電子戦の入り口
どうも、時間空いちゃいました。仕事が多忙になってきたのとストレス過多で少々余裕を無くしておりました。少しばかり書き物の時間を取ることが出来たので、また再開していきたいと思います。
今や、ありとあらゆるものにCPUが入り、ソフトウェアがいろいろなものを動かしています。かくいう私もそんな機械装置を作る側にいる身ですが、そのほとんどは仕事で身に付けたものではなかったりします。
かなり時代を遡るのですが、パソコンとかマイコンとか言う名前が登場してきた時代を生み出したものとしては、TK-80、MZ-80シリーズがあり、そしてそれはPC8080、X1、FM8などなどへ繋がっていきました。そういう時代を生で体験してきたことはある意味良かったかなとも思いますけどね。
この頃、Windowsだとかもなく、OSと言うものもパソコンごとにばらばらでした。そんな時代の中で、パソコンを使う仕事が世の中の中心になるという感覚がありました。当時はまだ学生でしたが、そんな感覚は非常に強かったように思います。
大学でもコンピュータと言えば汎用機が中心で、言語と言えばFortranという時代です。
ちなみに、この頃のプログラムってどうなっていたかというと、ニモニックという単位で1ステップごとに穴を開けたカードを汎用機に読み込ませて実行させていたのですね。いわゆるカードリーダー時代です。ピンとこないかもしれないので少し補足しますと、マークシートってあるじゃないですか?あのマークシート1枚がプログラムの1行に相当すると思ってください。そのシートは1枚がはがきぐらいのサイズがあるのですが、百行もプログラム書くとそれが百枚になるわけです。それをプログラムの順番通りに1枚ずつ作成して、1枚ずつ順番に読み込ませるわけです。んで、この順番というのもくせ者で、読み込ませる順番通りに読み込ませないと駄目なんですね。なので、作成して読み込ませる前に落としたりなんかしてばらばらになると、1個ずつ目で見て確認しながら順番通りに並び直さないと駄目だったりします。
幸い、汎用機の出力はモニターというものに対応していたので、昔のSF映画に出てくるようなコンピュータから穴の空いた紙のリボンが出てきて、それを読む、なんてことはしなくて済んでましたが。でも、その手段も普通にありましたけどね。
そんな時代に、パソコンというのは画期的だったわけです。そしてこれからはパソコンの時代だってんで、私もバイト代つぎ込んで購入したわけですが、なにしろインターネットなんて無い頃ですからね。情報が無い。なのですが、どういうわけか、私には、この手の技術に長けた友人がいたわけです。こいつを師匠にしながら、実にいろいろなことを試しました。
私自身がやったことは、自前でOS作る、ファイルシステムを作る、メディアフォーマットを作る、コンピュータで描画するとかやってました。いまでは当たり前に存在しますが、当時はこういうものは専用のメーカー以外では作ってないし、一般に使われるようなものでもなかったのです。まぁ、この辺りを細かく書くと、だんだん訳が分からなくなってくるので辞めときますが、そんな時代だったと思ってもらえるだけでいいです。
今回取り上げたいのはそんな時代の中で、私が師匠とした人物です。今でこそハッカーと言う言葉は一般的に知られた言葉ですが、正真正銘のハッカーだったわけです。どんなことをしていたか?
当時のゲームはフロッピーディスクに特殊フォーマットを行って、独特なフロッピーの制御を行うことで複製を作成できないようにしていた、つまりコピープロテクションをしていたのですが、これを解析して複製できるようにしたり、さらに独自のコピープロテクションを掛けたり、なんてことは当たり前にやってました。かくいう私も上に述べたことはそれですけどね。あ、言っときますが、複製で遊んでたわけじゃないですよ。ちゃんと自前で買って、それを自分用に解析して遊んでいたわけです。この遊び、ゲーム自体を遊ぶと言うよりコンピュータ制御で遊ぶツールとしてゲームを利用していたということになりますが。
こんなノウハウを師匠に習いながら遊んでいたわけですが、この師匠は、今では立派な電子戦とも言うべきことも手がけていました。インターネットのない時代であっても情報のやりとりは通信を使って行われていました。それは一般の電話にカプラというものをつけてコンピュータ同士でやりとりするものを可聴領域の音に変換して送受信するものですね。
で、なにをしていたかというと、夜な夜なこのカプラを駆使して、結構危ない情報眺めて遊んでいましたよ、この師匠は。
一番たまげたのが、自衛隊の通信に割り込んで情報入手して遊んでました。まぁ、このカプラを使わずに電話先のコンピュータに自分の口でピーギャーって発生して人とコンピュータが通話するという離れ業までやっていた人物ですからね。
ただ、ハッカーの矜持というものは熱心に主張していて、ハッキングによって得られた情報は、決して第三者には漏らさない。なぜならハッキング行為とは自信のスキルアップの為であり、特定の相手の損益に関与するのはハッカーではない、というのが持論でした。
この師匠の使っていたパソコンは、シャープのX1というパソコンです。ハーカーと言われる人の多くがこれを使っていました。なんでかというと、シャープのパソコンは自分でいろいろやらないと遊べないパソコンだったからです。なのでX1使いはハッカーの代名詞とも揶揄されてました。
まぁ、古き良き時代、と言えますかねぇ。情報漏洩だ、セキュリティだ、とかでがんじがらめに監視されている今の時代から見れば、信じられないことが出来た時代でもありました。
この師匠、大学は途中で中退してしまって、ゲームメーカーに入って、それなりに名作を作ってきたけど、会社と対立して辞めてしまって、ゲーセンの店長やってたという所までは分かってたのですが、その後どうなったか全然分からなくなっちゃいましたけどね。変人だったからなぁ、まっとうな人生歩んでいる気が全くしませんけどねぇ




