第46話 魔女の走馬灯
――アタシの人生は、ほんの小さな偶然から狂わされた。
5年前、アタシは小さい集落の町娘として、家族と一緒に静かな生活を送っていた。
領主による安心と安全が約束された町は、小さいながらも多くの住民達で賑わい、皆平和に続く日々を送れることを感謝して過ごしていた。
アタシも平穏な日常を与えてくれる町の人達への感謝を日々忘れず、蝶よ花よと育てられた。
「ジェイル、ジェイルってば。また暢気にお昼寝なんかして~! 少しは手伝ってよ!」
「あ~、お姉ちゃん? もう少しだけ、寝かせてよ~」
「ダメ! パパとママも忙しいんだから、せめて家事だけでも私達が手伝わないと!」
お姉ちゃんはアタシと違ってしっかり者で、いつもパパとママのためにって一生懸命に働いていた。
アタシは少しのんびり屋で、よくお姉ちゃんに叱られていたけれど、それでも一緒に家事や勉強に勤しんでいた。
全ては尊敬するお姉ちゃんに、一歩でも近付きたかったから。
お姉ちゃんは多彩な人で、色んな魔法を使いこなすことができた。
「はい、これでお終い。もう傷は塞がったわ」
「ありがとう、お姉さん。ボク、もう痛くないよ!」
近所の子供が木から落ちた時、お姉ちゃんは回復魔法で子供の傷を癒やし、
「ありがとう! これでおねしょがバレなくて済むよ!」
おねしょした布団を風魔法で乾かして、証拠隠滅をしたり。
時にはアタシのために、色んな魔法を教えてくれた。
けれど、アタシには絶望的に魔法の才能がなかった。
唯一使えたのは、ちょっとした炎魔法だけ。お姉ちゃんの足下にも及ばない。
正直、何でも出来るお姉ちゃんに嫉妬した。けれどお姉ちゃんは、そんなアタシを見捨てたりはしなかった。
「大丈夫よ、ジェイル。焦りは禁物、一つずつ、ゆっくりと覚えていけばいいの」
「でもお姉ちゃん、アタシ……」
「それじゃあ、胸に手を当てておまじないをするといいわ」
全然上手く行かず落ち込んでいたアタシに、お姉ちゃんはおまじないを教えてくれた。
「胸に手を当てて、『こうしたい』『こうなりたい』って神様にお祈りを届けるの」
「神様に?」
「ええ。神様に自分の持った強い意志を教えることで、『頑張れ』って勇気を与えてくれるの」
アタシの頭を撫でながら、お姉ちゃんは続けた。
「そして私達が辛いことに遭った時、神様がきっと手助けをしてくれるの。その辛い出来事を乗り越えられる力をね」
お姉ちゃんのその言葉が、アタシに勇気を与えてくれた。
それから、アタシは毎日祈り続けた。祈って祈って、祈りながら魔法を学び、祈りながら家事に勤しんだ。
するとお姉ちゃんが言った通り、不思議と勇気が湧いてきた。
神様からの『頑張れ』っていう勇気の力。
お陰でアタシは少しずつだけれど、魔法を上達させていった。
「凄いわジェイル! こんな短期間で、ここまでできるなんて!」
「お姉ちゃんのお陰だよ。お姉ちゃんがおまじないを教えてくれたから」
お姉ちゃんに褒められた時は、とてつもなく嬉しかった。
小さな足取りだけど、お姉ちゃんに一歩近付けたんだって感じがして、とても心がワクワクした。
その日はパパとママもアタシを褒めてくれて、何でもない日なのに、美味しいご馳走まで用意してくれた。
「さ、遠慮せずたくさん食べなさい」
「今日はジェイルが成長しためでたい日だからな! 冷めないうちに食べちゃおう!」
「もう、パパったら。本当子供に甘いんだから……」
パパとママは、アタシ達に本当に甘い人だった。
お姉ちゃんも平等に甘やかされていたから、もう慣れっこでため息を吐くのが日課だった。
でも、アタシはそんな家族が大好き。
いつまでも、家族全員で一緒に暮らしていたい、と。そう思っていた。
――あの日、全てが狂う日までは。
***
「い、イヤァァァァァァァァァァァァァ! お坊ちゃま! お坊ちゃま! 誰か、誰か来てください!」
悲劇が始まったのは、領主の息子が突然病死した日。
最初はただの不幸な事故だと思われていたけれど、息子が死ぬ直前に食べていたケーキが、“事件”に変えた。
ケーキに毒物を入れたと疑われ、最初にケーキを作ったメイドが処刑された。
