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002 予算1千万(少ない!)と、スライムの美味しい使い方

「それじゃあよろしく。ボクがガッツリ稼がせてやるよ、リンちゃん」

 

ハルがリンの手を握り返した直後だった。

 

ガチャリ

 

何もない空間に自立している鉄の扉が開き、スーツ姿の男が入ってきた。

面接官の男、矢良内だった。

 

「おや、もう契約は済ませましたか。もう少し渋るかと思いましたが。話が早くて結構!」

 

矢良内の両手には、スーパーの白いレジ袋が二つ、ずっしりとぶら下がっている。

 

「え、アンタなんでここに? というか、その袋」

 

「まずは腹ごしらえでしょう。腹が減っては戦はできぬ。空腹ではまともな思考ができません。入則さん、日頃まともに食べていないでしょう」

 

「なんで知ってるんだ?」

 

「あなたのことは公安に頼んで、詳しく調べさせていただきました。国家プロジェクトなので」

 

矢良内は歩み寄り、岩肌の地面に青いレジャーシートをバサリと広げた。

その上に、レジ袋の中身を並べていく。

 

黄色い『半額』シールが貼られたコロッケパン、焼きそばパン、クリームパン。

そして、二リットル入りペットボトルの水。

 

「……これは食っていいんだな?」

 

ハルが尋ねる。

矢良内はネクタイを少し緩め、息を吐いた。

ハルの態度が無礼なので、矢良内も胸を開き、相手に合わせることにした。

 

「矢良内だ。好きに呼べ。今日からお前の監視役兼、この特区ダンジョンの経理担当として出向を命じられた。よろしく頼む」

 

先ほどまでの面接官の顔が崩れ、どこか気だるげな素顔が覗く。

ハルは数秒瞬きをしてから、指を鳴らした。

 

「じゃあヤラさんだね! アンタ、ただの冷血人間かと思ったら、案外気が利くオカンかよ!」

 

「誰がオカンだ。今後の投資対象が餓死しては書類仕事が増えると言っているんだ」

 

「はいはい、素直じゃないねえ。まあいいや、モヤシ以外の固形物が食えるなら神様だよ」

 

矢良内は手慣れた動作で紙コップに水を注ぐ。

ハルも遠慮なくレジャーシートにあぐらをかいた。

 

「さあリンちゃんも、そこのキミも座りなよ。飯にしようぜ」

 

「ええ、そうしましょう! ニホンの食事は信じられないほどおいしくて、わたくし、大好きです!」

 

「ほら、このコロッケパン、一番でかくてカロリー高そうだからリンちゃんにやるよ」

 

ハルが差し出した包装を見て、リンはゴクリと喉を鳴らした。

 

リンは玉座から立ち上がり、レジャーシートの端に膝を揃えて座った。

ゴブリンもハルに手招きされ、シートの隅にしゃがみ込む。

 

「いただきますわ」

 

カプッ、モグモグモグ、ゴクン。

 

リンは優雅に少しずつ食べる。

顔は優雅に微笑んでいるが、その碧い瞳は飢えでギラギラと血走っている。

 

「このコロッケという揚げ物は、衣の食感と穀物の甘みの対比が素晴らしいですわね」

 

「それ、一個六十円になってたやつだよ」

 

矢良内が突っ込むが、リンはどこ吹く風で口元をハンカチで拭う。

ゴブリンはクリームパンを大事そうに抱え、カスタードクリームを舐めながら目を輝かせている。

 

グルァァ。

 

感極まったような声が漏れる。

ハルと矢良内は、紙コップの水でパサパサの焼きそばパンを胃へと流し込んだ。

 

「で、ヤラさん。まずは予算だ。国肝煎りのダンジョン再生プロジェクトなんだろ? どーんと助成金が出るんだよね?」

 

ハルが矢良内を見る。

矢良内は紙コップを置いた。

 

「一千万だ」

 

「いっ、一千万!?」

 

ハルは跳ね起きた。

 

「マジかよ、一生遊んで暮らせるじゃん! 国ってすげえな、ヤラさん太っ腹!」

 

「イッセンマン……? それは、どれくらいの価値があるのかしら?」

 

