4話「扉Ⅱ」
今のところ空腹は感じていないので『畑』を出て、次の『衣裳部屋』へ行ってみる。
カチャリと開ければ、入り口すぐ右手側に大きなカーテンで四角に仕切られた場所、いわゆる着替えスペースがあった。反対側の入り口左手側には大きなドレッサーがあって、思わず声を上げた。
「これ! ガチャのアイテム!」
衣装ガチャで色々引きまくった中に『着替えスペース』や『ドレッサー』『女優ライト』等さまざまなものが入っていたものだった。
コレ何に使うのと思っていたが、なるほど、そういうことか。ゲームじゃ絶対いらないアイテムだね!
否、いらないは言いすぎた。マイルームをデコるのに必要だったし攻略相手の親愛度アップにも関係していたはずなので、必要な人は必要なはず。
それらの奥にはウォークインクローゼットが見える。クローゼット部分の真ん中に廊下があって、左右に衣装がハンガーで吊るされている。装備ガチャや衣装ガチャもかなりの回数引いたので、持っている衣装はかなりの数になるだろう。さすがに全部見る勇気はなかったが、ちらりと見れば、倉庫と同じくカテゴライズされているようでホッと胸を撫で下ろす。
衣装があるのであればわざわざ買ったりしなくてすむので非常にありがたい。現実世界でお金をかけた甲斐があるというものである。
次は『洗濯部屋』へ。
ここはドアプレートから想像できたものとほぼ一緒だった。洗濯機があり、乾燥機があり、大きな物干しスペースがあった。右隅にはアイロン台とイスが常備されている。
ただ言っていいだろうか。広い。テニスコート一面より若干狭いくらいだろうか。うん、広すぎやしないか。現実世界の私の部屋に比べると……泣きそうになるから考えるのはやめておいた。
ふと洗濯機を見て、あれ、と首を傾げることになる。洗濯機はタテ型のものとドラム型のものが各大小二つずつあるのだが、洗濯機に必要なものがない。水を引くためのホースや排水等の水回り設備と、洗濯開始するためのスイッチがないのである。
その代わり、洗濯機の蓋部分に魔法陣がうっすらと浮かび上がっていた。魔法陣があるということはこの洗濯機は現代の洗濯機の形をしているけれど魔法で動くものらしい。今は洗濯物がなく動くところを見れないので絶対とは言えないけれど。
「? これ、何だろう?」
魔法陣をまじまじと観察していると、魔法陣の中心部に1cmくらいの大きさをした宝石のようなものが組み込まれている事に気づいた。
剣を出し入れした魔法陣にはなかったものだ。好奇心から宝石の一つに触れた瞬間。
「っほわぁ!?」
ポロリと宝石が取れた。間抜けな声を上げながら驚いていれば、洗濯機に浮かび上がっていた魔法陣がふと消えてしまって更に驚くことになる。
ううう嘘でしょ!?ここ、壊しちゃった!?弁償!?クライアントや迷惑をかけたお客様に謝罪に行って顛末書書いて補填金額いくらくらいになるだろう……って、いやいや、私の持ち物だから弁償はしなくても大丈夫なはず!
混乱の最中でも咄嗟にお金のことを考えてしまうのが社会人の悲しい性である。泣きそうになりながら、慌ててコロコロ転がる宝石を拾い上げる。傷ついていないかと掌の宝石をじっと見つめて、何となく頭に浮かんだ言葉を口にした。
「……水と風?」
どうしてそう思ったのか分からない。ただ、触れた瞬間、手の中にある宝石が水と風で出来ていると分かった。
水と風を足して何故宝石になるのか全然理解できないが、自分の中で確信していた。理由を探すのはめんど……大変なので一旦何も考えないことにしておく。
宝石が取れたら魔法陣も消えてしまったので、とりあえず元の位置へ宝石をはめ込んでみる。すると、思惑通り消えていた魔法陣が再びフワリと浮き上がってきた。
「! 良かったぁ!」
ホッと胸を撫でおろす。これでダメだったら叩くくらいしか思いつかなかったので、暴力に訴えなくて済んで良かった。本当に良かった。
とりあえず宝石が魔法陣を動かしているらしいと分かった。まるで電池みたいだなぁ、と考えて、ひらめいた。
「あ……これって、もしかして魔石かな?」
この魔法の世界には魔素と呼ばれる分子レベルの魔力の元が存在する。魔素は人の体内で生成されるものと、自然の中に存在するものがある。その魔素を凝縮したものが魔力となり、魔力が超圧縮されて結晶化したものが魔石と呼ばれる、見た目が宝石のような石である。
魔法を使うためには魔力が必要になるのだが、人の魔力には限りがある。それを補ってくれるのが魔石というアイテムだった。
魔石は魔力の塊なので、自分の魔力がなくなっても魔石の中の魔力を使って攻撃や防御などができるのだ。つまり、魔力の電池的な役目を果たしてくれるのが魔石である。
もちろん魔石の中に含まれる魔力にも限りがあるので、魔石の魔力を使い果たしてしまえばただの石になるが、魔力が空になった魔石に魔力を入れてやれば再び魔石として機能する優れもので、つまり、やっぱり電池なのである。充電池だ。
洗濯機は魔石という充電池で動く家電だったらしい。ちなみに、魔力や魔石で動く道具を魔道具と呼ぶので、きっとこの洗濯機も魔道具なのだろう。
動くところも見て見たいけれど残念ながら今は洗濯物がないので次の部屋、『図書館』へと移動する。
扉を開けて絶句した。その広さに。何せ二階建てだ。
一階部分は入ってすぐの左側にカウンターのような大きな机と椅子が一つ置いてあり、それ以外は蔵書を収める棚が綺麗に等間隔で配列されている。壁は言わずもがな壁面収納棚になっていて、そこにも本がぎっしり詰まっている。そして中央と左右の三カ所に二階へと上る階段があり、二階も一階と同じく等間隔に置かれた大きな本棚と壁面本棚が完備されている。
何コレ広すぎるんですが。県立図書館並みじゃない?外から見たらただの扉なのに奥行きが半端ない。なるほど、言葉通りここは『図書室』ではなく『図書館』である。
そう言えば、ガチャの中に『図書館』やら『本』やら『禁書』やらが混じっていた。それが恐らく全てここにあるのだろう。最後の不穏なものには触れないでおこうと決める。
そこでふと、この世界の文字ってどんなものだろうか、と疑問を持った。疑問は解決しなければ先に進めない、ということで一番近くの棚にあった本を一冊取って中を見てみる。
「……日本語じゃねーか……」
言葉遣いが段々アレになっているのは許してほしい。だって私まだかなり混乱してるからね!
