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第39話 護るため

「じゃあ決まりだァ。勿体ねェが、姉ちゃんも後ろのチビっ子も、全員ぶっ殺す」


 取引を断られたラトヌスは、こめかみに青筋を立てながら剣を抜いた。


 対するデザストも、槍の先端をラトヌスへ向け、後ろで見守るウイロウに告げる。


「ウイロウ、どうかお嬢様と双子ちゃんをお願いしますわ。レイメイ様も、どうか」


「デザストちゃん、まさか1人でアイツを相手する気アルか? 無茶ネ! 相手は勇者の仲間ヨ!」


「分かっていますわ。だからこそ、貴方を信じての頼みです!」


 心配するウイロウへ、デザストは叫ぶように言葉を返す。


 侍女として、王女の側に仕える側近として、負けるワケには行かない。


 そしてデザスト自身、あんな卑屈そうなスケベ男に負けたくないという、純粋な気持ちもあった。


「仲間の絆って奴か、それとも自分の実力への慢心かァ? ま、オレには関係ねェがなァ!」


 コキリ、と首の骨を鳴らしたのを合図に、ラトヌスは床を蹴って飛び込んだ。


 突進の勢いを乗せた突き攻撃。デザストは攻撃を見切り、槍の柄で剣を防ぐ。


 そこからラトヌスは身を翻し、左右から剣戟を仕掛ける。


 デザストはそれを的確に弾き返しながら、刹那に生じた隙を狙って槍を放つ。


 しかしラトヌスは飛び上がって槍を回避する。


「フゥン! これでも喰らいなァ!」


 するとラトヌスは左手からナイフを出現させ、デザストに向けて投げつけた。


 飛び込んでくるナイフの数は4本。


 デザストは咄嗟に槍を振り回して弾こうと試みるが、小型で薄いナイフは防壁を潜り抜け、デザストの身体や頬をかすめて行った。


「くっ!」


「死ねやァ!」


 そしてナイフで負傷した隙を狙い、ラトヌスは着地すると同時に剣を振り下ろした。


 デザストは彼の攻撃を食らい、膝を付いた。


「汚いぞ! 今、投げナイフを――!」


「やっぱりアイツ、悪い奴なの! 卑怯者!」


 戦いを見守っていたレイメイとシャトラも、看過できず叫んだ。


 だがラトヌスは野次を鼻で笑い飛ばし、言う。


「卑怯結構ッ! 闘いは常に『勝者』だけが正義を語れる世界ッ! どんな手段を使おうと、“勝った”という結果さえあればいいッ!」


 ラトヌスは笑いながら、膝を付いたデザストを見下して続ける。


「そして『正義』にはよォ、『弱者』を蹂躙していい権利があるんだぜェ! こんな風によォ!」


 言うとラトヌスは脚を後ろへ降りかぶり、デザストの腹を蹴り上げた。


「キャアッ!」


 蹴り飛ばされたデザストは、そのままウイロウ達の前へ飛ばされ、血を吐いた。


「お、お姉さん! お姉さんしっかりしてッ!」


 危機的状況に、その場にいた少年は涙を浮かべてデザストに声をかける。


(今の蹴りで、肋骨と内臓は損傷した。それに奴のナイフに、何か細工がされている可能性だってある!)


 ヨルズ帝国の騎士団長が使ったレイピアのように、身体を内側から蝕む毒が塗られているかもしれない。


 だが敵が目の前にいる今、デザストを治療する時間はない。


 何も出来ず、ただ見守るしかできない状況を悔しく思い、レイメイは唇を噛みしめる。


「――まだ、ですわ」


 だがその時、デザストはゆっくりと立ち上がって言った。


「あン?」


「正義だとか悪だとか、少なくとも私はそんな“薄っぺらい”もののために闘ったことはございませんわ」


「何言ってやがる? 闘いってェのは、正義と悪を決めるものだろうがよォ?」


 デザストを小馬鹿にしながら、ラトヌスは槍に光の魔力を集中させて答えた。


「――護るため。お嬢様を、双子ちゃんと少年君を、そして国民達を護る。私はそのために戦っているッ!」


 叫んだ次の瞬間、デザストは床を強く踏みしめ、光の速度でラトヌスへ接近した。


 そして目にも留まらぬスピードで槍を突き出し、ラトヌスを追い詰める。


「護り切るためならば、たとえ相打ちになろうと構いませんわッ!」


 デザストは最後に中心へ目掛けて突きを放ち、ラトヌスを吹き飛ばした。


 ラトヌスは咄嗟に剣で攻撃を防いだようだったが、槍で受けた連撃が効いたようで、傷口から血を流して膝をつく。


「フッ、威勢がいいじゃあねェか。悪くねェ、益々気に入ったぜ姉ちゃんよォ……」


 俯いた状態で呟き、ラトヌスは押し殺した声で笑う。


 あまりに不気味な様子にデザストは身構え、次の攻撃の準備をする。


 とその時、


「だからもっと、テメェが絶望に歪む顔が見てみたくなったなァ!」


 ラトヌスは突然顔を上げ、隠し持っていた投げナイフを飛ばす。


 しかし傷を負っているからか、狙いは全く定まらず、明後日の方向へ飛んで行く。


 両手で計8本。だが8本全てデザストを避けるように広がって飛ぶ。


「どこを狙っておりますの! これでトドメです――」


 そうデザストが叫び、必殺技を放とうとした瞬間。


 ナイフの不自然な軌道に違和感を覚えた。


(ナイフが当たらない? いや、ナイフが自分から私を避けている? まさか――本当の狙いは最初から――)


