第48話 罪悪感
かくして勇者宗近マサキと魔王マガツ=V=ブランクの激闘は、両者の和解を持って集結した。
被害は以下の通り。
居住区:500棟の倒壊 負傷者4名 死者1名 消滅1名
内訳:マガツ=V=ブランク、オーマ、宗近マサキ、ラトヌス・サンシッタ負傷。
ロック・プライマル ジェイルの業火に焼かれ焼死。
ジェイル・フリントン 魔力の過剰消費、悪魔との契約の代償により塵となり消滅。
ブランク城:負傷者デザスト 1名
そして、この闘いによるブランク帝国民の死者数は、0名。
しかし一連の騒動により、ブランク帝国夏祭りは中止。事態収束後に再開することとなった。
***
果たして、勇者騒動から一夜が明けて。
「それじゃあ、迷惑をかけて本当に申し訳なかった」
ブランク帝国の名医・レイメイによる懸命な治療の末、マサキは長旅できる程度に回復し、ラトヌスを連れてブランク帝国を出ることにした。
最後のお見送りに来たのは、マガツとレイメイだけだった。
「フン、今回は親友の頼みで仕方なく治療しただけだからな! もう二度と来るんじゃないぞ!」
レイメイは日傘で朝陽を防ぎながら、マサキ達に告げる。
嫌ってしまうのは無理のないことだが、それでもマガツの頼みで治療を施したレイメイに、マガツは心の中で静かに笑った。
マサキもそれを察知したのか「嫌われているね」と苦笑しながらマガツの方を向いた。
「でも仕方ない。キミ達のところの先代は、勇者が殺したんだから。ボクじゃないといえ、恨みを持たれても仕方ない」
「当然だ。ボクは人間のことは……苦手だね」
一瞬キライと言いかけて、レイメイはマガツの方を向いてから言葉を変えた。
「どうやらマガツ、キミだけは特別みたいだね。この国で唯一の人間で、魔王だからかな?」
「それだけじゃねえ。俺とコイツらには、魔王と家臣なんて堅苦しい上下関係とかねえからな」
そう答えるマガツに、マサキは興味深そうに笑みを浮かべる。
だがその表情が嫌だったのか、やはりレイメイは顔をぷいっと背けてそれ以降口を利こうともしなかった。
「それじゃあ、ボクはそろそろ行くよ。そしてキミ達のことを国に話して、仲間を弔うよ」
「足下気を付けろよ? それと、次来るときは門壊すんじゃねえぞ?」
「分かってる。次会うときは、友人として来てやるよ」
最後に言葉を交えると、マサキは後ろを振り返り、元来た門を通って平原へ出た。
マガツは彼の背中が見えなくなるまでマサキを見届け、やがて彼の背が豆粒大になったところで、マガツも背を向けた。
「それじゃレイメイ、俺らも帰ろうぜ。それで、オーマ達の容態はどうなんだい?」
訊くとレイメイは、激闘後の彼らの様子を次のように語った。
「デザストは毒を受けたが、この前作った疑似万能薬で全快。ウイロウは普段使わない筋肉を使ったことで全身筋肉痛。そしてオーマは重傷だったが一命は取り留めた」
最後にオーマの容態を告げると「ただ……」と言葉を濁した。
「ただ?」マガツが首を傾げると、レイメイは言いにくそうにしながらオーマの容態について続けた。
「暴走していたとはいえ、尊敬する魔王を襲ったんだ。その自責の念で、完全に心を塞ぎ込んでしまった」
それを聞いて、マガツはオーマの異様な姿を思い出す。
全身を影に覆われ、腕を刀に変換して見境なく敵を襲う狩人と化したオーマの姿。
動きは獣のように荒々しく、攻撃全てに怨恨の念が込められていた。
マガツ自身、オーマによる猛攻を受けたために、忘れたくても忘れられなかった。
もし自分が同じ立場で、暴走したといえオーマを殺してしまったら。きっと同じように、心を塞ぎ込んでしまうだろう。
「あと事ある毎に腹を斬ろうとするから、止めるのが大変だよ全く」
そして自分も、責任を取るために命を持って罪を償うだろう。
マガツは「そうなるよな」と肯きながら、レイメイの話を聞く。
「ともあれ、アイツの心を癒やせるのはマガツ、お前だけだ」
ため息混じりにマガツの方を向いて、レイメイは言った。
