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第18話 老人ではない

「なんだよ? どうしたんだ?」


 何がどうなっているのか分からず慌てるジェイスやサイファスらに、ソールが自身の人差し指を口元に持っていきながら「声を出すな」というジェスチャーをして見せる。


 状況は良く分からないが、言われたとおりにした方が自身の身の為だと言う事は理解したらしいジェイスが慌てて黙った。


 シュウがもう一度こっちに視線を寄越してくる。「開けるよ」というサインだ。スノウはこくりと頷き返した。


 ばんっ、と勢い良くシュウがドアを引く。すると何かがどさりと室内に雪崩込んできた。


 それは黒い布を頭からすっぽりと被った小柄な人間だった。

 床の上に両手両膝を付いて倒れこんだまま、動けないのか顔を上げようとしない。

 まるで脅えた黒い子牛のように身体を丸め、小刻みに震えたそれを、スノウは注意深く見つめた。


「この人、さっき広間で見かけた老人じゃないの?」


 シュウが服の下に巧妙に隠していた短刀を取り出しながら言った。


 黒い布はよく見ると、長いローブのようだった。

 頭からフードをすっぽりと被っているため顔は見えないが、国王への謁見が行われる前に広間で見かけた老人だった。


 だが、あの時の老人とは何かが違う気がする……。


「さっきは親衛隊の女と一緒だったよね」


 確かに、あの時にはもう一人いた。親衛隊の制服を着た女が。

 スノウは反射的に開け放たれたドアの奥を見やった。しかし向こうには誰もいない。


(今はひとりなのか……?)


 あれほど老人にぴったりと寄り添っていた親衛隊員が、なぜ今は居ないのだろう。


「その方に危害を加えないでください!」


 寝台の方からルーファスの叫ぶ声がした。


「手出しは無用です。陛下の治療にいらしただけですから!」

「治療? ではあの御人が?」


 そう尋ねた兄に、弟ルーファスは頷いた。

 

「ええ、その方がルディア様です」


(──これがルディア‼)


 スノウの心臓がどくりと跳ね、手に汗がじわりとにじんだ。



 魔女ルディア。

 太古の昔に封印された邪悪な魔女。


 しかし、震えている姿を見る限り、邪悪と言うほど禍々しさは感じられない。むしろ弱々しい印象だ。


「ルディア様。ご祈祷に来られたのですね。ご心配には及びません。この者たちは私の知人です」


 ルーファスはそう言いながら、床にうずくまったままの老人に歩み寄った。


「さあ、お手を…」


 そしていたわるように老人の傍らに膝をつき、手を取って共に立ち上がる。


「……ん?」


 しかし、不自然に動きを止めた。


「……どうしたんだ?」


 なぜ急に動きを止めたのか分からず、スノウはルーファスの顔を見る。


「ルディア様、お背中は……どうされたのですか?」


(……背中?)


 ルーファスの言葉にスノウも眉を寄せ、老人に視線を移した。

 老人はフードの下で俯き、小さな背中を丸めて震えている。背中と言われても、別に何の変哲も無いのだが──…



(……いや、おかしい)


 この老人があの広間で見た老人と同じ人物なら、大きく腰が曲がっていたはずだ。

 曲がった腰を支えるように杖を付いていたのだ。

 だが今は、怯えるように身体を小さくしてはいるが、腰はしっかりしている。

 最初に感じた違和感はこれだったのだ。


 どういうことだ。本当に同一人物なのだろうか。


「この老人は、一体……」


 スノウの口からこぼれた呟きに、ルーファスは目を丸くした。


「老人? ああ、杖を付いて歩いている姿を見たのですね。確かにルディア様は多少お身体は不自由ですが、老人などという年齢ではありません。むしろあなたより若い。まだ成人に達していないと聞いていますが…」


 老人ではない──?


 よく見ると、ローブの裾から覗く手は老人のものではなかった。手肌のきめが整っていて、どちらかというと子供の様だ。

 頭を覆ったフードからは、赤みを帯びた金の髪が伸びている。


 その髪の色に、スノウはハッとした。


 もしこの人物が本当にルディアだとしたら、髪は青いはずだ。

 青い髪に青い瞳。その容姿から、ルディアは古代人に『青い女神』と呼ばれていたのだ。


 だが王の影武者がルディアと呼んだこの人物の髪は、赤みを帯びた金色。


 まるで琥珀のような──


(見間違えるはずがない。この色は、あの人と同じ色──‼)


 スノウは咄嗟に老人のローブに手を掛けた。

 心拍数が上がる。

 ごくりと生唾を飲むと、そのまま強引にフードを剥ぎ取った。


「──ッ‼」



 それは老人ではなかった。

 老人のように痩せてはいたが、若い女性、いや、少女だったのだ。


 しかし頬はこけ、肌は血の気が失せて白い。伸びっぱなしの髪は乱れていた。

 スノウは少女のおとがいを掴んで伏せた顔をこちらに向けさせる。

 その顔に、琥珀色の少女の顔が重なった。


「司令官……⁉」


 掴み上げた顔はハインロット大佐に良く似ていた。

 彼女と同じ琥珀色の瞳が、恐怖からなのか潤んで揺れている。


 ルーファスが「君、乱暴しないでくれ‼」と猛然と抗議して来るが、そんなことに構っていられなかった。


「あなたが、どうして──」


 ここに居るのですか。と言いかけてスノウは口を噤んだ。


(違う。これは司令官じゃない。別人だ──‼)


 何故ならその少女は、司令官よりも明らかに幼かったのだ。


 ぶるぶると震えながら、声も上げずにこちらを見返してくる少女。瞳に光はなく、くぼんでいてクマが酷い。

 だが琥珀色の眼球は、紛れもなくあの人と同じ。


 一体何者だ?

