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第6話 腹が減っては……

 気絶したアヤカシ族の中で、一人の男が立ち上がった。


「ん? アンタは……」


「某はオーマ、このアヤカシ族きっての武士(もののふ)なり! いざ勝負だ、ニンゲンッ!」


 男、オーマは言うと、腰に巻いていた小太刀を抜いて構える。

 

 オーマは仮面を被っており、その表情は窺えない。

 

 しかし彼の声や肉体はとても若々しかった。


「分かった、そんなに言うなら少しだけな?」


「きっ、貴様っ! なんであるかその態度ッ! 某、正々堂々名乗ったと言うのに、ええい貴様も名乗らぬかッ!」


「えぇ……。名乗る前に殴ったのアンタらじゃん。てかさっき名乗ったし」


「さっきはさっきだっ! 某は名乗ったのだ、貴様も今一度名乗らぬかっ!」


「仕方ねぇ……」


 ため息を吐きつつ、マガツは再び両手を広げて名乗りを上げた。


「聞いて驚けッ! 我が名はマガツ=V=ブランクッ! ブランク大帝の後継者にして――」


 しかしその途中、オーマは突然地面を蹴り上げ、マガツに突撃をしかけた。


「隙有りッ!」


「あっ! 汚えぞお前!」


 再び名乗り口上を邪魔されてしまった。


 マガツは咄嗟に身を翻し、オーマの攻撃を回避する。


 そして、オーマの方を捉え、二撃目を警戒して備える。


「テメェ、それのどこが正々堂々なんだコラ! ……ん?」


 と、オーマはその場に膝を付いて倒れ――


「なんと……不意打ちをしてもなお、ニンゲンに敵わぬというのか……某、一生の不覚ッ!」


「あっと、お兄ちゃん?」


 次の瞬間、オーマの腹の辺りに銀色に光るものが現れた。


 いや、持っていた小太刀の向きを変えたのだ。それも、刀身を自分の腹に向けている。


「かくなる上はァ! 腹を切って詫びせうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ! ウラァァァァァァァァァァァァァァッ!」


「ちょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 切腹。ハラキリ。JAPANESE HARAKIRI。


 一体どこから、そのような日本の変な風習を持ち込んだのか、オーマは小太刀の柄を両手で握りしめ、頭の位置まで掲げた。


 それに気付いた瞬間、マガツは慌ててオーマの方へと走った。


「やめ、やめろぉ! アンタも若いんだから、そんな俺に避けられた程度で命捨てちゃダメだって!」


「ええい止めるでないッ! このままでは、某の初恋相手にも……じゃなかった。某の一族にも示しが付きませぬッ!」


「ん? いやいや、だからってそこまでしなくてもいいから! 命大事に、命大事に! ね?」


 必死に刀を振り下ろさんとする手を掴み、やがてオーマはその手を離した。


 やけに鬼気迫る状況だったのか、マガツの心臓はドキドキと激しく鼓動していた。


「……ああ、情けない。某は、デザスト様に今後どんな面を見せれば良いものか……」


「面も何も、お前仮面して……ん? デザスト様?」


 刹那、マガツの頭にある人物の顔が映し出された。


 金色のロングヘアー、マイクロビキニを思わせる布面積の小さな服、そして今にもこぼれ落ちてしまいそうなたわわ。


 先代ブランク大帝の侍女であるサキュバス族の女、デザストであった。


「まさかアンタ、デザストのこと好きなのか?」


「なっ!」


 図星だった。彼女の名を聞いた瞬間、オーマの仮面が赤くなった。どうやら仮面越しでも感情が分かるらしい。


「ししし、失敬な! 好きとか、そういうのではないッ! ただ一人の女性として見て、そしてただ一人の“ふぁんくらぶ会員”として応援しているだけである」


 そして、顔を逸らしながら、


「故にけ、け、決して……貴様を倒して男らしいところを見せつけ、『キャー、オーマきゅんカッコイイですわ~! 結婚してくださいませ~!』などと、他の会員を差し置いて一人抜け駆けしてやろうなど、そんな“うらやましい”ことは、こーーーーーーれっぽっちも考えてはおらぬッ!」


