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第45話 《軻遇突智神》は黒き太陽にゆ

「さーて嬢ちゃん、火遊びの落とし前、たっぷりと付けて貰おうじゃあねえか」


 言うとマガツは拳を構え、ジェイルを睨んだ。


 その向こう側に佇むマサキも、剣を構える。


 挟み撃ちの形で追い詰められたジェイルは、しかし余裕な表情を浮かべていた。


「魔王にも勇者にも追い詰められて、アタシ完全に悪役みたいじゃない」


「実際俺達からすりゃあ、人様の国に火放たれてんだからなぁ」


「これ以上、徒に人の命を奪おうと言うのなら、ボクは容赦しない」


 ジェイルへ言葉を返すように、2人は告げる。


 するとジェイルはククッと声を押し殺して笑い、狂気じみた表情を見せた。


「いいわ! それならこの身全てを捧げて、全人類の“悪”になってやる!」


 ジェイルは全身から燃えたぎる魔力を放出し、天に祈った。


 すると彼女の背後に真っ赤な肌をした魔神が姿を現した。


 一対の角に、炎のオーラを纏わせた巨体。無言で周囲を見下す無情の眼。


 まさしくそれは、炎を司りし魔神と呼ぶに相応しい容姿をしていた。


「我らが焰の神よ、アタシの全てを生贄に、全てを焼き滅ぼす力をお与えください」


 ジェイルは魔神に願いを告げる。


 瞬間、ジェイルの髪が青く染まり、炎のように大きく広がった。


 手には新たに魔神から授かった能力――青い炎がメラメラと燃えている。


「な、なんだよありゃ……!」


「もう後には退けない。なら、アタシ諸共全部焼き尽くしちゃえばいいのよ!」


 叫んだ次の瞬間、ジェイルは両手をマガツとマサキの方へ向け、火球を放った。


 掌から放たれる青い火球は止まることを知らず、避ける2人を襲う。


 その連射速度は毎秒10発程度。まさに人力マシンガンだった。


「ジェイル! これ以上やれば、キミの身体がもたないっ!」


 ジェイルの火球を避けながら、マサキは叫ぶ。この期に及んでも、彼女の心配をしていた。


 しかしジェイルはため息を吐き、連射を続けながら言葉を返す。


「言った筈よマサキ、もうアンタの言葉は何の意味も成さないの。だから、大人しく死んで」


 無慈悲に言い放つと、ジェイルは脚から炎を噴き出し、マサキに接近した。


 そして、驚くマサキの隙を突き、ジェットで速度を上昇させた蹴りをお見舞いする。


「がっ!」


「マサキ!」


 マガツは叫び、すぐにジェイルを追う。


 と、次にジェイルはマガツの前に姿を現し、同じくジェットの勢いに任せて蹴りを放つ。


「死ねェ!」


 目にも留まらぬ速さの蹴り。しかしマガツは風の動きを読み、ジェイルの脚を掴んだ。


「っ! おいおい、炎のパワーでロケットエンジンの真似事かぁ? 割といい使い方しやがる」


 言うとマガツは頭を下げて、ジェイルの脚から手を離した。


 すると次の瞬間、狙いを失ったジェイルの脚は空を蹴り、そのまま瓦礫の中に飛び込んでいった。


 その隙にマガツは走り、マガツのもとへ駆け寄って手を差し伸べる。


「大丈夫かマサキ、ったく無茶しやがって」


「キミこそ、あんな迅速な攻撃を受け止めるなんて、どうかしてる」


「そうかもな。だが体術に関しちゃ俺の十八番だからよぉ」


 十八番程度で防げるようなものなのか。マサキは疑問に思いながらも、マガツの人懐っこい笑顔に、つい微笑みを溢す。


 差し伸べられた手を取り立ち上がると、同時に瓦礫に突っ込んだジェイルも起き上がってきた。


「アハハ、まさかアタシの技を一瞬で見切るだなんて。それじゃあ、コレなんてどうかしらッ!」


「っ! 来るぞマガツ、気を付けろ!」


 言うと、ジェイルは脚に魔力を溜め、瓦礫を蹴り込んだ。


 超速で近付くジェイルに、マサキは剣を振り下ろす。


 瞬間、ジェイルは炎を纏った両手で剣を受け止め、狂った笑みをマサキに向けた。


「どうしたのマサキ? 剣に力が入ってないわよ? もしかして、アタシが人間だからって手加減してるの?」


「ボクは腐っても勇者だ。たとえ相手がどんな下衆だろうと、人間を斬ることは絶対にしないッ!」