 慌てて後ろを振り返ると、最悪な予感は的中していた。


 デザストを避けたナイフは不自然な軌道を描いて収束し、背後のシャトラ達目掛けて接近している。


「ヒャハハハハ! オレのナイフの軌道は変幻自在ッ! 姉ちゃんがダメなら、後ろのガキを先に殺すだけだァ!」


「くっ……!」


 あと少し、僅か数十センチの距離でラトヌスとの決着は着く。


 しかしそうすれば、背後のシャトラ達はナイフの餌食になる。


(今戻れば、私が身代わりになることでお嬢様達を守れる。けれど――)


 退くか進むか、二つに一つ。悩む暇も無い、究極の決断。


 決断したデザストは、光魔法を帯びた突き技を地面に放ち、その勢いを利用して後退した。


 そして体を大の字に広げ、接近する投げナイフを全て受け止める。


「ぐっ! きゃあああっ!」


「デザストちゃん!」


「デザスト!」


「デザストさんっ!」


「お姉さんッ!」


 予想外のことに、シャトラ達は声を上げる。


 ナイフを受けたデザストは力を失い、両膝を付いて倒れた。


「くっ……この痛み……毒ですわね……」


 身体が痺れて動かない。意識も遠い闇の中へと消えていく。


「なんて卑劣な……ッ! デザスト、どうしてボク達を庇った!」


「……護るべき国民を、見捨てられるわけありませんわ……」


 シャトラ達を見捨てさえすれば、勝利を掴むことはできた。それはデザストが1番よく理解していた。


 だがしかし、デザストにとって大事なものを見捨てられるほど、非情にはなれなかった。


 デザストは優しい笑顔を向けて、意識を失った。


「お姉ちゃん!」


 少年の叫び声も虚しく、デザストは目を覚まさない。


「ったく、手こずらせやがって……」


 そして、奇しくも命拾いしたラトヌスが剣を取って立ち上がった。


 勝者は弱者を蹂躙していい権利がある。その権利の基に、負けたデザストにトドメを刺すつもりだ。


「まずは姉ちゃん、テメェの首から頂こうか」


 デザストの前まで歩み寄ったラトヌスは、剣を大きく振り上げる。


 だが振り下ろされる瞬間――


「ダメ――――――――――――――――――ッ!」


 腹の底から慣れない大声を上げて、デザストの前に小さな影が現われた。


 果たしてそれは、デザストが目覚めさせた例の少年だった。


「なんだァ? ガキ?」


「あの子いつの間に! 危ないアル、こっちに戻るネ!」


「お姉さんを殺さないで! この人は、悪い人じゃない!」


 ウイロウ達が声をかけるが、少年は両手を広げてデザストを守る。


 足は震え、声も微かに震えている。


 怖いのだ。けれど、恐怖を押し殺して叫ぶ。


「どけよクソガキ、そこの女を殺せねェだろうが」


「やだ! こ、殺すならボクを殺してからにしろ!」


 少年は首を横に振り、もう一度大きく両手を広げて主張する。


 そして言葉を詰まらせながら、言葉を紡ぐ。


「お姉さん達は、ボクと獣のお姉ちゃんを救ってくれた“いのちのおんじん”だ。なのに、魔族だから殺すなんて、そんなのおかしい!」


 少年の意思は堅かった。


 まるで長い年月をかけて川を流れ、自然の荒波に磨き上げられた岩のように、純粋で澄み渡るような、揺るぎない意思を持っていた。


 少年は震える足をそのままに、ラトヌスを睨む。


 するとラトヌスは笑い、左手で顔を覆って仰け反った。


「ヒャーッハッハッハ! 面白れェなァクソガキィ! 感動的だァ、実にいいセリフだよォ!」


 しかし言葉とは裏腹に、ラトヌスは左手の隙間から少年を見下して続けた。


「だが、無意味だ」


 心などない言葉と眼光に、少年は怖じ気付く。


 ラトヌスは怯える少年も、彼の勇気も無視して再び剣を振り上げた。


「魔族に加担する奴は皆『悪』だァ! お望み通り、ブッ殺してやらァ!」


「この外道ッ! アイツ、マジに子供を斬る気だッ!」


 最早彼の目に、女子供の区別はない。


 レイメイの罵声をものともせず、ラトヌスは少年へ目掛けて剣を振り下ろす。


「ひっ!」


 少年は限界を迎えて尻餅をつき、両腕で顔を防ぐ。


 しかし、ラトヌスの凶刃が少年に届くことはなかった。


 ――キィンッ! 堅い金属同士がぶつかり合うような、不快な音色が響く。


「今度は何だァ?」


 再び攻撃を邪魔され、ラトヌスは腹を立てながら見上げる。


 果たしてラトヌスの剣を受け止めたのは、白いタイツに包まれた脚だった。


「――はぁ。この力だけは二度と使いたくなかったが、外道相手じゃあ仕方ない」


 辿っていくとその脚はメイド服のスカートに消え、瓶底メガネの桃髪メイドに辿り着く。


 一見地味そうな外見に、お団子ツインテールといった奇抜な髪型は、まるでチャイナ娘のよう。


「う、ウイロウ……!」


 シャトラは口元を抑え、ウイロウの名を呟いた。


 突如現われた脚の持ち主。その正体こそ、ウイロウだったのだ。


「ボク、怖いのによく頑張ったな。後はワタシに全部任せろ」


「テメェ何モンだ? ただのメイドじゃあねェなァ?」


 両者は一度後ろへ距離を取り、ウイロウは功夫に似た構えを披露しながら答えた。


「ブランク帝国メイド長兼ボディガード・ウイロウ。親友のデザストちゃんに代わり、ワタシが誅を下す」


 クイッとメガネを上げると、メガネの反射が消えた。


 普段は見えない彼女の目は、まるで逆鱗を触られた龍のように、冷たく猛々しい目をしていた。


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