第13話 珍客の乱入2
「おいっ! だから誰なんだよコイツは! いいかげん誰か説明しろよ!」
業を煮やしたジェイスが腰を抜かしたままの格好で喚き散らした。
そばに控えるヘルミナも知っていればすぐにでも耳打ちしたかった様だが、まったく思い当たらないのか困った表情のまま後ろに下がった。
以前、王都に既に仲間を潜らせている事は話していたが、そう言えばサンダースという人物自体を詳しく説明していなかった。
身なりと喋り方からして男か女かイマイチよく分からない怪しげなこの男を、ジェイスが不審に思っても仕方のないことだった。
「そうね、紹介が遅れてごめんなさい。この男の名前はサンダース」
「男ッ⁉ コイツ男なのかッ⁉」
「ええ。正真正銘、男よ。サンダースは仲間の中でも潜入任務担当なの」
「どうも~」
「サンダース。あなたは初めてだから、一応今回の依頼主を紹介しておくわね」
「ええ~、別に紹介なんてしなくていいんだけど。まあいいか。で、依頼主って誰?」
「──……そこで腰抜かしてるのがそう」
「フツーに紹介しろフツーにッ‼」
間髪入れずジェイスが叫ぶ。
個人的にはいい気味と思ってしまうが、確かにソールたちの態度は雇われてる側の立場にしては不躾すぎる。
「ああもうッ! 変なのがまた出てきやがった!」
そう吐き捨てるように言うジェイスをしばし見つめていたサンダースは、ふと気づいて口を開いた。
「あれ? なんか見たことあると思ったら料理長じゃん! 久しぶり~!」
見た目は女性なのに男だと聞かされ、ただでさえ警戒心をあらわにしているジェイスに、サンダースは明るい調子で手を振る。
「ジェイス知り合いなの?」
サンダースに妙に興味津々の様子で司令官が尋ねた。
「はあ? こんな奴知るかよ!」
司令官は知っているなら紹介してよと言いたいようだが、ジェイスは冗談じゃないといった反応を見せた。
実際はジェイスだけでなく、おそらく司令官もガンデルク基地にいた頃にサンダースとは遭遇しているはずなのだが、今とは別人に変装していたこの男を見分けるのは素人には難しいだろう。
ジェイスなど、まさか自分が以前雇ったバイトの兄ちゃんが目の前にいるとは思いもよらないようだ。
それだけに、やけに馴れ馴れしい態度の男に余計に不信感を募らせた。
「気持ちは分かるわ王子さま。けど安心して。こいつ馬鹿だけど、仕事はちゃんとするのよ」
見かねたソールがサンダースを庇うように言った。
「嘘つけ! 怪しすぎて全然信用できねえぞ!」
「あら、そんな事無いわ。現に今、ひと仕事したじゃない」
「はあ?」
「だって、王宮にいるはずのサンダースがこっちに来たってことは、この鏡が向こう側と本当に繋がってるのかどうかの確認ができたわけでしょ?」
「確かにソール殿の仰るとおりですぞ王子! 通り抜け鏡の動作確認がたった今終了致しました!」
サイファスにまでそう言われては認めざるを得ない。
ほらね、とばかりにソールはジェイスに向かって手を差し出した。奴はまだ、腰を抜かしたままだったのだ。
だがジェイスはその手は取らず、ぶすっとした顔をしながら自力で立ち上がった。もっとマシな登場の仕方をしろだの何だのと文句を言いながら。
「俺、ソールちゃんに早く会いたくて…。居ても立ってもいられなくてこっちに来ちゃっただけなんだけど、もしかして役に立った?」
「ええ、もちろん。あなたにしては珍しく凄く役に立ったわ。ありがとうサンダース」
「ほ、褒められた……!」
サンダースはソールのにっこりスマイルからの『ありがとう』が余程嬉しかったのか、顔をぽうっと赤らめ、なにやら感慨深げに天を仰いでいる。
「ホント助かったわよサンダース。でも、そろそろ持ち場に戻った方がいいんじゃないかしら?」
一方のソールは残酷なほどにこやかな笑みをたたえた表情のままそう言うと、アホ面を浮かべるサンダースの背中を押して、今しがた出てきたばかりの通り抜け鏡の前に立たせた。
