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第15話 王都へ

 ホルガルドの屋敷の一つが、王都中心部の貴族街に建っている。


 この屋敷は侯爵家の王都での拠点となる別宅で、サンクアラ属領内にある本宅には劣るが、それに次ぐ規模を誇る邸宅らしい。

 その豪華さは、当然だが今までアジトとして使っていた別荘とは比べるべくもない。こんな屋敷が幾つもあるのだったら、確かにあんな山奥の古ぼけた洋館の一つくらいレジスタンスにやったところで、どうということはないのだろう。


 ローゼス侯爵家は、正確にはサンクアラ侯爵ローゼス家というらしい。

 アルフ・アーウ王家と並ぶ由緒ある家柄で、古くから国の要職を担ってきた家系だ。

 ホルガルド自身は古代遺跡の発掘ばかりに没頭する変わり者なので、今まであまり意識したことがなかったが、やはり腐っても鯛。その財力の凄さを垣間見ることになった。

 しかし当のホルガルドはそういったことには一切興味がなく、この別宅に帰ってきたのも実に数年ぶりらしい。迎えてくれた初老の執事長が嘆いていた。

 今日会ったばかりの自分たちに嘆くくらいだ。平素からよほど不満があるのだろう。


 執事長の不満を聞きながら、スノウたちは屋敷の中に案内された。


 外観だけでなく、内装も素晴らしい。だが嫌らしい感じのきらびやかさではない。品があるのだ。そして隅々まで良く手入れされていた。

 これもひとえに執事長を中心とした使用人たちの日々の努力の賜物なのだろうが、いかんせんホルガルドはそういったことには無頓着らしく、執事長が更に嘆く。

 流石にちょっと同情してしまった。



 案内された部屋の重厚な扉を開けると、まず目に入ったのはやたらと大きな執務机。そしてそこには見慣れない男が座っていた。

 胸元にフリルの着いた貴族らしい白シャツに藍色のジャケット。ブロンドの長い髪はオールバックに撫で付け、頭の後ろにリボンで結んでいる。

 どこのオペラ歌手かと思うほどの男前。その男に、執事長は恭しく頭を垂れた。


 執事長の態度からして、この屋敷における重要人物であることは推察できるが、一体誰だろう。

 そう思って見ていると、貴族風のその男は机から立ち上がり、真っ直ぐこちらに近付いてきて言った。


「お待ちしておりました王子。ようこそローゼス家の屋敷へ」

「その声は叔父貴ッ⁉」


 どうやらホルガルド本人らしい。ジェイスが仰け反って驚いた声を上げた。

 驚くのは当然だ。

 ハーデス山中の考古学研究所で会った時とはまったくと言っていいほどの別人だったのだ。


 ボサボサ頭に無精ひげを生やし、薄汚れたジャンパーと作業ズボンという出で立ちだった男は今、そのまま舞台の上で喝采を浴びそうなほどの華やかさとダンディさを併せ持った、立派な貴族紳士に変貌していたのだ。


