第50話 セツナとナユタは研修生
勇者急襲事件も終わりを告げ、あれから二ヶ月の歳月が流れた。
街はアヤカシ族らの強力もあって復興の兆しを見せ、他国からの襲撃もない平穏な日々が続いた。
そしてセツナとナユタが連れてきた少年は、オーマの叔父・カブキに引き取られる形で、円満に解決した。
そして禍津漆本槍が結成し、晴れて研修生となったセツナとナユタは、今日も今日とて修行の日々に明け暮れていた。
***
「さあナユタちゃん、遠慮せず打ち込んで来るネ!」
「はいッ! ウイロウ師匠ッ!」
ナユタは練兵場一帯に響き渡るほど元気に声を上げ、ウイロウへ拳を放つ。
ウイロウはそれを右腕で防ぎながら、無慈悲に回し蹴りで反撃する。
しかしナユタは風の動きを読んで頭を下げると、そこからアッパーカットを放った。
「フフフ、なかなか上達したアルね。ならば、コイツはどうアルカ!」
負けじとウイロウは功夫の構えを取り、ナユタへ襲いかかる。
あれから二ヶ月。ナユタは、ウイロウとラトヌスの激闘に感銘を受け、彼女が得意とする武術を極める道を辿り始めた。
しかもナユタはネコ科の本能を継ぐ者。ライオンを初めとした肉食獣の本能を兼ね備える彼女にとって、武術はまさに最適正であった。
「ふっ! はっ!」
その証拠にナユタは髪の揺れで風を読み、ウイロウの攻撃を次々といなしていく。
猫がヒゲで周囲を探知するように、ナユタは髪の毛一本一本を探知機の代わりに機能させていたのだ。
そして「冰龍極正拳」を極めるウイロウ指南のもと、ナユタの武才は爆発するように上達していった。
「師匠、覚悟ォォォォォ!」
果たしてナユタはウイロウの猛攻を破り、重い一撃を放った。
一方その横では、セツナとオーマによる打ち合いが繰り広げられていた。
「フフフ! フハハハハ! 良いぞ良いぞ、その的確な剣捌きッ! だがまだ足りぬッ!」
「ここからですよ、師範。セツナはこの程度で終わる女じゃありませんッ!」
セツナは言って、オーマの刀を次々と、的確に防いで行く。
まるでオーマの動きがスロー再生されているかのように、次に飛んでくる斬撃を読んで、更にその次に対応できる型を選んで剣を振る。
姉として、そしてイヌ科の忠実な本能を持つ者として。
波紋一つない水面のように、冷静に攻撃を凪いでいく。
「その域や良しッ! ならば某の技、破れるかな?」
言うとオーマは木刀の先をセツナへ向け、激しい連撃を放った。
方向はまばらだが、9つの方角から木刀が襲いかかる。
「…………見えたッ!」
だがセツナは一瞬にして動きを読み、剣を振るう。
カンッ! キンッ! と凄まじい金属音を奏でながら、オーマによる連撃は次々と弾かれていく。
そして9つ目の斬撃、真正面からの突き攻撃を弾くと同時に、セツナは回転切りを放った。
「タァァァァァァァッ!」
果たしてそれは間一髪で防がれてしまったが、しかし横一閃に凪いだ剣により、木刀は真っ二つに斬り裂かれた。
「……おっと。某としたことが、少し油断をした」
そう言いつつも、オーマは嬉しそうに笑みを浮かべた。
女子が相手ということもあって手加減していたが、オーマの9連撃を全て防いだのは今回が初めて。
更に9つ目の斬撃をいなし、防御を崩し反撃したのも、今回が初めて。
「どうですオーマ師範、私も少しは上達したでしょうか?」
オーマやデザストの闘いを見て、剣術の道を辿る決意をしたセツナ。
その才覚は凄まじく、何事にも冷静沈着に打ち込む彼女にとって、剣はまさに最適を超える領域に達していた。
たった二ヶ月余。しかしその二ヶ月の中で、セツナとナユタ、2人の才能は眩いほどに磨かれつつあった。
「ほぉ。双子ちゃんも随分と強くなったなぁ」
「ええ、本当に。マガツ様もそろそろ本気でお手合わせしたらどうですか?」
側で見守っていたマガツとデザストは言いながら、のんびりとお茶を嗜む。
セツナとナユタの指南が始まってからというもの、マガツは2人の成長を静かに見守り、努力する姿を見ながらお茶を嗜むのが一つの楽しみになっていた。
そしてデザストの勧めを受けたマガツは湯飲みを置くと、自ら練兵場に立ちはだかった。
「あ、マガツ様! もしかしてマガツ様もお手合わせをするの?」
「おうよ! 見せてもらおう、戦術を磨いた双子の実力とやらを」
マガツは拳を強く握り込み、戦闘態勢を取る。
対するセツナは剣を構え、ナユタはボキボキと指の骨を鳴らす。
「そういうことなら、たとえマガツ様だろうと手加減はナシで行きます」
「おうおう! ブンブンバンバン、ナユタも全力全開で行っきまーす!」
