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第22話 少女の元へ2

「まったく、無茶をして……」


 暗闇の中で女性の声が聞こえた。

 誰だろう。すぐ近くで声がする。

 誰かが枕元から自分を覗き込んでいるようだ。



(この声は……)



 スノウはやけに重たく感じる瞼をなんとか開けた。


 すぐに目に入ったのは、こちらを見つめる琥珀の瞳──


「……し、司令官ッ‼」


 驚きのあまり目を見開いたスノウは、咄嗟に起き上がろうと半身に力を込めた。だが直後にぐにゃりと世界が歪む感覚がして断念する。


 とても起き上がれそうにない。


 仕方なく頭をもとの位置へ戻し、覗き込んでいる人物をもう一度よく見た。


 心配そうに覗き込んでくる琥珀色の眼差し。それは、憂いを帯びてひそめられている。


 姿は司令官とほぼ一緒だが、表情や纏う雰囲気が大きく違う。

 だからこれは司令官ではなくユリヤなのだと、スノウは気付いた。


 そして更に気が付いた。


 何故そうなったのかは分からないが、スノウはユリヤに膝枕をされていた。


 塩化ビニル製の床に直に身を横たえたスノウの頭の下には、同じく床の上に横座りしたユリヤの柔い太ももがある。


「……」


 本当に、何故こんなことになっているのだろう……。


 スノウが動きの鈍い頭でどうしたものかと考えていると、ユリヤは困ったような顔で、ふう、と小さく息を漏らした。


「あなたという人は……。無事ここに辿り着く事が出来たから良かったものの、そのまま本当に死んでしまっていたら、どうするつもりだったのですか?」


 どうやら自分が一時的にとは言え毒を飲んで死んだことを、彼女は知っているようだ。それを咎めるように秀麗な眉が寄せられる。


 少し考えてから、スノウは口を開いた。


「それならそれで諦めたさ。司令官が消えてしまった世界に生きていたって、仕方がないからな……」


 そう答えると、心底呆れてしまったのかユリヤは苦笑する。


「それはまた、随分と思い切りの良いこと……」

「あんただってそうだろ」


 そう言うユリヤだって、ルディアに身体を奪われないように、自ら肉体を捨てた人間だ。


「そう……、そうね。私と同じ……」


 ふっと目を細め、ユリヤは柔らかく微笑む。その笑顔に、スノウは安堵した。


 良かった。

 咄嗟に肉体を捨てるなんて行動を取ってしまったが、彼女の言うように、どうやら目的の場所には辿り着けたようだ。


 ここが『場所』と言えるところなのかどうかは分からないが……。

 

 

 肝心の司令官を探して、スノウは首を振った。

 膝枕をされたまま見える範囲に、少女の姿はない。


「司令官は……?」


 尋ねると、ユリヤは何故か急に目をそらした。


「ユリヤ……? 司令官はどこにいるんだ?」



「──ツルギは、ここにはおらぬ……」


 そう言ってユリヤの後ろから現れたのは、太古の魔女セシリアだった。


 すぐに彼女だと分かったのは、いつものようにハインロット大佐の姿を借りてはいなかったからだ。


 肩に流れる長い緋色の髪。同じ緋色の瞳は、血のように赤い。

 それはレイの夢の中で見た、セシリアの生前の姿だった。


「いない……?」


 スノウは今度こそ、と身体に力を込め直してゆっくりと上半身だけを起こした。まだ上手く力が入らない。


 

「ここにはいないってどういうことだ? お前やユリヤはいるのに、司令官だけがいない──?」



 肉体の持ち主であるはずの少女だけがいない。

 だったら『ここ』はどこなんだ?



 周りを見やると、室内は見覚えのある部屋だった。

 白い壁に小さな窓の付いた、四角い部屋。


 司令官が幼少期を過ごしたという、あの研究所の一室だ。


 しかしどこを見ても、ここにはセシリアとユリヤしかいない。


 スノウが会いたいと強く願った少女は、いなかった──。



 スノウはユリヤの隣で片膝を立てると、立ったまま見下ろしてくるセシリアに向かって再び言葉を投げかける。


「ここは…、この部屋は、司令官の意識の中なんじゃないのか?」

「……そうだ」


 頷くように目を伏せたセシリアが暗い声音で答えた。


「だったらなぜ司令官がいないッ?」


 そう強く問いかけるが、セシリアは口を閉ざした。

 ユリヤに視線を戻すと、彼女も俯くばかりで話そうとしない。


「誰でもいい、何とか言ってくれ。俺は、今すぐ司令官に会いたいんだ‼」



 その為に、その為だけに肉体を捨てたのに──‼



「ユリヤッ‼」


 スノウは答えを聞くまで絶対に逃さないつもりで、ユリヤの両肩を捕まえて強く揺すった。


「知ってるなら教えてくれッ‼」


 しかし彼女は俯いたまま視線を合わせてこない。代わりに口を開いたのはセシリアだった。


「ツルギは、ルディアに捕食される直前に我らだけを切り離し、ここに匿った。お前の魔女は、我らとの約束を守ったのだ……」


「なん、だっ、て……!?」

 

 

 約束?


