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第2話 最恐の女

「レジスタンスの用心棒ね…。まあ悪い話じゃないわね。──いいわ。その依頼、受けようじゃないの」


 ソールのその一言に、スノウはまさかと耳を疑った。


 ツラ遺跡への潜入計画を立てる際にも使ったバーのカウンター席で、ソールは背にしたテーブルに両ひじを引っ掛けて寄りかかり、少しあごを引いた。

 ぴったりとした皮のパンツを履いた彼女は、その上からでも分かる女性らしいが適度に引き締まった太ももを、誇示するように高く足を組む。

 細身のパンツスタイルは、バーという場所が良く似合う彼女のトレードマークだ。


「おお、そう言っていただけると有難い!」


 スノウの思いとは裏腹に、浅黒い肌に白髪が映える元王宮近衛隊長のサイファスは喜びの声を上げる。


「やっぱりソールならのってくれると思った!」


 ただでさえ狐のように切れ上がった目を更に細くして、シュウは安堵した様に言った。


 前回同様、営業時間ではないのでフロア内に客は一人もいない。

 自分とソール以外には、少々くたびれたトレンチコートを羽織ったサイファスと、パーカーのフードをすっぽりとかぶり、黒髪を隠したシュウがいるだけだ。

 金髪に碧眼が一般的なこの国では、黒髪は思った以上に人目を引く。

 先日、司令官と共に外出した際にそう学んだらしいシュウは、ここに来る前からそのいで立ちでいる。

 

「ソール。本気で言ってるのか?」

「あら私、こんなとき冗談言うようなガラじゃないつもりだけど?」


 カウンターに寄りかかったまま悠然と構え、ソールは片方のひじを立てて頬杖をついた。

 そう言うガラではないのは知っている。良く考えろという意味でスノウは言ったのだ。

 

「元締めの許しも得ずに判断していいのか?」

「…そうね。いつもなら当然判断を仰いだでしょうね。でも今はそんなことしていられる状況じゃない」


 スノウはその一言で、ぐっと眉間のしわを深くした。


 ゴルダ村の惨状は先程ソールからだいたい聞いた。案じていたとおり、ゴルダ村はクライアント側の襲撃を受け壊滅的な被害を受けたらしいが、人的損害はほぼ無かったという。その辺は、流石はソールと言うべきだろう。

 だが最後まで村に残っていた元締めを含むソールたち殺し屋のメンバーは、無傷という訳にはいかなかった。

 特に足の不自由な元締めは襲撃者との戦闘で深傷を負ってしまったのだ。


「元締めの怪我の具合はそこまで悪いのか?」

「そうね。決して軽傷じゃあないわ。でも、私が言っているのはそういう意味じゃなくて、元締めに判断を仰いだら、断れって言うに決まってるからよ」

「……?」


 それのどこが問題なんだ。

 という顔をすると、ソールは頬にかかった髪を耳に掛けながら視線を落とした。


「断って、今まで通り逃亡生活を続けろって言うでしょうね。でも元締めの身体は、もうきっとそんな生活には耐えられない。今のままじゃ、怪我の治療も満足にできないのよ」


 殺し屋の仲間の一人にセグレトという薬師がいるが、あいつの本分は毒薬。治療の専門家ではない。怪我人に対して出来ることと言えば痛みを感じなくさせる事ぐらい。

 それだけでは体力の落ちた今の元締めに、回復の見込みがない。ソールはそれを危惧しているのだ。


「あんたの知っている医者なら安全なんでしょうね? 私たちは殺し屋よ。そのうえ今は追われてる。普通の病院じゃあすぐに身元がバレて狙われるわ」

「心配はご無用。私はグラールというこの国でも特殊な一族の生まれでしてな。一族の住まう里には一族の者だけを診る特別な病院があります。決して秘密が漏れることはありません。傷が完治するまでゆっくりと静養できますよ」

「いいわ。決まりね。それじゃあ報酬はさっき言ったとおり。もちろん前金で。契約期間を延長する場合は──」

「おいソールッ!」


 スノウが語気を荒くすると、ソールは負けじと、黒く縁取り強調した目元を鋭くしてじろりと睨み返した。


「何よ」

「そんな簡単に受けていいのか? 相手は帝国なんだぞ?」

「そんなことわかってるわ。でももう今更でしょ? 何もしなくてもその内見つかって殺されるのよ?」

「お前なら逃げ切れるだろ!」


 それだけの力は十分にある。身内の贔屓目ではなく、ソールが本気になれば完全に姿をくらますことは可能なはずだ。


「じゃあスノウは、元締めが死んでもいいって言うのねッ?」

「そう言うわけでは──」


 ない、と言いかける間に、ソールは座っていたハイチェアーから降りてツカツカと目前までやって来て、長い付け爪が付いた人差し指を突き出した。


「いい? 今の状況で私たちに選択の余地は無い! もう決まりなの! これ以上議論の必要もない! なんか文句あるッ? ないでしょうッ!? だったら話は終わり。さっさと銀狼党とか言う組織のアジトに案内してちょうだいッ‼」

