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いつかの私

作者: さちほ

第一章 マイコの占い


いつも気にしない占いを気にし出したら、現状に迷っている証拠だと、聞いたことがある。

全くその通りだ。

普段は雑誌の最後の占いのページすら開かない私が、気がつけば、以前に同僚が話していた有名な占い師がいると噂の雑居ビルの目の前に立ち尽くしていた。

明日、透が結婚する。

幼馴染だ。

半年前のある日、いつもの居酒屋のカウンターで言われた言葉が頭を駆け巡る。

「マイコ、少しは素直になれ。」

結婚間近の彼女がいることはもちろん知っていた。

「もうこんな風に飲めないってことか。」

結婚が決まったと、透から告げられて私から出た最初の言葉に、透はさすがに驚いていたが、私自身も驚いたのだ。

本当は「おめでとう」と言いたかった。

言いたかったのか?いや、違う。

本当は寂しかったのだ。


何でこうなったのかといえば、その数日前に年下の彼氏にフラれたのだ。

30歳を越えて彼氏(しかも年下)にフラれるダメージは想像以上のものだった。

本当はその話を透に聞いてもらいたくて、慰めて欲しかったのに、その話もしないうちに、透からの結婚報告になってしまった。

一方はドン底、一方は幸せ絶頂。

そのギャップに愕然、出て来た言葉は素直だったとは思うが、幼馴染とはいえ、ひどかった。

自分の事しか考えていなかったし、透への甘えは最高潮だった。

透ならわかってくれる、そんな甘えが当たり前になっていたことに、フラれた数日後に気付かされた。


たとえばの話。

いつの日からか決まって月を確認することが帰り道の日課になって、

その毎日の月を報告したい人ができると、また報告することが日課になって、

報告するために上手く撮れないであろうスマホで写真を撮ることも日課になって、

大切な人が増えるたびに日課も増えていった。


大切な人を失えば私の日課も半分以上失われることに気がつくのは、決まって後の祭り。

1人でも大丈夫と高を括るのは束の間なのである。

大概この習慣化した日課を自然な流れで途中まで疑いもなくやっていて、いざ発信する相手が不在なことに気がつき、初めて愕然とするわけで。

様々な別れの瞬間は案外あっさりしているが、その日課をやらなくなることが習慣化するまでは、相当時間がかかることを、つい忘れてしまうのだ。

どれだけ繰り返してきただろうかと、指折り数えてみて、自分が成長していないことにため息をつく。

直近でフラれたタイミングと、幼馴染の結婚を知ったタイミングが合致した、私にとってはダメージが大き過ぎた。


「面倒臭い。」

そんなこんなで、これが口癖になりつつあった。

良くないとはわかってる。

とにかく、初めて会う相手に今更一から自己紹介して、相手にひとつひとつ気を遣いながら、相手を知る努力をするエネルギーが湧いてこなくなっていた。


「素直になりなさい。」

占い師になんて言われるかなんてわかっていた。

言ってくれる誰かを欲していた。

透以外にストレートに言ってくれる誰かを必要としていた。

それがわかっただけでも良しとしよう。

そう思えるだけで、私の中では前進なのだ。


同時に気がついた、そろそろ透から離れて自立しなくてはいけないのだと。

なんだかんだで甘えられる相手が身近にいる限り私はきっと甘ったれのままだろう。

いい加減自分で自分を励まして、鼓舞して、時には甘やかして、自分自身でバランスをとっていかなくては自分が納得する幸せは掴めない。

自分の機嫌くらい自分でとる。

そう思ったら、勝手に力んでいたのか、少し肩の力も抜けた気がして感覚が心地よかった。


占いで言われたことは案の定のことばかりで、新たな発見はなかったものの、頭の中が整理されたし、一種のカウセリングとしては良かったなと、そこも自分で消化することができていた。

以前の私だったら、占いに行ったのに何も当たらないし、何も示してくれない!と機嫌を損ねていたかもしれないが、そうならなかっただけでも、少しずつ変化をしているのではないだろうか。