セツナは冷静に、ナユタは元気いっぱいに叫び、早速飛びかかる。
最初に飛び込んで来たのはナユタだった。
ナユタは地面を蹴った勢いをそのままに、着地と同時に拳を放つ。
(脚をバネ代わりに、全体重を拳にかけた一撃。ネコみてーに獲物に飛びかかるから、普通の人間じゃあ簡単には避けられない)
マガツはナユタの動きを冷静に分析しつつ、ナユタの攻撃をいなす。
躱されたナユタの拳は練兵場の地面を抉り、一帯が土埃に包まれる。
と、土埃を斬り裂いて、奥からセツナが飛び込んで来た。
「お姉ちゃん、お願い!」
「成程、そう来るか」
マガツが後退したと同時に、セツナはマガツの懐に入り、横一閃に撃ち込む。
が、しかし。マガツは咄嗟に白羽取りで剣を受け止め、そのまま剣ごとセツナを右へ投げ飛ばす。
するとセツナの陰から、立て続けにナユタが飛び込み、連続パンチをお見舞いする。
「どりゃりゃりゃりゃりゃりゃァ!」
無数に飛んでくるナユタの拳を、マガツは寸前の所で受け止める。
(双子故に息ピッタリか! 互いに攻撃のターンを分け合って、互いの死角から次の攻撃が飛んでくる)
言っている側からナユタの連続パンチは終了し、今度は背後から鉄剣の気配がした。
投げ飛ばしたセツナが帰って来た。
マガツは瞬時に状況を察知し、頭を下げ、ムーンサルトキックを放った。
「っ! 下から……ッ!」
セツナは咄嗟に剣で防御姿勢を取り、上空へ吹き飛ばされる。
そしてマガツが一回転し終えると、ナユタのアッパーカットが出迎える。
「これはお姉ちゃんの分ッ!」
「なんのこれしき!」
マガツはあえてナユタのアッパーカットを顎に受けつつ、首を上に曲げて勢いを相殺する。
そうして天に昇ったナユタの腕を掴み、動きを封じ込めた。
「しまっ――」
「ナユタ、頭を下げてッ!」
声に従ってナユタが頭を下げると、背後からセツナの突き攻撃が飛んできた。
(しまったなこりゃ。剣術と武術、それぞれ対処法が違うから〈ジャンケン〉のグーチーパーみてーに、相性を間違えばどちらか一方の攻撃を受けちまう)
だが、と。マガツは飛び込んで来たセツナの刃を真っ直ぐ見据え、口で刃先をキャッチした。
「嘘ッ!」
「戦いに於いちゃ、グーチョキパー以外の手を使ってもいいんだぜ」
完全に動きを封じ込まれた所で、セツナとナユタは武器を下ろした。
「はぁ、また一本も取れずか、セツナお姉ちゃん」
「全く、これでマガツ様との手合わせは50戦中0勝45敗5引き分け、って所ね」
やれやれ、と残念そうに首を振りながら、セツナは言う。
マガツとの修行が始まってから早2ヶ月、双子は手合わせを50回行なったが、未だ1本も取ることが出来ていない。
だがその一方、セツナとナユタの剣の腕はメキメキと上達し、今やマガツも舌を巻くほどの実力を身につけていた。
(しかしまあ、まさかここまで強くなるとは。若い子の“やる気”ってーのも、そう馬鹿にできねえな)
――若いっていいなぁ。と心の中で呟いていると、突然後頭部をしばかれた。
「痛ァ! 何だァ?」
「こらマガツ様、少しは手加減して一本くらい取らせたらどうなのですか?」
後ろを振り返ると、デザストが頬をフグのように膨らませて怒っていた。
「いやいや、本気で手合わせしろって言ったのデザストだろうが」
「それはそれですわ。一回でも『一本取った』と成功体験を積ませてあげないと、やる気が失せていきますわよ」
「そう言われましてもねぇ……今回含めて5回引き分け取ったんだから、それでいいじゃんかよぉ」
マガツは必死に説得するが、するとデザストの隣にオーマが現われ、うんうんと大きく肯きながら言葉を紡いだ。
「お言葉ですがマガツ殿、せめて1勝はさせてあげてくださいませ。デザスト様もこう言っておりますし」
「ウイロウも、そう思うアル」
立て続けにウイロウも同調し、3対1の構図が出来上がる。
「この弟子バカ共めが! 2人は今くらいで丁度いいんだよ!」
しかし不利な状況でも怯むことなく、マガツは反論する。
そして、2人の統率が取れた連携技を思い出し、呟くように言った。
「しかしこの調子じゃあ、マジに一月しないうちに一本取られそうだ。甘やかさずとも、あの2人は最強になるぜ」
それは数多の強敵と戦い渡り歩いてきたからこそ分かる、マガツの直感だった。
剣と拳の弱点、相手の隙を見逃さない、肉食獣の観察眼。
生まれた時から支え合い続け、自然と身についた呼吸法。すなわち『阿吽の呼吸』。
そして姉を、妹を守りたい。互いに互いを守りたいという、強い意志。
しめ縄のように強く硬く結ばれた“双子の絆”はまさに、有象無象の兵が振るう刃すらも通さない、鋼の武器となっていた。