ふう、と一息吐いてパラパラとページをめくってみれば、やはりそこには日本語しか書かれておらず、私でも全然問題なく読める。本の内容はこの『毒薔薇』の世界の始まりを書いた物語のようだった。
本を閉じて元の位置に戻しながら、改めて広い図書館を見渡す。これ、私が管理できるのかとかなり不安になってきた。どこに何があるか全然分からないからね、マジで。
そこでふと、入ってすぐのカウンターらしき机が気になった。近づいてみれば、机の左端に何やら魔法陣らしきものが描いてある。
どうしようか少し悩んで、恐る恐る魔方陣に触れた。瞬間。
魔方陣がふわっと光ったかと思えば、目の前にステータスやマップと同じような半透明で長方形のディスプレイのようなものが机から浮き上がってくる。ステータスやマップと違うのはその大きさがA3(横)くらいに大きくなっているところだろうか。
そこへリストのようなものがツラツラと表示されている。
「……えっと……図書館にある本の在庫リスト、みたいなものかなぁ……」
『はじまりの物語』やら『薔薇について』やら『聖魔法』やらタイトルらしきものが一覧で表示され、その右側には少し詳しい本の説明があり、一番右側には詳細と書かれたボタンがある。詳細ボタンを押せばさらに詳しい本の説明画面に移り、右下には選択ボタンがあった。
便利は便利なのですが、このリストを全部読めとおっしゃるのでしょうか?薬草の本一つ探すのに非常に時間がかかるのではないでしょうか?何故か敬語でツッコめば、触れたままだった魔方陣が再び光り、画面には『薬草について』『薬草図鑑』『薬草の育て方』『ポーションの作り方』『毒薬の作り方』など、さっき私が頭に思い描いたカテゴリの本がピックアップされている。うん、最後の不穏なものには触れないよ、絶対。
先ほどと同じ手順で詳細画面を開き、何気なく選択ボタンを押せば、再び魔方陣が光って机の中心部分に光の粒子が集まって、結果本が出てきた。
……いや、言い間違いとか見間違いとかではなく、私の頭がおかしくなったわけでもなく、事実、机から本が出てきたのだ。言っている私もおかしいと思うけれど、そこは察して!
そういえば、剣を収納した時と同じようなエフェクトだったので、きっと魔法を使って手元に召喚したのだと思う。
でもこれただの机だよね?と本が出てきた箇所を触ってみれば、すこしザラリとした感触が指に残った。よくよく目を凝らしてみれば、それは机に直接刻まれている魔法陣のようだった。つまりこの机も魔道具で、本はこの魔法陣から出てきたのだろう。
リリースできるかな、と出てきた本を机に刻まれた魔法陣の上に乗せる。が、反応がなくて慌てる。
「え!? リリースはご自分でどうぞ方式なの!? 鬼なの!?」
だってどこから取って来たのかも分からないのだ。それなのに元あった場所に戻してきなさいとか言われたらいくら温厚な私でもキれる。
出てきた時と同じ手順を踏んでいるのにどうして、と考えたところでそういえば先程は浮かび上がった魔法陣に触れていたことを思い出し、恐る恐る浮かんでいる魔法陣に触れながら元あった場所に戻してくださいませお願いしますと必死に祈っていれば、触れた魔法陣がふわりと光り本が光の粒子となって机に吸い込まれていった。
「! 成功、だよね? ……よかったぁ」
ほう、と心からの安堵のため息を吐き、発動条件を少し考えてみる。触れていればいい、という問題ではなく、触れたことで光ったのが気になる。光るということはもしかして私の魔力を使ったのかな、と考えてしっくりきた。
そう、この机は魔道具なのである。つまり動かすためには魔力が必要なのは当然だ。洗濯機のように魔石が魔法陣に組み込まれているものであれば魔力はなくても使える、ということだろう。分かってみれば意外と簡単な事だったが、だからこそ取扱説明書とか欲しいと切に願う今日この頃である。
どうやらこの世界では、武器や防具、ステータスにしろ、魔法を使うには頭に思い浮かべるだけでいいらしい。何がどういう仕組みでそう動いているのか分からないが、そういうものだ、と無理やり納得することにした。
そうでなければ私の精神的にやっていけない、ということを私自身がこの数時間の内にヒシヒシと実感しているから。