そんな昨日までのことをぼんやり考えながら、新郎側の席でおそらく透の同僚と思われる男性に話しかけられ、私も一緒に写っている透の小さい頃の写真を見て気がつけばいつの間にか一緒に笑っていた。

久々に写真の中の幼い頃のように自然に笑う感覚を取り戻した気がした。

いつも笑おうと無理矢理笑っていたから疲れたし、相手のことも無理矢理知ろうとするから疲れていたのだ。

笑おうと思わなくても、笑いたい時は笑える人、一緒にいればもっと知りたくなる相手がいれば疲れるどころかもっと知りたいと楽しくなるものだ。

「素直になれ」とは、自分の気持ちにも素直になることだったのだ。

自分の気持ちに沿わないことを表現しようとするから、ひねくれる。

そんな単純なことに気がついた。


「透はいつもあなたの話をしていましたよ。俺が結婚したらどうなっちゃうかな。とか、あなたがいたから小さい時から大人になっても毎日楽しかったって。」

透の同僚からこう言われたのだ。

「どんな子だろうと会ってみたいなと思っていたのですが、透にそのことを言ったら彼氏がいるから駄目と言われ続けていて。笑」と、照れながら笑った。

事実彼とは別れたこともあり「ようやく会えましたね。笑」

と自然に出てきた言葉にそれぞれお互い驚きながらも、顔を見合わせて笑った。

そうだ、こういう感覚だ、思い出させてくれたのも透のおかげだと、高砂で上司からのお酒を美味しそうに飲む透の姿を眺めた。


透、ありがとう。

透、おめでとう。

初めて心の底から言えた気がする。



第二章 ミカの本音


次々運ばれてくる料理にいちいちコメントをつけながら食べている友人に、どうせ食べるなら大人しく食べればいいのにと思いながらも、本当は同じお金を支払うのであれば、もっと気楽に美味しいものを食べたいと思ってる私も同類だと思った。

めでたい席なのに思わずため息が出そうになったところでハッと我に返った。

私は今、大学時代の友人の結婚披露宴に出席している。

大学時代の友人といっても、ここ最近はずっと会っていない。

急に連絡してくる友人の9割ほどが、結婚式の招待連絡になったのは28歳あたりだろうか。

いわゆる30歳手前の駆け込み婚ラッシュとでも言うのか、一気に増えていった。

もう32歳、仲間内で未婚はあと2人というところである。

仲間内といっても、大学当時は仲良く一緒にいたが、就職してからというもの、会うのは年に一度か二度程度なものになっていた。

会っても皆んなの会社の愚痴や彼氏や旦那の話を聞く程度、たまにしか会わない関係ではその時の酒の肴になる程度の話しかできなくなってきていることに、居心地の悪さも覚えてくる頃でもあった。


そんな風に思っていた私には婚約者がいた。

来年には結婚する。

ここにいる誰にどのタイミングで切り出すか、考えていた。

正直いうと面倒だった。

報告した瞬間の質問攻めにあう光景が目に見えるから。

どこで出会った?

どこに勤めている?

誰に似ている?

いつから付き合っている?

何で今まで言わなかった?


、、、そう、最後の質問が厄介だ。


「何で言わなきゃいけなかった?」

と思わず返してしまいそうな私がいる。

すべて私の中でのシミュレーションの話ではあるが、大抵その流れになるのが落ちである。

何でもそう、めでたいことになればなるほどそうなりがちで、本来は「おめでとう」が最初に来るべきところではないだろうかと思うシーンであればあるほど、最近は質問攻めから始まる気がしてならない。

昔は違った、でも当たり前かもしれない。

学生時代は毎日一緒にいて、なんてことのないことも逐一話して、仲間内のお互いの状況も手に取るようにわかっていた。

だから、恋が実ったりするものならば、思わずハグしていた私達がいたし、「おめでとう!!」の嵐だった。

話を聞いているだけで、個人の恋愛も、みんなで一緒に頑張っている錯覚に陥っていたのかもしれない。

でもそれほどきっと何にでも一生懸命だったのだ、そう思いたい。


そういえば、仲間内で初めて結婚したユリのことをみんなではしゃぎながらお祝いしたことを思い出した。

あの頃は確実に違っていた、単純に嬉しかった。

ユリが結婚する、そのことが私達の中で一大イベントになっていたし、そこに向けて皆テンションがあがっていた。

何を着て行くか、余興で何をするか、、、考えれば考えるほど楽しかったし、何より嬉しかったことを覚えている。


すべては、自分がしてきたことが返ってくるから想像ができる。

ハッとした。

自分もそうだったからだ。

だから、私が打ち明けようとする前にこんなに不安になるのだ。

相手への「おめでとう!」の大事な言葉の前に自分の聞きたいことばかりを口に出していないだろうか?