 ジェイルの力が強くなる。そうして押されたマサキの剣は、ゆっくりと自身の肩に傷を付ける。


 それでもマサキは力を振り絞り、ジェイルに声をかけた。


「ジェイル、キミはボクが必ず止めて、罪を償わせるッ! 勇者として、仲間だった者として!」


 それが、マサキなりの誠意だった。


 相手が放火魔だったとしても、長い間連れ添った仲間なのだから。


「キミの犯した罪は、ボクも一緒に償ってやる! だから――」


 しかしジェイルは深々とため息を吐いて、言葉を遮った。


「勇者だ、人を守るだ、聞き飽きたわよ。そんな台詞」


 その時、ジェイルの目に涙が浮かんでいたのを、マサキは見逃さなかった。


 ジェイルは涙を流し、狂気の笑みを浮かべながら言った。


「じゃあどうして、“あの日”アタシ達を助けに来てくれなかったの?」


「っ!」


 瞬間、ジェイルは両手の炎を燃え上がらせ、マサキの剣を跳ね返した。


 跳ね返った剣はマサキの左肩に深々と突き刺さり、また炎の衝撃で吹き飛ばされる。


 ジェイルは更に地面を蹴り、マサキを追いかける。


 だがマガツが咄嗟に間に入ったことで、マサキへの追撃は絶たれた。


「邪魔を、するなァァァァァァァァァ!」


 激昂したジェイルは両手の炎を滾らせ、マガツに目掛けて無数の火球を放った。


 マガツはそれを間一髪で回避しつつ、魔力を溜め込む。


「アタシはあの日、死ぬ気で助けを求めた! 死ぬ気で祈った! なのに、誰も助けに来てくれなかった!」


 ジェイルは悲痛な叫びを挙げながら、何度も火球を放つ。


 そして最後に放った一発がマガツの腹部を直撃し、マガツは口から血を吐いた。


「だからその時に決めたの。アタシを助けてくれないこんな世界、全部壊しちゃおうって」


 ジェイルはポロポロと大粒の涙を流しながら、炎を大きく滾らせる。


 その炎全てが魔力の塊。先程接触した時に、マガツはそれを肌で感じ取った。


 そして彼女の身長の数倍以上はある炎のオーラを見て、次に来る技が大きなものだとすぐに確信した。


 マガツは一度後ろに退避して、倒れ伏したマサキに声をかけた。


「マサキ、負傷したところ悪いが、少し手伝って欲しいことがある」


「何だい、まさか次に来るジェイルの大技をどうにかしろ、とか?」


 マサキは立ち上がりながら、マガツに訊く。


 マガツは「そのまさか」と肯き、だがと言葉を続けた。


「大技を放った後には必ず隙が生まれる。そこを俺が叩いて、奴を再起不能にする。そのためには俺も、魔力を溜め込む時間がいる」


「……アテはあるようだね」


 自信に満ちた口ぶりに、マサキは口角を少し上げる。


 そしてマガツの作戦に乗り、剣を構えて言った。


「ならキミの作戦に、ボクの命と全魔力を賭けるよ。仕損じるなよ?」


「当然、でなきゃこの国もアンタも、文字通り塵散りだ」


 マガツも有り余る魔力を全て集中させながら応える。


「そんな結末、この俺が真っ向から変えてやるよ」


 そうしてマガツは手を空に掲げ、魔力を集中させる。


 するとマガツの掌に黒い塊が生まれ、それは魔力を込めるごとに大きく成長していく。


 同時に、マサキは抜刀の構えを取り、右手から剣へと魔力を注ぎ込む。


 マサキの剣は彼の魔力に呼応して光を帯び、その輝きは魔力を喰らう度に増していく。


「今度こそ、みんな消えてなくなっちゃえッ!」


 そしてジェイルも、炎に変換された魔力を一点に集中させ、周囲の瓦礫を溶かし吸収する。


 それはつい先刻ウイロウへ向けたものよりも大きく、込められた魔力も桁違いのものだった。


 直撃したが最後、ブランク帝国は消滅し、そこには巨大なクレーターが出来上がるだろう。


 しかしマガツもマサキも、怖じ気付くことはなかった。


 互いを信じ、命を賭けたのだ。


「滅びろッ! 《軻遇突智神・赫焉の(エリュトロン・)壊焰(ノヴァ)》」


 ジェイルが叫ぶと同時に、巨大な火球は動き出した。


 放たれたそれは、大きさに見合わない速度で迫り、1秒もしないうちに、マサキの目と鼻の先まで距離を詰めた。


 そうしてコンマ数秒、あと僅かで直撃しようとした刹那、マサキは剣を振り上げた。


「〈断罪之刃(ギルティエッジ)聖魔破斬鍠(せいまはざんこう)』〉ッ!」


