女子高生探偵の私
プロローグ 18時 自宅─グチグチ悩む私
冬の夜の部屋には、エアコンの静かな送風音だけが漂っていた。
外はすっかり暗く、窓ガラスには遠くの街灯の淡い光がにじんでいる。
制服のままベッドに寝転び、天井をぼんやりと見上げた。
もう夜だ。
「ほんと、バッカじゃないの……」
低くつぶやく。
頭に浮かぶのは、例の副部長。
どうせ“あの子”を気にして海峡公園へ行くんでしょ?
何を期待してるのか、さっぱりわからない。
「……関係ない」
そう口にした瞬間、彼がうなだれる姿が脳裏に浮かび、ため息が漏れた。
──なんで私はこんなんなんだろう?
重い腰を上げ、椅子の上のコートに手を伸ばす。
けれど袖を通した途端、ふと気づく。
──そもそも海峡公園って広くね?
待ち合わせ場所……知らないじゃん、私。
自分のポンコツ具合に頭を抱えた。
でも、場所を推理できれば彼に会えるはず。
ならば、某漫画のように──
見た目は部長、中身は乙女。その名も、女子高生探偵・椿!(笑)
……ぷっ。
あまりのくだらなさに噴き出してしまう。
黄色いクマさんの視線が痛い。
ツッコミは厳禁。
ここまでやらないと、わたしは私を保てないんだから。
玄関を開けると、冬の夜気が髪をそっと揺らした。冷たい空気に身をすくめながら、私は足を踏み出した。
***
第1章 16時 部室─偶然(?)の再会
部室のドアの前で、私は一度だけ小さく息を吐いた。
この時間に誰もいないのは分かっていた。
けれど、なぜか確かめずにはいられなかった。
──いや、絶対にいるでしょ?
扉に手をかけた瞬間から、そう確信していた。
勢いよく扉を開けると、窓際の椅子に座る後ろ姿が目に入る。
……ほら、やっぱり。
彼は背中を向けたまま、ぼんやりと外を眺めていた。
「今日は来ないんじゃなかったのか?」
私はさも何も気づかないように声をかける。
彼はゆっくりと振り返り、切れ長の目でこちらを一瞥した。
「今日、クリスマスイブだぞ?」
「まあ。まだ時間はあるし」
……なんだその返事。
思わず眉をひそめた。
「公園に行くのか?」
「ん、まぁね」
私は腕を組み、そっぽを向いた。
でも視線は自然と、彼の横顔を追ってしまう。
彼は何も言わず、机の上の紙資料を無意味そうにいじっていた。
──本当に行くつもりなんだ。
そう思った瞬間、ため息がこぼれる。
けれど私は、それ以上何も言わなかった。
「……ま、別にいいがな。」
そうだけ言い残し、私は踵を返して部室を後にした。
誰もいない廊下の窓に、冬のやわらかな夕陽が静かに差し込んでいた。
第2章 18時30分 海峡公園─女子高生探偵、現場に立つ
冷たい夜風がコートの裾を揺らす。
私は海峡公園の入り口に立っていた。
「……ここからが“女子高生探偵”の本領発揮ってわけだ。」
冬の夜にこんなテンションでひとり立つ女子高生は私くらいだろう。
ここに来る途中で推理すれば良かったのだが、頭のモヤモヤで何も考えられなかった。
──なんでここまでやらなきゃいけないんだ
私は、知らないうちに唇を尖らせていた。
海峡公園は東西南北4つの展望台エリアに分かれている。
大型港の東エリア、海峡大橋の西エリア、夜景の南エリア、神社の北エリア。
レストランまである。広すぎる……。
「……なぜ待ち合わせ場所まで聞かなかった?」
自嘲気味につぶやく。
私は腕を組み、真剣に考え込む。
「晴人ならどこにいく?」
──何気にあいつのこと、私知らないな。
女子高生探偵と息巻いておきながら、このざまだ。
(……我ながらポンコツすぎる)
とりあえず、現場に向かおう。まずはやっぱり海峡大橋だ。
──西エリア:海峡大橋
有名な観光地。カップルだらけ。
海峡大橋の明かりがロマンチックだった。
この場所を見てビビッと来た。
……ここでは、人目に付きすぎる。いちゃいちゃできない。やつのことだ、きっと別のところに違いない。
推理が進み満足しつつも胸にチクリと痛みが走る。
南エリア(レトロ通り夜景)もきっと人が多い。
消去法で東と北に絞られた。
──少しは探偵らしくなれたかな?
私は探偵になりきろうと必死だった。……自分の気持ちを誤魔化すために。
──北エリア:神社
源平合戦の舞台にもなった由緒正しい神社。
でも意外と人が多い。ここも違う……。
消去法で『東エリア(港の展望台)』に決まった。
走ったせいなのか息が苦しい。でも、少し安心した。
場所はほぼ特定できた。
女子高生探偵・椿。推理完了(笑)。
とりあえず、まだ時間がある。
私は神社の賽銭箱の前に立ち、お賽銭をそっと入れた。
……でもふと気づく。
「いったい、わたしは、何を祈ればいいの?」
第3章 19時10分 北エリア─女子高生探偵、潜入捜査開始
風が一層冷たくなった。
私は北エリアの林に足を踏み入れた。
木々の隙間から港の明かりがちらちらと覗く。
「……ここまでくれば決まりだな。」
私は木陰にしゃがみ込み、周囲をじっと観察する。
どう考えても怪しい人だ。でも大丈夫。私は“女子高生探偵”だから。
その時、視界の先に。
やっぱりいた。
晴人だ。
展望ベンチに座り、星空をぼんやり見上げている。
心なしか瞳にきらめくものが見えた気がした。
(……ほんっとバカだ。なんで来るの?哀愁漂わせてるつもり?)
