001 面接!採用!ダンジョンマスター!!
「それでは入則八流さん。本日はお足元の悪い中、当方の面接にお越しいただき、誠にありがとうございました。採用の可否につきましては、厳正なる審査の上、後日書面にて通知いたします」
無機質な部屋に、事務的で抑揚のない声が響く。
「明日食うモヤシが買えるなら、なんでもやります!」
パイプ椅子に浅く腰掛けた入則八流──通称ハルは、身を乗り出して力強く答えた。
向かいに座るスーツ姿の男は、銀縁の眼鏡を中指で押し上げながら、手元の分厚いバインダーをパタンと閉じた。
「……結構です。結果をお待ちください」
◇
「半額シール、入ります」
エプロン姿の店員が惣菜コーナーに現れた瞬間、ハルの目の色が変わった。
周囲には、同じように息を潜めていた猛者たちが集結している。
狙うは、普段なら手が出ない四百円の唐揚げ弁当(半額)だ。
(いける……! ボクのポジション取りなら、あのシールが貼られた瞬間に腕を伸ばせば──!)
ペタッ
店員が黄色いシールを貼った。
ハルが右腕を突き出す。
しかし、その真横から、信じられないスピードでショッピングカートが突っ込んできた。
ドンッ
「ぐはっ!」
腰にカートの角がクリーンヒットし、ハルは無様に体勢を崩す。
「甘いよ、アンタ!」
見知らぬ老婆が、鮮やかなコーナリングでハルのインを突き、唐揚げ弁当をカートへと放り込んだ。
「……おのれババア。今日のところはこのくらいにしといてやるよ。まあ、最悪モヤシ食ってれば死なないか」
ハルは痛む腰をさすりながら、すぐに気持ちを切り替えた。
結局、一番安い三十円のモヤシを一袋と、百二十円のカップラーメンを手に取ってレジへと向かう。
財布の中には、もう百円玉が二枚しか残っていない。
◇
「……見事なまでの図太さと、生活感の欠如。常識的に考えて、これほど捨て駒に適した男もいないでしょう」
空調の効いた監視室。
面接官──矢良内は、指定の制服に身を包み、背筋を伸ばして複数のモニターを見上げていた。
スーパーで老婆に弁当を奪われながらも、鼻歌交じりに夜道を歩くハルの背中が映し出されている。
「身辺調査、および反社会的勢力との関係性チェック、完了しました。完全に白です」
背後に立つ公安の者が、タブレット端末を操作しながら報告する。
「借金もなければ、家族も友人もいません。昨日からアパートの水道も止められているようですが、本人は公園の水道で頭を洗って凌いでいます」
「結構。では、第一種特別採用枠として、彼に辞令を交付します。書留で通知を送りますね」
矢良内はネクタイの結び目を直し、事務的に指示を出した。
◇
面接からちょうど一週間後。
ハルは、万年床の上に仰向けに転がっていた。
天井の木目のシミが、巨大な唐揚げに見えてくる。
ドンドンドンッ!
アパートの薄い鉄扉が、乱暴に叩かれた。
「郵便局です! 簡易書留のお届けでーす!」
ハルは重い体を起こし、のろのろと玄関へ向かう。
受け取ったのは、やけに分厚く、仰々しい菊の御紋の透かしが入った和紙の封筒だった。
差出人の欄には『内閣府特別特命推進室・迷宮管理課(仮)』と、物々しいスタンプが押されている。
「なんだこれ。詐欺の架空請求か?」
ハルは首を傾げながら、封を切る。
中から出てきたのは、厚手の賞状のような紙だった。
『辞令 入則八流殿。貴殿を、特区ダンジョン管理官に命ずる。明朝九時、同封の地図の場所へ出頭すること』
「……」
ハルは紙を見つめたまま、鼻を鳴らす。
「採用ならもっと早く連絡しろよ。どんだけお役所仕事なんだよ。まあ、これで明日は生モヤシからモヤシ炒めにグレードアップできるな」
それが、社会の底辺から見放された青年が抱いた、素直な安堵だった。
◇
翌朝。
カァ、カァ
カラスの鳴き声が、狭い裏路地に反響している。
ハルは、同封されていた地図と、目の前の建物を交互に見比べた。
都心のどん詰まり。
周囲を背の高いビルに囲まれ、日差しすら届かない場所に、その三階建ての古ぼけた雑居ビルは建っていた。
生ゴミの腐った匂いと、大通りの排気ガスが混ざり合った、息苦しい空気が漂っている。
「指定されたのは……一階の、104号室」
ハルは薄暗いエントランスに足を踏み入れ、並んだ鉄の扉を数える。
一番奥。
赤茶けた錆に覆われた扉の上に、かすれかけた文字で『104』と書かれたプラスチックのプレートがぶら下がっていた。
ガチャリ
冷たい金属のドアノブを回し、体重をかけて扉を押し開ける。
「……え?」
扉の向こうから、冷たく湿った風が吹き付けてきた。
カビと、湿った土の匂い。
ビルの廊下から一歩踏み出したはずの足元は、クッションフロアではなく、ゴツゴツとした岩肌に変わっていた。
ハルは目を瞬かせる。
事務机も、パソコンもない。
