水魔術族
少年は、森の中を慣れた足取りでどんどんと奥へと入っていった。いつもの歩きなれた道を進みながら、焦っていた。
(このままでは、水魔術族が滅んでしまう。なんとか稼がなくては……)
この一年、頭の中でずっと考えいるが、答えが一向に出てこない。
少年は歩みを止めることなく歩き続けた。
かつて水魔術族は、少年の祖父の代まで、水魔術族、火魔術族、風魔術族、土魔術族の4つの魔術族の中で、一番と言われるほど栄えた一族だった。しかし、少年が小さい頃には既に栄えていた様子もなく、どんどんと貧しくなる一方だった。
いつからかどうしてかは分からないが、魔術族には“つくも神を清め再生する力”がある。そうすると、再び道具として使えるようになる。魔術族と言われる由縁だ。
道具は100年経つと“つくも神”になる。いつからかどうしてかは分からないが、急に動き出したり、話したりしはじめる。全ての道具がそうではないが、ある日突然、そうなる。害のないものもいれば、悪さをするものもいる。だが、人間にとっては厄介で不気味な存在らしい。だから人間は、さっきのように森の入口につくも神となった道具を捨てていくのだ。
「……せい。流靑!」
少年は呼ばれる声に気づいて立ち止った。
「流靑。また考え込んでいたのか?」
声のする方を振り向くと、短髪の黒髪で体格がよい少年が立っていた。
「帰りが遅いから迎えに来た」
少年は周囲が薄暗くなっていることに、この時気がついた。空を見上げると木々の合間から茜色はすっかり消え、冷たい青い色が濃くなっていくのが見えた。
「爽太……。今日はこれだけだ」
流靑は落ち込んだ声でそう言うと、懐に入れた巾着から粒銅を3つ出して、爽太に手渡した。爽太は黙ってそれを受け取った。手のひらの粒銅を眺めながら、何か言いたげそうでもあり、言いたくなさそうな素振りでもあった。頬にあたる風がひんやりした。
「……5人だけになったよ」
爽太が粒銅を眺めながら、小さな声で言った。
「そうか……。俺が当主を継いでからどんどん悪くなる一方だ。出ていって当然さ。お前も好きにしていいんだぞ」
爽太は下を向いたままの流靑の右肩を掴んだ。大きく温かい手だった。
「俺はどこにもいかない。お前だけのせいじゃないだろう」
「稼がなくちゃ、みんなを食べさせていくこともできないんだぞ。俺にその力はない!」
流靑は肩の手を振り払った。唯一、心から信頼できる幼馴染の力強い手を、今にも崩れそうな気持ちを唯一、留めてくれている手を、振り払った。
「違う!みんな、流靑に負担をかけたくなくて出ていったんだ!」
流靑の悔しそうな瞳から爽太は目をそらさなかった。
「俺が、人間と魔術族のクォーターでなければ、もっと力があったんだ。父さんもハーフじゃなければ……。なんでじいさんは人間なんかと……」
流靑は、行き場のない気持ちを両手に握りしめた。
「……おじさんからは何も聞いてないのか?」
「あぁ……」
流靑は、父親と最後に交わした会話を思い出していた。
一年前も今日と同じように空にはわたあめのような雲が浮かんでいた。部屋の窓からは森の木々と空がよく見えてた。父親は布団に横たわったまま、扉を開けた流靑に向かって、傍に来るように言った。流靑は畳の上に正座した。父親は頭を少し傾けて口を開いた。
「流靑。水魔術族の121代目はお前だ」