リンが首を傾げる。

ゴブリンの女王として非常に聡明ではあるが、日本の通貨価値など知る由もない。

 

「毎日モヤシ炒めに肉を入れられるくらいすげえんだよ! とりあえずでかいテレビ買って、ゲーム機も揃えて──」

 

「常識的に考えて、これで遊んで暮らせるわけがないだろう」

 

浮かれるハルを、矢良内が冷ややかな声で一刀両断した。

若く、事業立ち上げの知識がないハルの反応など、彼にはお見通しだった。

 

「いいか。今年度の、このダンジョンに割り当てられた事業予算の総額が一千万円だ。国も財政難でね。わけのわからない異空間の維持に、そうポンポンと税金は投入できない」

 

「え、でも一千万もあるんだろ?」

 

「勘違いするな。その一千万には、お前の年間給与と、この雑居ビルの賃貸料、当面の水道光熱費が含まれている。それに加えて、リンとゴブリンの食費として年間最低でも百万円はここから捻出しなければならない。実質動かせる事業資金は、せいぜい三百万だ」

 

「三百万! すげえ、モヤシ十万袋は買えるぞ! とりあえず中古のでかいテレビとゲーム機は余裕だな!」

 

ハルは目を輝かせて指折り数えた。

 

「事業の立ち上げ予算としては少なすぎる。設備などを少し入れればすぐに吹き飛ぶ額だ。すでに赤字が見えている」

 

矢良内が眼鏡を押し上げて冷水を浴びせる。

 

「えー、なんだよ。じゃあテレビは後回しにするか」

 

ハルはあっけらかんと言ってのけた。

 

「おまけに、ここ。ボクはさっきから広さ無限大って思ってたけど、よく見たらそこ、すぐ壁じゃない?」

 

ハルが指差した先。

シートから十メートルほど離れた場所で岩壁が立ちはだかり、空間が行き止まりになっていた。

ハルが立ち上がり、壁まで歩いて叩く。

 

「おいおい、ワンルーム二つ分くらいしかないぞ。ダンジョンってもっと果てしない迷宮じゃないの?」

 

リンが目を逸らした。

 

「……わたくしのダンジョンは、今のところこの部屋と入り口の通路だけです」

 

「本来の出入り口もあるが、安全のため鉄板を溶接して完全に塞いである。つまりここは今、あの扉からしか出入りできない密室だ」

 

矢良内が補足する。

 

「おっけーおっけー。事業資金は三百万、場所は激狭、外への道もない密室。いわゆる隠れ家物件ってやつだね! こっからどうやって街づくりしていくか、腕が鳴るよ」

 

ハルは岩壁をペチペチと叩き、ニヤリと笑った。

 

「……その無駄なポジティブさだけは評価しよう。で、どうするつもりだ。ない知恵を絞れ」

 

矢良内が呆れたように言う。

ハルは深呼吸をして、向き直った。

 

「わかった。じゃあ、そのDPについて教えてくれよ。リンちゃん、それがダンジョンのエネルギーなんだよね?」

 

リンが頷く。

 

「ええ。DP──ダンジョンポイントは、空間の拡張、モンスターの召喚、設備の購入、すべてにおいて必須のエネルギーですわ」

 

「どうやったら手に入るの?」

 

「人間がこの空間に立ち入り、感情を動かしたり、活動したりすることです。精神活動が微量の魔力となってダンジョンに還元され、DPに変換される仕組みですわ」

 

「なるほどね。人が来れば来るほどダンジョンは儲かるってことか」

 

「しかし、現在は来訪者がゼロです。これでは、自給自足もままなりません。ヤラさんにご飯をもらえなければ、飢え死にです」

 

リンが悲痛な声で告げる。

 

「……深刻じゃん。でもさ、今、ボクとヤラさんがここにいるよね? 人間が二人。これってDPになってないの?」

 

ハルが疑問を口にした瞬間。

 

ピコン

 

リンの頭上に、半透明の光るパネルが出現した。

そこには『現在のDP:1』という数字が輝いている。

 

「ああっ! 溜まりましたわ! あなたたちがこの空間で食事をしてくれたおかげで、ようやく1DPが産出されました!」

 