少なくとも少しは身に覚えがあるからこそ、厄介なのだ。

だからこんなに躊躇している。

本当だったらめでたいことなのに、素直に報告できない自分がいる。

何て言われるかばかりを気にしている。

自業自得という四字熟語が頭をよぎるものの、もうあとの祭り。

そんなことをぼんやり考えていたら、ちょうど目の前で大学時代の私達のスライドショーが流れた。

屈託のない笑い顔がその中には映し出され、箸を止めて見入っていた。

思わずその頃の皆との時間の愛おしさに引き込まれた。

きっと皆も同じではないだろうか。

私達のテーブル全員が泣いていた。

あまりにも素直だった、当時のそのリアルを目の当たりにした。

自分でああでもないこうでもないと考えていたことが、一気にどうでもよくなった。

当時の感覚に一気に戻ったのだ。

嬉しいことがあれば、真っ先に皆に報告していた。

当時は今のようにSNSもない、そんな時代。

皆に一斉に直接報告したいから、皆に会える大学の授業前の教室に急ぎ足で向かう。

堰を切ったように話し出していたあの時の感覚。

手放しに喜んでいたあの感覚。


「私ね、結婚する」

スライドショーが終わり、気がつけば、私はそう口を開いていた。


「、、おめでとう」

聞こえてきた言葉はあの時のように暖かかった。

あの時のように勢いはないけれど、それは確かに暖かかった。


皆がそれぞれ過ごしてきた10年が濃すぎて、ひと回りしたのだ。

一周まわって、皆の、いや、私の心が解きほぐされたのだ。

すべては自分が変わるところから始まる。

やったことが返ってくる。

気がつけば泣きじゃくっている自分がいた。

皆の前で流した10年振りの嬉し涙だった。


第三章 陽子の背中


まただ。始まった。

目の前で繰り広げられている会話にうんざりしている。

大概、そう、新婦側の女友達といえば、文句9割なのである。

ここまでくるともう慣れっこになるもので。

新婦の友人と結婚した新郎のタイプを意外だとやんわり批判したかと思えば、新郎側の男友達を品定めし始める。

そこに基本的にプラスな言葉はない。しいていえば、料理が美味しいということくらいだろうか。

いつからこうなったのであろうか。

会場の温度調整をしながら、ぼんやりと思い出していた。

少なくとも、アシスタント時代の20代中盤の頃はそんなことには気がつかず、仕事はしていてもキラキラしている花嫁に釘付けだった。

いつかは私も!と、毎日繰り広げられる結婚式を目の前にして、色々と妄想を繰り返していたものである。

私だったら、何色のドレスを着て、どんな曲で入場して、会場のお花は、料理は、、、考えればキリがなかったし、楽しかった。

とはいえ、相手もいたりいなかったりで、完全に妄想ではあったが、まだまだ素直だったことだけは確かである。


アシスタントを経て、ここ数年は自分の担当ができ、毎日のように結婚が決まったカップルの2人と次々と打ち合わせをして、挙式披露宴までのお手伝いをする、それが私の仕事だ。

私が幸せな瞬間に立ち会いたいと、自ら選んだ仕事だ。

それなのに、その瞬間に慣れてしまったのか、どこかドライになりつつあることに気がつきもせず、毎日が過ぎていっていた。


昨日午前中に来た2人は年の差カップル、午後に来た2人は20代前半の授かり婚。

問い合わせが来たのは、同級生カップル。

気がつけば色々なカップルを見ては比べていた。

カップル同士を比べたり、自分の彼氏と新郎を比べたり、自分と新婦を比べたり、その比較対象は様々ではあるが、気がつかないうちに批評癖と比較癖がつくようになっていた。


今日も挙式披露宴が終わり、デスクで事務作業中に、来週初めて打ち合わせをするカップルの書類を眺めていると、見覚えのある名前に思わず自分の目を疑った。


「新郎 トウジョウ ユウヤ」

ユウヤ?

