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恋人>幼馴染

掲載日:2025/10/15

鏡に映る俺は本当に普通で、そんな自分がすごく嫌。

俺にはなにもない。

秀でたものが欲しい。

例えば。


深來(みらい)、そんなに鏡見ててもなにも変わらないぞ」

「…わかってるよ」


昨日、ふたりで飲んでいてそのままうちに泊まった幼馴染の一葉(いつは)

こいつはたくさん持っている。

誰もが見惚れる外見だけじゃなく、頭もいい。

一葉がそこにいるだけで場が華やぐ。

纏っている空気からして特別なやつ。


「一葉、身体交換しない?」

「……なんで」

「一葉になりたいから」

「………はぁ…」


でっかい溜め息だな。


「深來は俺になったって、自分のないところにばっかり目がいって結局ないものねだりすると思うけど?」

「そんなことない。一葉になれたら俺は完璧」

「それって俺が完璧ってこと?」


頷く。

だって欠点が見当たらない。

いいとこだらけ。

一葉になれば俺だって自分が好きになれる。


「じゃあ、そんな完璧な俺のこと、深來はどう思ってる?」

「羨ましい」

「他は?」

「いいものしか持ってない」

「…あとは?」

「一葉になりたい」


一葉になれたら、絶対俺の人生が変わる。

ほんと、魂とかすーっと抜けて一葉と身体交換できたらいいのに。


「俺はそのままの深來が好きだよ」

「だめだめだめ、俺なんてほんとなにもない」


幼馴染だから優しいこと言ってくれるけど、そういうの抜きにしたら絶対“深來なんかだめ”って思うに決まってる。


「なにかがあるからとか完璧だからとかじゃなくて、深來が深來だから好きだって言ってんだけど」

「…?」


俺が俺だから?

なにが言いたいんだろう。


「なあ…俺、いつまで深來の幼馴染なの?」

「え? 幼馴染、嫌なの?」


そばにいるのも辛いくらい俺が嫌なのか。

そうだよな…迷惑ばっかりかけてるし、いつでも俺の足りないところを補ってくれるのは一葉だ。

昨日だって、酔い潰れた俺を介抱して着替えさせてくれたりした。

面倒になったのか…なるよな。


「……深來、絶対意味わかってねえだろ」

「意味? 幼馴染でいるのが嫌になるくらい俺が面倒で邪魔ってことでしょ?」


うん、口に出したらしっかりへこんだ。

事実だからしょうがないんだけど、ついに一葉にも見捨てられるのか…。

幼馴染まで失うって…本当になにもなくなるな、俺。


「恋人になれるのはいつかって聞いてんだけど」

「こいびと?」


こいびと…って恋人か。

それはわかったけど一葉の意図がわからない。


「一葉は誰の恋人になりたいの?」

「今、俺は誰を見てる」

「? 俺だね」

「つまりそういうことだ」


そういうことってどういうこと?

一葉は幼馴染が嫌で、意味がわかってないだろって言って、いつ恋人になれるのかって…?

んん?

それで俺を見てて…?


「わからない。降参。教えて」


なんか変な表情してる…一葉ってこんな顔もできるんだ。

それでもかっこいいから、やっぱり一葉になれば俺は自分を好きになれるだろう。


本多(ほんだ)深來」

「なに?」


俺がどうした。


「俺を本多深來の恋人にしろ」





一葉は頭がおかしくなってしまったんだろう。

だってそうじゃなければ俺の恋人に立候補するなんてありえない。

飲み過ぎ?

二日酔いだったのかも。

それで変なことを口走った、と。


…いや、一葉が酔ったところなんて見たことない。

多少酔ってもいつもしっかりしてて俺が介抱してもらうんだから、二日酔いだからってわけのわからないことを言うわけがない。


じゃあなに…?


「……わからない」


パソコンのキーを打ち続ける。

また間違えた。

今日はいつも以上にバックスペースキーと仲良しだ。


わからない…考えても考えてもわからない…。


こういうときは。


『俺の恋人になってどうするの?』


直接聞く。

メッセージを送信。


『俺、だめなところしかないよ。楽しくないよ』


送信。


『一葉にはもっといい人いるよ。俺なんかだめだよ』


送信。


『幼馴染でいたくないの? なんで恋人なの? 俺なんかを恋人にしたら一葉が恥ずかしいよ』


送信。


「……」


すぐ既読になるのに返信はこない。


『俺のどこがいいの?』


更にメッセージを送ろうとしたらスマホが震えた。

一葉から着信。


「はい」

『深來さ、すぐメッセージ連投してくんのやめろ。まだ混乱してんのか』

「…俺のこと、よくわかってるね」

『当たり前だろ』


幼馴染だもんな。


『深來が好きなんだから』

「!?」


幼馴染だからじゃないの!?