「え、あ、ちょっ──」
「ほらほら、あんまりこっちに長居をしていたらそれこそ不審に思われるわ」
「べっ、別にちょっとなら平気だよ。俺、今ちょうど休憩時間だし──」
「休憩って言っても何かの拍子に呼ばれた時に見あたらなかったら怪しまれるでしょう? ね、こっちはもう大丈夫だから!」
「そんな~ソールちゃ〜ん!」
「私も寂しいわサンダース。でもこれも仕事なの。だから我慢しないといけないのよ。さあ、こっちの事は心配いらないから早く行って頂戴!」
既に身体の半分が鏡の向こうに見切れているにも関わらず、尚も未練たらしく縁にしがみつくサンダース。
──を、容赦なく更にぐいぐい鏡に押し込むソール。
「そうだソールちゃん! せめて最後に、役に立ったご褒美を! あっ、ほっ、ほっぺにブチュっとキ──」
「さっさと行けオラ!」
げしっと足で蹴りを食らわし、強制的にサンダースを王宮側に戻らせたソールは、打って変わって静かになった鏡面に向かってふうっと息をついた。
「アイツが居るとそれだけで鬱陶しいのよねぇ……」
この女は本当に容赦ない。
だが、これだけされてもサンダース本人は少しも堪えないのだから、ソールもソールだがサンダースもサンダースだなと、スノウは見ていて思った。
「さてと。これでとりあえず下準備は完了したって事でいいのよね?」
やっと落ち着いて話ができる。と一呼吸ついて、ソールはサイファスらに向かって声を掛けた。
「確かにそのようですな」
「だったら、一度確認しておきたいんだけど。それに、王子さまはまだご存知でないでしょう?」
「はい、私も王子にはこの場でお話するつもりでしたので」
「なら決まりね。じゃあ王子さま、こちらへどうぞ」
そう言って、どうぞ、という手の動きを見せてジェイスを呼び寄せてから、ソールは自身もさっとソファーに腰掛けた。
「まったく良く言うぜ……」
話の腰を折ったのはそっちだ、とジェイスが悪態をついてソファーに掛ける。だがソールはそれには反応を見せずに、サイファスとヘルミナがジェイスの後方に集まって来たのを見計らって口を開いた。
「予定通り明朝、王都に向け出発するわけだけど、私たちゴルダから同行するのは私と、そこにいるシュウ」
ソールはスノウの隣で大人しくたたずむシュウの方を見ながら言う。
「おいおい二人だけかよ!」
さっそくジェイスが不満げな口調で話を遮った。
それに対し、ソールが一度様子を伺うようにこちらに視線だけを寄越してきたが、スノウは何も言わずにいた。何も言わなくても、ソールは分かっているだろう。
スノウが黙っていると、案の定ソールは淡々とジェイスに向かって答えた。
「王宮にはスノウも行くけど、数には入れないで。今回の仕事で彼は完全にオブザーバーなの。私の指示では動かないし、もちろんあなた方の命令も聞かないわ」
「勿論です、ソール殿。こちらもそれは承知しております」
不満げなジェイスとは対照的に、にこりと微笑んでサイファスが言った。それを聞いてジェイスも一応は納得した様だが、ぶすっとした表情でソファーの上にあぐらをかいた。
「どうやら王子さまは不安に思ってらっしゃるようだけど、人数については別に今回の依頼が特別少ないって訳じゃないのよ。私たちゴルダはもともと少数精鋭が売りなの。もしそれが不満なら──」
「──わーったよ! それはもういいって! どうせまた追加料金とでも言うつもりだろッ?」
ジェイスの態度にクスっと笑ってから、ソールが続ける。
「潜入には、考古学研究所、だっけ? そこの先生方に協力してもらうのよね?」
「あ? 誰だよ先生方って」
「ステファン殿とフローレンス殿のことでございます王子」
「ああそっか、あいつら王宮に呼ばれてるんだったな」
「ローゼス侯爵もおりますぞ」
「叔父貴もか。しかし、ステファンは良いとしても、フローレンスも一緒ってところが、スゲー不安だな〜……」
