表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

5-3





「はい、では次の人」


「はい、私の将来の夢は」


 あれから何人も発表が続いて次は僕だ。まだまだ先だと思っていたのにあっという間に回ってきた。



「もう次だね、頑張ってね!」


「う、うん」



 隣の席の子がこっそりと応援の言葉をかけてくれたけど、返事をするだけでいっぱいだった。


 今はもうさっきの胸のドキドキはなくなった、だって僕は分かっちゃったから。



 お母さんが、来ないんだって。



 そうだよ本当はずっと分かっていたんだ、どれだけ待ってても僕が会いたいとお願いしても、そんなの関係なくてお母さんの気持ちが全部なんだ。そんなお母さんの気持ちは絶対僕に向かなくて、どこかずっと遠いところにある。


 いつも気付いていないふりをした、そうすればちょっとの時間だけでもワクワクして楽しく過ごせたから。


 心が一気に長調から短調に変わって、涙がお水をいっぱいまで入れたコップみたいになると喉の奥がきゅっと締まる。もう二年生なのにみんなの前で泣くなんて恥ずかしいよ、なんとかして涙が溢れ出ちゃわないように、瞬きをしないで目を乾かそうとする。



 他のことを考えて元気になろう。楽しいこと、楽しいとき、あれ、僕の楽しいってことってなに?



「はい、では次の人」



 こういう独りの世界でふわふわしていたいときばっかりすぐに自分の番がやってくる。前のクラスメイトたちと同じように、立ち上がって返事をしようとしたけど声が出せなかった。そのまま原稿用紙を胸の位置まで持ち上げたら息を吸って吐いて、声が震えちゃわないように、気持ちを平にして今度こそしっかりと発音する。



「僕の将来の夢は」






「はっくしょい!」



 くしゃみに驚いて目を開けると、いつもの万年床から見上げる天井の模様ではなく煌々と光る電気が飛び込んできた。


 嫌な夢をみた。


 夢ってものは寝ている間に行われる記憶の整理のせいでみると聞いたことがあるが、わざわざ大昔の記憶を掘り返してくれなくてもいいんだよな。「クソッ」と心の中で悪態をつき寝返りを打とうとするが体が冷えていて、思うように動かせない。


 最悪だ、ピアノ弾いたまま布団も掛けずに寝てしまったせいで、身体が怠い。しかも唾を飲み込めば珪藻土に水が染み込むように一瞬で水分を奪われ、またガサガサの砂漠状態に戻る。なんなら少しでも喉が動こうものなら腫れているようで、痛い。



「絶対に風邪をひいたな」



 無理矢理体を起こし、まずは水分を補給するために流しへ向かう。耳のピアスに触れれば数日前に開けたピアスの痛みが落ち着いていた。ただ今は喉の痛みがそれを上回っていて、気にならないだけかもしれないけど。


 廊下に出れば真冬の晩の空気がそのまま残っている。洗ってそのまま出したままになっていたコップを手に取り水道水を注いだら、カラカラの体へ一気に注ぎ込む。



「いっ、いってぇ」



 水が喉の腫れを押し除けて通るので堪らず声を上げ、咳き込んでしまう。これは明日にでも病院に行かないといけないかもな。とりあえす今日は日曜日でほとんどが休診しているだろうから、市販薬で繋ごう。


 久しぶりの体調不良に翻弄されながら流しの横にある段ボールの中を漁りし、昔買ったはずの風邪薬を探す。


 昼過ぎには家を出てあいつの言っていたライブハウスに向かわないといけないから、薬を飲んで水分をしっかり摂ってもう一眠りするかな。そうすれば少しは楽になるだろう。夜はアルバイト前にまた薬を飲んで行くしかないな。


 この後の予定を考えながら乱雑に手を動かせば、レトルト食品類に埋もれて底の方に転がっている薬瓶を見つけた。取り上げて一回の摂取量を確認したら空きっ腹へ入れ水分を持って部屋に戻る。万年床に横になりながら意味もなく瓶をクルクル回して眺めていると、消費期限が二年前になっている。



「おいおい……」



 数年間薬を必要としてこなかったのは良いことだけど、これは服用して大丈夫だったのか。反対に身体を悪くしそうだが、まぁ別に良いか、そんな繊細な体でもあるまいしな。



「今度は夢見よく寝れますように」



 アラームを忘れずにセットしたら毛布と掛け布団を顎まで引っ張り上げ、細菌と戦うため眠りにつく。さっきの夢はきっと寝心地が悪かったせいだな。


 あの日の夜、俺は初めて自分で自分を傷つける行為に安心感を覚えたんだ。子どもの頭で思いつく自傷行為なんて大したことはない、爪でひたすら腕や足を掻きむしっただけ。でもミミズ腫れになっていたり、血が滲んでいたりするのをみると、心の傷が形になって現れるのでなんだか安心した。


 言葉にできなかった痛みが分かるようになった、それでやっと俺は俺を知れた。



 限界だったんだ、あれ以来期待が薄くなった代わりに裏切られたと感じること自体が減ったし、不安定になったとしても傷をつければ心の整理ができる。


 肉を切らせて心を守るってな。






私生活が慌ただしい状況ですので、

不定期で更新していきたいと思います。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