 眩い光の魔力を帯びた剣が一閃、横に一本の白線を生み出す。


 すると白線は光の刃となって飛び出し、ジェイルの火球と衝突した。


 その勝敗はすぐに着いた。


 光の刃は何の抵抗を受けることなく火球を斬り、瞬く間に真っ二つにした。


 更にマサキは横に凪いだ剣の向きを変え、次に縦一閃に剣を振り上げた。


 刃は真っ二つになった火球を、まるで巨大なスイカを四等分にするように、難なく斬り裂いた。


「嘘、アタシの、全力の技を……斬られた……?」


 目にも留まらぬ速さで四等分にされた火球を前に、ジェイルは顔を青ざめさせる。


 ジェイルは全ての魔力を使い切り、全身の力が一気に抜けたのか、ガクリと膝をついた。


「ボクの〈断罪之刃〉は、『魔』を斬る能力。それ則ち、魔法を斬ることも可能」


 動揺するジェイルに向けて呟きながら、マサキは後ろを振り返る。


 そして、


「今だ! マガツ!」


「おうよ! 悪いが嬢ちゃん、アンタにはこれまでの悪行の償いを、たっぷりとしてもらうぜ」


 マサキの合図を受けたマガツは、有り余る魔力を右手に集中させた。


 それは沈んだ夕陽よりも大きな闇を生み出し、ブランク帝国の上空を黒で埋め尽くす。


 しかしマガツが力を込めると、それは一瞬にして凝縮され、一粒の闇の弾へと変化した。


 マガツはそれを右手の中に閉じ込め、指銃の形を作ると、指先の標準をジェイルへ合わせた。


 奇しくも四等分に切り離された火球が、狙撃銃の照準器(スコープ)のように見える。


「――(くろ)妖炎(ようえん)に散れ。《八十禍津日神(ヤソマガツヒ)黄泉戦(ヨモツイクサ)霄啼(そらなき)』》」


 瞬間、マガツの銃口――指先から、凝縮された闇の魔力が放たれた。


 それは真っ直ぐと火球の間を縫い、ジェイルのもとへ接近する。


 そしてジェイルの胸を貫いた瞬間、彼女を中心に大爆発を巻き起こした。


 まるでビッグバンを彷彿とさせるそれは爆風で全てを吹き飛ばし、同時にブラックホールのように、世界を黒く塗り潰す。


 やがて黒はブランク帝国を飲み込み、光という光を奪い去った。


 夜よりも暗く、闇よりも濃い黒に塗りつぶされた世界。それはまるで太陽のない世界――極夜の世界のよう。


 そんなジェイルの炎魔法(ともしび)さえ呑み込む暗闇の中で、彼女は声にもならない悲鳴を挙げた。


「――キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


『霄啼』。それはマガツの持つ《八十禍津日神》の魔力を極限まで出力し生み出される神技。


 極限まで発現させた魔力を一点に凝縮し、掌からレーザー光線のようにして放出する。


 そして、対象の肉体を貫いたと同時に、凝縮された魔力は炸裂し、マガツの受けた苦痛を『七倍』に増幅させて相手へ返還する。


 その苦痛はたった一瞬。しかし、対象の脳内時間では一年以上の苦痛体験を味わうこととなる。


 ジェイルの場合、今までにマガツが感じた炎の苦痛が還元される。


 地獄の釜がマシに思えるほどに轟々と燃え盛る、数万度を優に超える炎に焼かれる苦痛。


 しかし肉体が蒸発することはなく、苦痛体験が終わるまで、延々と炎が全身に纏わり付く。


 いくら泣き叫ぼうと死ぬことはない。ただ全身に駆け巡る『死』よりも恐ろしい苦痛を味わう他ない。


 それこそが、ジェイルの罪。快楽のために多くの人間を焼き殺した女の、何よりも重い罰。


 そうして、ジェイルを包み込んでいた闇は収束し、ブランク帝国に光が戻る。


 想像を絶する苦痛を味わったジェイルは白目を剝き、その重い罰の世界から解放されたことに安堵する。


 しかしジェイルは知っていた。既に自分が死ぬ運命にあることを。


 そして苦痛の中でジェイルは、走馬灯を見た。


(ああ……やっぱり、そうなのね。アタシに――アタシ達には――)



 ――救いなんて、初めからなかったんだ。


第2章ラストバトル終結ッ!

死の淵で、ジェイルの見た走馬灯。

彼女はなぜ、悪魔に魂を売ったのか……?


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