つくも神
「早くしろよ」
着物姿で短髪の子供が、もう一人の子供を急かしていた。
「待って。ここでいいよね?」
同じく着物姿で後ろで髪をくくった子供が、恐る恐る細長い何かを地面に置きながら言った。
「森の入口の大きな岩のところって、じいちゃんが言ってた。もう、行こうぜ」
短髪の子供が走り出した。
「待って!」
髪をくくった子供も、急いで後を追って駆けていった。
大人三人分くらいの大きな岩の下には、子供が置いた物があった。その周りには大きな木々が茂っており、子供が言っていたように森の入口だった。空にはわたあめのような雲が、ぽつりぽつりと浮かんでいた。ぽかぽかと暖かい陽気とは裏腹に、大きな岩の周りは、木々の影に覆われており、どんよりと湿った雰囲気だった。
ガサガサ――。
大きな岩の背後から、人がゆっくりと出てきた。最も薄い藍染の薄青色いわゆる瓶覗色の着物に紺色の袴姿だった。年は15歳位の少年だった。大きな岩の前まで来ると、腰を追って子供が地面に置いた物へと細くスラリとした手を伸ばした。真っ黒な細い髪がサラリと顔に覆いかぶさった。
「矢立か……」
古い真鍮の矢立が一つ地面に置かれていた。
少年の手が、矢立に触れようとしたとき、
ぴょこっ
と、矢立の棒のところから手足が出てきた。
そして、矢立はぴょこりと立ち上がると歩き出そうとした。
が、少年が矢立を掴んで持ち上げた。
矢立は手足をバタバタとしながら
「離せ~離せ~」
と言葉を発してた。
「矢立のつくも神か……」
少年は、片手で掴んだ矢立を眺めていた。
「我が主の元に戻るのじゃ!」
矢立が叫んだ。小さなかわいい声だった。
「先ほどの子供のとこか?」
「違うわ!我が主の元に戻るのじゃ」
少年は、少し考えて言った。
「初めの主のところか?」
「そうじゃ!我が主の元に戻るのじゃ」
「……」
少年は少し悲しそうな顔をした。
「おまえたち道具は100年経つとつくも神になるという。初めの主ならば恐らくこの世にはおらぬだろう」
少年の言葉に矢立はバタつかせていた手足をピタリと止めた。そして、がっくりとうなだれた(ようだった)。
「さて、悪さをするつくも神ではなさそうだ」
矢立は、ふんっとそっぽを向いた。
「この世では会えぬが、あの世で会えるかもしれぬぞ」
少年は優しく話しかけると、懐から手のひらくらいの紙を一枚出した。
――清め再生したまえ。
少年は小さな声でそう言うと紙をそっと矢立の上に置いた。紙には水の紋様が描かれていた。青い光がふわっと浮かぶと同時に、少年の手の甲に水の紋様が青白く浮かんだ。紙がすぅっと消えていくと、うっすらと青い光が空へと昇っていった。矢立の手足もすぅっと一緒に消えていった。少年は手に、矢立本来の重さをしっかりと感じていた。
ぽとり、ぽとり。
青い光が消えると同時に、地面に小さな何かが落ちていった。少年は、すっとそれを拾った。少年は手のひらの上でそれを数えた。小さな銅の粒が3個あった。
「今回も銅か……」
少年は残念な表情で、矢立を握ったまま懐から巾着袋を出すと銅をその中へしまった。そして、握っていた矢立を眺め、
「さて、売るか……使うか」
と、つぶやいた。
(そういえば、これは空なのか?筆が入ったままなのか?)
少年は、墨壺側の蓋を開けて、棒を下の方に向けた。するりと筆が滑り出てきた。筆を掴んで観察した。
(筆はまだ100年経ってなさそうだ。矢立だけが、つくも神になったんだな)
くるりと筆の反対側を見た時に、何かマークのようなものにあるのに気がついた。
『流』
筆の持ち手の端にあるその文字を見て、少年は矢立と筆を売る選択肢はなくなった。筆を矢立に戻し、懐へと入れると、大きな岩の裏へと戻って行き、ガサガサと森の中へ入っていった。
応募履歴memo #ドリコム大賞4 #123大賞7




