にはとても良くしてもらっている。夫とは親友のように仲の良い義弟(おとうと)(ケイ)君も、私の事を「義姉(ねえ)さん」と呼んで慕ってくれる。


 そんな義実家から突然の電話。


「もしもし、リサちゃん?元気でやってる?」


 義母(はは)の言葉に思わず笑みがこぼれる。

 私はもちろん夫も元気だという事を義母(はは)に伝え、暫くお互いの状況などを話しあっていた。

 そしてふと訪れる沈黙。

 本題に入る時の義母(はは)の癖。


「それで、今日電話したのは今度の法事の事なんだけどね…」


「…わかりました、では康太さんに伝えておきます」


 私は義母(はは)が電話を切ったのを確認すると、そっと受話器を置いて、一つ溜息をついた。


 義母(はは)から聞いた話を要約すると、今度の土曜日に義父(ちち)の父―夫にとっては祖父―の13回忌がある。

 その本家は北国にあり、現在は長男(義父兄)が継いでいる。

 法事は朝からなのとその後に1日宴会をするという事で、急遽金曜の朝の便で飛行機で行く事になったらしい。こちらに戻ってくるのは日曜日の夜。

 結構ハードスケジュールだ。


 一番近い空港からは家から車で約1時間。

 こっちの空港から義父の実家までは飛行機で2時間、車で30分の所らしい。


 今日は水曜日。後2日しか時間が無い。

 私は夫に「夜に大事な話がある」とだけメールを送り、夫のスーツケースに必要なものを詰め込んだ。


 その夜、帰って来た夫に今日あった電話のことを告げると、なんとも言えない顔になった。


「なんでもかんでも自分勝手に決めてさ…何時も急すぎるんだよ、あの伯父さん」


 夫がしかめっ面をしながら言った。



 ―金曜日、朝―


 何時もの時間に、何時ものスーツで出かけていく夫。

 何時もと違うのは、夫の行き先が会社じゃない事。

 靴を履いた夫が、こちらに振り返った。


「…なぁ、理紗子」


「なに?康ちゃん」


「よかったら、一緒に行かないか?…途中までだけど」


「うん…そうだね。ありがとう」


 こうして私は夫と一緒に車に乗り、義実家で義父(ちち)義母(はは)(ケイ)君を乗せてそのまま空港へ行く事になった。

 行き先は北国。だがしかし、悲しいかなそこに桜木家の(わたし)の席は無かったりする。


 理由は簡単、義父(ちち)の本家から「遠方から来てもらえるのはありがたいが、出来たら近しい親族(義父兄弟とその嫁・子供達の事らしい)でやりたいんだ」と言うことで…他の親戚はその思いを汲んだらしい。


 …その気持ちはわからなくもないけどね。なんか微妙な気分になったのは何故なんだろう…

 車で空港に行く間、義父(ちち)義母(はは)に謝り倒されたのは心が痛かった。

 私もとりあえずは納得しているのだ。割り切っているとも言うけど。

 夫は最後まで「法事なのに理紗子を連れて行けないなんて…」と不満気に呟いていた。


 空港でみんなを見送った後、私は結婚して初めてとも言える「3日間の1人の時間」を満喫しようと思い、乗ってきた車を運転しながら、気になっていたお店に足を伸ばすことにした。


 最初は高級タルト・ケーキのお店。

 店内は洒落た西洋風の内装だ。白を基調とした店内に、こげ茶のテーブルと白のレース付きクロスが良く映えている。

 何時もは込み合っているものの、今日は時間が早いせいか人はまばらだった。

 ここのベリーのタルトは高いだけあってすごく美味しかった。

 一口食べた瞬間、思わず満面の笑みになってしまった位。

 味は濃厚だけど甘みあっさり。まさに私好みの味。タルト部分もサクっとしていて、口の中でほろりと崩れる。

 結構大きめだったのに、あっという間に無くなってしまった。

 セットのダージリンはストレートで。こちらも香りが良くてとても美味しかった。

 両方とも、自分では到底出せないような…これはまさに「プロの味」ってやつなのかな?

 今度康ちゃんを連れてこよう。きっと気に入ってくれるはず。


 ケーキ屋さんを出て向かったのは、これも前から行きたかった有名なパン屋さん。

 店員さんの制服が可愛いと評判でもある。

 黄色いワンピースに白の丸いエプロン、頭にはワンポイントの白い花刺繍が付いた黄色の三角布を巻いている。

 外国の民族衣装みたいで可愛い。

 あたたかいカントリー風の店内には、所狭しといろんな手作りパンが置かれている。

 菓子パン、惣菜パン、食パン…いろんなパンの匂いが店内に充満して、これだけでもすごく美味しそうに感じる。

 色々目移りしながらも、ここではおすすめの塩パンとブリオッシュ2つ、一番人気の食パン1斤を購入。

 さっきタルトを食べたばかりなのに、おなかが空いてきたのは何故だろう。

 お会計を済ませると、店員さんが可愛いピンクの地に白い花のプリントがしてあるビニール袋にパンを詰め込んでくれた。

 可愛いのはお店の雰囲気や店員さんだけじゃないらしい。


(これは家に帰ってから食べよう)


 そう誓いながら、私は車に戻った。


 その後はブティックによって服を見たり、本屋で立ち読みしたり、デパートで色々見たり、いつもは入らないような所でご飯食べてみたり…

 気が付けば空が赤くなり始めている。時計を見ると6時になるところだった。


「そろそろ帰るか…」


 私は一人、呟いた。




 両手に今日の戦利品を持ち、愛しの我が家の玄関前に立つ。

 私は意を決してドアを開ける。

 ドアをちゃんと閉めてから廊下の電球をつけて深呼吸。


「ただいま!我が家!」


 わざとらしい程に元気良く言っては見たものの、「おかえり」を言ってくれる人は誰も居ない。

 シーンとした廊下に私の声だけが響く。


 私は部屋に入ると荷物を置いた。

 部屋の電気をつけると、朝出かける前の状態のままだった。


「…康ちゃん、今日は帰ってこないんだよね」


 自分の言葉で、急に寂しさが込み上げて来る。

 いつもなら、どんなに遅くても帰ってくるってわかっているから、1人でも寂しいなんてことは無い。


(だけど、今日は…)


 私はその続きを飲み込む。

 余計に寂しくなりそうで。


「…やめた!パン食べよう、パン!」


 私はピンクの袋から、丸いブリオッシュを出してかじり付く。

 途端に口に広がる甘くて優しい味わい。

 なんとなく、ブラックコーヒーが飲みたくなった。


 私は早速キッチンでコーヒーを入れる。

 甘くなった口の中が、ブラックコーヒーで苦味に塗り替えられていく。

 甘いパンとブラックコーヒー。甘い日常と苦い現状。なんとなく、今の私みたいだと思う。


「よっし、もう1個!」


 ピンクの袋から、塩パンを取り出す。

 一口食べればじゅわっと塩味が溢れる。

 これも苦いコーヒーで流す。

 塩パンを食べているうちに、視界がぼやけて鼻の奥がツンと痛む。

 やがて口の中にもどんどん塩パンではない、しょっぱいものが流れ込んでくる。


「やっぱり…1人は寂しいよぅ」


 塩パンをかじりながら、私は1人で泣いた。



6/19修正しました。

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