「これはこれは。ローゼス卿でございましたか! いやはや、見違えましたな」


 サイファスさえも驚いて目を見張った。

 もちろん驚いたのはサイファスだけではない。ホルガルドの以前の姿を知っているシュウも、スノウ自身も同じ状況だ。

 唯一驚いていないのは面識の無いソールだけだろう。性来がめついコイツは先程からキョロキョロと周りを観察し、資産価値のありそうな絵画や置物を物色している。


「急にどうしたんだよ叔父貴、その格好はッ!」

「どうって、王宮に参内するからには身だしなみを整えなければと思った次第ですが…」


 不思議そうな顔でホルガルドは答えるが、一団の一番後方にいたスノウは、部屋の隅に控える執事長の長く重いため息を聞いた。

 やればできるのだったらいつもやっててほしい。という声と共に…。


「確かに前のむさい格好じゃ王宮には上がれねえもんな」

「すみません。研究所にいるとついつい無精をしてしまうもので……」


 そう言って照れくさそうにホルガルドが俯く。


「しっかし、こうして見ると叔父貴もちゃんと侯爵っぽく見えるんだな」

「……王子、叔父君は侯爵っぽいのではなく、正真正銘の侯爵閣下ですぞ」


 アホ面のジェイスにサイファスが小声で嗜めた。


 この二人のどうでもいい掛け合いは放っておいて、スノウはホルガルドに初対面となるソールを紹介する。


「ホルガルド、紹介しておく。こっちはフローレンスの代わりに王宮に潜入する俺たちの仲間。ソールだ」 

「はじめまして侯爵さま」


 ソールはホルガルドの前に進み出ると、胸に手を当て優雅に頭を下げる。


 一応、ホルガルドが大貴族だと言うことを意識しているようだ。そんなことしてもしなくても、本人はまったく気にしないということを知っているスノウは、敬称を付けることも既にやめている。


「ああ、話はサイファスから聞いているよ。早速だが準備を始めようか」


 やはりまったく気にしないホルガルドは、執事長を近くに呼び寄せ一言二言指示を出してから彼を退出させた。



「さて、王宮に上がるのは五日後。はっきり言ってあまり時間はありません。王子、よろしいですね?」

「おう、協力頼むぜ叔父貴!」

「かしこまりました。このホルガルド、己のすべての力を使い、王子のお役に立ちましょう!」




 それからスノウたちは、ホルガルドの手を借りて王宮へ参内する準備を開始した。


 ステファン役のシュウは、年齢的にも体格的にも当人に近いので、髪の色と服装をそれらしくするだけで事足りた。


 一方ソールは、フローレンスという人物とは対局に位置するような女だ。本人も色々と試したようだが、結局、見た目を本物に寄せる必要はない。という結論に至ったようで、自分の好みに合ったパンツスーツを執事長に注文していた。


 更にこの二人には、ホルガルドが自ら考古学者として備えておくべき予備知識を叩き込む。


 スノウを含む残りの三名は、ホルガルド個人の従者として潜入するのだが、スノウは殺し屋として潜入任務につくこと自体慣れているので、風貌さえ整えば特に問題はなかった。従者らしい控えめのスーツを着込めば、疑われる事はないだろう。


