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司令官はまつろわない3〜対決編〜  作者: 綾部みね子


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第29話 司令官の探しもの2

 王宮の図書館にたどり着くと、確かにそこは思わず口を開けたまま見上げてしまうような光景だった。


 1階と2階とを吹き抜ける高い天井。

 そこには空に舞う天使のフレスコ画が描かれている。

 室内は少し薄暗いが、小さな円い天窓がいくつもあいているため、そこから降り注いだ陽光がところどころに床を照らし出していた。

 部屋の壁という壁にはすべて本棚が備え付けられ、それは天井近くまでそびえ立つ。

 そこに納められたおびただしい数の書物は大小様々。しかしどれも上質なものなのか、背表紙には金の箔押しが装飾されていて、そのひとつひとつが降り注ぐ光に照らされキラキラと輝いて見えた。

 

 まさに壮観。


 そんな光景に、実際に呆けたように口を半開きにしたまま立ち尽くしている者がいる。

 その人物はこちらに気付くとひどく驚いた様子で、慌てて走り寄ってきた。


「あ、ふっ、副官ッ⁉ お目覚めになったんですね‼」


 顔を確認するとそれはヒメルだった。

 

 すぐに気付かなかった理由は、彼女が何故か紺色のお仕着せ姿で、白いエプロンと、同じく白い頭飾りまで付けていたからだ。

 自分が眠っている間に王宮のメイドとして再就職したのだろうか。


「セイジョウ、お前こんなところで何をやっているんだ?」


 スノウが呆れ半分で顔をしかめる。しかしヒメルは質問には構わずに一方的に喋りだした。


「副官‼ 起き上がって大丈夫なんですかッ⁉ 身体は何ともありませんかッ⁉」


 そう言いながらスノウの身体を上から下までまじまじと凝視する。


「ああ、大丈夫だ。なんともない、それより──」

「なんともないッ⁉ え、だってずっと、ずーっと眠ったままだったんですよッ⁉ なんともないわけないじゃないですかッ⁉ まだ起き上がらないほうがいいですよッ‼」

「いや、いい。それより──」

「そうだ、とりあえず椅子ッ‼ 椅子に座ってくださいッ!! えっと、どこかに椅子がないかな──」


 焦りながら椅子を探し始めるヒメル。スノウは苛立つ気持ちを抑え、少し声を大きくして部下の名を呼んだ。


「セイジョウッ!」


 案の定、ヒメルはびくっと肩を震わせその動きを止める。


「心配をかけて悪かった。だがそんなことはどうでもいいんだ! 彼女は…、司令官はここにはいないのかッ?」


 スノウはこの場所に到着してすぐに少女を探していた。だが室内を見渡してみても、どこにも彼女の姿は見えない。代わりに見つけた部下は、慌てていてこちらの話を聞こうとしない。


 他のことなどどうだっていい。

 聞きたいことは一つだけなんだ。


 スノウはヒメルの両肩を掴むと、更に捲し立てた。


「教えてくれ、司令官はどこにいるんだッ⁉」

「ひゃッ、すいませんッ‼ しっ、司令官は、ここにはいませんッ‼」


 ぎゅっと身体を縮こませてヒメルは答えた。先ほどまでの表情を一変させ、完全に怯えている。


 しまった──。

 焦るあまり、ヒメルを萎縮させてしまった。


(……どうかしてるな俺)


 胸中で自分に呆れながら、スノウはヒメルの肩を解放した。それから気持ちを落ち着けるように眉間を抑えて深呼吸すると、できるだけ柔らかく聞こえるように慎重に言葉を選びながら口を開く。


「すまん。身体はもう本当に大丈夫なんだ。ずいぶんと長く寝ていたからな……。それより、俺は司令官がここにいると聞いて来たんだが、何か知らないか?」


 そう問い掛けると、ヒメルは少しは安心してくれたのか、ホッとしたようにわずかに笑顔を見せた。


「はい。司令官は確かにさっきまではここにいました。でもれいびょうってとこに行くと言って──」

「れいびょう?」

「え、と……、なんか、探してるものが、もの? なのかな。ひと? なんか、よくわからないんですけど、それが、そこにあるかも知れないっておっしゃられて……」

「探してる? 司令官は何を探しているんだ?」


 ヒメルは口籠ると視線を泳がせた。

 泳いだ先は出入り口と反対の部屋の奥の方で、天井から落ちる円い陽光から外れた薄暗い場所。


「私より、侯爵様に聞いたほうが分かると思います」

「侯爵?」


 薄暗い本棚の影に誰かがいる。

 こちらの今までのやりとりなどまるで目に入らないかのように、一心不乱に本を読みふけっている人物。

 束ねた金の髪に上質な衣服を纏った男──


「ホルガルド……!」


 最初から室内に居たことに、スノウは今になって気付いた。だがスノウが名前を呼んでも、ホルガルドは顔を上げようともしない。


「おい、ホルガルド‼」


 スノウが目前まで近付いて行って大きな声を掛けると、やっとホルガルドはこちらを認識したように目を瞬かせた。


「……ああ、君か。久しぶりだね。もう身体は大丈夫なのかい?」

「そんなことはいい! 司令官はどこへ行った?」

「司令官……?」

「ハインロット大佐だ!」

「ああ、あの子のことか。それならイルーク王子と一緒に聖堂の方に行ったよ」

「聖堂?」

「王宮の敷地内に、中世以前の国王を祀った聖堂があるのだが、その最奥にアルフ・アーウ初代国王の霊廟だといわれる施設がある。まあ、古すぎてほとんど遺跡となっている場所だが。あの子はそこに向かったんだ」

