あれから、それから
ネタが無い、ということは否めなかったのですが、会社の中でいろいろあったので、書く気力というか余裕というか、そういうものがなくなってました。ですが、まぁ、過去形なので、現在は違うというわけですね。中断してからのいろいろを思い出しつつ、またゆるゆると書いていきます。
ということで、少しさかのぼった話からツラツラと。
定年退職という制度というか、まぁ、60歳になったら定年ということで退職金をもらって引退、というのが昔からの日本の就業形態です。
尤も、昨今では昔みたいに、勤め上げる、ということに対して重きを置くことが無い社会になっていると思いますけどね。それでも、そこそこの会社やそれなりに歴史のある会社だと、まだ定年まで詰め上げる、ということは、一定の特典があったりします。まぁ、大体は退職金がある程度上乗せされてたりするわけですが。
で、定年退職というのは、ちょっと前まではその時点で社会人引退ということだったのですが、今は再雇用制度というのがあって、本人の申し出があれば再雇用をしなければならないという決まりがあるわけです。
この再雇用というのは、大体役職(課長とか部長とかそんなものですね)が解かれて、給与も半分以下ぐらいまで下げられてしまうのが多いようです。これはこれで問題があると思いますけどね。会社からしてみたら、定年退職までに自分の人生設計として大きな出費(育児、学費、家のローン)は終わっているはずである、だから定年すぎて雇用するつもりはないけど、法律で雇用しなければならないので、なるべく安く済ませなければならないから、生活できるぐらいはあげるよ、という感じみたいですね。
もっとも再雇用というのは、待遇的な話は会社の問題かもしれないですが、それまで部下だった人たちにとっては、なかなかに面倒くさいものだったりします。
なにしろ、自分はもう上司じゃないから命令はしないけど、仕事もないから今までの経験でアドバイスをしてあげるよ、という感じでいる人もいます。正直、前時代の経験に基づくアドバイスとか、失敗しないようにするアドバイスとか、本人は役に立ちたいと思っているかもしれないですが、迷惑な場合が多かったりします。
私がいたときに定年退職された上司は、開発センターの所長をやっていたのですが、ソフトウェアの共通化というテーマを引っ提げて再雇用されてきました。事業部長や社長がセンター長の上役になるのですが、そのテーマが魅力的に見えたのと、センター長だった人が、まぁ、目をかけていた部下だったのもあって、再雇用にもかかわらず役職を作って与えてました。
問題は、引っ提げてきたテーマです。ソフト、それも組み込み業界にいるとわかるかと思いますが、多種多様な機器に展開しているソフトウェアを共通化して、個別の開発にかかる人・物・金を削減できる、という前時代の謳い文句は、夢物語であり、非現実的なのです。ところが、前時代の人であるこの前センター長は、これこそが改革であるとばかりに昔の部下を巻き込んでかき回すことを始めました。
結果、まぁ、当然ですが、周囲は疲弊し、成果は出ない、出ないどころか悪影響まで出てきてしまう始末。そこで引っ込めばまだいいのですが、成果が出なくて悪影響が出ているのは、共通化に取り組んでいる担当が協力的でないからだ、と自分は悪くない、自分は正しいを貫いています。
最終的な結果は5年もしたら出てくるでしょうけど、どうなるやら。
この一連の問題では、老害という言葉を思い出さないわけにはいきませんでした。目違っていることを認めない、自分は常に正しい、自分の言うことに従わないやつが悪い、世の中のことは自分がすべて知っている、こういう感覚が無意識に出てしまっていることに、全く気が付いていないわけです。こういうことは特に定年前に重要なポスト、上位の役職についている人に多く見受けられますね。
再雇用がいけないとか、年取ったら働いてはいけない、というつもりはさらさらないですが、誰かを巻き込むような場合は、意見を言う方ではなく、ひたすら聞くという姿勢を取って、自分と今の人たちとのギャップをきちんと理解するようにしてほしいですねぇ。
まぁ、自分のことはひとまず棚に上げて・・・




