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第36話 戦士と武士

 場所は様々な異種族たちが暮らす閑静な居住区。


 レンガ造りの家々や、路地を彩るガス灯の建ち並ぶ路地は昔懐かしいレトロな雰囲気が流れ、夕焼けも相まってとてもロマンチックな演出が施されていた。


 そんな居住区で今、激しい闘いの火蓋が切って落とされようとしていた。


「某はアヤカシ族一の武士、名をオーマと申す」


 オーマは言いながら、刀を抜いて構える。


 その後ろには、祭り会場から逃げてきたであろう住民達が集まり、不安そうな表情を向けている。


 一人の漢として、そしてブランク帝国の国民を守るため、オーマは果敢と戦士の前に立ちはだかる。


「面白ぇ! オレ様はロック・プライマルッ! イシュラ帝国最強の戦士だッ!」


 続けてスキンヘッドの大男は名乗りを上げ、岩石のように大きくゴツゴツとした両拳をぶつける。


 更に全身がまるで筋肉でできているかのように大きく、それを補うように取り付けられたアーマーが、夕陽を浴びて黒い光沢を放っている。


 それだけでも、相手が只者ではないことをすぐに理解できた。


 しかしそれでも、オーマが逃げる理由など、どこにもなかった。


「さあ来いッ! どちらが上か、勝負だ武士ッ!」


「行くぞッ! いざ勝負ッ!」


 二人は叫び、まずはオーマが先制を取った。


 ロックの腕を狙い、右から斬り上げる。


 だがロックは腕のアーマーを駆使して刀を受け止め、そのまま左腕を振り下ろし、オーマを吹き飛ばす。


「ぐっ!」


「甘い甘いッ! そんな薄い剣でオレ様を斃そうなどと、百年早いわッ!」


 態勢を立て直している隙を突き、ロックは右拳を大きく振り上げて殴りかかる。


 オーマは咄嗟に右へ飛んで回避する。目標を失った拳はそのまま地面にめり込み、大きなクレーターを生み出す。


「この男……大柄な割に、素早い――!」


「おらぁッ!」


 続けてロックは後ろを振り返り、オーマに殴りかかる。


 右へ避ければ左拳。左へ避ければ右拳が飛んでくる。


 単調ながらも的確なロックの動きに、オーマは防戦を強いられる一方だった。


「どうした武士ッ! あれがテメェの全力だってぇのかァ?」


 オーマは間一髪で攻撃を避けながら、ロックの動きの隙を読む。


 しかしその時、ロックはオーマに背中を向けた。


「っ!」


 戦闘中に、敵に背中を見せるなど言語道断。それは「どうぞ斬ってください」と言っているようなものである。


 それはロックも分かっているはず。


 否、分かっているからこその行動だった。


 何故ならロックが狙いを移したのは――


「っ! しまった! 国民がッ!」


「死ねェ!」


 ロックが狙ったのは、避難していた国民だった。


 それに気付いたオーマは咄嗟に飛び出し、ロックの拳を受け止めに入った。


「……ぐふっ!」


 刀を盾のようにして拳を防ぐが、しかし拳の重い衝撃に内臓が破裂する。


「やはりか。テメェの弱点は、この周りに集まっている雑魚共か」


「雑魚ではない……! 彼らは皆、某達の大切な隣人――国民だッ!」


 オーマは剣を横一閃に凪ぎ、攻撃を仕掛ける。


 驚いたロックは後ずさり、オーマの方を見上げた。


 だがそこに、オーマの姿はなかった。


「っ! コイツ確か今ここに――」


 一瞬にして目の前から姿を消したオーマ。ロックは目を丸くして驚き、周囲を見渡す。


「こっちだッ!」


 背後から声がして、振り返る。すると夕焼けによって生まれた民家の影から、オーマが飛び出してきた。


 まるで水底に潜み獲物を待ち構えていた獰猛なワニのように、ロックの隙を狙い突きを放った。


「まずいっ!」


 ロックは咄嗟に両腕をクロスして突きを防ぐ。だがオーマの刀はロックの腕に突き刺さり、アーマーの亀裂から血が噴き出す。


「……成程、それがテメェの能力ってワケか。だがッ!」


 しかしロックはニヤリと余裕な笑みを浮かべ、交差させていた腕を開き、オーマを弾き飛ばした。


 オーマはそのまま投げ飛ばされ、背中からレンガの地面に着地する。


 その時、ふと上空で空を飛ぶ女の姿が見えた。


(あの三角帽子の女……まさか、空から監視を――ッ!)


