第42話 漢の誇
「何で……キミが……」
マサキはただ、その情景を見て唖然としていた。
我を忘れたオーマは両腕を刀に変形させ、マサキに襲いかかってきた。
しかし凶刃がマサキを貫く瞬間、マガツがそれを庇って受け止めた。
「もういいだろ、オーマ」
敵である筈の自分を、身を挺して庇った。
敵に背中を向け、尚且つ暴走した味方を止めた。
合理主義的な性格のマサキにとって、それはこの上なく理解しがたい状況だった。
「これ以上やれば、アイツらは死ぬ。それにお前だって、身体がもたない」
マガツは口から血を吐きながら、オーマの肩へ優しく触れる。
するとどうだろう、王も勇者も見境なく斬りつけていた凶暴性は薄れ、オーマは大人しくなった。
瞳孔まで真っ赤に染まった眼でマガツを見上げ、小刻みに震え出す。
「……マガツ……殿……」
「俺が必ず、オッサンの分までこの国を守る。だから、今は休め。コイツは魔王命令だ」
マガツが言うと、オーマはそっとマガツの腹部から刀を抜き、真紅に染まった目から涙を溢した。
怨恨の影に呑まれ暗闇に堕ちたオーマの精神世界に、黒く輝く光が現われた。
これまで「漢の中の漢」と尊敬し慕っていたマガツの姿を、思い出したのだ。
「マガツ……殿……」
するとオーマは正気を取り戻し、真紅に染まった眼孔は白と黒を取り戻し、全身に纏っていた黒い紋様は体から煙のように浮かび上がり、消えていく。
そして、オーマの腹から刀が抜け出て、地面に堕ちると同時に刀身は粉々に砕け散った。
元の姿に戻ったオーマはそのままマガツに身を預けるように、フラリと倒れる。
「全く、無理はするなって言っただろうに」
言いつつもマガツは奮闘した彼に敬意を込め、優しく抱きしめた。
そのまま肩を担いで民家の陰に寝かせてやると、唖然としていたマサキが口を開いた。
「どうして助けた?」
純粋な疑問だった。しかしマガツは心配そうにオーマを見つめるばかりで、答えない。
マサキは肩の傷を抑えながら立ち上がり、無言のマガツに向けて言葉を続けた。
「ボクは勇者、キミは魔王。敵であるボクを、倒すべき敵であるはずのボクを、どうして庇った!」
黙って暴走したオーマを差し向けていれば、マガツは勝っていた。
あの時深手を負っていたマサキには、オーマの一撃を防ぐことはできなかった。
だのにマガツは、自分の身を挺してマサキを庇った。
「殺す理由がない」
背中を向けたまま、マガツは答える。その答えに、マサキは驚いて黙り込む。
マガツはそのまま後ろを振り返り、言葉を紡ぐ。
「俺はただ、この街の奴らが『戦争』や『脅威』に怯える必要がないくらい安心して過ごせるよう、この国を必死こいて守ってるだけだ」
「何だって……?」
「国の『平穏』さえ守れるのであれば、再起不能にはなってもらうが、客人には生きてお帰りいただく。たとえそれが国の騎士団様だろうが、異世界の勇者様だろうが変わらねえ。それに――」
安らかな表情で爆睡しているオーマを優しく見つめて、マガツは言葉を締めくくる。
「少なくとも俺の仲間には、人殺しになって欲しくない。それだけのことさ」
マガツの言葉を聞き、マサキは黙って咀嚼した。
たったそれだけのことで、宿敵である勇者を庇うのか?
自分の仲間に殺されそうになってまで、何故それほど一生懸命になれるのか?
今、満身創痍になった魔王を殺そうと思えば、簡単に殺せるのに。
何度マガツの言葉を反芻しても、理解できなかった。
するとマガツは呆れたように笑みを浮かべて言った。
「お前だって、こんなにボロボロになった魔王が目の前にいるのに、何故トドメを刺さない?」
「それは――」
「ま、少なくとも俺達は他国にちょっかい出すつもりはない。今も、これからもな」
それはマガツの本心だった。
魔族だけの国を創りたいとか、世界を滅ぼしたいとか、そんな野望はない。
そもそも戦争を仕掛けたところで、ブランク帝国に対する利益は一銭もない。
他国から降り注ぐ火の粉を払い、ブランク帝国に暮らす国民たちが平穏に暮らせる、安心できる場所を守りたい。
ただそれだけの、純粋な想い一つ。
その背中は細身ながらも、大きく見えた。
「マガツーッ!」
ふと城のある方角から声がした。
振り返るとラトヌスを追いかけてきたレイメイ達が、走って来るのが見える。
「あれ、レイメイ? それにウイロウと、双子ちゃん?」
「敵を取り逃したので追いかけてきたアル! けど、この状況は……?」
遂に合流したレイメイ達だったが、目の前に広がる光景を前にして言葉を失う。
追いかけていた筈のラトヌスはオーマと仲良く気絶し、ロックを筆頭にマガツ、マサキは共に重傷。
騒がしかった戦場は、どういうワケか平穏なムードに包まれていた。
「戦いは無事に終わったぜ。それよりそっちは、デザストとシャトラは無事なのか?」
「ああ。デザストは重傷だが、イムリン達に頼んで医務室に運ばせた。お嬢様は彼女を看病するそうだ」
レイメイの報告を受けて、マガツはホッと胸をなで下ろす。