「す、好きとかそんなにはっきり言うなよ…」


顔が熱くなってきて、なんとなく小声になってしまう。

でも一葉は更に声を大きくする。


『言わなきゃ伝わらないやつには言い続けるに決まってんだろ』

「そ、そういうもの?」

『言っても伝わってねえみたいだから、今夜も深來んとこ行く』

「えっ!?」

『俺の気持ち、わからせてやる』


プツッと通話が一方的に切れる。

手がぷるぷるする。

『わからせてやる』ってなに?

俺、なにされるの!?






「よお」

「ほんとに来たんだ…」

「行くって言っただろ。それも伝わってなかったのか」

「いや、伝わってたけど…」


もごもご。

変だ…一葉相手なのにめちゃくちゃ緊張する。

なにをわからせられるんだろう…。


「とりあえず、キッチン借りるから」

「は?」

「メシ、まだだろ」

「あ、うん…」


そういえばお腹空いたかも。

一葉は持って来たエコバッグから食材を出していく。

わからせるって、料理もできるってこと?

今更教えてもらわなくても知ってるけど。

俺が不器用で野菜の皮むきも満足にできないのに比べて、一葉はなんでも器用にこなす。

…やっぱり完璧じゃん。


「手伝わなくていいからな。座ってろ」

「…うん」


俺が手伝うとせっかくの食材が無駄になるから。

また落ち込む。

なんかほんと…なにもない男だな、俺。


「またなんか勘違いしてるだろ」

「勘違いって?」

「手伝わなくていいって言ってんのは、俺が作ったものを食べてもらいたいからだ」

「なんで?」

「胃袋掴むため」


胃袋…を、掴む?

一葉って時々おかしなことを言う。

確かに美味しいものは好きだけど。


「心配すんな。深來の苦手なものばっか作ってやる」

「え、嫌!」

「二十四にもなって好き嫌いすんな」

「……」


そういえば一葉は昔からなんでも綺麗に食べてた。

完璧な男だな…。


「一葉、やっぱ身体交換して」

「できねえよ」

「できないかなぁ…一葉になればプチトマトも美味しく食べられるんだろうな…」


大きいトマトはいいんだけど、プチトマトのぷちゅっと潰れる感じがだめで食べられない。


「プチトマト、たくさん買ってきたから慣れるまで食え」

「やだよ、意地悪! 他のものたくさん買ってきてよ!」

「パプリカもたくさん買ってきた。人参も大根も」

「全部やだ!」


本気で俺の苦手なものばかりじゃないか。


「人参と大根はサラダにしてね?」

「安心しろ。しっかり火通してやる」

「うえ…」


人参と大根は火を通すと甘くなるのが苦手なのに…知ってるくせに!

最悪のフルコースが出来上がるんじゃないか。

そんなんで胃袋なんて絶対掴まれない。


「……それでいいんだよ」

「え?」

「深來はそのままでいいんだよ」


どういう意味?


野菜を切る音が小気味よい。

目を閉じてその音に聞き入る。

なんか焼いてる。

いいにおいがしてきた。

お腹が鳴った。

お皿を出す音、カチャカチャ。

それくらいは手伝ったほうがいいかな。

でもこうしているのが心地好くて、目を開けられない。


ん?

いいにおい?