(こっから実践での経験を積み上げれば、2人の実力は最高潮に達するだろうな)
そう分析しながら、マガツは優しい笑みを浮かべてセツナとナユタの頭を撫でた。
「ま、焦ったところですぐには強くなれねぇ。今日はこの辺で解散にしよう」
「ですわね。マガツ様はこれから、お勉強と事務作業で忙しくなりますから。ねぇ?」
言うとデザストは優しくマガツの肩に手を置いて、満面の笑みを見せる。
「どうかお手柔らかにお願いしやす、デザスト秘書……」
などと言いながら皆で城へ戻る準備に取りかかろうとしていた時のことだった。
遠くから響く足音と共に、張り上げた声が響いてきた。
「魔王様! 魔王様はどこですか! 緊急事態でありますッ!」
「むむっ? この声は確か、親衛隊の……」
声を聞いてオーマが呟くと、すぐに声の主が練兵場の陰から姿を現した。
黒い羽を携え、鎧を纏ったガーゴイルの衛兵。
「あら、ヒバシ様じゃございませんか! 20話ぶりの登場ですわね」
「いかにも! 我輩は魔王親衛隊隊長、ガーゴイル族のヒバシであります! 31話から久々の出番でありますッ!」
ヒバシは姿勢を正して敬礼を送り、声を張り上げて名乗った。
その姿はまるで電線の上で胸を張るカラスのようで、どこか気品に溢れている。
だがヒバシはすぐに姿勢を崩し、慌てながら身振り手振りを加えて事態を報告した。
「それより大変です魔王様! 工業地区でドワーフ族とゴブリン族が対立し、抗争が始まりそうなのですッ!」
抗争という物騒なワードに真っ先に反応したのは、オーマだった。
続けてドワーフ族とゴブリン族という二派閥に、ウイロウとデザストが驚きを示した。
「またですかあの人達は……」
「ドワーフ族が、アルか……?」
デザストは呆れて深いため息を吐き、ウイロウは何故だか頬を赤らめて驚いた。
「ウイロウ師匠? ドワーフ族、知ってるんですか?」
状況が飲み込めずに首を傾げて、セツナは訊いた。
するとウイロウは「知っているも何も」と前置いて、ドワーフ族とゴブリン族について語り始めた。
「ドワーフ族とゴブリン族は、ブランク帝国の一位二位を争う武器職人の二大巨頭ネ! しかもこの二組、先代ブランク大帝の代から続くほど非常に仲が悪いアル」
「抗争という事はつまり、またしてもその二組が大ゲンカを始めた、ということでございますな? ヒバシ殿?」
オーマが訊く。ヒバシは「いかにも」と首を縦に振り、マガツの方を向いて言った。
「とにかくこのままでは、工業地区一帯の業務が滞り、勇者急襲事件による街の修繕に支障をきたします!」
「――だからその抗争を止めてくれねえか。差し詰めそんな所か」
ヒバシの言葉を続けるように、マガツは言った。
ヒバシの言う通り、このまま両者の抗争が続けば工業地区の業務が滞ってしまうのは確実。
そうなれば、ジェイルとの闘いで倒壊した街の復興にも多大な遅延が発生する。
だがそれ以外にも、まだドワーフ族とゴブリン族には出会ったことがなかった。
「手を焼くが、ここは俺が出て穏便に事を済ませるか」
言うとマガツはヒバシの肩に手を置いて、練兵場の出口へと向かっていく。
すると呆れていたデザストがハッと意識を取り戻し、マガツの背中に向かって叫んだ。
「ちょっとマガツ様! まさかお一人で抗争を止めようだなんて言わないでしょうね!」
「そのつもりだが、誰か付いて来るのか?」
背を向けたままマガツが訊くと、間髪入れずにウイロウがビシッと手を挙げた。
「ハイハイ! ワタシ是非とも同行するネ! 同行させてくださいアル!」
食い気味に主張しながら、ウイロウはワクワクした表情を浮かべる。
まるで遠足の前日で眠れない子供のような興奮のしよう。抗争を止めに行くという状況には似つかわしくない。
「……じゃあ、ウイロウ以外に……そうだな」
積極的すぎるウイロウに少し引きつつ、マガツはセツナとナユタの方を見て考えた。
(ドワーフ族とゴブリン族、両者には悪いけどここは一つ社会科見学ってことで二人を連れてくのもアリかもしれねえな)
「セツナ、ナユタ。良かったらお前達も修行の一環として付いて来るか?」
これも何かの経験になるはず。そう考えたマガツは、セツナとナユタに訊いた。
二人は顔を見合わせてコソコソと相談すると、意見が合致したのか肯き合ってマガツの方を向いた。
「ナユタ、行きたいです!」
「私も同行いたしますわ。武器職人というのも、興味がありますので」
二人の答えを聞いたマガツは背中を向けると、練兵場の出口へと歩みを進めた。
「それじゃあ決まりだ。ウイロウ、セツナ、ナユタ! 俺達に続け!」