 約束ってなんだ。


 約束されていたのか?


 こうなることを……?

 



 ユリヤは苦しげな表情でただ俯いている。

 セシリアの静かな赤い瞳が、暖色であるにも関わらず、酷く冷たく見える。




 まるで誘い出されるように鏡を通り抜けたルディア。


 王都に出発する前日、様子のおかしかった司令官──。




「まさか、……初めから、こうするつもりだったのか……?」



 ルディアをおびき寄せる為に、少女をおとりに──?



 セシリアは答えない。

 だが、否定もしない。



 『捕食』は、違う個体だからこそできる方法。


 ルディアに司令官の魂を食らわせ、司令官の肉体を違う個体にしてから、セシリアが司令官もろともルディアを捕食する。


 初めから、そういう計画なのか……?


 その結果、一人の少女の人格が完全に消えてしまったとしても──…



「……ルディアを封じる方法は、他にない」


 黙っていたセシリアが口を開いた。

 その言葉に、一気に自分の中の血が逆流する。


「他にない、だってッ⁉ どうしてそんなこと分かるんだッ‼」


 ユリヤを見やると、彼女は顔を伏せたままだ。


「……ユリヤも知ってたのか?」


 知っていて、黙っていたのか。



 ユリヤは答えない。



(そうだ。ユリヤにはルディアを封じる事以外に何らかの目的がある!)


 おそらくはその目的を成す為に、セシリアの言いなりになっているのだ。


「そやつを責めるな。すべてわたくしが考えたことだ」


 そう言うと、セシリアはスノウの目前まで来て床に膝をついた。


「今のルディアの身体は、かろうじて維持できている状態だ。わたくし自身が過去にそうした。だからこそ下手に攻撃すれば肉体が滅ぶ。肉体が滅んでしまっては、『杭』を外されてしまう──」


 『杭』とは、ルディアを肉体に閉じ込めておく為の呪いだ。


「ルディアを封じる為には、以前よりも強固な『おり』が必要なのだ」



 司令官を捕食させ、強制的に新しい肉体おりに移動させる──。



「その為に、司令官を犠牲にするって言うのかッ⁉」



 これじゃあまるで──…


 あいつと一緒じゃないか──……



 スノウの頭の中に、ある人物の顔が浮かんだ。


「お前らのやってることはジールと一緒だ‼」


 アルフ・アーウと取引するため、ルディアに司令官を捧げようとしたジール総督。


 その犠牲の上に理想の世界があると謳ったあの男と、ここにいる魔女たちは、どちらもやっていることは同じ──。



 少女を犠牲にして、得た未来。



「司令官はそれでもいいと言ったのかもしれない。だが、俺は……」



 司令官が犠牲になってやってきた未来になんて、何の価値もないじゃないか。



「俺は絶対に嫌だッ‼」


 

 そこに彼女は、確実にいないのだから──ッ‼




「どうするつもりだ……」


 古代の魔女は淡々とした表情を崩さない。それが余計にスノウの身をえぐる。


 セシリアが表情を崩さないのは、迷いがないからだ。

 本当に、それしか考えられる方法がないのかもしれない。


 でも──、

 そうだとしても──



 認めたくない。

 認めてしまったら、本当に彼女が消えてしまう。

 世界からも、


 俺の中からも──



(消してたまるかッ──‼)




「……司令官に会いに行く」

「スノウ──‼」


 弾かれたようにユリヤが顔を上げる。


「──もう遅い…」


 セシリアは地の底に沈んでいくような声で呟いた。


「遅いかどうかは、俺がこの目で見て決める‼」



 スノウは立ち上がると、二人の魔女に背を向けた。


 行き先なんて分からない。

 それどころか、この空間から出られるのかどうかも定かではない。


 だが、少女が本当に自分を犠牲にするつもりなのか。本当に自分の未来を諦めたのか。


 それを確認するまで、諦めるつもりはなかった。



 スノウは部屋の隅にあるドアに向かった。開くかどうかもわからない扉のノブに手を掛けたところで、名前を呼ばれた。


「スノウ……」


 振り返るとそれはユリヤだった。


 ユリヤはうつむき加減で、小さく口を動かしながら言う。


「私が言えた義理ではないけれど……、あの子は、諦めてはいない気がするの……。ほら、あの子、食えないところがあるでしょう?」

 

 その一言に、スノウは思わずふっと吹いてしまった。


(食えないところ……か)


 確かに大人しく食べられるようなタマじゃない。

 いつだって予測不能な少女だから。



 ユリヤの弱々しい笑みを流し見て、スノウはドアノブを捻った。

 ガチャリと音がして、ドアが開く。


 その先は暗闇だった。


 煙るような暗闇。


 スノウは全く先の見えない暗闇に向かって、一歩踏み出した。





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