 なぜこんなにも司令官と似ているんだ──?




『副官! 私、聞いちゃったんです!』



 ──そうだ。ヒメルが、ジール総督の屋敷に身代わりとして囚われた際に、トーマとその仲間の会話を聞いたと言っていた。


『──スエサキ軍曹とその先輩って人が言ってたんです。これ以上、偽物を掴まされる訳にはいかないって。それってつまり、親衛隊は前に一度、司令官の偽物を掴まされたって事ですよね?』


 

 ──司令官の偽物。


 司令官は軍の研究所で造られたクローンだ。

 その偽物とは、司令官と同じように造られたが、何らかの理由で魔女の器にはなり得ないもの。ということなのだろうか……。



(これがその偽物なのか──⁉)


 ユリヤから造られたクローンは、司令官だけではなかったのだ。

 その事実に、今すぐジールを八つ裂きにしてやりたい衝動が湧き上がる。


(クソッ‼ ジールの奴めッ‼)



 しかしルーファスは、この少女のことをルディアと呼んだ。

 どういうことだ。

 

 身体を入れ替えたのか?


 いや、セシリアは、ルディアは身体を入れ替えることは出来ない。そういう呪いをかけていると言っていた。だいいち、ルディアには半身しか無いはずなのだ。


 ふと、スノウの脳裏にジール総督の屋敷で見かけた老人の姿が浮かんだ。


 杖をついて歩かなければならないほど身体を屈めて立っている姿。


 まるで何かを()()()()()()かのように、異常に盛り上がる背中。


 嫌な汗が頬を伝う。


「いい加減にしてくれ、何をするんだ君は! ルディア様が怯えているではないか!」


 ルーファスが声を荒げて、スノウとローブの少女の間に入ってきた。


「……ルーファス、背中ってどういうことだ?」

「背中?」

「さっき、背中はどうしたんだと言っただろう?」

「いきなり不躾だな。なんだね君は。ホルガルド様の従者にしては態度が──」

「いいから答えろッ‼」


 鋭く言い放つと、ソールもシュウも顔色を変えてこちらに注目してくる。

 だがもう逐一説明しているような余裕は無かった。


「…ルディア様の背中の腫れ物がきれいに落ちているようだったので、そう言っただけだが?」


 ルーファスは訳が分からないという顔だったが、それでも聞かれたことに答えた。


 腫れ物が落ちた?


 違う。

 彼女は、ずっと背負っていたんだ。

 ローブの下に、半身しかないルディアの身体を、今までずっと……


(じゃあ『それ』は今、どこへいったんだ……?)


 次の瞬間、スノウは出口に向かって駆け出した。


「ちょっ、どこ行くんだよスノウッ⁉」


 シュウが慌てた声を上げるが、スノウは振り返らない。


「スノウッ? どうしたのッ?」


 呆気にとられるソールの脇も風のように通り抜け、王の寝室を飛び出し猛然と来た道を戻った。



(しまった! 裏をかかれた!)


 いつもそばにいた親衛隊の女の姿が見えない。

 少女の背中に乗っていたはずのルディアも消えた。それはつまり──



(身体を移動している──‼)



 今までいた少女の背中を離れ、親衛隊の女の背中に。


 そんなことをする目的はおそらく、こちらが設置した脱出口。その先に繋がった銀狼党のアジトだ。


 こちらがヘンリークを狙ったように、ルディアも司令官を狙っている。


(クソッ‼ こっちの行動はいつから読まれていたんだ…⁉)



 それとも、まさか……


 司令官は……わざと──……?



(そんな事、今はどうだっていい‼ 早く、あの場所へ──‼)



 長い絨毯の廊下を走り抜け、謁見の間に繋がる扉をくぐる。ベラードが転がったまま恨めしそうに見上げてくるが一切構わず、スノウは大理石の広間の隅にある女子トイレを目指した。


 急げ‼

 でなければ取り返しがつかなくなる──‼



 脇目も振らず懸命に足を動かして、スノウは女子トイレに飛び込んだ。


 明るい室内。

 手洗い場の脇に最近取り替えられた姿見の鏡がある。だがその前には、誰かがこちらに背を向けて立っていた。


 刈り上がった短髪に親衛隊の制服。

 スノウが現れた事に気付いたその人物はゆっくりと振り返って、切れ長の黒い目を細める。


「やあ、副官。こんな所で会うなんて、やっぱ運命っすかね」


 それは──


「──スエサキ……!」


 トーマ・スエサキ軍曹。


 いや、こいつは共和国軍人ではない。

 ヘンリーク国王親衛隊。


 紛うことなき敵だ。


 かつての部下を睨みつけながら、スノウは奥歯を強く噛み締めた。







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