第11話 ヴィクトリアの勇者たち
『ヴィクトリアの勇者たちが出陣!』
守り町アインでの朝。
夜が読んでいた新聞の一面にそう書いてあった。
「ヴィクトリアの勇者って『迅雷の聖騎士』だろ?」
「俊でも知ってるほど有名だね」
「さすがに俺だってそのくらいはな……」
「俊様……私のことは知らなかったのに……」
「……ごめんなさい」
「そういえば私のことも……ご主人様は知らなかった……」
「……本当にごめんなさい」
「まあそれだけ無知な俊が知っているほどすごいってことだね」
雫とクランに俊はほっておいて夜は話を続ける。
「『迅雷の聖騎士』っていったら人類で一番強い勇者って言われてますよね?」
「そうだね。それに勇者『たち』と書かれているから人類最強のパーティーで行くんだろうね。それにきっと国直属の正規軍も一緒に行くはずだ」
「総力戦……」
「世界も思い切ったことするもんだな」
「確かにね。この勇者たちが負けた場合は、もう魔王に勝てる人間がいなくなるって言ってるようなものだからね」
「もしこの人たちが魔王を倒してしまった場合はこの旅はどうするんでしょう?」
雫が不安そうに訊く。
「終わってしまうなら、この人たちには悪いですけど倒してほしくないです……」
「大丈夫だよ雫。もし魔王が倒されたら魔物狩りに変えるから」
「ほんとですか!」
「ボクもこの旅はまだ終わってほしくないからね」
そう言って夜は雫の頭を撫でた。
魔王軍直轄領土内上空にヴィクトリア輸送船があった。
『降下!』
耳につけているインカムから指示の声が聞こえる。
その声で輸送船内にいた人間は全員降下を始めた。
降下が終了すると輸送船は魔王城とは反対方面に進路を変更して最大船速で行ってしまう。
「さて、これで逃げられなくなっちゃったな……」
『迅雷の聖騎士』のライト・バレットは真面目な顔で言う。
「あんたまだ逃げようとしてたの……?」
『天空の癒し手』のネネ・ジャスアは呆れながら、しかしにらみながらライトに言う。
「ちょ!そんな目で見ないで!怖いから!」
「てかなんで逃げたいんだよ。帰ったら俺たち英雄だぜ?」
『紅蓮の狂戦士』の霧崎豪はライトの肩に手をまわし、笑いながら言う。
「いや、その英雄ってのが重い……」
ライトは肩を落としながら言う。
「がんばれ人類最強」
ふら~……
豪がそう言うとライトは後ろに倒れそうになる。
「あいかわらずダメなのな」
「いや、そう言われると緊張しちゃって」
「期待されるのがダメな子だね」
ネネは再び呆れながら言う。
これだけ見ても、人類がどれだけこの戦いに力をそそいでいるのかがわかるメンバーだった。
他にも二つ名がついている勇者がこの場にはいる。
本当の総力戦だった。
「ほらしゃべってるから魔物集まってるよ?」
「誰かが倒してくれるさ」
そう言いながら一同は『死の森』を進んでいく。
そして広い場所にでる。
「この辺で休憩でもとるか?」
豪が提案する。
「いや、来た」
ライトが指さした先には人間が男女の2人いた。
しかも片方の女はまだ子供だ。
「……人間?」
「どうしてこんなところに……」
などと言う声も聞こえるがライトの反応は違った。
「やはり情報通りか……」
ライトは剣を抜く。
「みんな聞け!あいつらは魔王軍のやつらだ!!」
豪は大声をはりあげる。
その声を聞く前から戦闘態勢になっていた人もいた。
「こんなにうじゃうじゃと、よく集まるねー」
「ちゃんとやれよ?」
「あんたに言われなくてもわかってるって。あんたも……ってあんたは別にそんなこと言わなくてもいいか。真面目だもんね」
「わかってるじゃないか。こいつがそろそろ限界らしいからな。最低でも1人はもらうぞ?」
「じゃああたしの能力的に1人以外は全員もらっちゃうけどいい?」
「『迅雷の聖騎士』は俺がもらおう」
「うわ……一番楽しそうなのとった……」
「さて、戦闘開始らしい」
「おおおおおおおおおおおお!!」
ライトが真っ先に二人に向かって駆ける。
それを男の方が刀で受け止める。
「お会いできて光栄だ!『迅雷の聖騎士』!私の名は村雨!一勝負お願いしたい!!」
「くっ!」
村雨に力負けしてしまいライトは距離をとる。
「雷速!」
パリッ……
ライトは雷の速さで動く。
「この速さならっ!」
後ろからの一刺し。……しようとしたがすぐに距離をとる。
「む……」
ライトがさっきまでいた場所は、村雨が刀で横に切っていた。
「雷の速さに追いついた……?」
「さすが『迅雷の聖騎士』」
村雨はライトを見据える。
「さて、と。全力で来てもらったんだ。返礼しないと失礼だな。『黒妖』」
そう言った瞬間、村雨の発する雰囲気が変わった。
「ライト!!」
豪はライトのサポートに向かおうとする。
……しかし。
ドォン!!