そういえば俺の嫌いなにおいがしない。


「…?」


不思議に思って瞼を上げると、目の前に一葉の顔があった。


「!?」

「なんだ、起きてたのか」

「なんだってなに!?」

「寝てんのかと思った」

「寝てたらなにしてた!?」

「なにも? 寝顔は見るけど」

「見てどうすんの!?」

「うーん…秘密?」


秘密ってなに。

聞きたいような聞きたくないような。


「できたぞ。食おう」

「あれ…」


俺の好きな牛ステーキだ。

しかも脂身の少ないところ。

プチトマトはサラダにのせてあるけど、カットしてあるからぷちゅっとしない。

人参も大根もサラダ。

パプリカはめちゃくちゃ細かく切ってある…。

あと、美味しそうな雑穀入りパンやスープ。


「そんだけやったんだから食えよ?」

「うん…」


なんか…食べる前から色々掴まれたかも。


「やっぱり一葉は完璧だな…俺も一葉だったらよかったのに」

「だからなんなんだ、それ。絶対嫌だよ」


間髪をいれずに返されてちょっとむっとする。

ステーキはやっぱり美味しいな。

お肉分厚いし。


「なんで? 俺も一葉だったらこんなに面倒かけないよ?」

「馬鹿か。深來も俺だったら、俺は誰を好きになったらいいんだよ」

「………は?」

「ほら」


カットしたステーキを口元に差し出される。


「……え、なに?」

「食え」

「いや、自分で食べられるし」

「いいから口開けろ」


おずおずと口を開けると、肉がそっと口内に運ばれた。

美味しい…けど、なんか……なんなんだ。


「ほんと、深來って馬鹿」

「…悪かったな」

「悪いとは言ってない。そういうとこも気に入ってる」

「はい?」


どういうこと?


一葉の手が伸びてきて、唇の端を指で拭われる。

その指についたソースを一葉が舐める。


「自分に自信がない深來でも、そのまま好きだって言ってんの。ほんっと伝わらねえやつだな」


自分に自信がなくてもいい?

なにそれ。


「でも、やっぱり一葉みたいな完璧な人間のそばにいたほうが幸せじゃない?」

「俺のどの辺が完璧なんだよ」

「顔。身長。スタイル。頭脳。能力。料理もできるし面倒見もいい。お酒も強い」

「それは深來の見る方向が間違ってる」

「? 見る方向?」


顎を持たれて、ぐいっと顔の向きを変えさせられる。

正面から見ていた一葉がちょっとずれる。


「角度変えて見てみろ」

「どの角度から見てもかっこいいよ」

「そういうことじゃねーよ」


顎から手が離れて、一葉がまた食事を再開するので俺も食べる。

触れられた場所が熱を持ってる気がする。


「一次元で見るなって言ってんの。立体で見ろ」

「???」


頭がいい人の言葉はよくわからない。

俺が一葉になれば、こういう難しいこともすーっと理解できるんだろうな。

一葉もそのほうが楽しかっただろう。

同じレベルで話ができるほうが絶対いい。


「片付けは俺がやるよ」

「いい。シャワーでも浴びとけ」

「……わかった」


優しい。

言われたとおりにシャワーを浴びて戻ると、一葉が交代でシャワーを浴びる。

泊まるんだ…。

布団出しておこう。

と思ったらすでに出してある。

もうすっかり一葉専用布団だ。

その一葉専用布団に寝転がって天井を見る。

一葉の見ている景色。


「そっちで寝んの?」

「違う。一葉の見てる景色だなって思って見てただけ」


シャワーを浴び終えた一葉がこちらを見ている。

かと思ったら布団に近付いてきた。


「深來も違う。俺の見てる景色はこっち」


ころんと身体を転がされて、ベッドのほうを向かされる。


「? なんでベッド?」

「ベッドじゃなくて、ベッドに寝てるやつを見てる」

「……」


ベッドに寝てるやつって…俺?

まさか泊まりにきてるとき、一葉って俺のこと見てるの!?


「え、え…?」

「気付いてないんだろうとは思ってたけど」

「は? なんで…?」

「まだ『なんで』とか言ってんの? 自分に自信ないのはいいけど、鈍過ぎるのはなんとかしてくれ」


鈍過ぎるって、俺はそこもだめなのか。

また新たな自分を発見した…だめなところ。

一葉は俺のことをびっくりするくらい知ってる。


なんで?


