第28話 司令官の探しもの
突然、ハインロット司令官が妙なことを言い出した。
「ヒメル、あたし、ちょっと調べたいことがあるんだけど、付き合ってくれない……?」
ここ数日取り組んでいる中庭の草むしりをしていた時だ。
司令官の言う『調べたいこと』が一体なんなのかは後に判明するのだが、その前に、ヒメルがなぜ草むしりなんかしているのかということを説明しておこう。
それは、他にやることが無いからだった。
ただ誤解しないでいただきたい。ここに来たばかりの頃は、何かと慌ただしく過ごしてはいたのだ──。
青い化け物を背負った親衛隊員に司令官が昏倒させられた時、ヒメルは本当にもう駄目かと思った。
ヘルミナさんはピクリとも動かないし、ヒメル自身も肩の関節を外されて身動きが取れない。思いがけず助けに入ってくれたセグレトは、一度の反撃であっという間に失神してしまった。
騒ぎを聞いて駆け付けたサイファスさんの部下たちは、異様な光景を目にしたことだろう。
割れた鏡のまわりに、何人もの人間が倒れて動かなくなっていたのだから。
それだけ大変なことが起きたというのに、驚いたことに、そのあとはそれ以上のことは何も起きなかった。
しばらくして目を覚ました司令官は、それまでと全く何も変わらなかったのだ。
むしろ変わったのは一人で乗り込んできた親衛隊員の方だった。
彼女のことを、以前スエサキ軍曹は「先輩」と呼んでいた。
彼女もまたしばらくして目を覚まし、司令官と少し話をすると、それまでの表情を一変させた。
影が差したような暗く険しい表情から、スッキリとした安堵した表情に──。
そのあとからは、状況が目まぐるしく変わっていった。
ヘルミナさんをはじめとする銀狼党の人たちは、アジトから王宮に移動することになった。
なぜそうなったのか、ヒメルには詳細までは分からない。ただ明らかに事態は好転している。それは周囲の人間の表情から感じ取れた。
ヒメルは現在、アルフ・アーウのお城にいる。
銀狼党の人たちにくっついて司令官と共に王宮にやってきたからだ。
三百年前からの姿をそのまま残すという荘厳な白亜の宮殿。その一室を借りて寝泊まりしていた。
ただの一般人の自分が、まさか人生のうちで王宮なんてところに住まわせてもらえることになるとは。人生真面目に生きていればたまには良いこともあるものだ。
移動してきてまず目の当たりにしたのは、立派なベッドに寝かされた副官の姿だった。
聞くところによると、セグレトの毒薬を自ら飲んで倒れたらしい。
なんで副官がそんなことをしたのかヒメルには全く理解できないのだが、司令官曰く、「あたしを助けるため」だったのだとか。なんか嬉しそうだった。
幸い解毒薬が効いて、現在の副官は命に別状はないとのことだった。だがどういう訳か、眠ったまま叩いても揺らしても、一向に目を覚まさないというのだ。
殺し屋ソールはよほど心配なのか、青ざめた顔で副官のそばを片時も離れようとしないが、司令官は起きない理由もわかっているのか、そのうち目を覚ますから大丈夫と特に心配する様子もない。
……ちょっと薄情すぎやしませんか司令官。
次に引き合わされたのは、なんとアルフ・アーウの国王様だった。
まさか本物の国王様に接する機会があるとは!!
