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012 魔石?

「……魔力、か?」

 

矢良内は眼鏡の奥の目を細め、リンが指先で躍らせている赤い火の粉を見つめた。

 

「ええ。あなたたちニホンの機械がなくとも、熱などいくらでも生み出せますわ」

 

リンは誇らしげに胸を張り、火の粉を空中で散らす。

 

その言葉を聞いた矢良内は、小さく顎を引き、手元のビジネスバッグの金具を外した。

 

カチャリ

 

「なるほど。リンさんの言う『魔力』という非科学的なエネルギー。それが存在するという前提に立てば、この不可解なレポートの辻褄も合うな」

 

矢良内がバッグから取り出したのは、分厚い紙の束だった。

 

表紙には、政府の極秘印が押されている。

 

「レポート?」

 

ハルが首を傾げる。

 

「ああ。この前、ダンジョンの岩を廃棄しただろ。あれで、実際に専門機関に分析させていた」

 

矢良内は紙の束をめくり、無機質な声で読み上げる。

 

「結論から言うと、この岩は現代の科学では構成物質すら特定できない、完全に未知の代物だ。だが、数々の耐久実験の中で、奇妙な現象が確認された」

 

「奇妙な現象?」

 

「外部からの強い働きかけに対し、その性質を獲得し、保持し続けるという特性だ」

 

矢良内はレポートを閉じ、ハルを見た。

 

「加熱し続けると、その岩は自ら延々と熱を放つ熱源になった。逆に冷やせば、冷気を放ち続ける冷却源になった。まるで性質を記憶するかのように。常識的に考えて、地球上の鉱物ではあり得ない……いや、そうではないか。磁力を浴びせ続けると金属が磁力を帯びるようになる、あの現象に近いようだ」

 

矢良内の言葉に、ハルは大きく目を見開く。

 

だが、リンだけは呆れたように小さく息を吐いた。

 

「ニホンの学者とやらは、随分と遠回りな言い方をしますのね」

 

リンはしゃがみ込み、足元に転がっていた手頃な大きさの岩を拾い上げた。

 

「性質を記憶する、ではありませんわ。このダンジョンを構成する岩石は、外部の力を定着させやすい、いわば『空っぽの器』なのです」

 

リンが、拾い上げた岩を両手で包み込む。

 

彼女の白く細い指先から、赤い光が漏れ出した。

 

ジワァッ

 

岩が、内側から脈打つように赤く発光し始める。

 

「わたくしたちの魔力を注ぎ込めば、このように。火の魔力を注げば、火の属性を持った石になりますわ」

 

リンが岩を床に転がす。

 

「うおっ!?」

 

ハルは慌てて飛び退いた。

 

床に転がった岩からは、ゆらゆらと陽炎が立っている。

 

「す、すげえ! 岩がストーブみたいになってる!」

 

「いいえ、そこまでではありません。触ってごらんなさい」

 

「え?……あ、本当だ。ホッカイロくらいだこれ」

 

ハルは真っ赤に発光する岩に恐る恐る手を近づけ、拍子抜けした。

 

「これが『火の魔石』ですわ。これを使えば、お湯などいくらでも作れますの」

 

「マジかよ! 水に沈めたらすぐ冷めちゃわない?」

 

「いいえ、魔石の温度はそう簡単に下がらないので、そのうち水がお湯になりますわね。魔力が抜けるまでは、1日くらいそのままです。あとは、自然にお湯が冷める分と調整すればいいのですわ」

 

「すげえ、これならガス代ゼロどころか、マグマみたいな超高温の熱線で敵を焼き払うトラップとか、灼熱のサウナとかも作れるんじゃ……!」

 

「いいえ」

 

ハルの妄想を、リンが冷ややかな声で切り捨てた。

 

「この魔石で生み出せる熱は、触ってのとおり、せいぜいお湯を作るのが限界ですわ。直接的な攻撃に使ったり、サウナのような高温環境を作ったりするには、到底出力が足りませんの」

 

「え、そうなの? なんか、魔法の力ってもっとこう、ドカーンって感じじゃないの?」

 

「魔力とは繊細なものです。岩という器の限界もありますし、なにより……」

 

リンは少しだけ視線を逸らし、咳払いをした。

 

「とにかく、無理なものは無理です。お風呂のお湯を沸かす程度で我慢しなさい」

 

「なんだ、ちょっとガッカリ。でも……」

 

ハルは微妙な熱気を放つ魔石を見つめ、口角を吊り上げる。

 

「お風呂の温度なら、十分すぎる!」

 

矢良内が、満足げに頷いた。

 

「なるほど。ならば、念のために手配しておいたチタン製の熱交換パイプが役に立つな」

 

     ◇

 

数時間後。

 

大浴場の裏手、従業員用のスペースに、泥臭いハイブリッド設備が産声を上げようとしていた。

 