見渡す限り、黒々とした岩壁が続く、巨大な洞窟だった。
ただ、はるか頭上の岩肌に、不自然なほど規則正しい間隔で、蛍光灯のような白い明かりが埋め込まれている。
「なんだこれ。内装工事中?」
ハルは首を傾げ、振り返った。
「うわ、シュール」
背後には、奇妙な光景が広がっていた。
ビルの廊下に繋がっていたはずの扉が、ただ一つ、何もない空間にぽつんと直立している。
壁に埋め込まれているわけでもない。
真っ暗な空間のど真ん中に、ドアの枠組みだけが自立していた。
ハルはドアノブを掴み、手前に引いてみる。
ガチャリ
扉はあっさりと開き、その向こうには、先ほどまでいた薄暗いビルの廊下と、路地裏の景色が見えた。
「お、帰れるじゃん。びっくりさせやがって。……なんだこれ?」
ハルは感心したように頷き、開けたままの扉の横を通り抜けて、洞窟の奥へと歩き出した。
その時、暗がりから、足音が聞こえてきた。
ハルは足を止める。
薄暗い岩陰から、ぬらりと姿を現したもの。
人間の子供ていどの背丈。
しかし、顔の造形と肉体は、一瞥して人間のものとは思えない。
腰にボロボロの布切れだけを巻いている。
間違いなく、ファンタジーの定番。
ゴブリンだった。
「……」
ハルは、目の前のリアルすぎる着ぐるみを見下ろし、手を叩いた。
「おおー! すっげえクオリティ! もしかしてテーマパークのキャスト募集だったのかな!?」
ハルは恐れるどころか、目を輝かせてゴブリンに近づき、その剥き出しの皮膚をペチペチと叩いた。
ゴブリンは、ハルの予想外の行動に戸惑ったように、黄色く濁った目を瞬かせている。
グルァ? と、首を傾げているようにすら見えた。
「……控えなさい」
ふいに、涼やかな声が洞窟に響いた。
凛とした少女の声。
凶悪な顔つきのゴブリンが、見事なまでの姿勢で片膝をついてひれ伏した。
まるで、主君に忠誠を誓う誇り高き騎士のように。
「え、何? 寸劇の始まり?」
ハルが奥へと視線を向ける。
暗闇の奥。
スポットライトのように天井から差し込む光の下に、一つの玉座があった。
あちこちがひび割れ、苔むした粗末な石の椅子。
そこに、一人の少女が腰掛けていた。
輝くような金糸の髪。
吸い込まれるように深い、碧色の瞳。
透き通るような白い肌は、おぞましい魔物の巣窟にはおよそ不釣り合いなほど美しかった。
彼女はこの洞窟で、今がまるでどこぞの王宮のティータイムであるかのように、手にしたカップを小指を立てて優雅に傾けている。
だが、カップの中身は、泥水にしか見えない濁った緑色の液体だ。
「わたくしと契約して、このダンジョンを救ってくださるのは、あなたですね。はじめまして。わたくしは、リンと申します」
少女──それも、とびきりの美少女は、泥のような苔茶を一口すすり、気品に満ちた微笑みをハルに向けた。
「ダンジョンを、救う?」
ハルは、首を傾げて聞き返す。
リンは静かにコクリと頷き、ティーカップを石のひじ掛けに置いた。
「ええ。単刀直入に申し上げます。現在、このダンジョンはDP──ダンジョンポイントの極端な不足により、破産寸前なの。明日の朝食のコケすら用意できないわ」
あまりにも世知辛い財政状況の告白だった。
「……」
ハルはまじまじとリンの顔を見つめ、それから足元のゴブリン、そして入り口の何もない空間に立つ扉を見た。
「えっと、つまり。明日のメシ代もないくらい貧乏ってことかよ?」
「『極端なDP不足』と言ってちょうだい」
リンがピクッと頬を引きつらせた。
「いやー、奇遇だね。ボクも残高二桁で、さっきモヤシしか買えなかったところなんだよ。昨日も半額弁当の争奪戦で近所のババアに負けたし」
ハルはあっけらかんと笑い、頭を掻いた。
リンの碧い瞳が、わずかに見開かれる。
そして、ふふっ、と小さく上品な笑い声をこぼした。
「そう。あなたもどん底なのね。なら、話は早いわね」
リンは玉座から立ち上がり、ハルの目の前まで歩み寄る。
「あなたとわたくしで、ここを運営します。外の知識と技術を持ち込み、この洞窟を豊かにします。利益は山分け。どうかしら?」
差し出された、白く細い手。
ハルは、その手をじっと見つめ、ニヤリと口角を上げた。
「利益は山分け。いい響きだね! 青天井に儲かりそうだ!」
ハルはためらうことなく、泥だらけの自分の手をズボンで適当に拭うと、リンの白い手をしっかりと握り返した。
「それじゃあよろしく。ボクがガッツリ稼がせてやるよ、リンちゃん」
冷たく暗い洞窟の中で、社会の底辺でもやたらと明るい青年と、破産寸前のダンジョンボスによる、いびつな契約が結ばれた瞬間だった。
ここから、常識外れの都市開発が幕を開ける。
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