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1-1

初投稿作品になります。

至らない点など多々あるかと思いますが、温かく完結まで見守っていただければ幸いです。


「いらっしゃいませー」



 コンビニオリジナルのメロディに合わせて来店のチャイムが鳴ると、意識しなくても口が勝手に動き出す。すっかり身体に染みついた今となっては、もはや反射であり、プライベートで別店舗に寄った際もチャイムに合わせ挨拶をしてしまいかなり恥ずかしかった。


 とは言うものの数時間前までは何度挨拶したのか数えられる程度の来客しか居らず、日の出と共にようやく増えてきたところだ。


 この店は南向きなので日の出を直接拝むことはできないが、連なる大きなガラス窓から棚の隙間を縫って光を届けようとしてくれる。いつも黄金こがね色が差し込むこの瞬間は作業の手が止まり、どこからやってくるのか分からない一抹の寂しさと労働の充実感が混在し胸がいっぱいになる。


 それでも目を細めながら眺めてしまう。


 これから段々と人が入れ替わり立ち替わりやって来る。汚れた作業着、皺一つないスーツ、多種多様の私服、着古した寝巻などその人々の数だけ生活がある。


 俺はその中の何になるんだろうな。



「いらっしゃいませー」


「七番を二つくれる」


「承知しました」



 背後にあるタバコの棚から指定された番号の物を二つ取り出す。最近は番号で告げてくれる人が増えてきて助かる、銘柄じゃどれがどれだか全く分からないからな。


 裾にペンキが付いている作業着を着たおじさんに間違いがないか確認をしてからお会計をする。それだけで仕事の大変さが伝わってくるな。



「ちょうど頂戴します。ありがとうございましたー」



 よし、早朝バイトの人が来るまでもう一踏ん張りだ、立ち仕事で疲れた足腰に鞭を打ち、終わりになるまでぐっと耐える。どうせ痛みつけるなら自分よりも綺麗な女性がいい。


 長い針がピッタリと十二を刺し、七時になった。



「お疲れ様、レジ変わるわね!」


「お疲れ様です」



 元気いっぱいの張りのある声で、早朝バイトのおばちゃんが声を掛けてきた。朝日に負けず劣らずの明るい人柄と恰幅の良さが人から安心感を引き出す。ちょうどレジ待ちの人が切れたタイミングでラッキーだった、忙しいと切り上げずらいのが人間ってもんだ。


 これからの時間は出勤前や登校前に立ち寄る人で忙しさがピークに達するだろうから、「お先に失礼します」と心からのあいさつをして姿を消す。



「お疲れ様です、先輩は明日お休みですか?」



 物で溢れかえり所狭しとしている裏方でロッカーを開けたまま帰り支度をしていると、同じシフトの大学生くんが話しかけてきた。


 振り向けば目に掛かりそうな長めの前髪をセンター分けにセットし清潔感がありながら、若さの象徴であるニキビがおでこからこちらをのぞいている。そして夜勤後のこんな時間なのにさっきのおばちゃんと同等の、力強い発声だ。



