ベランダ
俺は、銀のマドラーを突き刺したホットコーヒーを片手にベランダの椅子に座って、星を見ていた。
テーブルには四角い灰皿がおかれている。
昔母が陶芸体験で作ったものだ。
―一週間よく頑張ったな
疲れた目を指先のタバコに向けた。
『こんばんは』
―?
隣のベランダを覗き込むが、誰もいない。
『こんばんは、ここや』
声は、テーブルの上から聞こえてきた。
―コーヒーと灰皿ぐらいしか・・・
『そう、灰皿や』
「えっ!灰皿。灰皿がしゃべった?」
―いや、むしろ俺の考えが分かるのか?
『分かるで』
「!」
―灰皿がしゃべった?そんなバカな
俺はタバコを吸い込み、大きく長く吐き出していった。
そして、短くなったタバコの火を灰皿に押し付けた。
『そこ、そこ。うーん、気持ちいい』
「うわっ!」
「おっ、お前は?」
『宇宙人やで』
「宇宙人?」
『そや』
「灰皿星人?」
『はい。灰皿だけになッてなこと言うかい。何やそのネーミングの悪さ』
「は・い・ざ・ら」
『分からんやっちゃな、意識だけがここにあんねん。』
「幽体離脱?」
『ちゃうちゃう、ポルターガイストともちゃうで』
「なんでここに?」
『たまたまや。で、お前は何しとったんや』
「べつに、空を眺めてただけ。」
『あぁ、星座かい』
「北斗七星が好きなんだ。」
『そっかー、いつ告白すんや』
「好きって、そう言うこととは違うよ。」
『分かっとるがな、ノリの悪いやっちゃな』
『北斗七星か。我は、1週間座って言うで』
「ネーミング、ダサッ。」
『あの星座はな、まっすぐな方から月・火・水・木・金・土・日って並んでんねん。』
「確かに、ちょうどいいな。」
『でなっ。木までは平なんやけど、金で落ち込むねん。ストレス限界や。土も落ち込んだままや。そして日に復活や』
「うーん、言いえて妙だ。」
『今日は、何曜や?』
「土曜日」
『そやな。明日は復活の日や』
―復活の日か
『ほな、そろそろ行くわ』
「えっ、ちょっ、お前ホントに誰なんだ?」
『そのうち分かるわ。ほな』
その言葉の後には、夜風の音しか聞こえなくなった。
俺は気を取り直して、タバコに火をつけた。
―不思議な体験だ。でも、また明日から頑張れそうだ。
マドラーを四角い灰皿の上に横たえ、コーヒーを飲みほした。
タバコを消し、マドラーをつかもうとして手がとまった。
四角い灰皿、真ん中に橋渡しのようにおかれたマドラー、そのマドラーを挟んで吸い殻が2つ。
「ふふふ、ははは」
笑うしかない。笑うしかない。
―ありがとう、母さん