2話 その星の王
ちょっと長くなりました。すみません
星の海を滑るように航行する、小型飛行船〈イグニス号〉。
薄いガラス越しに無数の恒星が煌めき、船体の中では慌ただしい足音が響いていた。
「リアぁ~! またセンサーが反応してるよぉ! これ絶対故障してるよ!」
120センチほどの小さい人型ロボット『シェル』が頭を抱えて甲高い声をあげる。
モニター画面には丸い目のライトが赤く点滅しており、異常信号を示していた。それは遥か先の数千億光年先に魔力反応があったことを知らせるものだった。
「また誤作動? それとも……」
操縦席の椅子をくるりと回し、銀髪の少女――リアはモニターを覗き込む。どこか品のある立ち振る舞いだが、飾り気のない服装と口調がそれを覆い隠していた。
「これは……こんな遠くから魔力反応を拾うってことは、すごい戦士がいるかもね」
「ええっ!? この宙域、未探査エリアだよ!? そんなとこに戦士がいるなんて……絶対誤作動だよ!」
「でも、これだけ濃い反応なら、探してた戦士がいる可能性は高い。着陸準備お願い、シェル」
「むぅ~ボク、故障で動けないかも。あーもうムリだ〜。これは完全にバッテリーの限界かもぉ……」
「はいはい。文句はあと。補助操作お願いね」
(全く!シェルはバッテリー駆動じゃないでしょ!)
リアは淡々と、だがどこか期待に満ちた目で計器を操作する。
「じゃあ、いっちょ――未知の惑星に、お邪魔しよっか!」
●
荒廃した地表。空は黒雲に覆われ、赤黒い雷光が走っていた。イグニス号が重く軋む音を立てて、無名の惑星へと着陸する。
「ここが……魔力の発信源?」
リアがタラップを降り、足を踏み出す。足元はひび割れた大地、遠くで奇怪な鳴き声が響いている。
手持ち型魔力探知機を見ながら周囲を確認する。
「空気は……一応、吸える。けど……」
「わぁぁぁ! こ、これ絶対あかんヤツだよ! 匂いも変だし、なんか、こう、命が危ない感じがするんだよぉ~!」
シェルがリアの後ろにくっつきながら、震える声でつぶやく。
「ちょっと!変なところ触らないでよ!この星に置き去りにされたいの?」
「ボクに性別なんてないから大丈夫だよぉ!そんなことより早く探索して終わらせよぉよ!」
歩きながら、ふと地面に落ちた黒いシミに目が留まる。さらにその先、肉片のようなものがちらついていた。2人は見合って生唾を飲み込み、その肉片を辿っていく。
「これは……魔獣の死体?」
「しかも……これ、刃物で切られてる跡だよぉ……誰かが戦ってたあと?でも傷跡というより捌いた……感じ?」
「まさか。魔獣なんて食べたら死んじゃうんでしょ?」
警戒を強めながら歩を進める。
リアが銃を構えた瞬間、微かに何者かがこちらは疾走する音が聞こえた。
――ギャアアアア!!
「っ!」
巨大な単眼、ねじれた触手、四足歩行の魔獣が突進してきた!
「リアあああああっ!!」
シェルが叫ぶと同時に、リアの指が引き金を――引く前に。
氷の槍が、一直線に魔獣の頭部を貫いた。
ズゥウウン……と、凍りついた魔獣が倒れる音だけが、辺りに響く。
「……誰?」
振り返ると、そこには一人の青年が立っていた。
こんな星で上半身は裸でズボンは魔獣であろう皮で作られており、その上半身は筋骨隆々だが幾多の傷がある。血の乾いた匂いが漂い、口元にまで赤黒い汚れが付着している。まるで先ほどまで何かを喰らっていたかのように。
そしてその瞳は鋭く、揺るぎなくこちらを見ていた。
「……人間?しかも……」
低く、しかし感情のこもった声。
その姿に、リアの目が見開かれる。
(まさか、こんな星に人が?それにさっきのって魔法!?)