──と思っていたらどうやら偽物らしい。
いわゆる影武者というやつだ。
威厳ある姿とか立ち居振る舞いとか、どこから見ても王様感いっぱいなのだが、本物ではないと言うから驚いた。
更にその影武者が、サイファスさんの実の弟さんだとも聞いてもっと驚いてしまった。
スマートなイケオジさんとゴリマッチョなサイファスさんが、全然似ていないのだ。なんか肌の色とかも違うし、血が繋がってるなんて絶対嘘だ。
このイケオジさんが影武者ということは、じゃあ本物のアルフ・アーウの王様はどこにいるのかという疑問が湧いたが、その疑問はすぐに解消された。
まるでバスみたいな大きさの天蓋付きの寝台に、今にも死にそうな状態で寝ていたのだ。
いや、正確には寝ていたらしい。なんかちょっとお見せできない姿らしくて実際には見せてもらえなかった。
部屋にも異様な匂いが充満していたし、正直かなり怖かった。
そんなヒメルとは違い、ちっとも怖がる様子もない司令官は、イケオジさんにお願いされ、王様を例の魔女の力で治療することになった。
ただ司令官の力を持ってしても、完全なる回復は望めないらしい。せいぜい少しのあいだ状態を保つ程度の治療しかできないのだそうだ。
詳しい理由はわからないが、肉体がとっくに死んでいるからだとかなんとか司令官は言っていた。つまりゾンビってことだろうか。うえぇ。
それでも何日か治療を続け、わずかに会話できるまでになった時は、スエサキ軍曹の先輩は涙を浮かべて喜んでいた。
その時ヒメルは見た。
王様に寄り添って泣いている彼女を、スエサキ軍曹は少し辛そうに、でもとても優しげな表情で見つめていたのだ。
きっと、あれがスエサキ軍曹の本当の姿なのだと、ヒメルはなんとなく思った──。
そんなこんなで、ごたごたにあらかたカタがつくと、ヒメルは急に時間を持て余すようになってしまった。
まあ、司令官はともかく、ただくっついて来ただけの自分に、最初からやることがあったわけではないが、かと言って毎日ぼーっとしているわけにもいかない。
タダ飯のお礼と言っては何だが、あまり手が行き届いていなさそうな場所を見つけては、自主的に掃除や片付けをするようになった。
きっかけは、たびたび王宮内で遭遇する、可愛らしい見た目のわりに男みたいな喋り方をする金髪碧眼のメイドさんだ。その人に、手伝いを頼まれたのだ。
それ以来、ヒメルは最初からなんだか馴れ馴れしいそのメイドさんに色々教えてもらいながら、メイド見習いの様なことをしている。
そんな日々が、もうひと月近く続いているだろうか。
いつまで続くのか、期限は決まっていない。
副官がいつ目を覚ますのか、わからないから。
これからどうなるのだろう。
そう思いながら中庭の花壇で草をむしっていたら、司令官に声をかけられ、冒頭のアレである。
「し、調べたいこと? 付き合うのは別に構いませんが、調べるって、何について調べたいんですか?」
そう問い返すと、司令官は芸術的に整った眉をひそめて答えた。
「この国の、できるだけ古い記録……」
「古い記録? アルフ・アーウの歴史ってことですか?」
「まあ、そんなところかな」
「そんなこと調べてどうするんですか?」
「ルディアと約束したからね。イオラを探してあげるって──」
「は?」
(約束ってなんのことだろう……)
前々からその傾向はあったのだが、王宮に来てからの司令官は以前にも増して訳が分からないことを言う。
ルディアって確か帝国を裏で操ってた悪い魔女の名前だった気がするんだけど……。
あ、でも今は司令官と一緒になってるとか言ってたな。
一緒になるってのがどういうことなのかよくわからないけど……。
「できるだけ古いって、どのくらい昔のことを調べたいんですか?」
「どのくらいなのかなぁ。はっきりとした年代はわからないの。この国ができる前にはなると思うんだけど〜……」
「この国って、アルフ・アーウの建国より前ってことですか!?」
あれ、アルフ・アーウって確か最古の王朝だって聞いたことがある気がするんだけど……。
「調べるって一体どうやって……あ、ヘルミナさんに聞いてみるっていうのはどうですか? ほら、料理長も、ヘルミナさんに習って勉強してるみたいだし!」
「ああ! そっか、そうだね!」
──という訳で、連れ立って料理長の部屋に向かった。
料理長の部屋に行けば、間違いなくヘルミナさんがいるから。
「どうされたんですか? お二人ともお揃いで」
料理長の部屋の扉を開けて顔をのぞかせたのは、思ったとおりヘルミナさんだった。