ゆうや?

祐也だ!!!


同姓同名かもしれないが、誕生日も一緒だ。

おそらく、私が知っている祐也だと確信した。

学生時代好きだった彼の名前が目の前をチラついて思わず動揺した。

来週祐也がここに来る。

来週祐也に会える。

何とも言えない気持ちになった。

どんな大人になっているのだろう。

いや違う、どんな(ひと)を嫁に選んだのだろうか、そこが真っ先に気になっている嫌な自分がいた。


大学の同期だった祐也はいつもポジティブでエネルギーが高くて、単純に言えば、好きだった。

愚痴っぽい私の話をいつも聞いてくれて、いつも背中を押してくれていた不思議な存在だった。

ウエディングプランナーになりたいと言っていた私のことを、応援してくれていた。

周りからは付き合っていると思われていたくらい、祐也とは同士のように仲良しで、今更「好き」なんて言えない雰囲気だと勝手に思い込んでいた。


そんな祐也に会える。

そう思ったらどんどんテンションが上がっている自分がいた。


翌週、祐也と新婦を出迎えたその瞬間、お互い顔を見合わせた。

時が止まった気がした。

色んなことが一瞬でフラッシュバックして、思い出した。

ウェディングプランナーになりたいと思ったあの頃、アシスタント時代、がむしゃらに、素敵な結婚式になるように走り回っていた頃。

当初気になっていた、どんなお嫁さんなのかなんて、どうでもよくなっていた。

祐也は私がプランナーになって出迎えてくれたことに相当感激していたようで、お嫁さんに興奮気味に話してくれた。

何よりも喜んでくれた。

「おめでとう!!」と。

そりゃこっちの台詞だと思いながら、ありがとうと素直に言えた自分に驚いた。


ひとしきり祐也がお嫁さんに話し終わったところで、私が口を開いた。

「この度はおめでとうございます。」

心からそう思ったし、自然に出てきたこの言葉。

2人のほころんだ笑顔を見た時に実感した。

この感覚だ、この感覚を常に持ち合わせてできるこの仕事が素敵だと思っていたから、この仕事を目指したのだ。


時を経てまた祐也が背中を押してくれた気がした。



第四章 麻美の涙

高砂から皆の様子をぼんやり見ていた。

目の前には1年前から打ち合わせを重ねた披露宴の料理が並べられている。

一見華やかな左中盤の円卓では、おそらく、料理の順番やら、テーブルコーディネート、新郎側のゲストの品定めと、ネタは尽きないことだろう。

一見華やかな円卓とは大学のチア部の友席だ。

ぱっと見、一見華やかなのは、全員チアをやっていただけに、健康美人なのである。

姿勢良し、表情良しといったところだろうか。

そんな側から見れば爽やかで華やかな中に私もいたはずだが、どこか周りとは違っていた気がする。

周りと一緒にされたくなかったと言う方がしっくりくるのかもしれない。

いつも気にしていたのだ。

皆は、今の自分を、今のこの状況をどう思うのかばかりを。

チアリーダーをやっていながら、笑顔の腹の底はいつも違っていた。

社会に出て、仕事もバリバリこなしている風をいつも装って、年に一度の皆との食事の時も余計なことは一切言わなかった。

長年付き合った彼とも外で手を繋ぐこともなく、いつも肩を並べて歩いていた。

きっと、会社の後輩からはプライベートが見えないサバサバしている先輩だと思われている、上司からは何を言っても期待以上でもそれ以下でもなくソツなくこなす部下だと思われている。