「なんで司令官はそんな場所に?」

「細かいことは私にも分からないが、遺骨を探しているらしい」

「遺骨?」


 ホルガルドは再び持っていた書物に目を落とすと、ぺらりとページをめくる。


「イオラという人物を探していると言っていたよ。古代ツラ人なんだそうだ。本来、古い遺骨の中から個人を特定するのは極めて難しいが、魔女の彼女なら分かるらしい」

「なんでツラ遺跡じゃなくて、ここで探しているんだ?」


 そう尋ねると、ホルガルドはにっと挑戦的な笑みを返した。


「古代、ツラはバーウという民族に侵略され滅ぼされたらしい。だとしたら、生き残ったツラ人は捕虜として敵地に連れてこられていたかもしれない。あの子が言うには、イオラはツラでは特別な神官で、魔女から力を分け与えられていたそうだ。そういう特殊な人物だとしたら、バーウの支配階級の人間に、奴隷として直に召し上げられていた可能性はある。直に召し上げられるほどの奴隷だったなら、主人の墓に一緒に埋葬されていたとしてもおかしくはない」

「それと、アルフ・アーウ初代国王の霊廟と、どう関係があるんだ?」


 話が見えないスノウは不機嫌気味にホルガルドを睨む。


 バーウ。

 確かその言葉は、魔女の記憶の中でルディアが言っていた言葉だ。

 ツラの民を襲った、屈強な戦士たちの姿がスノウの脳裏に浮かんだ。


「バーウというのは、アルフ・アーウという国になる前のこの国の名前だ」

「なにッ⁉」

「古代都市ツラは、バーウという国だった我が国に侵略されて滅ぼされた。生き残ったツラ人は捕虜となり、この国に連れてこられた。その中にイオラという人物がいた。まあ、可能性がある、という程度の話だが……」


 そう言うと、また手にした本に視線を落とし、ホルガルドは続ける。


「初代国王の記録に何か手掛かりがないかとこの図書館まで来たのだが、決め手になる記述は今のところない。初代国王の霊廟なら王宮の裏にあるという話をしたら、あの子が飛んでいってしまったんだよ」


 やれやれ、とばかりにホルガルドは肩をすくめる。


「イルーク王子も、静止も聞かずに一緒に行ってしまわれてね。まだ勉強の最中だったのだが……」

「……そんなに嫌だったんですかね、お勉強」

「かも知れないな……」


 ヒメルの問いにホルガルドがため息混じりに答えたが、スノウの耳にはもう聞こえていなかった。 



 司令官はイオラを探しているんだ。

 ルディアと約束をしたから──。

 

 それが、ここにいるかもしれない……?

 


 何にせよ、彼女がその場所にいるのだとしたら、今すぐ行かなければ。



「副官? どちらに?」


 スノウが踵を返すと、背後からヒメルが声を掛けてきた。

 だがスノウは答えなかった。代わりに肩越しに鋭い視線を向ける。

 言わなくても分かるだろう。という思いを込めて。


「お、お気を付けて……」


 何かを察知してか、ヒメルはそれ以上余計なことは言わずに、スノウが歩き去るのを見送った。




◆◇◆



 