「うッ──……」


 この有無を言わさず押し切る強さ。さすがはゴルダ最恐の女。

 しかしソールは決して横暴なことはしない。彼女の行動基準は常に組織の存続が第一。スノウが彼女に全幅の信頼を寄せているのもそれが理由だ。

 ゴルダにとって最善の選択を選んでいるのだと言いうことは、スノウにも分かっていた。

 組織を守ることは自分にとっても大事だ。だが今は、それに引けを取らないくらい大事なことが自分の中にある。

 魔女ルディアを探し出し封印するという仕事。

 これを成し遂げない限り、自分は元の生活には戻れない。そんな気がするのだ。


 スノウはふうっと息を吐くと、突き付けられたソールの指をやんわり前に押しやってから口を開いた。


「わかった。好きなようにしろ。お前に任せる。元締めの怪我が治るまでソールが元締めの代行をすればいい。シュウ、お前も文句はないな?」

「え? あ、うん」


 突然話を振ったからか、シュウがよく分からないまま返事だけしたというような顔をする。


「──ただし、俺はこの仕事パスさせてもらう」


 そう言うと、ソールとシュウはそろって詰め寄ってきて、納得のいかない表情で口々に文句を言い出した。


「エエッ? なんでそうなるわけッ?」

「ちょっとパスってどういうことッ?」


 予め予想できた反応だったが、スノウは少しため息を吐いてから答える事にした。


「生憎と俺は別件で忙しい。レジスタンスに協力している暇はないんだ」

「別件ってなによ! 共軍へのスパイ任務ならもう無効でしょ? 他に何かあるの? その他に任された仕事なんて無かったはず──!」

「これは完全に俺の私用だ。仕事として受けた訳じゃない。当然報酬もない」

「私用? 報酬も貰わずにッ? 何よそれ。こんな大変な時に無理してやらなきゃいけないことなの?」

「ああ…」

「……ワケは、話してくれないの?」


 スノウはソールの茶色い瞳から視線を外した。それ以上追及されても、彼女が納得するような説明が出来る気がしなかった。自分でも、ここまでする理由はよく分からないのだ。


「……もしかしてスノウ、あのお姫様のこと、本気なの?」


 シュウが少し寂しそうな顔で言った。

 一体何の事を本気と言っているのかは不明だが、司令官や他の魔女たちに対して、興味本意で関わっている訳ではないという点では本気と言える。

 こちらが何も語らずにいると、それをどう理解したのかシュウは腕を組んで頷いた。


「そうか〜、まあ、仕方ないか。色々と過激な発言することはあるけど黙ってればすごい美人だし、考えてみればスノウはずっとお姫様のそばにいたんだもんね。実をいうと僕も最初あの見てくれに騙されちゃって、ちょっと良いかなあ〜なんて……──」


 最後の方はぼそぼそと小声になったのでよく聞き取れなかったが、どうやら擁護してくれている様だ。


「シュウ、なにブツブツ言ってんの? 事情知ってるんだったら教えなさいよ! お姫様って誰?」


 ソールはやや吊り気味の眉の間にはっきりとしたしわを刻んで目を細めた。その視線が含む不穏な空気を、シュウという少年は敏感に感じ取る。


「え、いやッ! ち、違うよ? お姫様の肩持つ訳じゃないから! 僕はもちろんソールを応援してるんだよ?」


 シュウは慌てた様子で殺気染みたオーラを放つソールに手のひらを掲げて見せた。その様子は、ケンカの末相手に腹を見せ降参の意思を示した野良猫のように見える。


(微妙に話が噛み合っていないような気がするが……。応援って何だ……?)


「ちょっと、その話は関係ないでしょ! お姫様って奴が誰なのかって聞いてんのよ!」


 この緊急時にゴルダよりも優先する事があるということがソールは気に入らないのだろう。苛立った様子で尋ねた。

 これは少しでもフォローしておかないと余計に彼女を逆撫でする事になりそうだ。


「落ち着けソール。俺も出来る限り手は貸す。出来る限りな。だが主力からは除外してくれと言っているだけだ」

「そんな…!」


 ソールは残念そうに肩を落とした。あてにしていたものが無くなり、急に勢いがしぼんでしまった様だ。

 スノウは心の中ですまないと謝りつつ彼女に背を向けた。


「そろそろ行くぞ。望みどおり銀狼党のアジトに案内してやる」


 すると今度はサイファスがスノウの背後に立った。


「…スノウ殿。やはりどうあっても我々に雇われてはいただけませんかな? ツルギ殿を優先したいという貴方の気持ちは理解しております。彼女は我らにとっても無関係という訳ではない。それに、今は一人分の報酬もゴルダにとっては貴重でしょう」


 やや控えめにだがしっかりとした口調。

 そこまでするつもりなら雇われているのと変わらない。報酬が貰えないだけ損じゃないかと言いたいのだろう。

 確かにそうかもしれない。


「……いや。報酬を貰ってしまったら、あんたらは完全に雇い主だ。雇い主の命令であれば俺たちは確実に実行する。だが、もし司令官とジェイスが同時に命の危険にさらされたら、あんたはどちらを優先する?」

「もちろん王子です」


 一片の迷いもなくサイファスが答える。


「当然だな。だが俺は、その命令には従えない。だからあんたたちに雇われることはできないんだ」


 司令官は今後もジェイスと行動を共にすることだろう。だがサイファスと自分は、標的は同じでも背中に庇うものが違う。優先するものが違う。

 出来ないものを出来るものとして仕事をするのは、自分の信条に反するのだ。


 サイファスは一時目を丸くしたが、すぐに元の厳めしい顔に戻り、更にそれを通り越して緊張の途切れたような笑みを浮かべた。


「スノウ殿は真面目ですなあ……」


 普段厳めしい老人の顔がゆるんでも、はっきり言って気分が良くなるものではない。ただその言葉が嫌味でも、からかいでもないことはこの男の様子から分かる。


「特別俺が真面目な訳じゃない。もともと殺し屋ってのは信用商売なんだ」


 背中にこそばゆいものを感じながらそう言っても、サイファスはにこにこするのをやめなかった。







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