突如豪の前で爆発が起こる。
「な!?」
その爆発を起こしたのは仲間の1人だった。
「なんのつもりだ!!」
「…………」
その仲間の1人は豪の質問に答えない。
「きゃっ!」
ネネの悲鳴が聞こえた。
豪はそちらに目を向けると、そこには仲間に囲まれたネネの姿があった。
「あんたたちなにやってるの!?」
「「「…………」」」
ネネの質問にもなにも答えようとしない。
「だめだよぉ?なに言ってもこの子たちはなにも答えない」
仲間の代わりに声を発したのは魔王軍の女の方だった。
「あたしはアリス。ちゃんと名前言わないと村雨に怒られちゃうからねー。ねえ、あたしのお人形と遊ぼう?」
ネネに向かって5人がいっきに能力を発動しようとする。
「ネネ!!」
ゴッ!!
豪はすぐにその5人を殴り飛ばす。
「お前ら!仲間だからって遠慮するな!!こいつらはもうだめだ!!」
豪が戸惑っている仲間たちに向かって怒鳴る。
「仲間でも遠慮しないの?君、おもしろいね」
豪が仲間を殴る姿をアリスは笑いながら見ている。
「貴様!!」
「もらった!」
そんなアリスに攻撃しようとする2人。
1人は近接攻撃。もう1人は遠距離で。
近接攻撃で相手の気を向けさせ遠距離で仕留めるつもりだろう。
「邪魔しないでよね」
近接攻撃をしかけてきたほうをアリスはにらんだ。
ドォン!
遠距離攻撃が炸裂する。
「……え?」
遠距離の方が気の抜けた声を発する。
そこには近接攻撃をしかけた仲間の下半身だけがあった。
上半身は遠距離攻撃でなくなってしまっていた。
あっけにとられている遠距離攻撃をしかけた人間をアリスは殺しておく。
もちろん仲間の手を使ってだ。
「うおおおおおおおおお!!」
炎をまとった豪がアリスに向かって突進してくる。
「アンドレイみたいなことするね」
アリスは魔王軍にいた炎使いを思い出す。
豪が突進してきているのにアリスは落ち着いていた。
「きゃあ!」
ネネの悲鳴に豪は突進を止め、すぐにネネの方へカバーに向かう。
「ごめん」
「気にするな。お前はもともと後方支援だからな」
「本当に、ごめんね」
「……あ?」
豪の胸にナイフが刺さっていた。
豪は膝をついてしまう。
「ネ……ネ……?」
「…………」
ネネは無言で自分の首を切った。
「あはははははははは!」
「お前……か……!」
豪は笑っているアリスをにらみつける。
「おもしろいね!おもしろい!……でも飽きちゃった」
アリスがそう言った瞬間。仲間たちが一斉に首を切ってしまう。
「君だけだったんだよ?」
「くそ……野郎……」
豪は弱々しくアリスに手を伸ばす。
「バイバイ」
アリスはそう言って豪に刺さったナイフを蹴った。
ガッ!キィィィィィィン!!ドッ!
