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第12話 珍客の乱入

 王様が住むお城は恐ろしく広い。

 椿だの蘭だの、豪華な名前の付いた広間や廊下が数えきれないほどあって、一体どこから手を付ければいいのか途方にくれてしまう広さだ。

 それでも、とにかく始めないことには終わりは来ないわけで……。

 ふんっと腹に力を込め直し、大理石の床に濡れたモップを構える。

 とりあえず今日中にこの広間の掃除を終わらせるようにと言い付けられているのだ。


「ねえサンドラ。あとお願いしてもいいかしら」


 ごしごしとモップで床を擦っていると、先輩メイドの、え〜っと名前は確かファルマだかマルナだか。その先輩が無慈悲な一言を言った。


「ここが終わったら奥のトイレもお願いね」


 思わず、そんな〜と悲痛な声を上げてしまいそうな気持ちになる。


「そんな〜じゃないわよ」


 あ、やば。どうやら声に出ていたらしい。

 いやいや、そりゃ言いたくもなるでしょ。このだだっ広い部屋を一人でやれって? おまけにトイレも。

 これってもしかして、よくある新人いじめってヤツだろうか?


「何よその顔。仕方ないでしょ、人が少ないんだから。他にもやらなきゃいけない所がわんさかあるのよ!」

「あの~、確認しときますけど、ここ王宮ですよね?」

「当たり前でしょ。何を今更」

「その割りに掃除係の人数が明らかに少ないと思うんですけど……。それに見た感じ、人の気配無さすぎじゃないですか? てっきり豪華な格好した偉い人とか闊歩してるのかと思ってたのに…」

「私に言わないでよ。国王陛下は王宮内を誰かにうろつかれるのがお嫌いなのよ。まあ、人が少なければそれだけ汚れる事もないからね。そこのトイレも使う人は少ないからすぐに終わるわ。じゃあ頼んだわよ」

「え〜ホントに一人でやるんですかぁ?」

「つべこべ言わずに一人でやるの! いいわね!」

「は~い。頑張りまーす…」


 ブスッとした顔で返事をすると、先輩メイドは「まったく最近の子はすぐふてくされて……」とか何とか言いながらいなくなった。

 

 広間の真ん中に一人残され、まあ普通なら文句の一つも出るところ。だが内心は小おどりしたい気分だ。


(やったね。早くもチャンス到来!)


 手早く広間の掃除を終わらせ、トイレに向かう。

 ここのトイレは前から目を付けていた。ほぼ掃除係専用だから、人目につきにくい。

 どっちにしようか迷ったけど、やっぱ女の方だよな、と女性用と掛かれた方のトイレの中に入った。


 手洗い場の奥に大きな姿見の鏡がある。狙いはこれだ。

 鏡の前に立つと、仕事にかかる前にそこに映った自分の姿を改めて見つめてみた。

 濃紺色のお仕着せに真っ白いフリルエプロン。

 きっちりと結んだ三編みおさげ


(う~ん、やっぱ俺って天才だわ)


 どこからどう見ても、王宮のどこにでもいそうな普通のメイド(若干ドジっ娘設定)にしか見えない。

 しかしてその実体は──!

 ゴルダの殺し屋、変装の達人サンダース!



 ……なんちゃって。


 鏡の前でかっこよくポーズを決めたものの、はやし立てる者もいなければツッコミを入れる者もいない。


 ちょっと、寂しかったりして…。





『いい、サンダース。これからやってもらう仕事は、王宮の鏡の一つを取り替えることよ』

「鏡を取り替える? それだけでいいの?」


 サンダースは携帯電話を耳に当てながら、思わず聞き返してしまった。あまりに意外な言葉だったからだ。

 先日からメイドとしてアルフ・アーウ王宮に潜入しているサンダースは、お仕着せ姿のまま、人目のつかない掃除用具倉庫の隅でソールと電話をしていた。


『そうよ。あなたはこっちで用意する鏡と王宮に設置されている鏡を取り替えるだけでいいの。ただし、普通の鏡じゃだめよ。全身が映る姿見の鏡でなければ。それと場所も重要よ。できるだけ人目のつかない所にある鏡にして』

「その鏡に取り替えたらどうなるの?」

『王宮に潜入した際に、それが脱出口になるらしいわ』

「は? どういうこと? 通り抜けられるってこと? どういう仕組みで?」

『えーっと、確かあっちとこっちで同じ形状の鏡があれば、その間の空間を繋げられるとか何とか小娘が言ってたけど──』

「えッ? 小娘が、なに?」

『細かい仕組みなんか分かるわけないでしょ‼ もう、魔女だのなんだの、深く考えたら頭がおかしくなりそうよ‼』

「はッ? 魔女? って何のこと?」

『いいのよ、あんたは馬鹿なんだから‼ とにかく、あの顔にキズのジジイがやれってんだからやればいいの‼』


 顔にキズ? ああ、確かサイファスとかいう爺さんだ。元締めを病院に連れて行く時に付き添いをしてくれた、やたら筋骨隆々の気のいい爺さん。


「ところで、ソールちゃんたちはいつこっちに来るの?」

『考古学者の先生方が国王に呼ばれたとかで、近々王宮へ参内するらしいわ。その学者の中に紛れ込んで潜入する』


 考古、学者…?


