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土蜘蛛の末裔、神を殺す ~身の丈三メートルの侵略者・神武天皇に父を殺された俺は、縄文の狩人として復讐を誓う~  作者: 勇氣


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土の慟哭 ―神武侵略異聞―

神武天皇は外国から来た侵略者に過ぎない。この話は神武天皇に幸せな生活を奪われた土蜘蛛族のカノが神武天皇に復讐をする物語だ。

 遥か昔、この列島に「日本」という名すらなく、ただ豊穣な森と土が呼吸していた頃。そこには、縄文の風に抱かれて生きる一人の青年がいた。名をカノという。

 湿った土の匂いと、燻り続ける焚き火の煙。それがカノの鼻をくすぐる朝の合図だった。竪穴住居のなかは、まだ薄暗い。半分地面に潜り込んだこの家は、冬の冷たい風を遮ってくれるが、朝の湿気だけは逃がしてくれない。カノは鹿の毛皮を跳ね除け、這い出した。土間の中心にある炉では、灰の下でわずかに赤い火種が生きている。

 「……行くか」

 隣で眠る幼い弟の頭を撫で、カノは石斧を手に取った。柄は去年の秋、じっくりと煙で燻して硬くした樫の木だ。握りしめると、手のひらに吸い付くような馴染み深さがあった。

 外に出ると、森は深い霧に包まれていた。縄文の森は、黙っていない。鳥の声、風が葉を擦る音、遠くで枯れ枝が折れる音。カノは耳を澄ませ、風の向きを確かめた。今日の狙いは、昨日から目をつけていた猪だ。

 村の広場では、女たちが大きな深鉢の土器に水を満たし、トチの実の渋を抜いている。土器の表面に刻まれた複雑な縄の模様は、長老が「精霊の道」として刻んだものだ。この模様がなければ、煮炊きの最中に土器が割れ、中身が腐ると信じられていた。

 カノは仲間の青年たちと合流し、道なき森へと足を踏み入れた。一歩ごとに腐葉土が柔らかく沈む。時折、自生するクルミを拾って口に放り込む。硬い殻を石で叩き割り、中の脂の乗った実を噛み締めると、かすかな甘みが身体に染み渡った。

 「いたぞ」

 先頭を行く男が、指を口に当てた。茂みの向こう、泥を浴びて黒光りする巨体が地面を掘り返していた。猪だ。カノは息を殺した。槍の穂先が木漏れ日を反射して鈍く光る。

 合図とともに、四方から飛び出した。猪が咆哮し、地面を蹴る。カノは全力で駆け、その脇腹に槍を突き立てた。生々しい手応えが腕に伝わる。猪が暴れ、カノは弾き飛ばされたが、痛みを感じる暇はない。仲間たちが次々と槍を繰り出し、やがて巨体は震えながら土に伏した。

 沈黙が訪れる。カノは猪のそばに膝をつき、まだ温かいその体に手を触れた。

 「お前の命をもらう。山へ帰れ。そしてまた、戻ってこい」

 それは儀式ではなく、腹の底から湧き上がる実感だった。彼らにとって森は慈悲深い母であり、命を奪い合う峻烈な戦場でもあった。

 獲物を担いで村に戻る頃、日は傾き始めていた。今夜は祭りだ。肉は煮込まれ、あるいは火で炙られ、村の全員に分け与えられる。

 カノは住居の隅で、壊れかけた石匙を修理しながら、去年の冬に病で逝った妹のこと、来年の春に生まれる新しい命のことを思った。巨大なブナの向こうに、吸い込まれそうな星空が広がっていた。昨日も明日も、この森の一部だった。

 だが、この平穏な原始の調和は、海の向こうから来た「神」を自称する侵略者によって、無惨に踏みにじられることになる。

 紀元前663年4月9日。それは、列島の終焉の始まりだった。

 カムヤマトイワレビコ――後の神武天皇。彼は、この列島を支配し、先住民を奴隷化するために現れた。

 「遂に到着した。ここが極東の地、ヤマトか」

 カムヤマトイワレビコの声は、まるで落雷のように響いた。彼の身長は一丈余(約3メートル15センチ)。その傍らに立つ兄、五瀬命イツセノミコトもまた三メートルの巨躯を誇る。彼らはこの島に住まう人間とは、根本から造りが異なっていた。