ヘルミナさんは割れた鏡の破片が背中に刺さり、二十針以上も縫う大怪我を負ったが、それ以外は大事には至らず、数日で復帰するという強健さを見せた。
王宮に潜入していた料理長が、そのまま王子としての身分を回復させることになったので、ヘルミナさんにとってもおちおち寝ていられるような状況ではなかったからかもしれない。
「ヘルミナ。ちょっといい? 聞きたいことがあって…」
「聞きたいこと? 私にですか?」
「うん」
ヘルミナさんはとりあえず中へどうぞ、とヒメルたちを部屋の中に招き入れた。
室内はヒメルが寝泊まりしている部屋とは比べものにならないくらい広くて、豪華な調度品がそろっていた。
流石は王子様の部屋だ。
部屋の奥にはだいぶ重量感のある文机が鎮座していて、料理長がぶすっとした顔で座っている。
「ジェイス勉強してるの?」
司令官が不機嫌そうな料理長に向かって尋ねると、料理長は「うるせー」なんて言いながらじっとりとした視線を返してきた。
その傍らに男性が立っている。
ヒメルは初めて見る人物だった。
肩ぐらいまでの金髪を頭の後ろで束ね、仕立ての良さそうな藍色のジャケットを着こなしている。年齢は四十代半ばだろうか。いかにも貴族って感じの紳士だった。
(誰だろう。王宮の人かな……)
その人物は真剣な顔付きで料理長の手元を覗き込んでいる。
「王子、レディーク国王は87代目ではなく88代国王です」
「だあ~!! ややこしいんだよコイツらの名前!!」
ジャケットの紳士が指摘すると、料理長は頭をガリガリかいて机に突っ伏す。
一体何をやっているのだろう。
すると、ヘルミナさんが料理長の方には聞こえない小さな声で内緒話をするように言った。
「まだ正式に公表されてはいませんが、ジェイス様は近く王太子として即位されるご予定です。それまでに少しでも知識を得ておかなければなりませんので……」
(王子様も大変なんだな…)
机上に山と積まれた難しそうな本に挟まれた料理長を眺めながらヒメルは思った。
「それで、私に聞きたいこととはなんでしょうか」
ソファーにかけるよう促され、先に座っていた司令官の隣にヒメルが腰掛けると、ヘルミナさんは切り出した。
「ああ、うん。それがね、サンクアラのツラ遺跡で、ルディアはずっとイオラの遺骨を探してるって話は聞いたでしょう?」
「イオラ? ああ、特定の人物を探しているということですよね。それで何年も研究所の学者たちに探させていたのではないかと──」
「うん。でも、見つかったのは遺留品だけで、イオラ本人はまだ見つかってないの」
「見つかった遺留品が探している人物のものだということは確かなのですか?」
「うん。魔女のあたしだったら見てすぐにわかる。でもまだ本人は見つけられてない。これだけ探して見つからないってことは、もしかしたら、最初からツラ遺跡にイオラはいなかったのかなと思って…」
「最初から?」
「そう。イオラはツラ遺跡で死んでいない。生き延びて、別の場所に移り住んだんじゃないかなあ。それであのあと何が起きたのか、調べる方法がないかと思って」
「あのあと、とは?」
「ルディアがツラ遺跡に封印されたあと」
司令官は当然のことのように話しているが、ヒメルは上官が何を言っているのか、全てを理解することはできなかった。
自分が拾える単語は『ツラ遺跡』、『ルディア』、『封印』ぐらい。
ヘルミナさんはもう少し理解できているようだったが、理解できているからこそなのか、かなり困惑した顔をした。それでもなんとか答えを返そうと口を開いた。
「魔女ルディアが封印されたのは、具体的にどれくらい前の出来事なのでしょうか」
「うーん、この国ができる前の時代だと思うんだけど……」
「アルフ・アーウができる前? どのくらい前なのですか?」
「それがよくわからないの。魔女はあんまり時間の感覚がないから……」
流石にヘルミナさんもお手上げなのだろう。こめかみを抑えて唸り声を小さく上げている。
「歴史書以前の話となると、私も専門家ではないので……」
ですよねー。
そりゃそうだ。いくら優秀なヘルミナさんでもそんな古代の話、詳しく知るわけがない。
「そういったことは私ではなく、侯爵閣下のご専門ではないかと──」
そう言って、ヘルミナさんはちらりとジャケット紳士の方を見る。
司令官はつられて同じ方向を見てから「あ」と声を上げ、ジャケット紳士を指差した。
「いるじゃん。専門家!」
「──なるほど、古代都市ツラは、バーウという民族の侵攻を受けて滅んだのか……」
ソファーに掛けたジャケットの紳士はそう言うと、考え込むように低く唸った。
この人の名前はホルガルド・ローゼス。