「え、じゃあ、ソールちゃんも学者に変装するってこと…?」

『……まあ、当然そうなるわね』


 学者って事は…白衣とか、着るのかな……。


『でもその前に鏡の設置が完了したら一度導通の点検をするわ。あんたはその時ちゃんと鏡の周辺を警戒してなさいよ。点検の日時はまた連絡するから──』

「……」


 白衣の…ソールちゃん…?


『…ちょっと、聞いてるのッ、サンダース!』

「……ご、ごめん、電話越しにソールちゃんの声聞いてるだけでも結構クルのに…、白衣にミニスカートのソールちゃん想像したら…なんか、興奮してきちゃって──」


 ブツッ‼ ツー、ツー、ツー、ツー……



 ……ぐすッ、ひどいよソールちゃん……。


 ひんやりと冷たい鏡面にもたれ掛かり、人知れず思い出し涙を拭うと、サンダースは大きく息を吐いた。


「はあ~…。そんじゃまあ、ソールちゃんの為、いっちょ気合い入れてやりますかね」


 サンダースは鏡に向かって身体を正面にすると、鏡面に両手をついてぐっと力を込めた。それから深い呼吸をして、もう一度鏡の中の自分の顔を見る。

 その顔に向かって、勢い良く頭を振り上げた──。




 ◆◇◆




「これがホントに王宮に繋がってる鏡なのか?」


 レジスタンス組織『銀狼党』のアジトとして使われている古めかしい洋館の応接間。

 その応接間の壁に取り付けられた真新しい鏡を前に、チンピラ似非王子ことジェラルド・イルーク(通称ジェイス。と言うかむしろこちらが本名と言っていい)が疑わしげな声を上げた。


「俺にはどこをどう見てもフツーの鏡にしか見えねえんだけど……」


 それはジェイスだけが持った感想ではなく、スノウや、それ以外の場の全員が持った感想だった。


 スノウは今、ジェイスが率いる銀狼党メンバーと、ソールをはじめとするゴルダの殺し屋たち、更に共和国軍基地司令官ハインロット大佐(現在亡命中)を交え、脱出口の動作確認をしている。


 問題の姿見の鏡は、ごく普通の鏡に見えた。確かに王宮仕様なのか少しばかり豪華な造りではあるが、その他に特段変わったところはなく、ただ部屋の様子をひたすら写し返しているだけの代物である。


「見た目はまったく変わらないね。でもセシリアの魔術がはじめから掛けてあるから、向こう側とは繋がってるはずだよ」

「繋がってるッ? マジかよこれでッ?」

「ちょっと試してみようか?」


 そう言うと、司令官は鏡に向かってさっと手を伸ばした。

 鏡面に向かって手の平をかざすと、硬質なはずのそれがまるで水面のようにゆらゆらと揺れ始めたのだ。


「わあ、なにこれ水みたい!


 一度躊躇したものの、彼女はそのままゆっくりと波打つ鏡面に触れた。

 いや、触れようとしたが、実際には触れられなかった。

 触れたという手応えもなく、本物の水に手を入れる様に手首から先が鏡の中に消えたのだ。


「うわああッ! 手が──」


 一番近くで司令官の様子を見ているジェイスが慌てふためく。


「あッ、なんか向こうに空間みたいのがある! やっぱりもう繋がってるんだ!」


 肘まで鏡の中に突っ込んだまま楽しそうに司令官が言った。彼女の腕先は、おそらく向こう側でぶんぶんと振り回されているのだろう。

 もちろん普通に考えれば、鏡の後ろに空間なんてあるわけがない。全員の注目を集めるこの鏡は、応接間の壁にぴったりと取り付けられ、その間に空間なんてあるはずがない。


「信じらんねえ……。じゃあ今、向こう側はお前の手だけが鏡から出てきてる状態ってことになるのかッ?」

「うーん。そうだろうね多分」

「魔女ってヤツはホント何でもありだな……」


 鏡から腕が生えているという奇妙な光景を想像しているのか、ジェイスはそれ以上言葉が出ない。


 そんなやり取りを、スノウは異様なほど静かに眺めていた。

 隣にいるソールは、魔女の説明はある程度受けてはいたものの、実際に魔術を見るのは初めてなので、声も出ないほど驚いている。と同時に、何故そんなに冷静なんだと言いたげな顔をこちらに向けてきた。