「リア……! これ、魔力量……計測不可!?」
「……っ、あなた、まさか……」
リアが息を呑むと、青年――レイは魔獣から視線を外しゆっくりと顔を上げ、二人を見た。
その視線に宿るのは、警戒だった。
「……君達、どこから来た?」
その問いに、リアは一歩前に出る。シェルは彼女の背後に隠れたままだ。
「私たちは、宙域の外から来たの。あなたの魔力を感知して……“戦士”を探してる途中だった」
「戦士……?」
レイの目が細められる。
「そう。でも、こんな星に人がいるなんて思ってなかった。どうしてここに?」
リアの問いに、レイは目を伏せた。わずかに顔を歪める。
「……いつだったか、帝国の侵攻から逃れて故郷の星から脱出した。だけど乗ってたポッドが不時着して……そのままここで脱出もできないまま生活している」
「この星に……一人で?」
「魔獣だらけの地獄だった。毎日が命懸け。何度も死にかけた。だけど、生き延びた。生きて、戦って、喰って……強くなった」
リアは唇を引き結び、黙ってレイの傷だらけの体を見る。言葉がなくても、彼がどう過ごしてきたかは想像できた。
「……あなたが、生きててよかった」
その声はどこか震えていたが、喜びが溢れていた。
だがレイの表情は反対に強張る。
「あなたの力が必要なの。“戦士”として、一緒に帝国を止めてくれる人を探してるの」
「リ、リアもしかして仲間にする気なの?」
レイの目に、わずかに影が差した。
「戦士と呼ばれる物の説明を受けていないし、それに君は……帝国の人間だろ」
彼の脳裏に、家族を、友を、すべてを焼き払った“帝国”の艦隊が浮かぶ。
リアはその様子をじっと見つめていた。
「そう、私は帝国出身。でも帝国のやり方に疑問を感じてる。だから、力を貸してくれる人を探してるの。それにあなたの星で起きたことは想像がつく。ごめんなさい。謝ってどうにかなるとは思わない。それでも謝らせてください」
「リア……」
「今さらそんなことを言われても……それに戦士ってのは?」
「私も噂で聞いた話だけど、帝国の襲撃から逃げた魔導人がそう名乗ってるみたい。帝国に抗う組織を結成して」
そのことを聞いてレイは少し目を見開いた。同族達は皆死んでいたのだと思っていたのだろう。
そしてこんな惑星に1人で戦っていたなんて…星から出るすべもなく希望すらなかったのだろう
「……この星にいても、未来はないと思う。けど、あの帝国を――潰せるなら、やる価値はあるかな」
「じゃあ……!」
「仲間になるとは言ってない。とりあえず協力はする。君達の言う帝国を本気で止めようとするなら仲間になってもいい」
「了解!最初はそれで十分だよ!」
「むぅ~……リア、ほんとに大丈夫ぅ? さっきまで口から血流してた人だよ!?」
「強い人は大抵そういう見た目してるでしょ? 映画だと」
「その理屈、変だよおおお!」
リアとシェルのやり取りに、レイがクスッと笑った気がした。
「私はリア!この子は私の相棒のシェルよろしくね?」
リアは握手のつもりだろう、手を差し出した。
少し遅れてレイもその手を握る。
「俺はレイ。よろしく!」
●
イグニス号に再び火が灯る。
リアの操縦で、小型飛行船がゆっくりと浮上する。レイは後部座席に座りながら、窓の外を見ていた。
この星――思えば最悪の星だった。
魔獣に満ちた地獄だったが、彼を“戦士”へと鍛え上げた場所だった。
「さよなら、俺の第二の故郷」
呟いた声は、もう誰にも聞こえなかった。
飛行船は、星の引力を振り切り、宇宙へと飛び立っていく。そして新たな戦いの舞台へ――運命の歯車は、いま静かに動き出す。
頑張った