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第5話 殺し屋と王子の会談

 玄関広間を後にしたスノウは仲間のソールを連れて、先日レジスタンス組織『銀狼党』の指導者となったジェイスのもとへと向かった。


 奴の部屋は、この屋敷の最奥部にある。

 ここは元々、ローゼス侯爵家の別荘として建てられた邸宅だ。

 ただ所有者である侯爵家当主ホルガルドは、考古学にしか興味がない変わり者で、別荘どころか本宅にも滅多に帰ってこない。

 使用人も古くから仕える者が数人いるだけで手が足りず、長年ほったらかしにされていたのだという。

 おかげで痛みが激しく、修繕にはサイファスが私財のすべてを費やしたのだとか…。

 だがその甲斐あってか内装は古いながらも美しい姿を取り戻している。

 特にジェイスの部屋がある最奥部は、見事な装飾が施されている一画だ。


 ジェイスの部屋の前には、若い男が長い棒を持って立っているのが見えた。

 先日の扉を破壊される事件があって以来、常時配置されるようになったジェイスの居室限定の警備要員だ。

 事件自体は身内による犯行なので問題はないのだが、党の指導者の居室が完全にノーガードであったことには少々問題があったらしい。

 合わせて、いまだに信じられない話ではあるが、奴がこの国の正統な王位継承者だと言うこともあり、党員の中でも王宮近衛兵だったメンバーを一名、交代で扉の前に立たせるようになったのだ。

 しかし、いくら元王宮近衛兵と言えども、武器と言えるものは今のところ棒一本。しかもたった一名でどうするつもりなのだろうかと思わなくもないが、サイファスはこの貴重な一名を王子にあてることに意味があると思っているようだ。


 警備の青年はこちらの姿を認めるとすぐさま身体を緊張させた。

 当然ではあるが、初めて見るソールを警戒している。

 一方のソールはただの警備員などまったく眼中にない様子で、廊下の壁や柱を眺めていた。

 おそらく家屋や家財の資産価値から、これから会う人物が大体どれくらいの経済力を持っているのか推察し、今後の交渉材料にでもするつもりなのだろう。

 ゴルダ村の再建や元締めの治療費などを考え、今回の仕事でできるだけ大金を稼いでおきたいという気持ちは理解できる。だが交換条件とは言え元締めの治療を引き受けてくれたサイファスの好意に対し、隙あらばふんだくろうという姿勢はいかがなものか。

 ソールのがめつい性分も度が過ぎると考えものだ。


「こちらで御用件をお伺いします」


 警備の青年に引き留められ立ち止まったスノウは、斜め後ろでキョロキョロしているソールを親指で指し示しながら答えた。


「あれは俺たちのリーダーだ。サイファスの要請で正式に銀狼党と契約したから、党首に挨拶したいと言っているんだが、中に入れてもらえないか?」


 そう言うと、つり上がった短めの眉をしたその警備員はいくらか緊張を解いて答えた。


「申し訳ありません。イルーク王子はただ今お部屋にはいらっしゃいません。先ほどヘルミナ様と資料室に行くと言ってお出掛けになりました」

「資料室?」





 警備員に教えられて資料室と呼ばれる場所に向かうと、そこではジェイスが本棚に囲まれた机に頬杖を付きながら、立派な装丁の古書を広げてため息をついていた。


「──ったく、なんでこの歳になってまで机で勉強しなきゃならねーんだよ」


 ぱらぱらとページをめくりながら不満を漏らすジェイスの傍らには、奴の従者であるヘルミナが何冊も本を抱えて控えている。


「ジェイス様が王宮で過ごしていたならば当然学んでいた内容です。今からすべてを習得するのは難しいでしょうが、せめて我が国の政治形態と王室の成り立ちは知っておいていただかなければなりません」

「せめてって、王室の資料だけでもこんだけの量があんだぞッ?」

「仕方ありません。我が国は今現在、世界で最も古い王国なのですから。近代以降の国王は名前とその業績を暗記しておく必要があります。それから国史については全体を押さえて──」

