朝から黄昏が見れるのは貴重かも
あの時代は今ほど就活がきついわけではなかったのですが、のんびりしてたと言うかなにも考えてないと言うか、そんな感じで失敗してたわけですけど。親が公務員っぽいところに勤めていて、そんな中で勤務先に準じると言うか、今で言うところの社畜だった訳ですが、会社のためにと動いた結果、社会にも見捨てられるかの様な仕打ちを受けた姿を見てたのですね。
そういうこともあって会社に勤めると言うより、独立可能性が高い道を探していたというのもありました。幸いなことに、入った会社は、待遇でいろいろ問題はありましたが、3年も最前線で仕事すれば、少なく見積もっても、独立して結構な売り上げが見込める目処も見えていたのです。
そうは言っても背に腹は変えられず、明日のご飯も食べれない様では、独立なんて言う余裕は無いわけです。
ところが、就活がことの他うまく行ったのも、なんというか不思議な話ですけどね。
その時の話に前後して、会社から社員に対してボーナス無支給の説明会と言うのがありました。新人は夏のボーナスははなからもらえないルールになっていたので関係は無かったのですが、危ないと言うことはわかっていたので、やっぱりな、という感じでしたね。
このルールという奴を説明しておくと、新人は6ヶ月は見習いである、と定義しているからだそうです。それが正しいかどうかは分からないけど、今の時代では、これが通用するのは3ヶ月までですけどね。
説明会は荒れましたね〜。そもそも月の給料はやっぱり安くてボーナスで挽回している様な給与体系だったみたいです。そんなことがあって、ある日、課長に呼ばれて外回りについて来いと言われたわけです。実はそれは社内での言い訳で、課長から、この会社はもう持たないから就職活動した方がいい、協力は惜しまないという話でした。丁度就活真っ最中だったので、実はその事実は把握していて、もう就活中だと話をしたら、翌日からすごかったですよ。ある意味良い方にね。
就活には平日会社を休む必要があったわけですが、理由を言う際に、就活だと告げると、大喜びで承認してもらったり、当時は休むのに部長まで承認をもらわなければ行けなかったのだけど、課長が、私が就活で休むそうだからと部長に言うと、その部長から、そうか、頑張ってこい!と言われたり。
この頃になると会社の中でも、どうやって辞めるか、就職をどうするかと言う様な雰囲気がずっと漂っていたのです。こう言う時の会社の無かって不思議な空気感なんですよ。朝出社すると、会社の中がまるで夕方のような黄昏の雰囲気って言うんですかね、そんな感じだったのです。
ちなみに会社の中にある雑誌の社員募集の記事は、コピーされたり切り取られたりが頻繁に行われていて、たまに良さそうな募集を見つけた人がコピーし始めると、近場にいた人が、俺にもコピーちょうだいとか言って群がっていたり、仕事はあるはずだけど、まぁ、だれも真剣にしてない感じではありましたね。
そんな甲斐もあって(ってどんな甲斐だ?)就職先も決まって、なんと、退職1号おめでとう会まで開かれてしまったというおまけ付きでした。
件の会社ですが、翌年の3月に、見事に潰れましたよ。予想より持ったなぁ。3月の給料は未払のままで、後々まで揉めてたみたいですけどね。
就活自体も呆気にとられることとか、あり得ない受け答えしていたと思いますけど、これは次回あたりに書くことにします。