いや、理由は…なんとなくぼんやりわかるんだけど。

わかっても『なんで』が出てしまう。

色んなことに対して『なんで』。


「一葉はなんで俺の恋人になりたいの? 恋人になってどうするの?」


そういえばメッセージの返信なかった。


「俺、だめなところしかないよ。楽しくないよ? 俺なんかだめだよ」


無言。


「なんで幼馴染でいたくないの? なんで恋人? 俺のどこがいいの?」

「また混乱してんのか」

「……」

「混乱を鎮めるためだったら答えない」


一葉が俺の隣に横になって背中をくっつけてくる。

ただ背中が当たってるだけなのにどきどきする。

これも『なんで』。

身体を起こして一葉の顔を見ると、一葉は目を閉じている。


「ねえ一葉、教えて」

「教えて欲しい理由は?」

「え?」

「なんで知りたいの?」


また『なんで』…。

知りたい理由、教えて欲しい理由。


「気になるから」

「好奇心でも教えない」

「じゃあなんなら教えてくれるの?」


珍しく意地悪なことを言う一葉の肩に手を置いて揺する。

その手をぐっと掴まれた。


「深來が俺を知りたいって思ってくれてるなら答える」

「……知りたいよ」

「だから好奇心だろ」

「……」


手をぱっと離されて、また俺は肩を揺する。

好奇心かもしれないけど、でも一葉ばっかり知ってて俺は知らないのも嫌だ。

それとも、俺に話したってわからないって思われてるのかな。

悔しい。

でも聞いても一葉の思うとおり、全くわからないかもしれない…けど!


「一葉を知りたいよ。教えて」


一葉が俺をじっと見る。

真剣な視線が絡みついて、顔が熱くなってくる。


「……後悔すんなよ」

「え…? あ…!」


腕を掴まれて、布団に押し倒された。

慌てて起き上がろうとしても、一葉が覆いかぶさってきて動けない。

それでも身体を捩ろうとしたら体重をかけられて、頬に一葉の唇が触れた。


「!!」

「ほんとに深來って馬鹿」

「馬鹿だよ! 馬鹿でいいからどいて!」

「いつもそれくらい開き直ってりゃいいんだよ」


一葉はあっさり俺の上からどく。


「馬鹿でいいんだよ。なんもなくていいんだよ。それでも有り余るくらいなんだから」

「? なにが?」

「鈍過ぎ」

「え?」


一葉の言うことは難しくてよくわからない。

俺のレベルに下げて話をしてくれないかな。


「あーあ、俺のほうが馬鹿っぽい」

「一葉は馬鹿じゃないよ」

「酒飲む」

「なんで急に?」

「素面じゃやってらんない」


立ち上がってキッチンに向かう一葉を追いかける。


「どんなに飲んだっていつも酔わないじゃん」

「深來が弱過ぎるだけ。あと自分のペースを知らない」

「ペース?」


どういうこと?


「もっとゆっくり飲め。いつも深來は飲みたい勢いだけで飲んでる」

「そうかな。じゃあ俺も飲むから俺のペースっていうの、教えて?」


一葉のシャツを引っ張ったら睨まれた。


「なに?」

「そういうこと、俺以外にすんな、言うな」

「そういうこと?」

「鈍いのも無自覚も勘弁してくれ…」


缶ビールを開けてぐーっと飲んでいる一葉。

一気に一缶飲んじゃってる。

これが一葉のペース?


「俺も飲む」


真似をしようとしたらビールの缶を取り上げられた。

一葉がすごく怖い顔で俺を見てる。


「だから自分のペースを知れって言ってんだろ」

「うん。わからないから一葉の真似してみようと…」

「俺は俺、深來は深來。真似すりゃいいってもんじゃない」


溜め息と一緒にビールが手に戻された。

とりあえず…一口飲めばいいのかな。

一口飲む。


「……」


もう一口飲む。


「……」


もう一口、と思ったところでまた缶が取り上げられた。


「だからさ」

「ちょっとずつ飲んでるよ?」

「ちょっとずつでもその速度で飲んでたら深來はすぐ潰れる」


難しい。

冷蔵庫の前に一葉が座り込むので、俺も隣に座る。

俺には色々言いながら、一葉は冷蔵庫から次の缶ビールを出している。

なんだかずるい。


「そんな目で見んな」

「…だって」

「俺といるときだけ潰れてもいい。ほら」


また缶が手に戻された。

潰れてもいいって言うけど、そう言われると気を付けて飲まなくちゃって気になる。

俺がちびちび飲んでいたら一葉も今度はゆっくり飲んでいる。


「ほんと、深來って手がかかる」

「…ごめん」

「……それが嬉しい俺も大概だな」

「嬉しいの? 変なの」


一葉が髪をぐしゃぐしゃ撫でてくれて、それがなんだか落ち着く。

ぐしゃぐしゃになった髪を、今度は丁寧に梳いて直してくれる。


「俺だって苦手なものあるし、できないことがある」

「そうなの?」

「深來はよく知ってるだろ」

「知らないよ」


一葉って完璧じゃないの?

