5話 その見た目に反して悪戯っ子
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『ネオ・トーキョー』
その言葉が情報屋マリモの口から紡がれた瞬間、空気が変わった。
「うそ……ネオ・トーキョーって……」
リアが目を見開き、小さく呟いた。シェルも頷く。
「うんうん、聞いたことあるよぉ。宇宙一の娯楽都市! 一生かけても遊び尽くせないってウワサ!」
レイだけが、きょとんとした表情で二人を見ていた。
「ネオ・トーキョー? それ、何なんだ?」
「うーん、簡単に言うと……“人の欲望が詰まった都市”って感じ? ギャンブル、ゲーム、酒、あと……まぁ色々!」
「色々って……」
「そこに帝国の偵察部隊が出入りしてるっていうのが……いかにもって感じだね」
「もしかしたら、そこに“戦士”がいるかもしれないってことだな」
マリモはふわりと宙に浮かび直しながら静かに言う。
「真偽は保証しない。だが、お前たちが探している戦士ってやつの情報はそこから拾えるかもしれん」
礼を述べ、3人はマリモの家を後にした。
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外に出ると、先ほどよりも人通りが増え、空気がどこか華やいでいた。通りを歩けば、屋台の立ち並ぶ広場から甘い香りと笑い声が漂ってくる。
「なんだか、さっきまでの緊張感が嘘みたいな雰囲気だね」
リアがふっと微笑む。レイはふと目を細める。
「……ああ。なんか……暖かい」
「おっ!これは運命!さっきの宇宙食フェスの続きだよぉーっ!まだ食べてない屋台、いっぱいあるよっ!」
「ま、少しぐらいなら寄り道してもいいか」
三人は連れ立って屋台を見て回る。目の前で焼かれる謎肉串、ふわふわと浮かぶドーナツ、口に入れた瞬間味が変わるゼリー。騒がしさに混じって、どこか温かさのある空間。
「ねぇ、この星っていいね。いろんな人がいて、それでも一緒に笑ってる」
レイの言葉に、リアが嬉しそうに頷く。
「うん。こういう場所を守りたいって思うんだ。帝国に壊されたくない。だから……“戦士”を探してるの」
「……そっか」
そんな穏やかな時間は、唐突に終わりを告げた。
「――あれ?」
リアが眉をひそめ、腰のあたりを探る。
「ない! 財布が……ないっ!?」
「ええええ!?リアの財布!?ボクも探すよぉ!」
「あれって……」
レイが急に立ち止まり、鋭く周囲を睨んだ。
(……残留魔力……!)
誰かが、魔法を使った痕跡が空気に残っている。ほんのわずかな違和感が、レイの感覚に引っかかった。
(姿がないのか?いや、認識できないだけ…!)
即座に振り返る。そして――そこに、いた。
小柄な体型に猫の頭を模した着ぐるみ。マントを翻し、ゴツいブーツを履いた、謎の存在。
「……それ、リアの財布だな」
「ふぎゃ!」
レイがその手を掴む。
リアとシェルが駆け寄ってきたとき、ようやく二人もその存在を認識した。
「う、うそ……今、そこに……人?がいたの……?」
「ボクも今気づいたよぉ!なんで!?レイだけ……」
「認識阻害の魔法。見えなくするんじゃなくて、“気づかれないようにする”類のやつだ」
「なっ……!魔法!? なんでこんなところで……!?」
リアが驚愕する。先程まで話していた戦士が目の前に現れたのだ。それ以上に気を付けなければならないことがある。今魔法を使えば帝国に感知される恐れがある。
「この子……多分、“ドール族”だよぉ。あの猫の頭もブーツも、彼らにとっては服みたいなもので中の姿を見たものはいないんだよ!」
「ふぅん、バレちゃったなら仕方ないか~」
その声に振り向くと、ドール族の子はにやりと笑っていた。性別も年齢も分からないその外見とは裏腹に、どこか小悪魔的な雰囲気を纏っている。
「ちょっとだけ、悪戯しようと思ったのにな~……あ、そうだ!」
そう言うと、指をぴっと遠くに差す。
「ねえ、あそこに、帝国兵がいるよ」
「……は?」
「それがどうかしたの?」
「ボクらって魔法が使えるんだよねー?そしてあそこに帝国……」
ドール族の子は、大きく息を吸って――
「――ここに、魔導人がいまーす!」
「あっ!」
リアが慌てて止めようとした瞬間、ドール族の子は再び認識阻害の魔法を展開し、その場からスッと姿を消した。
「逃げた!?」
「その前に、囲まれるぅぅー!!」
気づけば、屋台街のど真ん中で、十数人の帝国兵に囲まれた。
「動くな、異端者ども」
「……ちょっと待って、誰が異端者よ!」
リアが反射的に言い返すが、兵士たちは一切動じない。
「魔力反応を確認済みだ!そこの男、お前やけに落ち着いてるが?…お前が一番怪しいな」
「お兄ちゃん、人気者〜……」
シェルが小さく呟いた。
「そこのロボットも解析不能。警戒レベルを引き上げる」