「違う! 私は毒なんて盛っていません! 信じてください!」
メイドは最期まで自分の無実を訴えていたが、息子を喪った領主は彼女の言葉を聞き入れず、火刑に処した。
でも、それだけでは終わらなかった。
続けてお裾分けで貰ったお菓子を食べて、救急搬送される事件が続出した。
最初の領主の息子が死んだ事件のこともあり、町はパニックとなった。
「一体どうなっているんだ!」
「こんな一斉に人が倒れるなんて……」
「死人まで出ているみたいだ。神の怒りか?」
平和そのものだった町には陰がかかり、住民達は互いに互いを疑うようになった。
やがてその疑いはエスカレートし、遂に一つの最悪な結論に辿り着いた。
「魔女が意図的に人を殺している」
「全ては魔女の策略なんだ!」
「この町に、魔女がいるぞ!」
魔女。町を恐怖に陥れて乗っ取ろうとする、悪いものが町の中にいると噂が立った。
それからというもの、町の人達は周りの人間を『魔女』だと告発し、多くの町娘が謂れもない罪に問われた。
しかし誰も彼女達の無実を証明できず、無罪を証明できなかった人達から処刑されていった。
「嫌! 死にたくない! 死にたくない!」
「私は何もしてない! 魔女なんかじゃない!」
「パパ! ママ! 熱いよ、助けて!」
中には10歳にも満たない子供もいた。けれど、町を脅かす魔女に、町の人達は慈悲すら与えなかった。
そうして『魔女』の疑いは、遂にアタシ達姉妹にも向けられるようになった。
「あの家の子達、確か魔法が使えたわよね」
「そうだ、特にジェイルとか言うガキ! アイツは火を扱うそうだぞ」
「まさか、一連の事件は……」
気付けば魔女による悪行は、些細な事故や火事など、様々な災害の理由にすり替えられていた。
町の人達が信頼する心を失う中、パパとママだけはアタシ達を信じてくれた。
「うちの娘達がそんなことをするはずがない!」
「そうです! そんな、人を殺すようなことは絶対にあり得ないわ!」
パパとママは、必死にアタシ達を庇い、無実を叫び続けた。
けれど、町の人達に声が届くはずもなく、アタシ達は隠居を余儀なくされた。
暗くじめじめとした廃屋の中に匿って、事態が収束していくのを待ち続ける日々。
「……ねえパパ、ママ。私達、いつまで隠れてないといけないの?」
「そうだね、それは……分からない。最悪、あの町を出て行くしかない」
一体いつ、こんな悪夢が終わるのだろう。
アタシはこれ以上無実の女の子が死なないよう、そして家族と一緒にいられるよう、必死に祈りを捧げた。
辛い時、神様に祈れば必ず手助けをしてくれる。
どうか家族だけでも守ってください、と。必死に祈り続けた。
けれど、その祈りが届くことはなかった。
***
「ついに見つけたぞ! こんな所に隠れやがって!」
どういうワケか、アタシ達の隠れ家がバレてしまい、家に町の偉い人達が集まってきた。
彼らはパパとママに暴力を振り、アタシ達を捕まえた。
後から聞いた話だと、アタシ達家族が町から逃げ出したことで、魔女である疑いが強まってしまったそう。
そして、魔女を庇った罰として、パパとママも捕まった。
狭い牢獄に閉じ込められ、鎖に繋がれ、毎日のように拷問を受ける。
でも、魔女じゃないのだから、いくら暴力を振られても否定することしかできなかった。
「……すまない、本当にすまない。パパが逃げたせいで、愛する皆にこんな辛い思いをさせてしまって……」
牢獄に閉じ込められてから、パパは毎日謝り続けていた。
誰も攻めようなんて思わなかった。
そしてアタシは、お姉ちゃんと一緒に祈り続けた。
こんな酷い仕打ちを受けていても、きっと最後には神様が助けてくれるんだ。そう信じて。
――そして審判の日。
「主文! 被告人を魔女として、その家族を魔女蔵匿及び証拠隠滅の罪で火刑に処す!」
果たして、神様は助けてくれなかった。
アタシ達は横一列に磔にされ、足下に火をくべられた。
「ジェイル……皆……本当に、ごめん……」
「ごめんなさい……2人を、守れなかった……」
最期の日、パパとママはアタシ達に必死に謝りながら炎に包まれた。
でもお姉ちゃんは、アタシの手を握って優しく呟いた。