「パイ、そっちのバルブ締めて! 水漏れはないな!」

 

「はい、ハル様。圧力、正常値でございます」

 

ハルとパイが、油と泥にまみれながら巨大なドラム缶の横で声を掛け合う。

 

矢良内が持ち込んだチタンパイプをドラム缶の内部に這わせ、そこに水を循環させる。そして、ドラム缶の底に敷き詰めた『火の魔石』の熱でパイプ内の水を温める、手作りの熱交換式ボイラーだ。

 

「よし、理論上はこれで完璧なはずだ。だけど……」

 

ハルは、ドラム缶の底に敷き詰められた十数個の石を見下ろした。

 

「スーパー銭湯の巨大な浴槽を満たすには、この魔石を常に毎日作り続ける必要がある?」

 

ハルの視線が、優雅にお茶を飲むリンへと向かう。

 

「……なんですの? ハル。言っておきますけれど、わたくしは女王ですのよ? いざという時のため、魔力の無駄遣いはできませんわ」

 

リンはそっぽを向き、バッサリと拒絶した。

 

「だ、だよな……」

 

ハルが肩を落とす。

 

「一度に大量に魔力を込めれば、長持ちしますけれど、万一、外からこのダンジョンを攻めてくる外敵のことを考えますと、わたくしにそこまで魔力を使うことはできませんわね」

 

すると、矢良内が眼鏡を押し上げ、冷徹な視線を一人の社員へと向けた。

 

「アンデッドは、疲労を知らない。ということは魔力の回復速度も人間とは比較にならないのではないか?」

 

「ええ。その通りですわね。彼女なら、一日にこの程度の魔石、毎日作り続けても問題ありませんの」

 

リンが同意する。

 

ハル、矢良内、リン。

 

三人の視線が、頭にタオルを巻いた吸血鬼の女へと集中した。

 

「……」

 

パイは静かに瞬きをし、そして、深く、とても深く、恭しいお辞儀をした。

 

「……承知いたしました。我が魔力、お湯を沸かすために捧げましょう」

 

「ごめんなパイ! 1000DPの高級人材に、左官の次はボイラーの焚き付けなんてやらせて!」

 

ハルが両手を合わせて拝む。

 

パイはドラム缶の前に正座し、両手を底の岩石へと突き出した。

 

彼女の白い肌から、赤い魔力が惜しみなく放出され、岩へと吸い込まれていく。

 

ゴウンッ

 

ドラム缶の内部で、空気が膨張する重い音が響いた。

 

シュウゥゥゥ……!

 

魔石の熱がチタンパイプを炙り、内部の水がゆっくり温度を上げていく。

せいぜい50度のお湯なので、大げさ極まりないが、矢良内側にとっては未知の出来事だ。安全に気を使っていた。

 

「バルブ開くぞ!」

 

ハルが、大浴場へと続く配管のレバーを力強く押し下げた。

 

大浴場の壁面に突き出した太い塩ビパイプから、白い湯気を纏った液体が、勢いよく吐き出される。

 

ザァァァァッ!

 

コンクリートの洗い場に、熱いお湯が叩きつけられた。

 

周囲の空気が一気に温められ、視界が白い蒸気に覆われていく。

 

「よっしゃあああッ! お湯だ! ボクたちのお湯だあああ!」

 

ハルは噴き出すお湯を両手で受け止め、歓喜の雄叫びを上げた。

 

矢良内も、湯気で白く曇った眼鏡を拭きながら、満足げに頷いている。

 

「見事だ。常識的に考えて、これほどのエネルギー革命はない」

 

「やりましたわね、ハル!」

 

リンも玉座から身を乗り出し、パチパチと拍手を送っている。

 

現代の知識と、異世界の魔力。

 

それらが泥臭く融合した設備が、ついに産声を上げたのだ。

 

「ふふっ……ふふふふっ! これで大浴場の心臓部は完成だ! あとは湯船を作ってタイルを貼れば……!」

 

ハルが希望に満ちた未来を語る、その背後で。

 

「……ふぅっ、ふぅっ……」

 

頭にタオルを巻いた妖艶な吸血鬼が、必死の形相で石ころに魔力を注ぎ続けていた。

 

「……あ、あの、わたくし、少々、魔力切れの兆候が……」

 

1000DPで呼んだ吸血鬼とはいえしょせんは低級ヴァンパイア。

異世界からの新入社員の受難は、まだ始まったばかりだった。

 

「あと、ヴァンパイアの回復には血が必要です」

 

「……あら、そうだったんですの」


リンはこれまで、ヴァンパイアを配下にしたことがなかったから知らなかった。

ヴァンパイアはアンデッドであり、通常の食べ物では回復できないのだった。


「……ああ、輸血パックを手配する」

 

政府のルートがあってよかった、とハルと矢良内は思った。

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