 ホウキに乗って空を自由に飛び回るのは、勇者一行の魔法使い。もとい「ジェイル」。


 動きこそ現状ないものの、彼女はマガツ達だけでなく、避難中の国民達の動向も伺っている。


 彼の近くに居る国民達も例外ではない。もしも下手に避難させて、1点に固めてしまったら。


 魔法を一発でも放たれたが最後、そこに避難していた人々は纏めて死んでしまう。


(しかし、仲間が近くにいればむしろ、下手に攻撃をすることはまずあり得ない)


 魔法使いの動向が分からない今、下手に動くことは逆に悲劇を招きかねない。


 どちらの道に転ぼうと、オーマは国民を守りながら戦うしかなかった。


「ぐっ……!」


 オーマは空中で体を回転させ、刀を地面に突き立てながら態勢を立て直す。


 そして目の前に立ちはだかる敵――ロックを前に自らの使命を再確認した。


「某はマガツ殿と約束したッ! 某がここに立つ限り、この国の民には指一本たりとも触れさせはせぬッ!」


 啖呵を切ると、ロックはフッと不気味な笑みを浮かべた。


「テメェがどう言おうが、魔族は人間の敵だ。敵は必ず倒す、そして手始めに、テメェをぶちのめすッ!」


 ロックは叫びながら地面を蹴り込み、早速オーマに殴りかかる。


 オーマはそれを回避しながら、隙を突いて剣を振るう。


 だがやはり、ロックの攻撃は素早く、いくら避けようとも必ずオーマに掠ってしまう。


 その拳が当たれば、内臓が破裂する程の衝撃が全身を駆け巡る。


 しかしそれでも、オーマは一歩も引かずロックと闘い続ける。


「どうした武士ッ!  この程度かッ!」


「まだまだ……ッ! こんなものではない……ッ!」


 オーマは攻撃を受けながらもロックに食らいつく。


 だが限界が近いことは、オーマ自身もよく分かっていた。


 刀を握る手に力が入らなくなり、足も徐々に重くなっていく。


 全身の血管が浮き上がり、心臓が早鐘のように鳴っている。


(ダメだ、民を気にしながらではまともに戦えない……っ!)


 重い足でロックの攻撃を間一髪で回避しながら、オーマは考える。


 しかしいくら考えても、秘策は全く思いつかない。


 その間にもロックの猛攻は続き、民家や道は崩れ、国民達は不安と恐怖に押しつぶされそうになっている。


 やがてその不安と恐怖はオーマの心をも蝕んでいく。


(負けなど考えるなッ! 某が負ければ、周りの国民達はこの男に殺されるッ! ましてここで死ねば、マガツ殿にもデザスト様にも顔向けできぬッ!)


 ロックの攻撃を必死に耐えながら、オーマは心の中で叫び、策を考える。


 だがロックの猛攻と、全身が潰れてしまいそうな痛みが邪魔をして、考えが浮かんでは消えていく。


「そろそろ終わりにしてやるよッ! 武士ゥ!」


 するとロックは大きく息を吸い込みながら両拳を大きく振りかぶった。


 大きな一撃が来る。それを察知したオーマは、刀を前に突きだし、防御の姿勢を取る。


 すると次の瞬間、ロックの両拳から蒸気が噴き出し、それと同時に無数の拳が飛び込んで来た。


「喰らえッ! 〈剛烈壱百(ハンドレット・)乱打(ガトリング)〉」


 ロックの拳は蒸気の力で素早さが増し、まるで弾切れを知らないガトリングガンのようなスピードで、オーマを襲った。


 秒速数十発、目にも留まらぬ速さで繰り出される乱打攻撃に、流石のオーマも防ぎ切れなかった。


「ぐ、ぐあああああああああああああッ!」


 刀は折れ、無防備になった所に打ち込まれるロックの拳。


 更に殴られて飛び散った民家の瓦礫が、国民達へ飛び火し、悲鳴が巻き起こる。


(もう……ダメだ……。このままでは……このままでは……)


 その時、ふとオーマの頭の中で声が響いてきた。


『闇に身を委ねろ。貴様の抱く、人間への恨みを受け入れるのだ』


 走馬灯か、それとも地獄からの誘いか。


 心の奥に巣喰う、もう一人の自分が語りかけてくる。


 ゆっくりと時間が流れ、何度も殴られ続けている中、その声はハッキリとオーマを呼ぶ。


『このままではお前も、そしてブランク帝国の民も死ぬ。憎き人間によって』


 そんなことはオーマも分かっている。だが同時に、その声に耳を傾けた未来も予測できた。


 人間への恨み、それ即ち全ての“人間”への恨み。そこには人間にして魔王である男――マガツも含まれている。


 漢として尊敬し、他の人間とは違うと教えてくれた、光のような存在である彼を裏切ることになる。


(けれど……某はここで負けるワケには行かない……ッ!)


 気付けばロックの攻撃は止み、オーマは路地にできた巨大なクレーターの真ん中で倒れていた。


 大陽は既に山の谷間に沈み、影が大きく伸びている。


 負傷した国民達が絶望を抱く中、ロックは倒れたオーマを鼻で笑う。


「口ほどにもない。所詮は口だけの――」


 だが、まだオーマには意識が残っていた。


 オーマは血反吐を吐きながらも起き上がり、折れた刀を構えた。


「はぁ……はぁ……」


 息も上がり、体はとうに限界を迎えている。しかし体が自然と立ち上がる。


 そして折れた刀を自らの腹に向け、マガツと交した言葉を思い出す。


『無理はするなよ』


 健闘を祈ると別れた彼の言葉を思い出し、しかしオーマは言った。


「マガツ殿……申し訳ございません。色々考えましたが……」



「やっぱり、これしか思いつきませんでした」



 言うとオーマは雄叫びを上げながら、己の腹に折れた刀を突き刺した。


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