 と、決してやましいことを考えていないと告げる。


「いや後半ガチ恋の欲ダダ漏れだがな」


「それはともかくッ! 某たちアヤカシ族は、勇者と同じ種族であるニンゲン族の貴様を、魔王とは認めぬッ!」


 その瞬間、マガツの腹にドスのような鋭い矢印が刺さった。


 しかし無理もないことだった。


 デザスト、そしてマガツの目の前に立つオーマ。彼らにとって、ブランク大帝は最も信頼できる男だった。


 そんな彼の死に、娘であるシャトラを差し置いてぽっと出の異世界人が魔王となったなど、誰だってすぐに信頼するワケではない。


「……そう、だよな」


「むむ? 何が言いたいのでございますか?」


「アンタ、デザストのこと好きなんだってな」


「だから某は、好きとかそういうのではなくて――」


「どうせ聞いてんのは俺とアンタだけだ。無論、ご本人様にも教えねえよ。ソイツは約束する」


「それは、まことであるか?」


「ああ。その代わり、ちょっと俺の話も聞いてくれや」


 そう言って、マガツは近くに転がっていた瓦礫を椅子代わりにして腰掛けた。


 そして、隣でオーマに座るように促した。


「それで、話というのは?」


「俺さ、正直不安なんだよ。急に上司の癇癪で殺されたと思ったら、よく分かんねえ国飛ばされて、初めましてのデカいオッサンに『魔王になれ』なんて言われてよぉ。今度は、こんな滅びかかった帝国の復興と、アンタらチンピラ暴走族を止めろと来た。正直、これが三日で起きた出来事とは思えねえ」


 言うとマガツは、空を見据えながら、ケラケラと笑った。


 一見とてつもない苦労話、不幸話にしか聞こえない話だというのに。マガツはまるで、面白おかしい話をするように、笑顔を見せる。


「けどな、オッサンは俺の命の恩人だし、この国で暮らす奴らは皆、オッサンが――ブランク大帝が守ろうとした大切なものだ。だから俺は、恩返しのためにも魔王になるって決めたんだ」


「なるほど……。しかし、それでは武力で支配してしまえばよいものを、なぜ手加減したのです?」


 オーマは訊く。


 その問いに、マガツは少しの間を置いてから、呟くように答えた。


「大切な国民だから、それだけだ」


「大切な、国民?」


「ああ。それに、アンタがさっき言ったみてーに、今の俺には信頼がない。ここにどんな種族の野郎共が住んでるか知らねえけど、きっと皆、最初は俺を信じちゃくれねえ。それこそ、デザストの姉ちゃんは俺のことをひどく嫌ってやがる」


「なんと、それはざまあない……じゃなかった。可哀想に」


「バカにしてる?」


 一瞬言葉が途切れる。


 だが、マガツは言葉を紡ぎ、それでも魔王としてやっていくと決意した理由を語った。


「けどな、だからこそアンタらと真っ正面から向き合って、魔王と国民って関係じゃなく、ダチとしての関係も作りてぇ。それが、俺なりの王としてのやり方だと思ってるからよぉ」


「ふむぅ。つまり、某たちを手加減して気絶させたのも、しっかりと某たちの話を聞くために……」


「そゆこと。で、あのおっかない親父さんたちは何がお望みなの?」


 少し落ち着いてきたころだろうと、マガツは訊く。


 すると、すぐにその答えが返ってきた。しかしその声の主はオーマではなく――


 ――グゥゥゥゥ……。


 オーマの腹の虫だった。


「おっと」


「これは失敬。……まあ、今のを見ての通り、某たちは食糧難に陥っております。しかし勇者一行の襲撃によって壊滅しかかっている今、農作物は焼き払われ、国民全員の明日の食料を確保することも侭ならず……」


「それで、国にカチコミをぶちかましてきた、と?」


「そうなりますな。いやしかし、このまま玉座が空席となれば、またいつ勇者や他国のニンゲンが攻め込むか分からない……。最早、某たち自身で、己の身を守るしかないと、そう思ったのです」


「なるほどねぇ」


 空を見据えながら呟き、マガツは立ち上がった。


「なら飯を取りに行けばいいじゃあねえか」


 そして、オーマを振り返り、屈託のない笑みを浮かべた。


 それはまるで、夢を見る子供のように、純粋な眼差しだった。

 

「飯を、取りに行く? と、いいますと?」

 

「狩りだよ。野菜はまあ、後で考えるとして。肉くらいなら、魔獣とかの肉で事足りるだろ?」


「確かに……! ですが、狩りとはいえ、この近くで食肉に適しているのは、ベヒーモスくらいですが……奴はとても強い魔獣、そう簡単に狩りなど――」


「んなもん誰が決めたよ」


 自信なさげに言うオーマに、マガツは言葉を遮って訊いた。


 しかし、その言葉は自信に満ちていた。まるで、もう既に自分たちが勝つことを知っているかのように。


「勿論狩りには俺が行く。付いてくるかどうかは、アイツらの勝手だと伝えておけ」


「なっ、マガツ殿自らっ!?」


「おうよ。まだ俺らのご先祖様がウホウホ言ってた時代、力を合わせてベヒーモスみたいな奴を狩ってたんだ。ここの文明がどの程度か知らねえが、その頃よりは格段にパワーもトンチも上がってんだろ」


 そう言うとマガツは、落ちていく夕陽に指をさし、大きな声で叫んだ。


 その声はブランク帝国一帯に響き渡るほど大きく、気絶していたアヤカシ族の面々を呼び起こす目覚ましとなった。


「狩猟開始じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

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