「ちょ、ボク!? ボクはただのかわいいおともロボだよぉ!なんにも悪くな──」
「無駄口を叩くな。抵抗すれば即排除する」
帝国兵たちが一斉に銃を構え直す。光学サイトがレイに集中する。
「……数が多すぎるな」
レイがぽつりと呟く。
「レイ、逃げた方がいいかも。こっちは民間の街中だよ? 周りに被害が及ぶかもしれないし……」
リアが焦りをにじませて言う。
だがそのとき、兵士の一人が無線機に手を伸ばした。
「司令部へ。対象確保に向けて拘束開始す──」
レイが指をクイッと兵士に向けると、その指先に追尾するかのように近くの石が無線機を貫いた。
「ぐはぁ……!」
「俺は異端者じゃない。魔法を扱う魔導人だ!」
レイの右手に淡く雷のような魔力が灯る。
「「「無詠唱……!?」」」」
「ほら、魔法だぞ?帝国が大嫌いなやつ。撃つのが早いか?それとも……焼かれるか?」
兵士たちが一瞬たじろぐ。訓練されたはずの身体が、レイの異様な気配に反応していた。本来魔法は発動時間さえ抜いて考えれば恐ろしいものだ。殲滅作戦に参加していない兵士は魔法に対しての恐怖が払拭されていない。
「ボクも応戦するよぉ!」
シェルが兵士に向かって手の甲からレーザーを照射する。「ピュンピュン」と言いながら、何かを打つ真似をする。シェルの中でビームが出ているのだろう。
「あのねぇ、シェル。今はふざけてる場合じゃないの!」
リアも、こめかみに青筋を浮かべながらシェルを怒った。
「…………」
数秒の沈黙。
そして帝国兵が叫んだ。
「排除対象確定! 開戦──」
「……ならこっちも遠慮しない!」
レイが地面に魔法陣を展開し、青白い電撃が一気に拡がった。銃口から発射された弾丸から弾丸へ流れて、粉々にしていく。レイは雷を操作するようにクルっと一周させ、電撃はさらに兵士達に届いた。
轟音と閃光が屋台街を包む。帝国兵たちは一瞬で気絶、焼け焦げた装甲だけが残される。
「うっ……被害は最小限……セーフ!」
シェルが少し焦げた屋台を見て拍手をする
「まったく……やりすぎ。ちょっとかっこよかったけど」
リアが息を整えながら言った。
レイは魔力を収束させ、静かに辺りを見渡した。
「……誰も死なせてない。まだ大丈夫だ」
こうして3人はその場を離れ、騒がしくも懐かしい商業惑星ヴァルナを後にした。
「そうだ! あの子……ドール族の子って、やっぱり魔法を使ってたよね?」
レイも頷く。
「ああ。あれは間違いなく“認識阻害”の魔法だ。気配すら読めないなんて、相当な訓練を積んでる」
シェルも真剣な表情で口を開く。
「うんうん、ボクたちが気づかなかったのに、レイだけが察知できたってのが魔法の証拠だよね」
リアが目を細める。
「……まさか、“戦士”?」
「可能性はある」
レイは壁に背を預け、静かに言った。
「俺の故郷のアークではあんな魔法見た事ない。あの子は俺より魔法の扱いに慣れてた。しかも、人目を避けてるような振る舞い……戦士って可能性はある。仲間がいて戦士として動いていたのか、ただ生きる為にスリという犯罪に手を染めてる魔導人か」
「えー、でもさぁ。あのドール族の子、声が子供っぽかったよ!そんな子が戦士ってあり得るのかなー」
「……むしろ、それが偽装なんじゃない?」
リアの声が、少しだけ鋭さを帯びる。
「幼い声を出して“子どもっぽさ”を強調して……本当の力を隠してる。帝国の兵士にすら正体を気づかせないようにしてるのかも」
「……ありえるな」
レイが真顔で言うと、シェルが唸るように言った。
「そういえば……“あの子”、最後に言ったよね」
――「ここに、魔導人がいるよー!」
「帝国兵を使って逃げるなんて、初めてじゃないだろうな。それに余裕があった。とても幼い子供がやるような事じゃない」
「……あたしたちを試したのかな」
リアがポツリと呟いた。
「この場を切り抜けられるか……もしくは、レイがどれだけの力を持ってるか。それを試した……」
「あの子、俺と視線が合ったとき、怖がってなかった。驚いただけ。自分が捕まえられたと微塵も思っていなかったのかも」
シェルが小さく震えながら呟く。
「なにそれ……こわっ。でもちょっと、ワクワクする……かも」
「レイ、あたし思うんだけど……あの子、またどこかで現れると思う。というか、この先戦士を追うならあの子は見つけないといけないよね」
「だろうな。何も知らないってのはなさそう」
レイの口元がわずかに笑みを浮かべた。
3人はこの商業惑星ヴァルナで少しずつ戦士について近づいていると感じていた。
そして、三人は急いで宇宙港へと向かった。
「次の目的地は……」
リアが目を細め、画面に映る宙域を見つめる。
「“ネオ・トーキョー”だね」
その瞬間、イグナス号が発進した。
銀河で最も騒がしく、最も怪しい都市へ――彼らは、新たな戦いと出会いを求めて、飛び立つ