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第1話 夢と現実

 姿が見えない。


 どこへ行ったのだろう。



 彼女の姿が見えないと、いつも不安になる。


 ある日突然、目の前から居なくなって、二度と会えなくなってしまうのではないか。

 絶対に手の届かない、別の世界に消えてしまうのではないか……。


 そんな思いが湧き上がる。


 彼女は魔女だから。

 人知を超えた存在だから──……





 ああ、またあの夢か。


 そんな事を考えながら、スノウは赤い色を探した。

 彼女は、目の覚めるような深紅の髪をしているのだ。


 長く続く石畳の回廊は、しんと静まり返っている。

 自分以外、誰の姿もない。

 丘の上にひっそりと建つこの寺院を訪ねる者など、今はほとんどいない。


 初めて来たはずなのに、スノウは既にこの場所を知っていた。


 石畳の石の冷たさや、どこからか漂ってくる香の匂い。時を知らせる鐘の音。


 スノウは確かにそれらのすべてを知っている。そしてこの記憶が、スノウ自身の記憶ではなく『レイ』の記憶だという事も…。



 彼女はどこだろう。


 暇を見つけては手入れをしている中庭の花壇だろうか。

 それとも、のどかな田舎町を見下ろす眺望が気に入っていると言っていた鐘塔の上だろうか…。


 足を運んでみたが、そのどちらにも、彼女の姿は無かった。


 中庭でも、鐘塔でもないとすると、きっとあそこだ。


 スノウの足はあるところへ向かった──。




 色とりどりのステンドグラスから陽光が差し込む礼拝堂。その祭壇の前で、彼女は静かに祈りを捧げていた。

 姿を確認できた事にほっと胸を撫で下ろし、スノウはゆっくりと彼女に近付く。


「セーラ…」


 静かに呼び掛けると、彼女は下げていた首を持ち上げ、祭壇の奥にある色ガラスで描かれた宗教画を見上げた。


「何を、祈っていたの…?」


 そう問い掛けはしたが、彼女が祭壇に向かって祈っていた訳ではないことは、スノウも知っている。


 彼女はこの寺院で僧侶として日々を過ごしてはいるが、神を信仰しているわけではない。魔女である彼女は、人間の崇める神には興味がないのだ。

 だから祈っていた訳ではない。

 きっと誰かに思いを馳せていたのだろうと、スノウは思った。



「少し、昔を思い出していた……」


 か細い声で彼女は答えた。


「──あの時の夢を見たから……」

「あの時…?」

「わたくしが、終焉の魔女になってしまった日です…」


 俯いて目を伏せる彼女の表情は、とてもつらそうに見えた。

 両手はぐっと胸元を抑え、唇を引き結ぶ。

 その姿はまるで──


「……後悔を、しているの?」


 まるで懺悔をするよう──



「……あの時、どうしても理解できなかったルディアの気持ちが、今ならわかるのです…」



 ルディア。

 それは、彼女が地中に封じたと以前話した、魔女の名前だ。


「ルディアは、ただ愛する者と共に生きることを望んでいた……」


 そう言うと、色絵ガラスを見上げる彼女。


「本当に、ただそれだけだった。他には何も望んでいなかったのです。今のわたくしと、同じように…!」

「セーラ……」


 彼女が、魔女としてではなく、人間として生きたいと言って泣いたことを思い出した。

 

「レイ…、あなたがわたくしの騎士となってくれたように、ルディアにも騎士がいました。そしてわたくしたちと同じように、ルディアとその騎士はお互いを信頼しあい、心から愛し合っていた──」


 潤んだ赤い瞳をこちらに向ける。


「わたくしには分からなかった。ルディアにとってその者がどれほど大切な存在だったのか。わたくしと事を構えてまで、何を守ろうとしていたのか──!」


 今の彼女にはわかるのだろう。

 人間の心が芽生えた今の彼女には。


「分からなかった。知らなかった。だから、力に任せて二人を引き裂いてしまった──!」


 悲痛な叫びが礼拝堂の中に反響する。


「引き裂いた……?」 

「ルディアを、強引に地中に封じ──…」


 言葉をつまらせ、その先を言わない彼女にスノウは優しく促す。

 

「……騎士は?」

「どうなったのか分かりません。あの時、わたくしは、すべてを吹き飛ばしてしまったから……」



 ああ、そうか。


 スノウは唐突に理解した。

 親衛隊がツラ遺跡を厳重に警備する理由。



 近付けたくないんだ。誰にも入ってきて欲しくない。

 だが、同時に探してもいる。


 どこかに埋まっているかも知れない…、自身の騎士を──。




◆◇◆




 目を覚ますと、スノウはベッドの上に寝ていた。

 ここは何処だろう。

 先程まで見ていた夢のせいで、頭が上手く働かない。

 半身を起こして周りを見やると、隣のベッドではシュウがまだ寝息を立てていた。

 

(前にもこんな事あったな…)


 室内は病室のような配置になっていて、一人用のベッドが4台、四隅の壁に寄せて並んでいる。


(…ああ、ここは銀狼党のアジトだった)


 銀狼党は、スノウが司令官と共に身を寄せているレジスタンス組織だ。

 アジトとしているこの屋敷は、もともとはアルフ・アーウ国の高位貴族であるローゼス侯爵家が所有している別荘で、周りの広大な敷地も含めて無償かつ無期限で借りている。

 スノウが寝泊まりしているこの部屋は、おそらく使用人が居室として使う部屋なのだろう。それぞれのベッドの脇には木製のロッカーと、貴重品などを仕舞っておく為の鍵付きキャビネットが置かれている。


「おい、シュウ。起きろ!」


 スノウはベッドから起き上がると隣のベッドのシュウを足蹴にしながら声を掛けた。


「うーん…」


 シュウはどちらかというと朝に弱い。

 目覚めることを拒否するように寝返りを打ってシーツを被った。


「さっさと起きろ! ソールに会いに行くんだろ?」

「うーん…わかってる…」


 こいつなりに眠気と戦っている様だ。

 スノウはやれやれと小さなため息を一つ付く。



 殺し屋組織ゴルダの仲間であるソールと連絡が取れ、今日これから落ち合う手筈になっていた。


 スノウは自分のベッドに再び腰を下ろすと、くしゃっと濃いブラウンの髪をかきあげた。


(また、あの夢を見た…)


 セシリアの騎士だった、レイという男の中に入る夢だ。

 入ると言っても、夢の中では自分の意志で身体を動かすことは出来ないから、過去のレイの記憶を辿っているにすぎない。

 それでも一つ、分かったことがあった──。


 セシリアにレイという騎士がいたように、ルディアにも騎士がいた。

 そして同じように、ルディアとその騎士はお互いを信頼しあう、特別な間柄だった──。


 おそらく、その騎士はルディアを『青き女神』と崇めていた古代都市ツラの民だろう。


 ルディアが今も騎士の事を覚えていて、今なお特別な感情を持っているのだとしたら。

 そのために遺跡の発掘を続けさせているのだとしたら──。


 ルディアの目的は、その騎士を探すことなのではないか……。




 いまだモヤがかかったような頭を振ってスノウは考えを打ち消した。

 とりあえず夢のことは置いておこう。まずは仲間と合流することが先決だ。


 ベッドから立ち上がると、壁にかかったシャツを掴んで袖を通した。






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