その頃空中では光と闇がぶつかり合っていた。
ぶつかり合いながら螺旋状に上昇していく。
ギギギギギギッ!
剣と刀が押し合う。
「ランス!!」
ライトが叫ぶと雷のエネルギー体が宙に浮かぶ。
ドドドドドドッ!
発射されてすぐに村雨は後ろに飛び退く。
「楽しい。楽しいぞ『迅雷の聖騎士』」
そう言う村雨だがライトはまったく楽しめてなんかいない。
村雨はまったく能力を使っていないのだ。
『黒妖』といってもただ鎧がついただけ。
それにその鎧は飛行するためだけのもの。
つまり純粋な剣術のみでライトと戦っている。
「雷速!」
パリッ……
村雨の目の前からライトが消える。
「居合……」
村雨が構える。
「一閃!」
目の前に現れたライトを切った。
パリッ……
「囮!?」
切ったライトは雷として霧散してしまった。
「『雷の演劇』」
村雨の周りにライトがたくさんいる。
「この1人1人は高電圧体!!俺の勝ちだ!村雨!!」
一斉に高電圧体が村雨に襲い掛かる。
これほどの電圧を持っているとなると少しでも触れたら大変なことになるだろう。
刀も無事ではないはずだ。
だがいくら高電圧体を切っても村雨の刀は無傷だった。
村雨が高電圧体を処理している間もライトは攻撃の手を緩めない。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
隙をみつけては剣に雷をまとわせて攻撃する。
しかし何度やっても村雨に傷をつけられない。
「(どうして……!どうして攻撃が通らない……!?)」
この状況。ライトが優勢なはずなのに、攻撃するたびに不安ばかりが募ってゆく。
ライトは人類最強の勇者という期待が重かった。
しかしそれが自信にもなっていた。
その自信が村雨という人間に壊されようとしていた。
怖い……
そんな感情がライトを支配しようとする。
もしライトからその自信をとってしまったらなにが残るのだろうか?
期待は重い。しかし期待されなくなってしまったらライトには何もなくなってしまう。
そんな未来が怖い。
だからライトは負けるわけにはいかなかった。
ドンッ!
村雨が高電圧体が途切れた瞬間にライトに向かって突進する。
「まだ!」
突き刺す形で突進してきた刀を、ライトは自分の剣で弾いて抑え込む。
「これなら!」
刀を押えた今、村雨を護るものはその鎧しかない。
ライトは刀を持っていない方の手に雷を収束させる。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ライトの拳は村雨をとらえた。
ゴッ!!ドォォォォォォォン!!
村雨は衝撃を殺せずに地上の岩に激突してしまう。
「はあ……はあ……」
ライトは村雨がぶつかった岩を見下ろしていた。
「そうだ……追撃……」
ドォン!ドォン!ドォン!
雷を岩にむかって何度も落とす。
「一の太刀……」
急にライトの背後からそんな声が聞こえる。
「……え?」
そこにいるはずのない人物が背後にいた。
「どうして……?なんでそこにいるんだ……?」
すっ……
村雨が構える。
「まだ楽しみたいんだ。避けてくれよ?」
ドッ!!
「ゴッ!がっ!?」
ライトにはなにが起きたか理解できない。
村雨が避けてくれよ?と言った直後にすごい衝撃がきたのだ。
村雨がいた場所には雲みたいなもので輪っかができていた。
それは音速を超えた証拠。
「……だから避けてくれって言ったのに」
村雨は鞘に刀を収める。
「え……?」
ブシャアアアアアア!!
すごい量の血が首から出ている。
その姿をライトは見ていた。誰の身体だ?大丈夫なのか?と、ライトは心配する。
だがその身体につけている鎧は見覚えがある。
それは首から上がない自分の身体だった。
ライトは頭と身体、別々に地面に落ちて行った。
「楽しかったよ。『迅雷の聖騎士』」
村雨は落ちていくライトの身体を冷めた目で見ていた。