 問題なのは、ジェイスだ。

 まず外見が先代国王に似ているらしく、銀髪をかつらで隠す。目の色も同様にコンタクトレンズを使って変えるが、それらではどうにもならない問題があった。


 王子のくせに、身のこなしからガラの悪さがにじみ出てしまうのだ。

 しかし逆にいい機会だと捉えたホルガルドは、厳しくて有名な家庭教師を急遽呼び寄せ、ヒーヒー泣き言を言うジェイスに短期集中レッスンを受けさせていた。


 更にもっと問題なのはサイファスだった。

 そもそも元近衛騎士の彼は、いかつすぎて従者というよりも用心棒にしか見えないのだ。

 ホルガルドもこれには頭を抱えてしまったが、仕方がないので護衛ということで押し通すことにしたらしい。

 王宮にはサイファスの顔を覚えている者もいるだろうが、再就職先がたまたまローゼス侯爵家だった、と言い張ることにしよう、という事で落ち着いた。




 こうして準備がすべて完了し、迎えた王宮への参内当日──。


 貴族の礼装を着込んだホルガルドを先頭に、ステファンとフローレンスに扮したソールとシュウ。

 従者として荷物持ちをするスノウとジェイス。

 最後尾で警護をするサイファスの順に、一行は王宮内へと通された。


 白亜に金色の装飾が輝く王宮の中を、青白い顔をした文官の男の案内で進んでいく。

 途中の広間や廊下には人の気配がなく、建物内は閑散としていた。

 だだっ広いのに、人がほとんどいないのだ。


 妙な薄気味の悪さを感じながら案内された部屋に入ると、文官の男はまず持参した荷物を預けるようにと言った。

 どうやらホルガルドが研究所から持ってきたツラ遺跡の出土品のことを言っているようだ。


 荷物持ちであるスノウが持っていたアタッシュケースを手渡すと、それで用は済んだのか、しばらくここで待つようにとだけ言い残して文官の男は姿を消した。




「渡してしまって良かったのか?」


 案内役がいなくなってからホルガルドに尋ねる。先程のアタッシュケースのことが気になったからだ。

 しかしホルガルドはスノウが何のことを言っているのかすぐには分からなかったらしく、数拍遅れて答えた。


「ああ、気にする必要は無い。謁見の際には手荷物を持って行くことが出来ないからね。事前に預ける決まりなんだ」


 そう言って、ホルガルドはベルベット生地を張ったカウチソファーに腰掛けた。


 緑と金を基調とした室内には、他にもいくつもソファーが置かれ、壁際には揃いの肘掛椅子とテーブルが配置されている。どうやらここが控室のようだ。


「スノウこっちにも部屋があるよ」


 盗聴などの恐れがないか室内の点検をしていたシュウが、衝立の向こうを指さして言った。

 衝立を挟んで隣の部屋とは続きになっているようだ。

 覗いてみると、そこにもふかふかのソファーが並んでいるが、何故かその真ん中に、お仕着せ姿のサンダースがすでに座って身体をうずめていた。


「おー、やっと来たな」


 相変わらず頭に包帯を巻いた姿で寛ぎながら、こちらに首だけを振ってよこす。


「待ってたぜスノウ」

「……お前、こんな所で何やってるんだ?」

「何って、俺ここでメイドとして働いてるんだけど」

「そんな事は分かってる! メイドのくせになに寛いでんだって言ってんだ!」


 それを聞いても、キョトンとした顔をするサンダース。

 スノウはシュウと揃ってため息をついた。


 コイツとの会話は本当に疲れる。


「もういい。とにかく紹介したい男がいるからこっちへ来い」


 スノウはサンダースの首根っこを掴んで無理やり立たせると、そのままずるずると引きずって最初の部屋に戻った。


「おお、サンダース殿! お元気でしたかな?」

「あ、じーさん。この間はどーもー」


 突然現れ、サイファスとにこやかに挨拶を交わす謎のメイドに、ホルガルドが口を半開きにして固まっている。

 サンダースという男に全く免疫のないホルガルドは、こいつの毒気に当てられているのだ。


「安心してくれ。コイツは事前に潜り込ませていた俺たちの仲間だ」


 混乱しているホルガルドに説明してやると、ひとまず安心した様だが「女? 男? どっちなんだ?」などと呟き、別の事で混乱し始めている。


「サンダース。挨拶はいいからさっさと脱出口へ案内してくれない? 一度ちゃんと見て確認しておきたいわ」

「そうだった! さっすがソールちゃん!」


 ソールに言われた瞬間にスノウの腕を振り払い立ち上がるサンダース。こっちこっちと手招きしながら、出入り口へ向かう。

 

「サイファス、俺たちは脱出口の確認に行ってくる。あんたらはここにいてくれ。確認に行くのはゴルダだけでいい」

「分かりました」


 そう言うと、サイファスはまだ立ち尽くしたままのジェイスを壁際の肘掛椅子に掛けるよう促した。中央のソファーにしなかったのは、従者という立場を考慮してのことだろう。先程の文官がやってきた時に説明がつかない。