でもひとつやふたつ欠点があったってやっぱり一葉になりたい。

こんな俺よりもずっといい。


「犬が苦手。りんごが苦手。ブラックコーヒーが苦手。他にも山ほど苦手なものもできないこともある」

「犬…」


そういえば一葉は犬がだめだっけ。

小さい頃、近所に庭で中型犬を放し飼いにしている家があって、脱走したときに一葉が追いかけられてそれから苦手だった…今もなんだ。

でもあれは…。


「あれって、一葉に遊んで欲しかっただけだよね」

「結果的にはそうだったけど、あのときの俺にはすげえ恐怖だったんだよ」

「そっか…よしよし」


一葉の頭を撫でたら笑われた。


「もう酔ってんのか」

「酔ってないよ! ちょっと気分いいけど」

「気分いいくらいの飲み方にしとけ」

「うん…」


ほんとに優しいし、俺のことよく見てる…。

でもそれって、俺が好きだから…なんだろうな。

俺ってもしかして、ずっと一葉に見守られてた…?


「…一葉って変」

「変でいい。完璧じゃないってわかっただろ。もう俺になりたいなんて考えんな」

「無理。それでもやっぱり一葉がいい」


ぴたりと一葉の動きが止まる。

俺はビールをちびちび飲む。


「…俺がいいの?」

「うん。一葉がいい」

「どういう意味で?」

「え?」


どういう意味?


一葉に視線を向けると、すごく真剣な瞳で俺を見ている。

なんでこんなまっすぐ俺を見るの?

どきどきする。

顔が熱い。


「えっと…」

「顔赤い。酔った?」


頬を撫でられて、頭の中まで熱くなってくる。

どきどきはバクバクになってる。


「…えーっと…」

「深來、ほんとにそんなに鈍い?」

「…?」

「俺が今、なにしたいかわかってんだろ」


指で唇をなぞられてますます顔に熱が集まり、くらくらする。

一葉の顔がゆっくり近付いてきて、ぎゅっと目を閉じる。


「交換」

「え?」


手からビールの缶を取り上げられて、一葉の持っていた缶が握らされる。


「これくらい、いいだろ」


そう言って俺の飲んでいたビールに口を付ける。


「直接したいの、我慢してんだよ」

「!!」


もう無理、と一葉から視線を逸らして手の中の缶ビールの飲み口をじっと見つめる。


「…飲めば?」

「……」


飲めばって……飲めばって!

だってこれ、一葉が飲んでた缶で、一葉が口を付けた缶で………。


恐る恐る飲み口に口を付けてビールをこくりと飲む。


「……おいしい」

「そりゃビールはうまい」

「……」


ビールは美味しいものだけど。

でも違う。


心にぽっとなにかが灯った気がした。






一葉って俺が好きなんじゃないの?

そう言ってたよね?


左野(さの)くん、相変わらずかっこいいー!」

「ありがとう」

「ねえねえ、今彼女いるの?」

「今度ご飯食べに行かない?」

「左野くん、写真撮っていい?」


いーっぱい女の人に囲まれて楽しそうじゃん!!


中学三年のときの担任の先生が定年を迎えるとのことで、どうせなら集まれる人は集まろうって同窓会。

中三のときは一葉と同じクラスだった。

それで一緒に会場の居酒屋の個室に入った途端に一葉は女子に囲まれた。


なんだよなんだよなんだよ。

一葉なんて知らない!


