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あれから約半日後、再びいつもの駐輪場に来た。日曜日なだけあって、いつもより自転車が溢れん限りに並んでいて、空きスペースを見つけるのに苦労した。左右の自転車を少しずつ寄せさせてもらい、ハンドルやペダルを引っ掛けないように注意しながら停める。
一仕事終えた気持ちで空を見上げると、何層もの分厚い雲が空を埋め尽くしており、そのせいでせっかくの昼間なのに気温が低く気が滅入る。それでも午前は雨が降っていたので、上がってくれただけましかな。
早く帰りたい一心で、縮こまっている首を伸ばしバンドマンがいないか探すと、向こうから黒いギターケースを背負って歩いて来るのが見える。「おーい」とよく通る声を出しながら、大きく手を振って近づいてくる様子に、こいつには天気なんてお構いなしなんだなと苦笑する。
「待たせたな。外じゃ寒いしどこか入るか」
「いや、いい。別にここでいいだろ」
「何言ってんだ、将来テレビ番組とかで結成秘話とかを話すのに、いい雰囲気の店とかの方がかっこいいだろ」
至極当然といった態度で告げるこいつに随分と都合が良い、甘い将来が決まっているんだなと嫌味ったらしく尊敬する。付け足すように「時間取らせてるんだ、奢るぜ」と言う。
本人が奢りたいと言うのなら仕方が無い、お言葉に甘えるとしよう。背を向け何処かへ歩いて行くこいつの背中を追う。
俺も大概甘い人間だな。
「俺さここが地元だからよ、色んな店知ってんだ」
楽しそうに話すのを「ふーん」と適当な相槌で受け流すと。後方から徐々に大きな音と立てながら、新幹線が迫ってくる。髪がめちゃくちゃに顔を撫で回すと同時に先頭が横を通過し、多くの繋がった車両が後に続く。
なんかこいつって、新幹線みたいだよな。目的地へ向かうためなら自分の力を余すことなく使って突っ走り、その道は一本しかない。さらに一人じゃなくて、バンド仲間という車両を離さず引っ張っていく。
正直そんな生き方が羨ましい、のかもしれない。昨晩は悩めばいいと言ってもらえたが、こいつみたいに自分を疑わずにいられるならそれに越したことはないよな。
「だからそこに行こうとしているんだけど、いいよな?」
振り返って同意を求めたれたが、何を言っていたのか全く聞いていなかったので、適当に返事をしておく。食費が浮くんだ、奢ってくれるのに文句は言わまい。
「どこか行きつけでもあるのか」
せめてものお礼に気分良くなってもらおうと、俺からも適当に話題を振る。
そしたらくるりとこっちを振り向き、わざとらしく不機嫌そうに眉をひそめ口角を下げながら一言吐き捨てる。
「話聞いてなかっただろ」
作戦失敗。「別に良いけどよ」と呆れた後、いつも通りの顔に戻し最近のミュージシャンについて話しだした。流行りを全く知らない俺は、学習して相槌を打つことに徹する。
フィラメントがあるいつものメインストリートを通り過ぎ、人気がまばらな一本隣の道へ進んで行く。基本駅前に来るのはアルバイトがある時くらいなので、他の道や店へ行くことはあまり無いがここは何故か懐かしくて、見覚えがある気がした。
昔からある住宅や、それと店が一体となっている建物が多く、アパートもちらほらみられるがビルや高層マンションなどは隣接していない。
一本通りが違うだけでこうも様相が違うものなのか。俺はこっちの雰囲気の方が好きだけどな。
道端に置かれているいくつものプランターの中は、紫やらピンクやらのパンジーが寄せ植えされている。寒さに負けず懸命に面をあげる姿に、曇天のせいで鬱々とした気持ちを吹き飛ばしてくれる。
そういえばババアもよく玄関先に花を並べていたな。祖父が残した農地を一人で切り盛りしながら生活していたので土いじりは得意だったのか、遥か昔にパンジーとビオラの違いを教えてくれたことがあった。
いつも不機嫌なあの人にしては、とても良く口が動いていたけど、綺麗さっぱり教えてくれた内容を忘れちまったな。もともとただババアの意識を引きたくて、花に全く興味がないのに話しかけただけだからな。
「ふっ」
鼻を鳴らして自分自身を笑う。
「だろ、だからあのバンドは面白いんだよ」
「あ、あぁそうだな」
自身の話題に反応したと勘違いしたこいつが振り返り、無垢に笑いかけてくる。雲間の一瞬の切れ目から見えたこいつの顔が、あまりにも嬉しそうで、さすがに申し訳なくなる。
自分の好意を受け取って貰えないのにこいつは堪えないのだろうか。異質をギターケース越しに見つめる。
「ここだぜ、良い感じの店だろ!」
目的地に着いたようで親指で指し示す、とある店を見上げる。
そこは随分と見覚えのある所だった。
「ご注文は以上でよろしいでしょうか」
「うん、いいでーす」
「少々お待ちくださいね」
まだ記憶に新しい顔の彼が、注文したこいつだけでなく、黙って座っていた俺にも微笑み会釈をして去って行く。二日連続で同じ店に来るのはかなり気恥ずかしく、軽く会釈を返してテーブルの木目を見つめる。
「良い雰囲気の店じゃね?」
「そうだな、好きな感じだ」
そりゃ好きだよ、昨日ぶりだからな。返事に満足したのか注文したばかりなのに鼻歌を歌いながら、メニュー表を再度眺める。
今日は二人なのでカウンターではなく、店の一番奥にあるテーブル席に座った。話しをするなら他の客の邪魔にならない方が良いだろうと考えたからだ。
彼と話す機会は減ってしまうが、楽譜を読み込む際などはここで集中しながら、喫茶店の一部に溶け込みたい。そしてかっこよくコーヒーを啜ってみたいもんだ、飲めないがな。
「さてとそろそろ本題に入るぜ」
メニュー表を元の場所に立てかけ、真剣な顔でこっとを見据える。例の嫌いな目線に体を強張らせながら、俺も負けじと自分の意思を目線に乗せこいつに向き直る。