 サンダースについてソールとシュウが部屋を出ていき、スノウは何やら考え込んでいるホルガルドを見やる。


「ホルガルド。もしさっきの文官がやって来ても、トイレに行ったとでも言って誤魔化してくれ。すぐに戻る」

「あ、ああ分かった」


 ハッとしたようにホルガルドは答えた。

 もしかしてまだサンダースの性別について悩んでいたのだろうか。誰か説明してやってくれ。





 サンダースに付いていくと、大理石の広間の一画に明るい部屋があった。

 明るさの理由は、白いタイル張りの壁と薄いピンク色の床が光を孕むからだろう。

 奥には小さく区切られた個室が並んでいて、それぞれに鍵の付いたドアがある。

 見慣れたその配置はまるで女子トイレの様で……


「──なんて所に繋げたんだお前は!」


 スノウはそう言って、いつの間にかモップを携え呑気に佇むサンダースを睨み付けた。


「そんなこと言ったってしょうがないだろ。このカッコで男子便所うろちょろする訳にもいかないしさあ…」


 紺色のワンピースの裾をつまみ上げながらサンダースが答えるが、女子トイレは駄目で、男子トイレなら良いなんて話をしている訳では決してない。


「まあ、いいんじゃない。考えてみれば、姿見の鏡なんて、こんな場所じゃあトイレ以外にありそうもないし、人目もつかなそうだし。条件としては案外いいんじゃないかしら」

「でしょー! さっすがソールちゃん! 分かってるー!」


 ちッ、まあいい。ただ通過するだけなんだからこれで十分か。


「スノウ! 誰かが近付いてくる!」


 不意にシュウが声を上げた。

 感知能力に優れたシュウは、こういう時一番に気が付く。

 シュウの一声に全員が反応し、トイレの壁に素早く隠れた。と同時に、広間の向こうに二つの人影が現れた。

 一つは軍服姿の女性。

 もう一つは、杖を付いた長いローブ姿の、老人……。


「スノウ! あの二人って…!」


 足音も立てずに近付いてきたシュウが小さな声でささやく。

 スノウにも見覚えがあった。

 それは、ジール総督の公邸で遭遇した、秘書風の女性と謎の老人だった。


 イルムガードを出国する直前、司令官の身代わりとして囚われたヒメルを、シュウと組んでジール総督の公邸から助け出した事があった。

 あの時、前方に立ちはだかった二人組が、いま広間を横切って通り過ぎていく。


「あの二人って、前に共軍の総督んトコに居た二人組だよね…」


 ヒソヒソと小さな声でシュウが言う。

 幸いここからだと距離があるので、トイレの壁に隠れたこちらの存在は気付かれていないようだ。


「ああ。おそらくあの女の方は親衛隊だ。セイジョウが公邸で会ったと言っていた。あの老人は…」

「なに? あの二人がどうかしたの?」


 シュウの後ろからソールが顔を覗かせる。するとソールの更に後ろから首を伸ばしたサンダースは、「ああ、あの二人ね」と知ったような口を挟んだ。


「サンダース知ってるの?」

「ああ。掃除してるとたまに見かけるよ。王宮には結構前からいるらしいぜ。若い方は親衛隊。親衛隊って何をやってるのかよく分からなくて遠巻きに見られてるけど、エリート集団らしくて、メイドの間では憧れの的って感じ。あの子は女の子だけど、ファンだって言ってる子はいたなあ」

「あの老人は?」


 スノウが尋ねると、サンダースは困ったように包帯が巻かれた頭を掻いた。


「ああ〜、俺もリサーチはしたんだけど、詳しい人はあんまり…。でも、王様に助言をする人らしいとか、占い師? みたいな人だって話は聞いた」

「占い師……?」


 もう一度例の二人組を見る。

 親衛隊の制服らしき服装の女は老人をひどく気遣い、歩調を合わせゆっくりと歩く。

 一方の老人は以前見た姿と同じく、盛り上がった背中を丸め、長いローブを引きずりながら数歩進んでは止まり、また数歩進んでは止まるを繰り返している。

 呼吸も荒く、体力的にかなり辛そうだ。


「スノウ、どうする?」


 ソールが言葉少なに尋ねてきた。あの二人を追うのかどうかと聞いているのだ。


 この場所に来た目的である脱出口の確認は既に完了している。

 あの二人の存在は気になるが、現段階で深追いする理由はなかった。


「ここはやり過ごして、一旦ホルガルドの所に戻ろう。この広間の先は玉座の間や謁見の間がある区域だ。あの二人はおそらくそこに向かっているのだろう。あいつらが何者かは、そこに行けば分かる…」


 親衛隊の女と老人が見えなくなるのを待ってから、スノウたちは控室に戻った。




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