 王宮の裏には広い庭園があった。

 ここも王宮の敷地内ではあるが、やはり人手が足りず、きっちりと手入れされているというわけではないようだ。

 庭園を抜けると、半分雑木林のような状態になっているところに行きついた。

 ここは大昔の国王の墓所が並ぶ地域らしく、古い石造りの聖堂があちこちに点在しているのが見える。


 三百年前に遷都してきたはずなのに、なぜこの地にこんなに古い聖堂があるのかと言うと、ここがそもそも建国の地だからだ。


 アルフ・アーウ王国の長い歴史の中で、幾度となく遷都は繰り返された。

 だが、国難が続き、建国当初の原点に立ち返ろうという機運が、民衆はおろか政治を担う貴族の中にも高まり、再び王都をこの地に戻した。それが三百年前。


──というようなことをずっと呪文のように唱えながら机に齧り付いていたジェイスは、久しぶりに外の空気を吸えたような清々しい気分がして深呼吸をした。

 しかしすぐに真剣な表情に戻り、先を歩く琥珀の少女の背中を見据える。


 初代国王の霊廟だのなんだの、そんなことはどうでもよかった。

 自分が彼女のあとに付いてきた理由はただ一つ。

 彼女に伝えたいことがあるから──


「おい、ツルギ。どこまで行くんだよ!」


 雑木林の中をどんどん突き進んで行く少女に声を掛ける。


「この先、一番奥!」


 そう言ってツルギが林の先を指し示す。


「初代国王の霊廟か? かもしれないって言われている遺跡だろ? そんなとこ行ったとしてどうすんだよ? 探してる奴がそこにいるっていう確証はねーんだろ?」


 ツルギは何も言わなかった。

 何も返すこと無く、振り返りもしない。


「無視すんなコラ!」


 ジェイスは一度だけ後ろを振り返る。

 そこにはいつものようにヘルミナが控えていて、仕方がありませんね、という顔をこちらに向けて肩をすくめる。


 それから3人とも無言で目的地を目指した。


 ジェイスは歩きながら、どう彼女に自分の気持ちを伝えようか考えあぐねていた。


 伝えたいことは一つだけ。

 オレと、一緒にこの国に残ってほしい。


 ただそれだけだった。


 ヘルミナもなんとなくこちらの緊張を察知しているのか、いつも以上に何も言ってこない。


(ここに残るってことはつまり、ゆくゆくは、お、王妃にってことなんだけど、ツルギの奴、そこんとこ理解できてんのか?)


 何だか不安になってきた。


 もしかしたら、肝心なところが伝わっていない可能性がある。


「な、なあツルギ!」


 俯きながら考えていたジェイスは、ふと顔を上げて少女の方を見た。

 ツルギは少し先で立ち止まって、何かを見上げている。


 眼前にあったのは、崩れかけた石柱に四方を囲まれた石の大聖堂。


「……これか?」


 これが、初代国王の霊廟なのだろうか。


「……うん」


 ツルギが小さく頷く。


 その大聖堂には細かい装飾が全体に施され、正面には扉のようなものがついている。だがその扉がどうやったら開く構造なのか、ジェイスには見当もつかない。


「どうやって中に入るんだ?」


 鍵のようなものは無さそうだが、そもそも押すのか引くのか、それすら見た目には分からない。


「中に入る必要はないよ。イオラがいるなら、呼び掛ければいいだけ」

「呼び掛ける?」


 すると急にツルギは沈黙した。かと思うと、よく分からない圧のようなものを感じ、ジェイスはぎょっとして後ずさった。


「ツルギッ⁉」


 信じられなかった。

 ツルギの琥珀色の髪が、見る間に青く染まっていく。


「──ッ‼」


 青い髪は波のようにうねり、風を受けて揺れている。


「イオラ、私はここにいる」


 ぼそりとつぶやく声が聞こえた。だがそれ以降は何が起きたのかジェイスには理解できなかった。


 周辺の木々がガサガサと音を立てて揺れる。

 辺りに風が吹き抜けている訳では無い。

 少女を中心に、風が起こっていた。


 ジェイスは堪らずその場に尻餅をついた。後ろからヘルミナが駆け寄ってくるのがわかったが、目はツルギからそらすことが出来ない。


 いや、これはツルギではない。

 別の何かだ。


「ツルギッ!!」


 少女の元に駆け寄りたいのに、風が強くて近付けない。

 やがてツルギの身体が光を帯び始め、直視できないほどに輝き出した。

 

「うわッ‼︎」


 一体何が起きているんだ。

 そして、それを起こしているのは、本当にツルギなのか。


(ちくしょう、なんなんだよ! 誰だよ、ツルギを、こんな訳分かんない奴にしたのは!)


 オレの、ツルギを──!!



 次の瞬間、硬質な何かが弾けるような音が耳の中に響く。


「──ぐッ⁉」


 だがその音を最後に、あれほど吹き荒れていた風がふっと止んだのが分かった。


「……?」


 恐る恐る閉じていた目を開けると、ツルギがこちらを向いて笑顔を見せている。

 ジェイスは訳が分からなくて、少女の姿を呆然と見つめることしかできない。


 だが、少女の髪が元に戻っていることに気付き、何となく、やるべきことが終わったのだろうと思った。


「……もう、いいのか?」


 そう問いかけると、ツルギはとびきりの笑顔で「うん」と答えた。


 その顔クソ可愛いな、なんて思ってしまい、ジェイスはぶんぶんと心の中で首を振る。


「何やったんだよ。オレには何が何だか、全然分からねえ……」

「イオラの杭を外したの」

「杭?」

「杭が打たれたままじゃ、生まれ変われないから」

「はあ?」


 何を言っているのか、ますます分からない。


(……まあ、なんでもいいか。とにかく終わったってことだよな)



 少しバツが悪そうに立ち上がったジェイスは、銀の髪をくしゃくしゃと掻きながら喋り出した。


「あ〜、あ、あのさあ。用が済んだってんなら、オレ、お前に聞きたいことがあるんだ……」


 ツルギはなんて答えるだろう。

 少し怖くて、少女に視線を向けることができない。

 でも、聞くんだ。


「オレと一緒に、この国で暮らさないか……?」






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