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「 私、元の道を戻るわ!」
「無駄よ」
魔女の忠告も聞かず、女はドアの外に飛び出した。
深月は呆然と見送った。
しかし、5分も経たないうちに、女は帰ってきた。
「戻れなかったわ…」
ひどく憔悴している。
「だから言ったでしょ。さあ、自分の道に行って。そして、反省するのよ」
「反省…」
深月は呟いた。
最初の男と、この女は罪を犯したのだろうか。
道の先では、何が待っているのか。
「行きなさい。代償を払うの。わたしはあなたを裁きはしない。ただ、ここに用があるから居るだけ。本当の担当者を怒らせない方がいいわ」
魔女の言葉に女はベソをかき、ドアから出ていった。
再び、静寂が訪れる。
「私も?」
深月は思わず訊いていた。
魔女は首を横に振った。
「わたしから言うことはないわ。あなたが思い出して、決着をつけなさい」
彼女の、まるで深淵の如き瞳が、深月の眼差しを吸い込む。
決着とは何か。
心が泡立った。
またもドアが開いた。
ラフな格好の、20代前半のイケメンが入ってくる。
男は深月を見るなり、猛然と襲いかかった。
両手で首を絞めてくる。
「よくも! やってくれたな! お前がっ、お前がおれを!」
男の憎しみの激しさに、深月は怯えた。
身体が動かない。
男の指が、深月の喉に食い込む。
その時、記憶の扉が開いた。
「伸児!」
「そうだ、伸児だ! お前にっ、お前にー! 殺してやる!」
憎悪が燃える伸児の双眸に、忘れていた過去が映し出される。
バンドマンの伸児は深月が本命だと言いながら、複数の女性と関係を結んでいたのだ。
彼女たち全員が被害者だった。
事実を知った深月は、理性を失くした。
「ああ! 私は! 私は伸児を!」
「おお、そうだ! おれは、お前に刺された! だから、こんなところに!」
伸児の指に、さらに力が込もる。
息が苦しい。
「やめなさい」
魔女の冷静な声が響いた。
「同じ世界では、誰も2度は死ねないのよ」
伸児の指が緩んだ。
ようやく、まともに息を吸えた。
「おれは被害者だ! この極悪人に殺された!」
伸児が叫ぶ。
「そうね」
魔女が頷いた。
「彼女が来た理由はそうでしょう。でも、あなたも、ここに居るのよ。彼女と相討ちにでもなったの?」
「この人殺しと、いっしょにするな!」
伸児が気色ばんだ。
「私は」
深月が口を挟んだ。
「伸児を刺した後、自分を」
はっきりと思い出した。
自ら命を絶ち、審判を受けた後、この五差路に来たのだ。
「それなら、あなたが行く道は彼女とは違う道でしょう。あなたはあなたの罪の代価を払うといいわ。ここで彼女の首を絞めたって、無意味よ。それぞれの道を行き、罰を受ける。例え、それが永遠の責苦であってもね」
「くそ! おれは! おれは被害者なんだ!殺されるほどじゃなかった! お前が悪い! 全部、お前が悪い! 道の先で、おれより酷い目に遭え! 苦しめ!」
伸児は散々、深月を罵り、扉から出ていった。
静けさが帰ってきた。
「私…」
深月が震える。
「何もかも思い出しました。思い出したくなかったけれど…」
「そう」
「私が行くべき道も分かりました」
魔女の手が、深月の手に重ねられた。
思ったより、彼女の手は温かかった。
「わたしは、あなたが悪人とは思わない。少なくとも、あの男よりはね」
「ありがとう」
答えた深月は立ち上がった。
「私、行きます」
最後に魔女と見つめ合う。
ドアに向かい、外に出た。
来た道以外の道は4つ。
伸児を殺した自分が行くべき道は分かっている。
その先に待つ罰が、何なのかは知らない。
しかし、償わなくてはならないのだ。
魔女が言っていたように。
太った男は金に執着した罪を、事務制服の女は嫉妬の罪を、伸児は肉欲の罪を裁く道を進んだはずだ。
3人とは違う道を、深月は歩きだした。
魔女は深月を見送った。
ごく稀に記憶を失くした者が、ここを訪れる。
若い娘が罪の精算に旅立つ姿には、同情が湧いた。
(いつか、わたしも4つの道のどれかを進む日が来るのかしら?)
しかし、彼女は何の罪も犯していない。
あくまで自覚の範囲ではあるが。
そもそも、彼女は普通の人ではない。
膨大な魔力を操り、驚くほど長い時間を生きているのだ。
もしも裁きを受ける事態になったとしても、それはずっとずっと先のことだろう。
グラスの氷が解け、カランッと音を鳴らした。
おわり
最後まで読んでいただき、ありがとうございます(*^^*)
大感謝でございます\(^o^)/