ファンタジー世界に現代日本が融合した未来都市
「おい、明日の可燃ゴミ、錬金釜の底にこびりついた紫のドロドロ出してもいい日だっけ?」
「バカ、あれは第4木曜の危険物枠だろ。適当に燃やしたら町内ごと吹き飛ぶぞ」
「あー、そっか。面倒くせえな。じゃあこのトゲトゲした謎のウニみたいな、錬金失敗作は?」
「それは生ゴミでいけるはずだ。第十八階層の第三コンポストに放り込んでこいよ。あそこのスライムどもは、そういう有機系の失敗作なら喜んで溶かして肥料にするからな」
「マジかよ、転移門の運賃、最近また上がりしたのになあ。歩いていくか……」
どこかから、間抜けな会話が聞こえる。
鼻を突くような、硫黄と腐った果実が混ざったような不快な匂いが風に乗って漂う。
ドタドタドタ
重々しく、かつ慌ただしい足音が、薄暗い路地裏のコンクリートを叩き鳴らす。
「こらぁっ! そこ! 指定袋に入ってない呪いのアイテムを、こっそり不燃ゴミに混ぜて捨てるんじゃないよ!」
甲高い怒声が響き渡る。
頭に細かいパーマをあて、ピンク色のエプロンをきつく締めたおばちゃんが、柄のひび割れたデッキブラシを振り回しながら走っていた。
「ひぃっ! 清掃長殿、見逃してくれ! この『血塗られた首飾り』、リサイクルショップの買い取り審査で撥ねられたんじゃ!」
「知るかい! 呪詛返しでおばちゃんの腰が痛くなったらどうすんだい! 市役所の浄化窓口へ持っていきな!」
おばちゃんに追い立てられ、黒いローブの裾をバタバタと翻しながら、貧相な男がネオンの光る大通りへと逃げ出していく。
見下ろせば、果てしなく続くネオンの海があった。
本来なら冷たい岩肌が広がるはずの巨大なドーム状の天井。
そこには今、直径数百メートルはあろうかという青白い人工太陽が浮かび、暴力的なまでの光量を街全体に降り注いでいる。
天井のあちこちには、巨大なホログラム広告が投射されていた。
『新作ポーション・エナジー改! 徹夜の迷宮探索にこの一本!』
『聖女直伝・ヒーリングスパで、溜まった瘴気をデトックスしませんか?』
原色の光が明滅し、耳障りな電子音声が上空から降り注ぐ。
ガチャン!
突然、派手な金属音が空気を震わせた。
交差点のはるか上空。
空飛ぶ絨毯の赤い布地が裂け、流線型のホバーカーの銀色のボンネットに激突していた。
バチバチッ
青白い魔力の火花が空中に散る。
ウゥーッ!
けたたましいサイレンの音が近づいてくる。
赤いランプを頭頂部で回転させながら、白黒のツートンカラーに塗られた鋼鉄のゴーレムが二体、背中から炎を噴射して飛んできた。
「あわわ……ち、違うんじゃ! わしの過失ではない! 絨毯の魔力コアが突然エンストして、右折レーンにはみ出してしまっただけで……!」
星柄のトンガリ帽子を被った魔法使いの老人が、白ひげを振り乱しながら、空中で必死に両手を振って弁明している。
眼下に広がる黒いアスファルトの交差点では、上空の騒ぎなど気にも留めない無数の人々が、ひしめき合いながら行き交っていた。
「だから、伝説の聖剣のローンは、あなたの信用情報じゃ組めないって言ってるでしょ!」
歩道の隅で、赤いフレームの眼鏡をかけたエルフの女性銀行員が、タブレット端末を叩きながら声を荒げる。
「そこをなんとか! 次のキマイラ討伐のギルドボーナスが出たら、必ず一括で返すから! あの剣がないと、パーティの火力が足りないんだよ!」
「お客様、前回も同じことおっしゃって、スライムの養殖ビジネスで大失敗なさいましたよね? これ以上の融資は、本店のブラックリストに載りますよ」
すがりつく重戦士風の男を冷たくあしらい、銀行員は踵を返す。
横断歩道の白い線の上を歩くのは、耳にワイヤレスイヤホンをつけたスーツ姿のオーク。
分厚い胸板でスーツをはち切れさせそうにしながら、誰かと電話で言い争っている。
「ええ、ですから、昨日のコボルト暴動の影響で、納品が遅れておりまして……はい、申し訳ありません」
その隣を、スマートフォンを見つめるエルフの女子高生が歩調を合わせて進んでいく。
彼女の短いスカートの下からは、ルーズソックスに似た白い布地がふくらはぎを覆っているのが見えた。
「はぁっ、はぁっ……ぜぇっ……」
交差点のはずれ。
暗く湿った岩の通路、ダンジョンの入り口から、光あふれる大通りへと、ひとりの男が転がり出るようにして姿を現した。
ボロボロになった銀色のプレートアーマー。
泥と乾いた血がこびりついたマント。
いかにも歴戦の冒険者といった風体のその男は、肩で息をしながら、油断なく周囲へ鋭い視線を巡らせる。
だが、彼は丸腰だ。武器はダンジョンの入り口で、超強力なモンスターに没収されてしまった。