今本当に会って大丈夫なのだろうか。一抹の不安を覚えながらも、マガツはレイメイの言葉を信じて城に戻った。
***
「止めてくれるな! 某はマガツ殿を手にかけようとしたのだッ! こんなこと、万死に値するッ! ハラキリ案件ですぞッ!」
噂をすればなんとやら。城の医務室に戻ると、早速大荒れしたオーマの叫び声が聞こえてきた。
慌てて様子を見に行くと、オーマはドスの柄を両手で掴み、刃を自身の腹に突き立てていた。
それを、白衣を着た研究員達が、顔を真っ赤にしながら必死に止めている。
「あーもう、またかキミは! 何度も言っているが、マガツは無事だったんだ! 何も仮面クンが腹を斬ることじゃあない!」
「否ッ! マガツ殿が許しても、某が納得行かぬッ! そもそも某には、マガツ殿に顔向けする権利もございませぬッ!」
叫んで喚いて、オーマは研究員の制止を振り切って、ドスを腹へと振り下ろす。
しかし、
「オーマ!」
マガツの呼ぶ声がした瞬間、ドスは間一髪腹に突き刺さらずに止まった。
「へ? マガツ、殿?」
「良かった、思ったより元気そうで安心したぜ。ったく、すぐに自分の命賭けやがって」
何とか切腹事件が起きずに済んで、マガツはホッと胸をなで下ろす。
しかしオーマは切腹を止めたかと思えば、今度は体育座りになって背を向け、ブツブツと呪詛を呟き出した。
「オーマ? 大丈夫か?」
「いいえ、マガツ殿。今の某には、マガツ殿に合わせる顔がございませぬ。怨恨に取り憑かれた某に、マガツ殿に仕える権利は最早どこにもございませぬ」
相当参っている様子に、マガツは頭を掻く。
しかしマガツはそんなオーマの隣に腰掛け、ドンと背中を叩いた。
「何言ってんだ! 俺がお前の暴走程度で死ぬと思ってんのか?」
「しかし――」
「大丈夫だ。多少傷は負ったが、この程度ならウチの優秀なお医者様が治してくれる」
と、後ろで見守るレイメイを振り返る。
「常連になられると困るんだがな……」
「それに、お前が人間を恨む気持ちだってよく分かる。相手も勇者だったし、先代の仇だって怒りが抑えられなくなるのも、痛い程分かる」
――分かってやることしか、できねえけど。マガツは苦しそうに言って、オーマの背中をさする。
その手の温もりに気付いたオーマは、ハッと顔を上げてマガツの表情を見た。
その表情はとても優しく、怒りの感情は何一つない、菩薩のような笑みだった。
「あとはお前の心一つだ」
「心、一つ?」
「あの能力、超カッコイイし強かったしさ。折角なら怒りも恨みも全部モノにして、自分の能力にしちまおうぜ?」
「マガツ殿……」
「そのためなら、いつだって俺が相手になってやる。大丈夫、俺はこの国を完全に復興させるまでは死なねえから」
マガツは真っ直ぐとオーマを見据えて宣言すると、右手の小指を差し出した。
指切り。古来より伝わる、約束を交す儀式である。
指切り拳万、嘘吐いたら針千本飲ます。言い換えれば『嘘を吐けば1万回拳で殴り、針を千本飲ませるぞ』と言われている。
「指切りげんまん、約束だ」
「マガツ殿……マガツ殿ォォォォォォォォォォォォォ!」
そこまでして真摯に向き合ってくれる男に、オーマは感動の涙を溢れさせた。
どれだけ打ちのめされようと、どれだけ否定されようと、この男が折れることはない。
どんな逆風の中でも果敢に立ち向かい、真っ正面から相手の心と向き合う姿勢に、心を撃たれた。
オーマは大粒の涙を流しながら、マガツの小指に自分の小指を巻き付けた。
そうしてオーマの心の傷も癒えたところで、マガツは立ち上がった。
「さてと。そろそろ俺達も一歩大きく全身する時が来た」
マガツは言うと後ろを振り返り、レイメイとオーマに告げる。
「早速で大変恐縮だが、今から言う7人を至急玉座の間に集めてくれ」
「7人を……?」
戸惑うレイメイをよそに、マガツは以下の7人の名を告げる。
「デザスト、オーマ、シャトラ、レイメイ、セツナとナユタ、そしてウイロウ。以上7人に玉座の間へ来るように伝えてくれ」