カラゲンキ。
ほらよく言うだろう、バラエティ番組で過激なことしている人に限って実は大人しいって。それを凡人の実生活で証明するのは大変難しいことなのだが、それに近い体験を現在僕はしているような気がする。
中学からの同級生に藍野っていう女子がいる。中学1年から高校2年までアホみたいに同じクラスだ。クラス変えっていうのは、『あーっ、あんなに仲良かったのに……』という悲劇も、『うっしゃ、消えた消えた!』という喜劇も同時に起こるわけだが、奴との位置関係というのはそういう演劇とは常に無関係だった。こう、プラスでもマイナスでもなく、普遍的なものとして4年以上そこに存在してきたものだったんだ。
もちろんそれなりに親交は深かった。俺はある程度藍野のことが分かると思っている。藍野も俺のこと、ある程度はわかるんじゃないか? そう思っていた。
性格? そうだな、話していなかったな。明るい。とにかく明るい。拍子抜けするぞ。なんでこんな場面でも明るいのかな、と思ったことだっていくらでもある。まあ『思い出せ』、とか言われたときに限って思い浮かばないことには慣れているんだが。
朝は
「おっはよー!」
で始まり、夕方は
「じゃーねっ!」
で終わる。こいつには残念なお知らせとか無いのかと思ったさ。休み時間に俺に話しかけてくる藍野はいつでも、元気はつらつとしていた。ブックオフが中古本を扱っているように、海の家が夏しかやっていないように、こいつは明るいものなんだと思い込んでいた。
こんなことを思っている時点で、俺は藍野のことを全く分かっていなかったと今頃気づいた。
朝のホームルーム前は誰もが仲のよいクラスメイトと話を弾ませる。もちろん友人も藍野だけなんてことはない。俺にも男友達はいる。その一人、夕枝が突然話題にしたのがこのことだった。
「お前さ、藍野と仲がいいよな」
「ん、まあそりゃ嫌でもなるだろ。5年目の今年も同じクラスだからな」
俺は軽く笑った。次の発言まで本当に無神経だった。
「そうじゃねぇよ。藍野が仲いいのはお前だけなんだぞ。お前にしか分からない問題聞いたりしないし、女子と話すことは話すが、お前と帰るときのようなあんな明るさは見せないんだ。藍野にとってお前はもはやただの腐れ縁じゃないんだぞ?」
そりゃあ驚いたさ。藍野の趣味もさながら、今の今まで気が付かなかった自分にも。
「正直言って、普段あまり人と話さない藍野のほうが本当の藍野の性格だろうな。あくまで俺の印象だが」
俺は何も言えない。
「ここまで言ったんだから、こっから先どうするかくらい自分で決めたらどうだ?」
夕枝はポン、と俺の肩を軽くたたいた。その表情は少し緩んでいた。
確かにここまで言われて、自分のこの後も決められなかったら少し自分でも情けないと思った。でも何が情けないのか分からないし、ただの腐れ縁で無いならなんだ、親友か? 恋人か? その間か? 俺がそこを勘違いしたらもっと情けない気がするんだが。
ただもう一つ引っかかることが俺にはあった。
『普段あまり人と話さない藍野のほうが本当の藍野の性格だろうな』
マジかよ……だとしたらブックオフや海の家にたとえていた俺はただの思い込み馬鹿じゃないか。そして……藍野は俺に毎年、毎月、毎日、毎休み時間、毎通学で俺に元気を振りまいていたのか。もしかしたら、藍野にとって不機嫌だったり悲しい日はあったかもしれない。いつもそうだった可能性だってあるわけだ。そんな日でも、それでもただの腐れ縁だと思ってる馬鹿な俺のために精一杯のカラゲンキを送ってくれていたのか。
でも。俺は決めた。
馬鹿の俺にだって今できることがある。
あいつの気持ちを受け取ることだけ、いや、受け取るという大きなことをできる。
あいつの元気を当たり前だと思っちゃいけない。あいつが俺の前で明るくいることを当たり前だと思っちゃいけない。当たり前だと思った瞬間、普通は素晴らしい物はすっと消えて言っちゃうもんなんだ。でも藍野は消えなかった。当たり前だとずっと思っている俺に素晴らしい物を与え続けていた。
目の前に見えることは実は違うんだ、当たり前のものは実は当たり前じゃないんだ。そう言い聞かせながら終礼のチャイムが鳴ってすぐ、藍野のところに向かった。5年間、自分から藍野のところに「帰ろう」と言うのは、今日が初めてだった。
短編第2弾。
本当に、短い。とりあえず恋愛に入れましたが。
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