次の瞬間、彼の目は見開かれたまま硬直した。
「……なんだ、あの列は? それに、あのパステルカラーの店は……?」
死の罠と血に飢えた魔物が待ち受けるはずの迷宮の深層。
しかし彼の目の前には、『魔法のタピオカ屋・マナミルク』というピンク色の看板と、その前で行列を作る獣人の少女たちの姿があった。
「ねーねー、今日のマナの味、ちょっと薄くない?」
「私はイチゴ味のポーション追加したから平気ー」
キャピキャピとした甲高い声が、冒険者の鼓膜を無慈悲に叩く。
「お、おい! どうなってる! ここはダンジョンだろうが! ボスはどこにいる!」
パニックを起こした冒険者が剣を引き抜き、手近にあった赤提灯のぶら下がる居酒屋へと飛び込んだ。
ジュワァァァ
店内に足を踏み入れた途端、肉の脂が網の上で弾ける音と、醤油が焦げる強烈な匂いが鼻腔を支配した。
「あー? いらっしゃい。一人かい? ……あんた、ここは初めてだな?」
頭にタオルを巻いたドワーフの親父が、団扇でパタパタと煙を仰ぎながら、ジロリと冒険者を睨みつける。
「このふざけた迷宮の主はどこにいる! 俺はダンジョンボスの首を獲りにきたんだ!」
冒険者が叫ぶが、店内のカウンターでジョッキを傾けている背広姿のサラリーマンたちは、チラリとこちらを見ただけで、すぐに手元の枝豆へと視線を戻した。
「ダンジョンボス? リン様のことか? ならあんた、俺たち全員を敵に回すってことだが、いいのかい?」
周囲には、人、人、モンスター。こんな人混みは、この世界では王都でも見られない。
冒険者は青い顔で首を振る。
ドワーフの親父は呆れたように鼻を鳴らす。
「それより、あんた腹減ってないか? コカトリスのねぎま、焼きたてだぞ。塩か? タレか?」
「……は?」
差し出された串から滴る肉汁を見て、冒険者は完全に言葉を失った。
ポロロン
ウィーン
大通りの反対側で、軽快な電子メロディに続いて、大手コンビニエンスストアのガラス扉が左右にスライドする。
中から、肉まんを齧るスライムを頭に乗せたギャルと、ビニール袋をぶら下げた金属のゴーレムが出てきた。
少し視線を上へずらすと、大通りの奥に、ガラス張りの巨大な工場が見える。
ガコン、ガコン、シューッ
一定のリズムでベルトコンベアが動き、蒸気を吹き出している。
流れてくるのは、真っ赤な液体の詰まったポーションの瓶。
くたびれたトレンチコートを着た日本人のサラリーマンが、焦点の合わない死んだ魚のような目で、次々と瓶のラベルを検品している。
その隣では、身長二メートルを超える屈強なミノタウロスが、段ボール箱を無言で組み立て、次々とポーションの瓶を放り込んでいた。
工場の外の喫煙所では、灰色の煙が立ち上っている。
「あーあ、また第七階層の採掘コボルトたちがストライキ起こしてるらしいぜ」
「マジで? 先月ベースアップ要求したばっかじゃん。いくらなんでも時給1700円でデスマーチはキツいっしょ」
「ウチのギルド来なよ。一応、週休二日制だし、有休も年五日は消化できるからさ。ミスリルの粉塵は肺に悪いぜ」
煙草のフィルターを噛みながら、作業着姿の男たちが乾いた笑い声を上げる。
甘いクレープの匂い。
機械の油のツンとする匂い。
焦げた醤油の匂い。
微かな獣の体臭。
それらがごちゃ混ぜになって、人工的な生ぬるい風に乗って街中を吹き抜けていく。
ここは、ダンジョン。
剣と魔法、泥と血に塗れた迷宮と呼ばれていた地下空間。
しかし今は、現代日本と異世界の文化が入り乱れ、あらゆる種族が生活を営む、狂気に満ちた巨大な未来都市として脈打っている。
街の最も高い場所。
西洋の古城の石積みに、近代的なガラス張りの高層ビルが突き刺さったような、歪で巨大な城がそびえ立っていた。
全てのシステムを統括し、魔王であるダンジョンボスと契約を結び、この地下空間をゼロから作り上げた支配者。
ダンジョンマスターの居城。
その最上階にあるバルコニー。
一人の黒髪の青年が、缶コーヒーのプルタブを引き上げ、眼下に広がるネオンの海を見下ろしていた。
彼の頬を、下から湧き上がってくる街の熱気が撫でる。
彼は思い出す。
この常軌を逸した大都市の始まり。
それは、ほんの些細な、そしてひどく胡散臭い求人だった。
『未経験歓迎! アットホームな職場でダンジョン運営! ※要面接』
あのふざけた求人票。
これは、そんな怪しい募集広告から始まった、ひとりの男とひとりのダンジョンボスによる、とあるドタバタ開拓の記録である。
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