「こくし?」

「我が国の歴史のことです」

「歴史い? って、まさかこの辺にあるやけに分厚い本のことか? おいおい、もしかしてこれ全部読めって? どんだけ昔からあんだよこの国は!」

「神話時代も含めますと建国は約六千年前です」

「やってられっかッ!」

「資料はたくさんあるのでどれを読んでいただいても構いませんよ」


 そう言うとヘルミナはジェイスの目の前にどさっと本の山を築いた。


「クソッ、マジかよー……」


 開いた本にのし掛かるように突っ伏したジェイスが、半泣きしているような声を吐き出した。


 どうやらこちらの存在には気付いていないようだ。


「邪魔をするぞ」


 軽く声を掛けると、ジェイスとヘルミナの二人は揃ってこちらに視線を移してきた。


「ああ、スノウさん」

「何をしているんだ?」


 何やら力の抜けたやり取りに素朴な疑問を述べると、ヘルミナが苦笑いを浮かべた。


「恥ずかしながら、ジェイス様を王子として再教育中です。イルムガードでの生活は実にのびのびとしたものでしたが、のびのびしすぎて王子としては少々知性が足りませんので」

「はっきり言うなコラ!」


 まったく遠慮の無い側近に知性の足りない王子は不満げだ。この二人に本当に主従関係が有るのかどうか怪しく見える。

 だが、本人も知性云々が事実であることは認めているらしく、それ以上ヘルミナを咎めたりはしない。

 その代わり、どういう訳か怒りの矛先がこちらに飛んで来た。


「なんだよなんか用かよ! 取り込み中だってことぐらい見て分かんだろ? 用もねえのにこんなトコ来んじゃねえよッ!」


 スノウは胸中で舌打ちした。

 この男は相も変わらず態度が悪い。だいたいこんなカビ臭い所に用も無く来るものか。


「ジェイス様! なんという言い方ですか!  ──すいませんスノウさん」


 ヘルミナはまるで母親のように主人をたしなめてから、申し訳なさげに謝った。


「それで、私たちに何か御用ですか?」

「大したことじゃない。俺たちの代表者を連れてきたんだ」

「代表者? ああ、ゴルダの方ですね。父から話は伺っています。そちらの方が?」

「ああ。是非ともそこの脳足りん王子に挨拶をしたいと言っている」


 誰が脳足りんだッ、といきり立つジェイスを空気のように無視して、スノウは後方のソールに目配せする。

 すると彼女は少し居住まいを正してからヘルミナに近付き、きびきびとした動作で片手を差し出して握手を交わした。


「はじめまして。ゴルダのリーダー、ソールよ」

「はじめまして。私はヘルミナ・オズバント。イルーク王子の近習です。こちらにいらっしゃるのはジェラルド・イルーク王子。アルフ・アーウの正当なる王位継承者であり、我ら銀狼党の党首でもあります」

「あなたさっき“ジェイス”って言ってなかった?」

「それは王子の仮のお名前です。イルムガードに亡命中は身分を隠しておりましたので、その名で通しておりました。まあ、今となっては愛称のようなものですね。どちらを使っていただいても構いませんよ。みなさんお好きな方で呼んでいらっしゃいます」

「へえ…、好きに呼んでいいなんて、ずいぶん気さくな王子様ね」

「ジェイス様は呼び名一つにそこまで深くお考えになりませんので」

「だから聞こえてんだよ全部よおッ!」


 ヘルミナは主人に対する暴言ともとれる言い方でジェイスを紹介すると、用は済んだとばかりにさっと身を退いた。

 ヘルミナが脇へどくと、ソールの前には執務机にうなだれるジェイスだけになり、彼女は気取るでもなくごく自然にジェイスに近寄った。


「こんにちは王子様。この度は契約相手に私たちを指名していただいたそうで──」


 それを聞いたジェイスが、けっという顔で悪態をつく。


「鉄仮面とチビ助だけでも気に入らねえってのに、今度はお色気ねーちゃんかよ」

「ジェイス様!」


 『お色気ねーちゃん』というのはどうやらソールの事を言っているらしい。

 確かにヘルミナと比べると身体の線が出る服装をしているし、ソール自身それを自覚した上で敵の油断を誘う行動をとることがある。

 スノウは以前、初めてヘルミナを見てソールに雰囲気が似ていると思ったが、こうして二人並んでいるのを見ると大きな違いがあった。

 どちらかと言うとヘルミナは清楚に見え、ソールはそれに比べると濃艶に見える。

 それにしてもジェイスの奴、よくもまあすぐに色んな呼び名を思い付くものだ。


「ゴルダってのは四人しかいねえんだろ? この分じゃあ残りの一人ってのもロクな奴じゃねえな」

「ジェイス様失礼ですよッ⁉」


 主人のあまりに無礼な物言いにヘルミナが声を上げるが、ソールは気を悪くする様子もなく平然としている。


「四人じゃなくて正しくは五人よ」

「あ?」

「殺し屋“ゴルダ”のメンバーは全部で五人だって言ってるのよ。まあ一人は戦闘タイプじゃないから戦力的に言えば四人で合ってるけど」

「だったらいいだろーが! ──ってかどうでもいいわそんなこと!」

「そうね。どうでもいいわね。それに、どっちにしろ残りがろくな奴じゃないって言うのは合ってるしね」


 確かに、女装趣味の変態とイカレ薬師だったら十分ろくでもない。


 わざとか無意識なのかは分からないが、挑発的な態度のジェイスに対し、ソールの態度は妙に落ち着いている。

 それが余計に癪にさわったのか、ジェイスは苛立たしげに舌打ちをすると、急にこっちを向いて怒鳴った。


「おい! どうなってるんだよお前ら!」


(どうって何だよどうって……)