 「やかましいッ! 何故貴様はそうも声がでかいのだ!」

 五瀬命が弟を怒鳴りつける。だが、その諍いですら、この地の民にとっては災厄に他ならなかった。二人が放つ怒号の圧力、そして互いに拳を振るい合った衝撃波は、大気を引き裂き、近くの白肩津しらかたのつの集落を、地震に見舞われたかのように破壊し尽くした。

 「なんだ、この爆風は……!? 山が怒っているのか!」

 浪速国なにわのくにを治める土蜘蛛族の王、長髄彦ナガスネヒコは、吹き飛ばされた民の惨状を見て愕然とした。

 「王よ、海岸に巨人が二人! 彼らの争いの余波で、村が……!」

 報告を受け、長髄彦は決意した。このままでは国民が安心して眠ることなどできない。彼は、養子であるカノに告げた。

 「大丈夫だ、すぐ戻る。我が子よ……安心して待っていろ」

 長髄彦率いる軍隊が現場に到着したとき、そこにあったのは地獄だった。木々はなぎ倒され、地面には巨大なクレーターが穿たれている。中央には、天を突くような二人の巨人が、互いに威圧し合っていた。

 「ば……化け物だ……!」

 長髄彦は戦慄した。彼ら「神の子」にとって、足元を這い回る人間など、ただの虫ケラに過ぎないのだ。長髄彦は交渉のために部下を向かわせたが、カムヤマトイワレビコはその男を一蹴りで肉塊に変えた。

 (こいつらは、対話の通じる相手ではない。ここで殺さねば、この国は滅ぶ!)

 長髄彦は弓を番えた。彼は類まれなる弓の名手である。極限の集中の中、放たれた二矢は、油断していた五瀬命の肘と脛を貫いた。

 「ぎぃいいいいいいやあああああああああ!」

 五瀬命が絶叫する。弟のカムヤマトイワレビコは、兄の傷を見て顔を真っ赤に染め、憤怒の咆哮を上げた。

 「この地の下等生物め……! 兄を傷つけた罪、一族皆殺しにして償わせてくれるわッ!」

 巨神の怒りが爆発しようとしたその時、一人の男が割って入った。ニギハヤヒである。彼は、このままでは浪速国が地図から消えることを予見していた。

「お待ちください! 全ての元凶はこの長髄彦にあります。私が彼を処断いたしますゆえ、どうか、この国への怒りをお鎮めください!」

 それは、国を救うための、あまりに冷酷な「裏切り」だった。ニギハヤヒはカムヤマトイワレビコの目前で、長髄彦を剣で滅多刺しにし、その首を跳ねた。

 辺りは血の海に沈み、それを見た神の子たちは、ようやく満足げな笑みを浮かべた。

 ニギハヤヒが持ち帰ったのは、平和の知らせではなく、一玉の首桶だった。

 養父の変わり果てた姿を目の当たりにし、カノと、長髄彦の妹ミカシキヤヒメの慟哭が、かつて平和だった森に木霊した。

 「……お父さん……?」

 カノの心の中で、大好きだった土の匂いや、焚き火の煙の記憶が、真っ黒な復讐の炎に包まれていく。森の精霊も、神の慈悲も、もうどこにもない。カノは、かつて猪を狩ったあの石斧を握りしめた。その目は、もはや獲物を追う狩人のものではなく、神を屠るための修羅の光を宿していた。

 「殺す……あの『サマリアから来た異邦の神』を……必ず、俺の手で」

 カノの復讐劇が、今、幕を開ける。

 カムヤマトイワレビコが生まれた場所は、現在の宮崎県(日向国)であると伝えられているが、それは後世の編纂による虚飾である。彼の称号「カム・ヤマト・イワレ・ビコ・スメラ・ミコト」を古代ヘブライ語で読み解けば、「YA・UMATO(神の民)」、すなわちサマリヤの皇帝、神のヘブライ民族の創設者を意味する。神武天皇とは、東洋の果てに現れた「異国の征服者」に他ならなかった。そしてカノの戦いは、奪われた日本の土を取り戻すための、孤独な聖戦だったのである。


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