006 カラフルスライムのお風呂と、甘い誘惑(※DP目当て)
「二万円。モヤシ炒めどころか、焼肉定食が食えるぞ!」
営業を終えたスライムエステの店内で、ハルが一万円札を二枚握りしめて笑う。
「全額、明日の備品代とチラシの増刷費に回す。自腹で食え」
矢良内が容赦なくお札をひったくった。
「鬼! 悪魔! ヤラさんの血は何色だ!」
ハルが抗議するが、矢良内はノートパソコンに向かったまま相手にしない。
ハルは大きく息を吐き、ジョイントマットの上に仰向けに転がった。
ゴロン
パーティションの裏側では、すでにゴブがいびきをかいて丸まっている。
「まあいいや。ボクのアパート、水道も止まってるし、今日はここで寝るよ。ゴブの隣ならタダだし」
「好きにしろ。俺は一度、霞が関に戻って報告書をまとめる」
矢良内はパソコンを閉じ、立ち上がった。
バタン
鉄扉が閉まり、ダンジョンに静寂が落ちる。
ハルは手足を伸ばし、天井の白い蛍光灯を見上げた。
「あー、風呂入りたいな。汗の匂いが染み付いてる」
自分のシャツの襟を嗅ぎ、顔をしかめる。
ふと、ハルは体を起こして玉座の方を見た。
「そういやリンちゃんって、普段どこで寝て、どうやって風呂入ってんの? まさかずっとその石の椅子に座りっぱなし?」
玉座でコケ茶を飲んでいたリンが、不思議そうに首を傾げた。
「え? わたくしはこのダンジョンが家ですから、ここで寝起きしていますわ。お風呂は、下級スライムに肌の汚れを食べさせて済ませていますけれど」
「スライムに?」
リンがパチンと指を鳴らす。
ポヨン、ポヨン
足元の岩の隙間から、半透明のゼリー状の魔物たちが湧き出してきた。
元からいた青色に加え、ピンク、薄緑色、黄色、紫。
色とりどりのソフトボール大のスライムが、全部で五匹、リンの足元に集まってくる。
「え、全部DP使っちゃったの? 今日稼いだ4DP、他の魔物呼ぶとか残しとくとかできたろ」
ハルが尋ねると、リンは誇らしげに胸を張った。
「ええ。マッサージするにも、一度に複数がかりのほうがいいですし」
スライムたちはプルプルと震えながら、ハルの足元へとすり寄ってきた。
ひんやりとした感触が、スニーカーの隙間から伝わってくる。
彼らはハルのズボンの裾を登り、開いた襟元から服の中にまで入り込んできた。
「うおっ、冷たっ! くすぐったい!」
ハルが身をよじるが、五匹のスライムたちは構わずウニョウニョと肌の上を滑っていく。
ゼリーのような柔らかい体が、汗でベタつく背中や、マメが潰れて痛む手のひらを包み込む。
ペチャッ、モチャッ
彼らはハルの毛穴に詰まった泥や、古くなった角質、それに今日の土方作業でかいた汗の成分を、見事な吸引力で吸い取っていく。
首筋に張り付いたピンク色のスライムが、プニプニと形を変えながら、こそばゆい動きで汚れを食べていた。
「ふははっ、やめろ、そこは弱いって!」
ハルは笑い転げながら、ジョイントマットの上を転げ回る。
「ふふっ。スライムたちは働き者で、とても愛嬌がありますのよ」
リンがしゃがみ込み、一匹の黄色いスライムを手のひらに乗せて撫でる。
スライムは嬉しそうに形を崩し、リンの白い指にすり寄っていた。
「確かに、なんか見てると小動物みたいで可愛いな」
ハルは腹の上で跳ねる紫色のスライムをつつきながら、大きく息を吐いた。
数分もすると、スライムたちは満足したようにハルから離れ、部屋の隅へと転がっていく。
ハルの肌は、汗のベタつきも土埃も完全に消え去り、エステの後のようにツルツルになっていた。
「すげえ爽快感だ。風呂入らなくても完璧に綺麗になった」
自分の腕を撫で回し、ハルは感心する。
「でもさ」
ハルはもう一度、天井の蛍光灯を見上げた。
「やっぱり、温かいお湯に肩まで浸かって、ふはーって息を吐き出すのが、人間にとっての本当の風呂だと思うんだよね。それに、ずっとこの狭い空間にいるなんて、息が詰まらない?」
ハルが尋ねると、リンは少しだけ目を伏せ、カップの縁を指でなぞった。
「どうかしら。ただ、少しだけ、静かすぎる夜はありますわね」
リンが顔を上げ、ハルを真っ直ぐに見つめる。
碧い瞳が、蛍光灯の光を反射して揺れていた。
「ですから、ハル。あなたがここで一緒に寝泊まりしてくださると、わたくし、とても嬉しいですわ」
ハルの心臓が、大きく跳ねた。
いつも偉そうで世間知らずな少女が、ふいに見せた年相応の表情。
上目遣いでそんなことを言われて、顔が熱くならない男はいない。
「え、あ、いや。ボクはただ、アパートの水道が止まってるだけで」
ハルがしどろもどろに言い訳をしようとした瞬間。
「あなたやヤラさんが常にここにいれば、息をしているだけでDPも産出されますしね!」
リンが両手を握りしめ、パァッと顔を輝かせた。
ハルはぽかんと口を開け、やがて乾いた笑いを漏らす。
「そっちかよ。ボクの純情を返せ」
ガチャリ
入り口の鉄扉が開き、帰ったはずの矢良内が戻ってきた。
「ヤラさん? 忘れ物?」
「いや。外へ出て気づいたのだが、リンの言う通りだ。お前たちがここで生活を完結させれば、通勤時間が浮く上にDPの継続的な産出が見込める」
矢良内はネクタイを外し、袖をまくり上げながらパーティションの奥へと歩いてくる。
その手には、どこからか見つけ出してきたツルハシが握られていた。
「な、なんでそれ持ってんの!?」
「事業の拡大には、従業員の福利厚生が不可欠だ。お前たちの居住スペースと、温かい風呂を作るための空間を広げる。やるぞ、ハル」
矢良内はハルの足元に、もう一本のツルハシを放り投げた。
カラン
ハルは足元のツルハシと、やる気に満ちた矢良内の顔を交互に見比べる。
「とほほ。また肉体労働かよおおお!」
ハルの悲痛な叫びが、深夜のダンジョンに空しく響き渡った。
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