 

「全部で五人しかいねえのに残りの二人は使えねえなんて、殺し屋がそんなんでやってけんのか?」


 余計なお世話だ。


「…ははっ、やってける訳ねえよな。だいたいそんな弱小チーム雇う奴がいるわけねえ」


 いるだろうが、お前の所のジジイが。


「……嫌なら雇うな」


 思わず呟いてしまった。


「なんだってえッ?」


 小声で言ったつもりだったが、ジェイスの地獄耳にはしっかり届いたようだ。


「まあまあ、そのくらいにしなさいな王子様。ゴルダの現状を心配してくれてるのかもしれないけど、はっきり言ってありがた迷惑ってやつね。私たちはこれでもその筋では名の知れた殺し屋なの。王子様が私たちをどう思っていようと、今さら契約を破棄することはできないわよ?」

「んなこたわかってるわ! ──ったく、お前らには雇い主にちょっとでも気に入られようっていう気はねえのか?」


 くすりと笑うと、ソールは無駄に露出した胸元を強調するように腕を組んだ。


「お生憎さま。そんな気はさらさらないわ。報酬さえもらえれば、クライアントにどう思われようと構いやしないの。あなたと私たちはそれだけの関係。それともなあに? 王子様は殺し屋にもチヤホヤされたいのかしら?」


 艶のある唇に笑みを浮かべるソールの方が何枚か上手のようだ。

 ジェイスは言い返すことも出来ずにぐっと唇を噛んだ。


「まあ安心してちょうだい。私たちはプロよ。要求されたことは必ず達成するから」

「当たり前だ。その為にこっちは大金払ってんだからな!」


(結局、殺し屋を雇うことに納得はしてるのか……)


 だったら余計なことは言わずに黙っていればいいものを、どこまでも態度のでかい奴だ。

 ヘルミナは後方で苦笑いを浮かべている。


「けどな、ひとつ言っておく──」


 そう前置きすると、ジェイスは真剣な面持ちで語りだした。


「レジスタンスと言えどもオレたちは非暴力をポリシーにしている。いいか? 絶対に民衆に危害は加えるなよ。国が変わろうとしている時に、犠牲になっていいのは為政者だけだ!」


 それは、チンピラ似非王子らしからぬ意外な発言だった。

 何となく流されるように現在の立場に立たされているのかと思いきや、そんな風に考えているとは……。


「…それは、殺し屋には難しい注文ね」

「なんだよ! 仕事だろッ?」

「もちろん、やらないとは言ってないわ。追加料金だけど」

「守銭奴かてめえはッ!」

「それ私にとっては褒め言葉よ。フフ…了解。肝に銘じておくわ」


 ジェイスはまだ言い足りないのか喚いているが、意外なことにソールは気を悪くするどころか、何やら面白そうに微笑みながら踵を返して資料室を後にした。



「あなたの言ったとおりね。“王子様”には程遠い人物だったわ…」

「態度だけは王様並みだけどな」


 スノウがそう呟くと、一層面白そうに笑う。

 別に言うほど心配していた訳じゃない。

 ソールはおとぎ話の王子様に憧れるような純真無垢な子供時代など過ごしてはいない。

 それでもちょっとは『チンピラ王子』に面食らうだろうなと予想していたのだが、その予想に反してソールは驚く様子もなく楽しげに笑っている。


「話を聞いたときは、帝国の王子なんて堅苦しくてつまんない男かと思ってたけど、想像と全然違ったわ…」


 確かに奴に堅苦しさは無いだろうが、同時に品性もない。


「私たちの働きによっては、あの男がアルフ・アーウの新しい王様になるってことなの?」

「まあ、そういうことになるな」

「ふーん……」


 何を考えているのか、ソールはもう一度先程までいた資料室の方を振り返る。


「あんな王様がいたら……、ちょっと面白そうね」


 どの辺がどう面白いのか分からないが、ソールはふっくらした唇を弓形に結んで微笑んだ。








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