「……何だ?」

「……別に…」


 おかしいのは自分でも良く分かっているつもりだ。でももう慣れてしまったのだから驚きようがない。

 こんなことで言葉を失っているようでは、魔女の騎士は勤まらないのだ。


 そして毎度のことながら、司令官はまわりの反応などに一切構うことなく、鏡に向かって腕を引いたりまた突っ込んだりしながら遊んでいる。


「おもしろーい。ほら見て見て! ジェイスもやってみなよー」


 やってみろと言われて司令官に場所を譲られたジェイスは、渋い顔をしながら「面白くなんかねえよ…」とぼやいて鏡に近付いた。


「ジェイス様ッ!」


 ヘルミナが急に我に帰ったかの様に主人の名を叫んだ。同時にジェイスを庇おうと前に飛び出しかけるが、サイファスに止められ踏み止まった。

 彼ら親子にとってジェイスの身の安全は何にも替えがたい最優先事項だろう。得たいの知れない鏡を前にして反射的に動いてしまったとしても無理はないのだが、娘と違い年の功がある父サイファスは危険はないと判断した様だ。

 当のジェイスは恐る恐る鏡をのぞき込みながら、どういうわけかフムフムと注意深く鏡を観察し始めた。


「──待てよ……。向こう側に腕が出るっつーことは、つまりここに首を突っ込もうもんなら、鏡の向こう側はカンペキ生首状態になってるってわけだよな……」


 そんなことを考察したところでどうするつもりなのだろうか。


「……あの王子、見た目は悪くないのに、オツムがちょっと残念なのが玉にキズよね」

「キズどころか致命傷だよアレは」


 先ほどまで驚愕の顔をしていたソールが、今度は心底残念そうに呟き、ソールの更に向こうにたたずむシュウが呆れ顔をして返した。


 すると次の瞬間、


「ソールちゃぁぁーーんッ‼」


 突如、鏡面に生首が出現し、ジェイスは腰を抜かすほど驚いてその場に尻餅をついた。


「うわあッ、で、出たーーッ‼」

 

 その生首は誰かを探すようにキョロキョロと回りを見渡している。

 さすがにこれには堪らずヘルミナがジェイスの前に出て主人を背中に庇った。


「んなッ…、だッ、誰だてめえはああーッ!?」

「──サンダース!」


 突然にょきっと現れた生首の正体は、ゴルダの殺し屋の一人、サンダースだった。

 鏡の中から首だけが現れていると言うかなり気味の悪い光景だが、サンダース自体は良く知った顔だ。


「ああソールちゃん! 腕が出てきたからもしかしてと思って! 良かった、会いたかった〜‼」


 サンダースにはソールしか目に入っていないらしく、生首状態のまま緊張感の無い声をあげた。

 対するソールは驚きはしたものの、それ以上に生首サンダースのあまりの情けなさに脱力してしまい、鏡に近付いてからため息を漏らした。


「サンダース、そんなとこから首だけ出してないで、こっちに入ってきたら?」

「え? いいの?」


 むしろその状態のままで会話する事の方が絵面的にも不味い気がする。


「そんじゃまあ遠慮なく」


 そう言って何の戸惑いもなく鏡の枠をまたいで中から現れるサンダース。

 その自分をも遥かに凌ぐ平静っぷりに、こう言う時バカって良いなとスノウは思う。


「首尾よくいったみたいね。ところで、その頭の包帯はどうしたの?」


 いつも通り女装姿のサンダースに向かってソールが尋ねた。

 サンダースの頭部には何故か真っ白い包帯が巻かれ、それを保護するための医療用ネットが頭全体を覆っていたのだ。

 落ち着いた濃紺色のワンピースを纏っていながらそれはかなり不自然に見え、尋ねた本人だけでなくその場にいる全員が疑問に思っていた事だろう。と言うかむしろ思わない方がおかしい。


「え? ああ、これ? これはあれだよ。今さっき通ってきたコイツ」


 そう言ってサンダースは親指一本立てたこぶしで背の方にある通り抜け鏡を指した。


「王宮側の鏡を不自然なく取り替える為にさ、前からあった鏡の方を、仕事中の不注意で割っちゃいましたってことにしたんだ。それから『自分の不注意だから責任もって弁償します~』って言ってそっちが用意してくれた鏡に取り替えたってわけ」

「その経緯は知ってるわよ。私があんたに聞いてるのは、それがどうして頭を怪我することになってるのかって事よ」

「なんでって……」


 サンダースは怪我をした頭を触りながら考える。


「……頭で鏡をかち割ったからだけど?」

「はッ? 頭でかち割ったって、鏡をッ? なんでそんな事する必要があるのよッ⁉」


 何故と問われても明確な理由が思い浮かばなかったのか、サンダースは呆けたまま首を傾げた。


「う〜ん……、他の方法を思い付かなかったから……?」

「あんたねえッ! そんなことして不審に思われなかったでしょうねッ?」

「別にそんな風に思われなかったけどなあ……。あっ、でもなんか急にまわりの人たちが優しくなったかも。先輩のメイドの人も『あなたそんなに思い詰めてたのね』って謝ってきたんだ。何でだかよく分かんないけど」

「同情されてどうすんのよ……」


 ソールが眉間を押さえてため息を漏らす様子を、スノウも全く同じ気持ちで眺めた。

 まったく、馬鹿でタフって奴は本当に救いようがない。


「はあ〜……もういいわ。あんたに小難しいこと言ってもムダよね……」


 これ以上追及するのも面倒になったらしいソールは、そう言って肩をすくめた。






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