「本多、久しぶり」

「山野辺…久しぶり。なんか全然変わらないね」

「本多も」


優しい笑顔も変わらない、クラス委員だった山野辺が俺の隣に座った。


「左野、相変わらずだな」

「うん…」


ほんと相変わらずだよ。

まあ、そういうの無視できないのも一葉のいいところなんだけど。

昔は羨ましかったな。

でも、今もやもやするのは羨ましいからじゃないみたいだ。


ぐっとグラスのビールを飲み干す。


「へえ、本多って結構飲めるんだ?」

「…飲めるわけじゃないけど」

「俺が注ぐよ」


山野辺が俺のグラスにビールを注いでくれる。

また飲み干す。

更に注いでくれる。


「本多、大丈夫?」

「…んー…だいじょぶ」

「全然大丈夫そうじゃないよ」

「へーきへーき」


続けてビールを飲もうとしたらグラスが取り上げられた。


「なにやってんの」

「いつは…?」

「山野辺、こいつめちゃくちゃ弱いから飲ませないで」

「あ、そうなの? ごめん、気付かなくて」

「深來、こっちこい」

「んあー?」


手を引かれてふたりで個室を出る。

ふわふわしてる。

そんなに飲んでないのにな。

俺の手を掴む一葉の手が握りたくて、思ったままに握ると一葉が固まった。


「…そんな飲んだのか」

「飲んでない」

「嘘吐け。真っ赤だぞ」

「一葉のせい」


一葉の右手を両手でぎゅっと握る。


「んへへー」

「…ほんと勘弁してくれ」


一葉の顔が超至近距離にある。

少し強引に重なった唇が温かい。

そっと瞼を下ろすと唇が一度離れて、もう一度重ねられた。

キスが解かれて瞼を上げると、じっと目を覗き込まれる。


「……恋人にはしてくれないのに、キスは受け入れんのか」

「え?」

「すげー辛いんだけど」


一葉の言うことは本当にいつも難しくて、俺はわからなくて。

キスを受け入れたのは、ただそうしたかったから。

それが一葉を傷付けるなんて全然思わなかった。






『ごめん』


一葉に送ったメッセージが既読になってから三日経つけど返信はない。

あんなに頻繁に泊まりにきてたのに、全然こなくなった。

ごめんって言ってるのになんで無視するの?

…それだけ一葉を傷付けたってことなんだろうけど。


『ごめん』


もう一回送る。


『どうしたら許してくれる?』


送信。


『傷付けるつもりはなかったんだよ』


送信。


『あのとき、俺も受け入れたいって思ったから』


送信。


『怒らないで』


送信。


『返信して』


送信。

既読になるけど返信なし。


「っ…」


一葉の馬鹿。

なんで返信してくれないの。

なんで許してくれないの。

なんでわかってくれないの。

なんで、そんなに傷付いてるの…。


「……馬鹿は俺か…」


一葉になりたい。

一葉になれれば完璧。


でも一葉だって人間だから傷付くし怒る。

俺はそういうところを見てなかった。

いつでも一葉は笑ってそばにいてくれると思っていた。

どうして恋人なのって思ってた。

どうして幼馴染じゃだめなのって思ってた。

どうして俺が好きなのって思ってた。

どうして俺なんかなの、恥ずかしい思いするよって思ってた。

そういうの全部、一葉を傷付けていたのかもしれない。


「………やっぱり俺のないものねだりは直らない」


今すぐ一葉の笑顔に会いたい。

心にぽっかり空いた一葉の形の穴は、一葉じゃなければ埋められない。







インターホンを押す。

反応なし。

もう一回押す。

反応なし。

更に押す。

がたっとドアの向こうで音がした。


『なんでいんの』


スピーカーから不機嫌丸出しな声が聞こえてくる。

モニターで俺の姿を確認したか。


「会いたいから来た」

『帰れ』

「やだ」

『俺は会う気ない』

「わかってる。だから出てくるまで待つ覚悟で来た」


コンビニおにぎりにスポーツドリンクにお茶、もう暑くなってきたけど念のためブランケット。

ドアの前に座り込む。

とりあえず腹ごしらえをしようとおにぎりのパッケージを開けようとしたらドアが開いた。


「……馬鹿か」

「うん」

「………」


じっと俺を見る目は、なにか言いたそうだ。

その表情は苦しそうで。


「………入れよ」

「うん」


おにぎりをしまって立ち上がる。

部屋に入るとどきどきしてきた。


「…なんの用」


床に座る一葉に向かい合うように正座する。

深呼吸。


「俺を左野一葉の恋人にしろ」


ぽかんとした顔。

そのまま一葉が固まってしまうので、俺はただ答えを待つ。

心臓の音が、俺の座る床を伝って部屋中に響きそうなくらい激しい。

じっと一葉の目を見る。


「………馬鹿が」

「っ…!」


伸びてきた腕に勢いよく抱き寄せられて、そのまま一葉の腕の中に閉じ込められる。

一葉のにおい。

小さい頃から、それがそばにあって当然だと思ってた。

そっと一葉の肩に額をつけると、髪を撫でられた。


「絶対離してやらない」


聞き慣れた声が震えていて、俺も視界が滲んでくる。

少し身体を離す一葉。

ゆっくり顔が近付いてきて、瞼を下ろす。

温もりが優しく重なった。


幼馴染じゃ、もう収まらない。




END


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