私はそっとマフラーを押さえ、唇をかみしめるのを必死にこらえる。
──その時。
ふと“おじいちゃんの影”が脳裏をよぎる。
「……女子高生探偵は見た!」
かつて祖父が愛した往年の2時間ドラマの名台詞。
そんなアホなことを考えると少し気が紛れた。
こうしている間も、彼はひとりで座り続けている。
私はこっそり時計を確認した。約束の時間から15分。
──さすがにもう彼女は来ないよね?
私はそっと木陰から出た。
冷たい夜風が頬をかすめる。
その瞬間、コートの裾が植栽の枝に引っかかり、「ガサッ」と乾いた音を立てた。
彼はその音に気づき、ゆっくりと振り返る。
切れ長の瞳がわずかに驚き、すぐに静かな色に戻る。
私は何事もなかったかのように、偉そうに歩み寄り、彼の隣に腰を下ろした。
いつも通り、わずかに距離を空けて。
「……どうして?」
彼の声はかすれていた。
「別に……星を見に来ただけだ。」
それだけ言って、私は顔を夜空に向けた。
──とにかく、なにかしゃべらないと。
「……今日は星が綺麗だな。」
……いやいや、なんだそれ?私、話し下手すぎ。
そうは思いつつ、それ以外に彼にかけるべき言葉が見つからなかった。
二人とも言葉が出ないまま、ずっと無言で星空を眺めていた。
……30分後。
……ちょっと待って。
落ち込む気持ちは分かるよ。でも、いくらなんでも長すぎでしょ。わたし、寒いんですけど。
冷え切った指先をマフラーに埋めながら、私は心の中でツッコミを入れていた。
「……そろそろ帰ろう。」
思わず声をかけた。
「……うん。」
彼もゆっくりと立ち上がる。
きっと帰るきっかけをつかめずにいたのだろう。
しょうがないやつだな、と胸の内で苦笑した。
でも、ほんのり熱くなった自分の頬を、誰にも気づかれたくなかった。
エピローグ 20時 山手通り─静かな歩幅
冷たい夜風が二人の間をすり抜けていく。
海峡公園を後にして、私たちは無言のまま歩いていた。
もう“女子高生探偵”の出番は終わった。
今は、いつもの偉そうな私。
足音だけが静かに、冬の石畳に響いている。
通りのガス燈がぽつり、ぽつりと並び、まるで星の残像のように道を照らしていた。
すぐ隣にいるのに、話すことは思いつかなかった。
彼も何も言わない。
でも、不思議とその沈黙は苦ではなかった。
しばらく歩いたところで、彼がぽつりと短く言った。
「……椿さん。」
「ん?」
「来てくれてありがとう。」
その瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。
私は顔を伏せる。
(……ずるい)
声には出さなかったけれど、そう思った。
私がどれだけの想いで、どれだけの遠回りをしてここに来たのか。
どれだけ自分の気持ちをごまかしてきたのか。
わかってない。
でも──
わたしは、誇らしかった。
私はそっと首を振り、当たり前だと言わんばかりの顔をした。
彼は私の顔を覗き込み、すぐに視線をそらしていた。
(……やっぱりね)
冬の夜空は静かだった。
吐く息が白く、静かに消えていく。
隣を歩く彼の歩幅に、自然と自分の歩幅も重なっていく。
この先に何があるのかは、まだわからない。
だけど──期待していいのかな……?
そんなことを考えながら、私は歩き続けていた。
『頬色の情熱と青 番外編 星空の約束/女子高生探偵の私』を最後までお読みいただきありがとうございました。
本編を読んでくださった方にも、番外編から読んでくださった方にも、心からの感謝をお送りします。
この番外編は、本編では語られなかった 1年前のクリスマスイブ”のエピソードです。
晴人サイド「星空の約束」と 椿サイド「女子高生の私」、同じ出来事をふたりの視点から描きました。
どちらも言葉にできなかった想いと"行動でしか伝えられなかった優しさ”を描いた短編です。
本編と合わせて楽しんでいただけたならとても嬉しいです。
相互リンク
『頬色の情熱と青』(本編)
→ 青春小説・文芸寄りの すれ違い×等身大恋愛ストーリー
https://ncode.syosetu.com/n6399kl/
『偉そうな私、キレながらクリスマス観望会開きます。(観望会開く前に終わるけどね)』
→ ラブコメディ&ライトノベル風のこじらせヒロイン爆発ストーリー
https://ncode.syosetu.com/n6419kl/
本編とスピンオフは 同じ時間軸/同じキャラですが、文体・ジャンル・ノリがそれぞれ違うので ぜひ両方読んでお楽しみください。
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最後に、ひとつだけ問いかけを残します。
椿が迎えに来た“あの日”の少し前。
晴人は椿に、何を話していたのでしょうか?
本編・スピンオフ・番外編、すべてを読んだ読者の方なら、わずかな描写の中に そのヒントを感じていただけるかもしれません。
誰の記憶にも残らない一言が、
誰かの一年を静かに変えることがあります。
そしてそれは、あなたのすぐ隣でも起きているのかもしれません。