「そうか、それを聞けて安心した」
重傷者こそ出たが、死傷者はゼロ。今回の戦いも無事に切り抜けることに成功した。
安堵していると、マサキは訊ねた。
「ならば一つだけ、質問に答えてくれ」
「何だ?」
マサキは少し間を置いて、マガツに訊いた。
「イシュラ帝国のスラム街、そこに火を放ったのは、お前達の差し金じゃあないんだな?」
その問いを耳にした瞬間、そこに居合わせていたセツナとナユタは戦慄した。
イシュラ帝国のスラム街。それはセツナとナユタ、そして2人が連れてきた少年の住んでいた場所。
マガツも2人から話を聞いていたので、事件のことは知っていた。
マサキの問いに対し、マガツは真っ直ぐと前を向いて、正直に答えた。
「違う。それは俺達じゃあない。犯人は別にいる」
それは紛れもない真実だった。
マサキも彼の言葉と、真っ直ぐとした彼の目を見て、静かに肯いた。
「そうか。ならボク達も、キミ達と戦う理由がなくなった」
マサキは剣を鞘に収めると、倒れた仲間達に視線を送った。
すると偶然か、倒れていた大柄な男――ロックが目を覚ました。
「あ、あれ? 俺は……あっ! マサキ! すまねぇ、オレ様――」
「謝る必要は無い。それより闘いは終わった、帰るぞ」
突然のことにロックは戸惑いながらも、しかし嘘を言わないマサキを信じ、岩のように大きな首を縦に振った。
だが、その時だった。
「ちょっとちょっと! 何やってんのよマサキ!」
上空からマサキへ、怒号が飛んできた。
見上げるとジェイルが、頬を大きく膨らませて見下ろしているのが見えた。
「相手はボロボロなのよ! 今がチャンスじゃない! さっさとアイツ殺しなさいよ!」
「そういや、魔女っ子がまだいたっけ。何もしてねえから、元気だなぁ」
皮肉交じりに言いながら、マガツはジェイルを見上げる。
近くでマサキを観察していたから、既に闘いが終わったことは知っている筈だが。
「ジェイル、闘いはもう終わった! 彼らを倒す理由はない!」
「はぁ? 相手は魔王なのよ? アンタ、皇帝様の命を放棄するつもり?」
ジェイルは煽るように言い、マガツを殺せと急かす。
だがマサキの意思は変わらない。
「スラム街の件とブランク帝国は無関係だったんだ! しっかりと事情を説明すれば、皇帝様もきっとご理解なさってくれるはずだ!」
「そうだ嬢ちゃん! だからイシュラの皇帝サマにもよろしく伝えといてくれや!」
マガツも便乗して、ジェイルへ声をかける。
だがふと、セツナとナユタに視線を移した時、マガツはある違和感を覚えた。
「あ、ああ……」
「この気配……お姉ちゃん……」
2人は恐怖で腰を抜かし、体をガクガクと震わせながら抱き寄せ合っていた。
それに気付いた瞬間、ジェイルは静かに「チッ」と舌打ちをした。
「はぁ、本当につまんない」
次の瞬間、ジェイルの指先から真っ赤な閃光が飛び出した。
その標準は――マサキを狙っていた。
「な――っ!」
真っ赤な閃光は段々と雪だるまのように段々と大きくなり、マサキの全身を包み込む程の火球に成長する。
それが命中する直前――
「マサキッ! 危ないッ!」
ドンッ! マサキを弾く鈍い音が響き、ロックは体を大の字にして身代わりになった。
そして――
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
巨大な火球はロックを包み込み、大きな火柱を生み出した。
炎の中で、ロックの強靱な肉体は見る見るうちに炭となり、骨となり、やがて蒸発して消滅した。
「ろ、ロックーーーーーーーーーーーーッ!」
「う、嘘……人間が、一瞬で消し炭になったアル……」
一同が驚き固まり、辺り一面に肉の焼け焦げるような悪臭が漂う。
しかし1人だけ、その臭いを肺いっぱいに取り込む者がいた。
「はぁ、イイ臭い。やっぱり、人間の焼ける臭いは格別よォ!」
ジェイルだった。彼女は仲間の臭いを肺いっぱいに取り込み、恍惚とした表情を浮かべていた。
その表情はまさに悪魔。
人間達が想像し恐れる“魔族”のイメージよりも醜悪で、度し難いほどに狂った笑みを浮かべていた。
「ジェイル……まさか、キミがスラムを……!」
聞くとジェイルは「キャハハハハ!」と笑い、嬌声混じりの声で答えた。
「勘がいいわねェ? そう、アタシがスラムを燃やしたの。そしてこの魔族の国も、アタシがぜーんぶ燃やすのォ!」
「あの魔女、狂っているぞッ! 自分の仲間を燃やして、笑ってやがる……ッ!」
あまりの狂い様に、レイメイは言葉を失う。
しかしそれ以上に、マサキは大きなショックを受けていた。
無理もないだろう。探し求めていた真の敵が、自分の味方だったのだから。
そして信頼する仲間を失い――
「ついでにマサキ、アナタもここで死んでもらうわ」
命を狙われたのだから。
次回、勇者急襲篇最終ラウンド開始記念センターカラー(大嘘)
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