「ジェイル……一緒に、天国に行きましょう。そうすればきっと、神様が……」
お姉ちゃんはそう言って、優しい笑みを浮かべながら炎に包まれた。
そしてアタシも、炎に包まれる。
熱い。苦しい。誰か助けて。
必死に叫んでも、神様に祈りを捧げても、何も起こらない。
このまま町の人達の有りもしない疑いのせいで、殺されてしまうんだ。
パパも、ママも、お姉ちゃんも、みんな焼かれて死ぬ。
誰も助けてはくれない。
神様だって、アタシ達を見捨ててしまった。
――それなら……
「神様なんて、もう沢山だ!」
そう叫んだ瞬間、アタシの中で何かがプツンと音を立てて切れた。
「アハハハハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハ! アーッハッハッハッハッハッハ!」
神様を捨てた瞬間、全てがどうでもよくなった。
重い荷物を下ろした時のような爽快感が、アタシの全身を駆け巡る。
それと同時に、頭の中で声がした。
『スキルの習得を確認。固有能力《軻遇突智神》を獲得しました』
軻遇突智神、聞いたこともないスキルを手に入れた瞬間、アタシの中に眠る炎魔法の才能が開花した。
アタシは目覚めた能力の、その本能に従うまま炎を生み出し、操った。
「な、何だ! 炎が、いきなり動き出した!」
「まずい! こっちに来る!」
「や、やめろ! 来るな! う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
炎はアタシの腕となり、脚となり、町の人達を呑み込む口となった。
逃げ惑う町の人達を炎で取り囲み、次々と燃やした。
その度に炎の中から黒い煙が上がり、肉の焼け焦げる悪臭が漂って来る。
けれどその臭いが、とてつもないほどに心地よく感じた。
「ァハ、イイ臭い♡ お姉ちゃんたちの臭いと一緒だァ♡」
それは、焼け死んだお姉ちゃん達と同じ臭いだった。
アタシはその臭いを、もっと、もっと嗅ぎたい。
肺の中を焼け焦げた臭いでいっぱいにして、お姉ちゃん達を感じたい。
アタシ達から幸せを奪った町を、全部丸ごと焼き滅ぼしたい!
そんな欲望が胸の中から溢れ出し、アタシはその欲望のままに炎を操った。
「ア……アア……アアア……」
「ギ……ギギ……」
人が焼け死ぬ時、人間は奇妙な声で鳴く。その鳴き声もまた心地がいい。
もっと聞きたい、そうして欲望が次から次へと増えていく。
「なんて恐ろしい……やっぱりアイツが魔女だったんだ……!」
***
――気が付けば、町があった場所は一面真っ黒な煤まみれになり、何もない焼け野原にいた。
人も家も、領主の住んでいた屋敷もない。
アタシだけ、焼け野原の中に残されていた。
そしてアタシだけが、町を包み込んだ炎の中で生き残った人物。
いや、アタシが炎を操って町を焼き滅ぼしたのだから、生き残っていて当然。
「アハハ……ハハ……全部、なくなっちゃった」
後に残るのは、強烈な虚無感。
家族も失い、大好きだった町も自分の手で壊し、沢山の人間を焼き殺した。
けれど、不思議と罪悪感はなかった。
何故なら、アイツらはアタシから大切な家族を奪ったのだから。
罪のない女の子を『魔女』と蔑み、無慈悲に殺したのだから。
そんな奴らに、生きている価値なんてない。無価値な存在。
だから焼き殺した。だから焼き殺された。
焼き殺してもいいって、神様が決めた。
炎の神様、《軻遇突智神》の――このアタシが決めた。
「アァ……足りない、もっと、もっと嗅がせてェ♡ 音を聞かせてェ♡」
そしてアタシは、人の焼け死ぬ瞬間に家族の面影を感じるようになっていた。
あの時の快感が、臭いが、音が、全てがアタシをアタシたらしめる。
――そして、アタシは旅に出た。
身分を偽ってイシュラ帝国に入り、イシュラ様の命令で多くの“無価値”な人間を焼き殺してきた。
スラム街も、イシュラ様の命令で焼き滅ぼした。
そして今日、ブランク帝国の魔族共を根絶やしにする――はずだったのに。
ジェイルの走馬灯、果たして勝負の行方は――
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