リンが歓喜の声を上げる。

 

「おお、すげえ! たった1だけど、ゼロからの第一歩だ! で、この1DPで何ができるの? いきなりドラゴンとか呼べちゃう?」

 

リンはパネルを操作し、誇らしげに胸を張った。

 

「ドラゴンは100万DPは必要ですわ。ですが、1DPあれば最も基礎的な魔物を一体召喚できます。お見せしましょう──いでよ!」

 

リンが右手を高く掲げる。

 

ポヨン

 

ハルの足元の地面が淡く光り、ソフトボール大の青いゼリー状の物体が出現した。

 

「……スライムだ」

 

ハルが目を瞬かせる。

 

「そうですわ! 立派な魔物、スライムです!」

 

スライムは震えながらハルにすり寄り、スニーカーのゴム部分や足首のあたりを吸い始める。

 

「うおっ、なんかひんやりしててくすぐったい! こいつ、何食って生きてるの?」

 

ハルが足をバタバタさせる。

 

「この最下級スライムは人間の毛や垢、角質といった老廃物を食べるエコな魔物ですわ。攻撃力は皆無ですが、お掃除には最適です」

 

「へえ、垢や角質をねえ……」

 

ハルは、足首に吸い付くスライムをじっと見つめた。

スライムが通り過ぎた後の皮膚は、泥汚れが落ちているだけでなく、ツルツルに輝いている。

 

「……ん?」

 

ハルの中で、何かが繋がりかけた。

 

「さて」

 

矢良内が立ち上がり、パンの包み紙をゴミ袋にまとめた。

 

「問題は、どうやってこの殺風景な洞窟に人を呼ぶかだ。雑居ビルの一階の奥という、最悪の立地条件でね」

 

「たしかに、外からじゃここにダンジョンがあるなんて絶対わからないからね。ふつうの客は来ないよ」

 

ハルが頭を掻きながら同意する。

 

「常識的に考えて、まずは入り口の通りに看板を出して、少人数制の見学ツアーでも企画するのが妥当だろう。一人五百円なら物珍しさで入る者もいるかもしれん」

 

矢良内が提案する。

リンが金髪を揺らした。

 

「それなら、わたくしの美貌を活かしたお茶会などいかがかしら? ニホンのお金の価値はわかりませんけれど、たとえば参加者一人につき1DPずつ頂戴して、ゴブリンに給仕をさせるのです。ティーパーティーならば、人間たちも喜んでDPを捧げるはずですわ」

 

「なるほど、どっちもいい案だね! ヤラさんの宣伝も、リンちゃんの美貌も間違いない」

 

ハルは頷き、二人を肯定した。

 

(とりあえず、ここの土地代とボクたちのメシ代さえ日本円で稼げれば、DPの産出は少しずつでも当面は死なない。だから、まずは手っ取り早く『金』を稼ぐ仕組みが優先だ)

 

「しかし」

 

ハルは腕を組み、笑った。

 

「どっちも、客単価と初期費用が釣り合ってない。五百円や千円をチマチマ稼ぐんじゃ、光熱費すらペイできないよ。ここはもっと、ドカンと金とDPを同時に稼ぎ出す仕掛けが必要だ」

 

「ドカンと稼ぐ、だと?」

 

矢良内が怪訝な顔をする。

ハルは足元のスライムを両手で持ち上げ、プニプニした感触を確かめた。

それから、日本との入り口の扉を指差す。

 

「よく考えてみなよ。ここは都心の駅から徒歩五分の好立地。それに、ダンジョンなんだからこれからDPが溜まれば広さだって無限大に拡張できるフリースペースだろ?」

 

「それがどうした」

 

「この立地と環境。リンちゃんの美しさ、そして、人の角質を綺麗に食い尽くしてくれる、このスライム。これを掛け合わせるんだよ」

 

ハルはスライムを掲げ、言い放った。

 

「アレをすれば、うまくいけば一晩でボロ儲けができるぞ!」

 

矢良内は大きなため息をつく。

リンは意味がわからず目を白黒させている。

ハルは口角を吊り上げ、スライムの冷たい感触を手のひらで楽しんだ。

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