そう言ってひとり遠い目をするジェイス。
「問題はありません王子。ステファン殿とフローレンス殿は実際には王宮に行きません」
「ああ? 何でだよ」
「私とシュウがその二人に成りすまして行くからよ」
「はッ⁉ 成りすますって、どういう事だよ!」
「王宮に参内せよと要請があったのは、サンクアラ考古学研究所の研究員二名。ステファン殿とフローレンス殿だけです。そこに研究所の責任者であるローゼス侯爵が付き添います。ローゼス侯爵は貴族として身元は勿論、顔も知られておりますので、成りすますことはできませんが、一介の学者であるステファン殿とフローレンス殿の顔を知る者は少ない。そのため、他者が成りすますことは可能だ。という事です」
「可能だっつっても…、大丈夫なのか?」
「安心して、王子さま。私たちはプロよ」
ソールにそう明言されてもジェイスの顔は晴れない。銀色の頭をガリガリかいて眉を寄せた。
「つーか、そもそもステファンとフローレンスはなんで王宮に呼ばれたんだ?」
「実を申しますと、王宮から遺跡調査団の元に参内の要請があるよう仕向けたのは我々の方なのです。先日、ローゼス侯爵から親衛隊に、ある報告をしてもらいました。ただし、これは作られた情報です。ですが、親衛隊が絶対に食い付いてくるだろうという情報を流したのです」
「どういう情報なの?」
ソールがサイファスに向かって尋ねると、サイファスはその質問を待っていたように答える。
「遺跡の発掘現場で重要人物の人骨を発見した。と報告してもらいました」
「…? それのどこが絶対に食い付いてくる内容なわけ?」
「確かに我々からすればそれほど重要な情報ではない気がしますな。ですが、親衛隊にとっては重要なのです。むしろその重要人物の人骨を探すことこそが、現国王が親衛隊に遺跡を管理させている理由。そうですなスノウ殿?」
そう言ってサイファスは、急にこちらに向かって顔を向けてきた。
センターテーブルを中心に顔を突き合わせる銀狼党とゴルダの殺し屋の視線が、一気にスノウに集中する。
ソファーからは離れた位置に立つスノウは、その視線を受けながら小さく頷いた。
「…そうだ。ルディアは遺跡の中からある人物を探し出そうとしている。現国王がホルガルドに遺跡発掘を続けさせているのは、それが目的だと言っていい」
「なんでお前がそんなこと知ってんだよ!」
不満顔のジェイスを無視して、スノウはサイファスに対して話を先へ進ませるよう目配せした。
正直にこの男に話したところで面倒なだけだ。
「──てめえッ、無視すんじゃねえよッ!」
「申し訳ありません王子、時間もないので先へ進みます」
「おいッ‼」
「とにかく、ローゼス侯爵からその情報を親衛隊側に流した結果、遺跡調査団に対して、近日中に発見した物を持って王宮に参内するようにと通達があったということです」
「狙い通りってわけね…」
ソールがにっと艶のある唇を釣り上げた。
「学者たちが国王本人の謁見を受けるって話は確かな情報なのよね?」
「ヘンリーク国王が、みずから研究者に直接話を聞きたいと望まれた、というのが通達された内容だそうです…」
「なるほどね…」
「……なあ、なんかよく分かんねえけど…」
ジェイスが振り返ってサイファスの方を見ながら疑問を口にした。
「つーか、この鏡使ったらいいんじゃねえの? 脱出用だけじゃなくて侵入時も」
そう言って、通り抜け鏡を指さす。
その場の全員が無言のまま一度鏡の方に視線を向ける。
ソールがはあ、とため息をついた。
「王子さま、安直ねえ…」
「んだとッ⁉」
いきりたつジェイスを宥めるようにサイファスが口を開いた。
「確かに、当初ツルギ殿とはこの鏡を使って侵入するという話だったのです」
「なんでやめたんだ?」
サイファスが困った顔をしている。助け舟を求めて司令官を見遣った。