「お疲れ、そうだよ。君はこのまま大学だろ?」


「はい、でも三限からなの、仮眠したら余裕ですよ」


「若いなぁ、頑張れよ」



 するべきことが分かっている人は眩しいな。こんな定職に就かないアルバイターの俺にも、先輩と呼び慕う率直さはどこで手に入れたのか。



「あれ、先輩またピアスあけました?」


「あぁ、昨日興味本位でな」



 ロッカーに置いておいた何個ものピアスを付け直していると、好奇心丸出しで聞いてくる。



「自分でやりました?痛いですか?」


「自分でだよ。別に、慣れているからなんともなかったな」



 俺には定番の耳たぶ以外にも軟骨など様々な場所に穴が空いているが、仕事中は規定に則り最低でも左右に一つずつしか身に着けていない。


 今日は昨日開けたばかりのアウターコンクを安定させるためそこを外さず、そのままにしていた。



「やっぱりいいな、俺も開けようかな」



 今の彼は耳たぶにすら穴が開いていない綺麗な状態だが開けるか悩んでいるようで、俺にも自分にも問いかけるみたいに呟く。



「安定するまでが面倒くさいな。それまでに引っかけたりすると痛いしな」


「開けたいけど痛いのは嫌なんすよね」



 気恥ずかしそうに笑う彼が幼く見える。



「そうそう。良い子は真似をするな」


「子って、もうすぐ二十歳ですよ」


「いいんだよ、子どもの間に子どもをやっておくべきだ」



 子供扱いは気に食わないお年頃みたいで、「確かに大学生で遊ぶ時間がありますけど…」と納得がいかないみたいだ。


 人生なんて本当に満ち足りている時は、冷静に足元が見れなくなるもの、それに気づけと人は言うけれどそんなに簡単じゃない。俺みたいな奴がどの口で言っているんだかな。



 二人で裏口から外に出ると朝日は色を変え、ダイヤモンドの様に眩しく、駐車場に停まったいくつもの車を光り輝かせていた。反射で目を細め、隣をみると彼も同じ顔をしてこっちをみていた。



「眩しいな、じゃまたな」


「はい、失礼します」



 お互い笑い合い、別れる。


 そのまま我が家へ向け帰路に就く。すっかり明るくなったが空気はまだ夜の余韻を残していて、自分の息で目の前が白く曇る。使い古して毛玉だらけの伸びきったマフラーを鼻までずり上げ、体を温めるためにも黙々と足を動かす。


 ちらほらとこれから通勤通学する人たちとすれ違う。数日前は顔も体も強張っていたが、週末である今朝は心なしかみんなの表情が柔らかく穏やかな気がするな。そんな人たちから空へと目を向けると、どこまでも鮮やかな青空がある。


 意味もなく大きく肺を膨らましては萎ませるのを繰り返す。朝の冷気が体の中を洗浄してくれるみたいで気持ちがいい。


 ダークグレーやクリームイエローなど色とりどりにひしめき合う住宅地の隙間を縫うように進むと、ものの数分もしないうちに木造アパートが現れる。


 良く言えば貫禄のある、悪く言えばおんぼろである、これが我が家だ。随分と築年数が経っており昔は白かったであろう外壁はカビが生えて灰色に見えるし、内装がリノベーションされているなんてことはない。


 だが俺にとってはこのくらいの築年数の方が落ち着くし、生活音が響きまくるのは住人みんなお互い様ということで。


 刑事ドラマのように蹴り飛ばしたらすぐに外れそうな、ガタガタうるさい木製の扉の鍵を開ける。これは施錠の意味があるのだろうか。



「うぅ、寒い寒い」



 玄関に入り扉を閉めると、気が緩んで声に出していた。一人暮らしなので誰かに届く訳ではないのに、こう口に出すと肯定された気持ちになる。


 キーキー軋む冷え切った廊下兼キッチンを通り、ワンルームの万年床に向かう。この家中が楽器となっておりギシギシ、キーキー、ミシミシ様々な音を出す。ピアノ同様低音から高音までお手のものだ。



 荷物を部屋の隅に下ろし朝日が差し込まないよう閉めてあったカーテンを、なおも念入りに閉める。この左右の布の境目から差し込む光が絶妙に、睡眠の邪魔をするんだよ。



「疲れているんだ、家でくらいゆっくりさせてくれ」



 一階の部屋を借りていて周りを二階建ての建物が囲っているので、あまり日当たりが良くない。それでも寝るとなるとさすがに眩しい。


 基本的に夕暮れに起き、夜に活動する俺からしたら昼間は寝るだけなので大した問題じゃないし、二階の部屋を借りるよりも家賃が数千円安いので助かる。


 最後の力を振り絞って昨晩脱いだ形のままで放置されていたスウェットに着替え、世界一落ち着く場所へ。


 布団に潜り込むと自分の体温でゆっくりと暖かくなり、生きていると実感する。ぬくもりに包まれたらどんなに抗ってもそれ以上の強い意志で瞼が幕を閉じようとする。面倒臭い風呂は明日の自分に任せるかな。



「おやすみ」 



 また誰にも届かず空に消えた。


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