そう、自分勝手に自分がどう思われているかを決めつけて、そこにすべての判断基準がいっていたのだ。

彼にだけは違ったことが救いではあるが、外ではそんな素直な姿を出すことができなかった。

というより、どこかで皆の中の私のイメージを壊すことが怖かったのだ。

昔からそうだった。

規格外のことに恐怖感を覚えていた。

想定外のことに対応できない自分を見せたくなかった。

勝手に自分で作り上げたキャラクターは、気がついた時には、それが自分そのものなのだと自分自身でもわからないくらいに、身体中に蔓延っていたのだ。

「本当は違うのに・・・」そう思いながら生きてきた。

いつそこから解放されるのか、誰に縛られているわけでもないのに、自分から解き放つタイミングを逸していた。

逸していたというより、わざと逃げていたのだ。

タイミングのせいにして。

タイミングとは都合の良い言葉で、説明つかないことが起こるたびに、タイミングという便利な5文字を並べて逃げていた。

本来の自分に自信が持てないから、見ようとしていなかった。

だから、自分自身が作り上げた架空の自分で勝負をしていた。

そんな自分のことを、どこか達観しながらぼんやりしていた。

自分の結婚式だというのに、そんなことを考えてしまうところがまた嫌になると、お得意の反省をしようとした時だった。

万里子のスピーチが始まったので、耳を傾けた。

「やっと、心から幸せそうな姿を見ることができて嬉しいです。久しぶりに自然体で幸せそうな姿を見て安心しました。透さん、これからも麻美のことをよろしくお願いします。」

万里子は私の本音をなかなか出せない性格をまるごとわかっていた。

初めての報告が万里子だった。

プロポーズを受けて嬉しくて幸せで、すぐに報告した日のことを今でもしっかりと覚えている。

万里子は唯一の幼馴染である。

私が生まれた時から社会人になるまで住んでいたマンションが一緒だった。

2人とも一人っ子で、小さい頃から一緒にいた私達はお互いのことが手に取るように分かっていたし、性格が違いすぎる私達はお互い無い物ねだりをしながらの毎日だった。

だからこそ、私が外の世界で強がって見せたり、どこか冷めて見えていても、本当のところはそうではないと、万里子だけはわかってくれていた。

私も万里子だけにはいつも自然体だった。

意地もプライドもない、本音の自分でいつも万里子にはぶつかっていた。

万里子の言葉だけはすーっと心の中に入ってくる。

涙をこらえながらのメッセージに私は今まで抱えていたものが一気に溢れていく感覚を覚えて、同時に今日初めて流す涙が頬を伝ったのがわかった。

包み込むような言葉にこれまでどれだけ支えられていたのかを実感した。

万里子以外に初めて自分をさらけ出せたのが透だった。

万里子とずっと一緒にいれば自分は大丈夫だと思っていたが、万里子は半年前に結婚した。

自分も変わらなくてはいけない、万里子ばかりに頼っていても何も変わらないと思った頃に出会ったのが透だった。

いつか聞いたことがあった、私に似ている透の幼馴染の話を。

きっと透も万里子みたいに、その幼馴染のことをまるっと理解して隣でこれまで過ごしてきたのだろうと、簡単に想像ができた。

その似たような空気感に一気に私は自然体でいることができたことを今も覚えている。

「麻美、私はあなたと幼いころから一緒に過ごしてきて、自分の必要価値を見出すことができた、本当にありがとう。」

万里子のこの言葉を聞いたとき、自分ばかりが万里子に支えてもらっていると思い込んでいたが、万里子も私のことを必要としてくれていたのだと初めて実感した。

珍しく涙が止まらない私を見て、透は笑ってハンカチを差し出した。


すべては自分のやったことが返ってくる。

不器用でも良い、一生懸命な想いは通じて、その想いが出会いを広げる。

夢見がちなことを言っているつもりはない。

思っているところにしか自分自身たどり着けないのだ。

だから誰にどう思われても良い、自分の信じたことを貫いていく自分でいようと、なぜか高砂で皆を目の前に決意した。


ここで自分の中では結婚式披露宴のクライマックスを迎え、一般的にクライマックスと言われる最後の両親への手紙では一切泣かずに淡々と読み切った自分を我ながら変わっていると思いながらも、二次会会場へ向かうタクシーに透の手を取って小走りで乗り込んだ。



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