「向こう側の…、魔女ルディアの状況がわからないから、これでいきなり飛び込むのは危険だってセシリアが言うの」
「……魔女が危険だって言うんじゃしょうがねえか…」
ぐうの音も出ないのか、ジェイスが口ごもる。
「それに、向こうでの動きやすさを考えたら正攻法で入り込んだほうがいいわ」
ソールが言うと、サイファスも同調して頷いた。
「監視は付くかもしれませんが、それさえやり過ごせば王宮内を動き回るのは容易いでしょう。それに、やはり国王の御前まで案内してもらえるのが大きい」
「確かにそうだな…」
一斉に説き伏せられ、ジェイスが唸り声を上げた。
「それで? そっちからは誰が行くの? 王宮に上がれる人員はそう多くはないでしょう?」
ソールの問いに、ジェイスは眉をひそめた。言っている意味が分かっていないらしい。
どういうことか説明しろと言うようにサイファスを見遣る。
「学者役のソール殿とシュウ殿以外の人員は、ローゼス侯爵の個人的な従者という形で同行します。我が国の貴族の慣習上、連れていける人員は多くても三人。一人はスノウ殿ですから、残る人員は二人なのです」
「二人⁉」
先程散々ひとが少ないだの喚いていたジェイスは、サイファスの言葉にいよいよ青くなった。
「で? 誰が行くのよ」
「もちろん党首たるイルーク王子。そして王子の護衛である私です」
「了解。じゃあ、学者に成りすまして王宮に潜入。国王に接近して確保し、脱出口から連れ帰る。その間、多少手荒くなってもいいのよね?」
「手荒くって何するつもりだよ」
「大したことじゃないわ。人質として盾になってもらうだけよ。謁見する部屋から脱出口まで移動するのに、警備兵を黙らせておく必要があるでしょ?」
「まあ、それは仕方ねえな…」
渋い顔をしながらジェイスが答えた。
すると突然そこに司令官が割って入る。
「じゃあ、あたしは鏡のこっち側で待機って事でいいんだよねジェイス!」
「あ? ああ。そうだな。悪いがツルギはここでヒメルと待機しててくれ」
「うん、分かった」
司令官はにっこりと微笑んで返事をする。
(……?)
スノウは後ろでひとり、わずかな違和感を感じていた。
どうしたのだろう。司令官がやけに大人しい。
いつもなら周りの静止も聞かず「あたしも行きたい!」などと言い出しそうなものだが、妙に聞き分けがいい。
「それじゃ、明朝、王都に出発って事で、今日はこれで解散しましょうか」
ソールはソファーから立ち上がると、周りの返答も待たずに部屋を出ていこうとする。だがサイファスらも異論は無いらしく、何かを言うことはない。本当に解散になりそうだ。
「あ、ツルギ!」
立ち上がって部屋を出ていこうとする司令官に、ジェイスが慌てたように声を掛けた。
「──なに?」
しかしジェイスは中々喋り出さない。
やっと喋りだしたと思ったら何かモゴモゴと言い始めた。
「あ〜、あれだよ。オレ、王宮に行ってくるから」
「…? うん」
「危険もあるかもしんねーけど、頑張ってくっからさ」
「うん…?」
「だから…、あ〜、その、なんつーか、応援っつーか、励ましてくれねーか?」
(何言ってんだアイツ…?)
「ああ!」
司令官はやっと合点がいったという様にぽんと手を打つと、そのまま握り拳を目前で作る。
「ガンガレ‼」
「…………」
それ以上の言葉が望めないと分かると、がっくりと肩を落とすジェイス。
「………おう。頑張るわ」
スノウの隣に戻ってきたソールがジェイスたちの様子を生暖かい目で眺めながら呟いた。
「王子さま、お姫様に全然相手にされてないんじゃないの?」
それからおもむろにジェイスに近付くと、奴の肩にぽんと手をのせる。
「まあまあ、私たちと一緒に頑張りましょう。フラれ王子さま」
「──ほんっと、容赦ねえなお前……!」
わずかに潤んだ目を鋭く尖らせてジェイスが女殺し屋を睨む。
スノウはそれを見て、少しだけ胸がすく思いがした。