銀狼党の影の支援者で、今までアジトとして使っていた洋館の持ち主。そして料理長の叔父さんにあたる人だ。
サンクアラ侯爵という地位にある由緒正しい貴族様なのだが、考古学者としての顔も持っている。
でも、確か研究にしか興味がないむさ苦しいおじさんだって聞いていたはずなのに、いま目の前にいる人物からはむさ苦しさなんて微塵も感じなかった。
なでつけた金髪に高級そうなシルクのジャケット、かすかに漂ってくるコロンの香りまでもが、高貴という言葉を体現しているようにヒメルには思えた。
「その襲撃の混乱に紛れて、ルディアは地中に封印されたの。何千年も経って目覚めたルディアは、イオラを探した。ルディアにとって、イオラはとても大切な人だから。だからツラ遺跡の発掘を続けさせてた」
「親衛隊が探している特定の人物というのは、それのことか……」
ローゼス侯爵がそう言うと、司令官はうなずいて続けた。
「ルディアは、自分が封印されたあとツラがどうなったのか知らない。だから分からないの。イオラがどこへ行ったのか。どうしてツラにいないのか──。バーウに襲撃されて、ツラの民はみんな殺されてしまったんじゃないの?」
司令官の顔は真剣そのものだった。
考古学研究所に潜入する計画を立てていた時に見せたような、楽しげな表情とは明らかに違う。
ルディアと『一緒になった』というのが、彼女の感情や記憶に影響しているのかもしれない。
そんな司令官に対し、ローゼス侯爵も真剣な面持ちで断言するように答える。
「それはない」
「どうして?」
「それだけの数の遺体が見つかっていないからさ。都市の規模から考えて、ツラには当時、数千人が暮らしていたと考えられている。確かに遺体は発掘されているが、数千人なんて規模じゃない。加えて、遺跡から発掘される建造物に破壊の跡が少ない。ということは、大多数の住民は山を降りて、どこかに移り住んだと考える方が自然だ」
「じゃあ、バーウの兵士が住民を自分たちの国に連れて行ったってこと?」
司令官が尋ねると、侯爵はまた考え込むように俯いた。
「征服した民族を捕虜や奴隷として自国に連れ帰ることは古代ではよくあることだ。そのイオラという人物も捕らえられ、ツラから連れ去られた。だからツラ遺跡からは見つからないのだろう。そして──」
ローゼス侯爵は一旦言葉を切ると、顔を上げて意外なことを言った。
「バーウが捕虜を自国に連れ帰ったのだとすると、イオラという人物は『ここ』にいるのかも知れない」
「は? ここ?」
ヒメルは思わず間の抜けた声を上げてしまった。
ローゼス侯爵が何を言ったのか、理解できなかったのだ。
「ローゼス卿。ここにいるかもしれないとは、一体どういうことですか?」
ヘルミナさんも気持ちは同じだったようで、訝しげな顔で尋ねた。だが侯爵は問いには答えないまま立ち上がると、無言のまま料理長の方に近付いて、机の上に山と積まれた本の中から一冊を手にとってパラパラとめくり始めた。
ここまで来ると流石に料理長も話が気になるのだろう。机に向かったまま気もそぞろと言った様子で侯爵の姿を目で追いかけている。
「我がアルフ・アーウ国の建国は約六千年前だと言われているが、正確な資料が残っていないため、前期、特に建国当初は伝承や神話の類になってしまう、ということは知っているか?」
「はい、それは存じ上げています」
返事をしながら、ヘルミナさんは腑に落ちないような表情で頷く。
自分の投げかけた質問と、アルフ・アーウの建国がどう繋がるのか分からないからだろう。ヒメルももちろん分からない。
一体何の関係があるのだろう。
「建国する以前のことなど、全く資料がないため何もわからないのだが、ただアルフ・アーウという国名は、古代語の『アルファバーウ』を元にしている、という説はかなり信憑性が高いとされている」
「古代語?」
ヘルミナさんが問い掛けると、侯爵は手にした分厚い本を持ったままこちらに戻って来た。手にした本は、どうやら古代語の本らしい。侯爵はそれをセンターテーブルに広げて一点を指差した。
「アルファバーウ。意味は『真のバーウ』」
「えッ⁉」
「バーウという単語が何を意味しているのか、学者たちの間で長年議論が繰り返されていた。地名だという説や、称号の名前だという説があったのだが、どうやら、民族を意味する言葉だったようだな」
「ど、どういうことですか?」
混乱しながらヒメルが問うと、ローゼス侯爵は楽しくて仕方がないとでも言うような顔で答える。
「つまり、六千年前のこの地に、バーウという民族の国があり、その国の現在の姿が、今のアルフ・アーウではないかということだ」




